48話 ゾルフ砦への道中

 顔合わせの翌日。

朝から、ゾルフ砦へ向けて出発した。

馬車に揺られながら順調に進む。

さらに順調に進む。


 昼過ぎに、中規模の村に到着した。

人口は200人以上はいそうな、そこそこの村だ。


 ここで少し補給と商品の売買をするそうだ。

とは言ってもそこまで本格的な商売はここではしないので、せいぜい1~2時間程度の滞在予定らしい。


 うーん。

中途半端な時間だ。

その程度の滞在予定なら、村人と親交を深める意味もあまりなさそうだ。


 親交を深めるならば、今回同行している冒険者たちと深めるのが良いか。

進行中は、各パーティでそれなりに位置が離れているので、話ができなかった。

商人たちと多少の会話はしたが、やはり同業の冒険者からの情報の方が役立ちそうだ。


 そんなことを考えながら村の中をぶらぶらしていると、冒険者の青年に声をかけられた。


「やあ。タカシ君……だったかな? 俺はDランクのハルトマンだ。調子はどうだい?」


「こんにちは、ハルトマンさん。今のところただ馬車に揺られていただけですが、疲れました。護衛依頼は初めてなので、やはり緊張してしまいます」


「ああ、確かに護衛依頼は気が張りつめるよな。まあ今回のルートは比較的安全だし、多少は気を抜いてもいいんじゃないかな。……おっと、今のはベルモンドさんには内緒だぞ」


「ははっ。もちろん言いませんよ」


「タカシ君は、なぜこの依頼を受けたんだい? 俺たちは、オルフェスに用事があるから、ついでに受けたんだが」


「私も似たようなものですよ。ゾルフ砦に用事がありまして」


「護衛料も安めに抑えられているし、やっぱりついでの用事がないと受けないよな。ゾルフ砦に用事って、武闘大会の見学か? いや、それにしては時期が早いか……」


「武闘大会?」


「知らないのか? ……ゾルフ砦が、かつて“魔の領域”からの進軍を防いでいたことは知っているか?」


「はい、知っています」


 あれ?

”防いでいた”って、過去形なのか?

今はどうなんだ?


 気になるが、話の腰を折ってしまうので、とりあえず置いておこう。


「その名残で、ゾルフ砦には腕に覚えのある強者が集まってくるようになったんだ。特に、夏には大規模な大会が開かれるから、かなり賑わう。まあ賑わうと言っても、ソラトリアで開かれる剣技会や、王都で行われる御前試合ほどではないけどな」


