43話 借金の一部返済

 それなりの数のファイティングドッグを狩った。

犬狩りはこれで十分だろう。

アイテムバッグの試運転もばっちりだ。


「ミティ。俺は街で一人で済ませたい用事がある。ミティは宿で休憩していてもらえるか?」


 ミティ1人で狩りを続けてもらうのも悪くはないが、少し心配だしな。


「わかりました」


「1時間ぐらいで用事は済むと思う。それまでゆっくりしていてくれ」


 街に戻る。

ミティと別れ、ラーグ奴隷商会に向かう。

俺がしばらく街を離れることの説明と、借金をいくらか返済しておくためだ。


 奴隷商会に到着した。

怖い顔のいつもの門番がいる。


「いらっしゃいませタカシ様。武器はこちらでお預かり致します」


 俺は今、金貨320枚の借金を負っている。

にもかかわらず、相変わらず丁寧な口調だ。

借金を負っていても、客は客ということか。


 いやそもそも、門番は客の事情など知らないのかもしれない。

門番の役目は、あくまで警備。

警備にあまり関係のない情報は回ってこない可能性がある。


 店内に入る。

若い店員に案内され、応接室に通される。


 ソファに座る。

お茶が出される。


 以前来たときと同じ対応だ。

この対応はどうなんだろうか。


 門番と違い、この店員には俺の借金の件が知らされていてもおかしくはないと思う。

俺が借金をしていることを知っていれば、ここまで丁寧に対応する必要もない。

少なくとも、借金を返し終えるまでは新たに奴隷を購入することはないのだから。


 そんなことを考えていると、部屋に50歳くらいの店員が入ってきた。

ミティを購入したときに対応してくれた人だ。


「お待たせしましたタカシ様。ラーグ奴隷商会へようこそ。本日はどのようなご用件でしょうか?」


「借金の返済にきました。まだ全額ではありませんが……」


「かしこまりました。それで、今回はいかほど返済されるおつもりでしょうか?」


“中級者用装備等一式”で金貨100枚の臨時収入があった。

もともと持っていた金貨も50枚ほどある。

そのうちのいくらを返済にあてるべきか。


 ゾルフ砦への遠征中やゾルフ砦での防衛戦で、金が要りようになる可能性もある。

現金は多めに残しておくべきだ。


「今回は、金貨50枚を返済したいと思います」


「かしこまりました。……このわずかな期間で、よく金貨50枚も用意されましたな。やはり、私どもの目に狂いはなかったようです」


 金貨80枚の支払いに加えて、金貨320枚を借りてミティを購入したのが、2週間前だ。

この店員からすると、俺は2週間で金貨50枚を稼いだように見えているのだろう。


 金貨1枚は、日本円でいえば、およそ1万円といったところだ。

2週間で金貨50枚を稼ぐということは、2週間で50万円を稼ぐのと同じようなイメージ。

つまり、月給100万円相当。


 いや待て。

そもそも、稼いだ金全てを借金返済にあてる人はまずいない。

日々の生活費もあるし、もしものときのために余剰金も必要だ。


 2週間で50万円分の借金を返済するということは、実際にはそれ以上の収入があったと判断するのが自然だ。

そうすると、この店員からすると、俺は2週間で金貨60枚以上を稼いだように見えている可能性が高い。

月収120万円以上。

これがまだ冒険者登録をして間もない新人だというのだから、将来有望と判断されるのも不思議ではない。

自分で言うのも何だが。


 50歳くらいの店員が、若い店員と何やら話している。

若い店員が部屋から出ていった。


「ただいま、返済証明書の発行の手続きをしております。しばらくお待ちください」


「わかりました」


 しばらく待つ。

この店員といくつかの話をした。


 この50歳くらいの店員は、この店の店長らしい。

ただし、店長とはいっても、ラーグ奴隷商会全体のトップというわけではない。

あくまで、ラーグ奴隷商会という組織の中で直接的に奴隷を陳列し売買する店がいくつかあり、その1つのこの店の責任者であるに過ぎないということのようだ。

ラーグ奴隷商会には、他にもいろいろな部署があるらしい。


 あまり詳しい内部事情までは教えてもらえなかったが、ある程度の推測はできる。

奴隷の仕入れに関する部署。

奴隷の衛生環境や教育などに関する部署。

オークションや個別販売のような、この店とは違う形式での売買に関する部署。

他の奴隷商会との連携や折衝に関する部署。

経営に関する部署。

こんな感じか。


 警備に関する部署もあるだろうか。

あの門番は、ラーグ奴隷商会の一員として警備しているのか、ラーグ奴隷商会に委託された警備組織の一員として警備しているのか。

現代日本の感覚で言えば、後者だろうか。

だが、信頼関係が特に大切な奴隷商会という性質を考えると、前者の可能性もある。


 店長との会話で引き出せた情報は、推測を含んでもせいぜいこんなところだ。

俺の情報や事情などをあれこれ聞かれた。

こちらが店のことについて聞いたあとなので、まったく答えないというわけにもいかない。

適度に情報を隠しつつ、ある程度は正直に答えておいた。


 そうして店長と話しているうちに、若い店員が部屋に戻ってきた。

若い店員が店長に書類を渡す。


「では、準備が整いましたので、返済の手続きに入りたいと思います。まずは、今回返済されます金貨50枚をお出しいただけますか?」


「わかりました」


アイテムボックスから金貨50枚を取り出す。

机の上に置く。


「こちらで金貨50枚になります」


「おお。……確かに、50枚ありますな」


 店員が金貨を数える。

無事に数え終えると、書類に何やら書き込んだ。


「では、こちらが返済の証明書になります」


 1枚の紙を渡された。

重厚感のある特殊な紙だ。


 内容を読む。

俺が金貨50枚を返済し、残りの借金が金貨270枚になったことが記されている。

店長のサインと、ラーグ奴隷商会の印鑑も押してある。

こういう手続きは、なかなかきっちりと定まっているようだ。


「そちらにタカシ様のサインをお願いいたします」


 拒否する理由もないので、サインする。


「それでは、以上で一部返済の手続きを終了とさせていただきます。この度は、迅速な返済、ありがとうございました」


「いえ。今後も確実に借金を返済していくつもりですので、よろしくお願いします」


 実際には、ミッション報酬で思わぬ臨時収入があっただけだ。

まあ正直に話す必要もないだろう。

俺とミティは、これからしばらくラーグの街をはなれる。

返済能力に余計な疑いを持たれたくない。


 ラーグの街をはなれることは報告しておいたほうがいいかもしれない。

何も言わずに出て行くと、夜逃げしたと勘違いされる恐れがある。


「ところで、1つ報告しておきたいことがありまして」


「なんでございましょうか?」


「私は、明日から護衛依頼でこの街を離れるつもりなのです。護衛依頼が終われば、この街に戻ってくる予定ですが」


「なるほど。そうですか」


 あれ?

特に何とも思っていないような反応だ。

金を貸している側からすると、良くは思わないはずなのに。


「借金の契約上、特に問題等はないのでしょうか? お恥ずかしながら、私はこういうことに疎くて……」


「ああ、それを気にされていたのですか。問題ありませんよ」


「問題ないのですか。借金を踏み倒してそのまま逃げたりもできそうですが。いえ、もちろん私はしませんが」


 やべ。

ちょっと踏み込んで正直に話し過ぎたかもしれない。

問題ないのならないで、さっさと引き上げても良かった。


 まあ言ってしまったことは仕方がない。

気になるものは気になるのだ。

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