「へえ、そうなんですか」


 各地でいろいろな大会があるみたいだ。

いずれ、観戦したり、参加したりする機会もあるかもしれないな。


 今の季節は春だ。

地球で言うところの5月くらいだろうか。

確かに、夏にあるという大規模な大会には、まだ早い。


「漢の拳というパーティがいるだろう?」


「はい。リーダーがギルバートさんで、ムキムキのパーティですね」


「彼らの目的地はゾルフ砦だそうだ。おそらく腕試しが目的だろう。夏以外の季節でも、それなりに強者たちで賑わっているし、中小規模の大会も開かれているからな」


 ふむふむ。

なかなか興味深い情報を入手できた。


 その後も雑談を続ける。

話題は今後の行程についてに移っていった。


 ゾルフ砦へ向かう道中には、大きな街はあまりないらしい。

中ぐらいの規模の街がいくつか。

そして、この村と同程度の村や、より小規模な村が点在しているそうだ。


 村か……。

魔物への対処はどうしているのだろうか。

リトルベアとかクレイジーラビットのような魔物の相手は、ただの村人には厳しそうだ。


 ゴブリンとかも厳しいんじゃないかな。

集団で襲ってくるし。

負けはしなくとも、けが人や下手をすれば死人も出るだろう。


 かといって、ラーグの街のように外壁を構築するのも難しい。

かなりの手間がかかる。


「村では魔物に襲われたりしないのでしょうか? 私は街での暮らしが長く、村というものをあまり知らないのですが」


「ああ、襲われることは襲われるぞ。だが、村でも何人かは戦える奴がいるもんだ。冒険者は、引退後には村で過ごす奴も多いしな」


 なるほど。

元冒険者が数人いれば、ゴブリンには対処できるか。

クレイジーラビットには手を出さなければいいわけだしな。


「そうですか」


「さすがに大型の魔物が出たら村では対処できないがな。まあ大型とは言っても、数日で村人が全滅したり村が破壊されつくすわけでもない。多少の被害は出るだろうが、冒険者の派遣を街に要請すれば大きな問題はない。国からの補助金も出るしな」


「なるほど」


 まあ確かに、リトルベアのような魔物が出没したとしても、数日程度ではそこまで大きな被害も出ないか。

リトルベアの目撃情報があってからすぐに冒険者の派遣を要請すれば、実際に被害が出るまでに対処できる可能性も高い。


 そもそも、別に魔物には人間を優先的に襲う習性はない。

人間以外の生物を狩っている間に、十分冒険者の救援が間に合うだろう。


 待てよ?

リトルベアぐらいの魔物で、遠路はるばる冒険者が来てくれるものだろうか?

俺は以前、西の森でリトルベアの死体を回収し、ギルドで買い取ってもらったことがある。

そのときは金貨数十枚での買い取りだった。


 国からの補助金があるという話だが、リトルベア程度の魔物に補助金が出るのかどうか。

リトルベアは、確かに冒険者から見れば恐ろしい相手だ。

安定して狩るには、最低でもCランクパーティが必要だろう。

Dランクでは、10人以上の人員が必要だ。

犠牲も少なからず出る。


 ただ、逆に言えば、Dランクレベルの人員を10人以上用意でき、多少の犠牲を覚悟すれば、リトルベアには十分対応可能ということでもある。

大型で危険な魔物が出れば、報奨金目当ての高ランク冒険者が来てくれることが多い。

中型なら、国からの多少の補助金で依頼を出しつつ、自分たちである程度は抵抗もできる。

こんな感じで、上手くまわっているのだろう。


 ハルトマンとの会話を切り上げる。

そろそろ出発の時間のようだ。

隊商一団の、自分の持ち場のところへ向かう。



 ひたすら馬車に揺られる。

進む。

夜になる。

眠る。

進む。

進む。


 その後も、道中で、村や小さな街にいくつか寄った。

魔物は、小型がいくつか出てきたので、それを討伐したぐらいだ。


 中型も含め、ほとんどの魔物は前線側で対処されたようだ。

後方の護衛である俺たちにはほとんど獲物が回ってこなかった。


 実質、馬車に乗せてもらって、お金を受け取っているようなものだ。

これは、取引としてはどうなのだろうか。


 大型の魔物や、盗賊団と遭遇したときの保険と考えられているのかもしれない。

あるいは、戦闘員の人数を揃えることにより威嚇して、抑止効果を狙っているのかもしれない。


 まあ、そもそも俺とミティの護衛料はかなり安かった。

Cランクパーティはもう少し高いかもしれないが、他のDランクパーティは俺たちと似たようなものだろう。


 隊商側は、馬車のスペースを冒険者に提供する代わりに、依頼料を低く抑えることができる。

冒険者側は、依頼料が安く抑えられている代わりに、遠くの街への交通手段を確保できる。

こう考えれば、取引のバランスは取れているのかもしれない。

しかし、そうは言っても楽してお金を貰う罪悪感みたいなものはある。


 俺にも何か戦闘の機会があればよいのだが……。

いや、戦闘がないならない方がいいに決まっている。

あれだな。

”警察官、消防士、自衛隊は、暇な方が世の中が平和な証”みたいな話だ。


 このまま何事もなくゾルフ砦に着くのが一番だ。

そんなことをゴチャゴチャ考えていたのがまずかったのかもしれない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る