44話 奴隷商会にて情報収集

 少しうかつなことを口走ってしまった。

まるで俺が借金を返す気がないかのような印象を与えたかもしれない。

幸い、店長はさほど気にはしていないようだ。


「奴隷には特殊な魔法が込められた首輪を付けなければならない、という規則があります。タカシ様にお売りしましたミティ氏の首輪にも、当然その特殊な魔法が込められています」


「特殊な魔法とは?」


「まず第一に、主と奴隷を結ぶ主従契約の魔法ですな。奴隷は主を攻撃してはならない。奴隷は主から逃亡してはならない。この2点に反した場合に、奴隷に痛みを与えるように設定されています。これはサザリアナ王国法によって定められた基本的な内容でもあり、まず間違いなくこの魔法は首輪に込められます」


「なるほど。他にはどのようなものが?」


「奴隷側から出された条件を織り込んだ、条件付き主従契約。これは形式としては奴隷ですが、実質的には雇用契約に近いですな」


「ふむふむ」


「それとは逆に、主従契約をより強化し拡大した、隷属契約。一般的な奴隷にこの契約を結ばせるのは王国法により禁じられています。王国の許可付きで、重犯罪奴隷などに対して結ばせることがあります」


 いろいろな契約の形態があり、使い分けているわけか。

理にかなっている。


「よく分かりました。ちなみにミティの首輪に込められているのは、どの魔法になるのでしょうか?」


 今更な質問だ。


「ミティ氏の首輪には、主従契約の魔法が込められています。また、主従契約魔法を込めた者が奴隷の所在地を把握できるようになる、探索魔法も込められています」


「主従契約魔法を込めた者が、ですか? 主ではなく?」


「はい。奴隷が自分の意思で主から逃げるのはほぼ不可能ですので、探索魔法は主にとってさほど有用ではありません。もちろん特別に希望された場合、追加料金を頂いてそういった魔法を込めることも可能ですが」


 まあそれもそうか。

奴隷は主から逃亡できない。

その前提から考えれば、“奴隷が逃げたわけではないけれど探索魔法が必要になる”なんて局面は、あまりないだろう。

強いて言えば迷子くらいか。

便利そうではあるが、そのためにわざわざ追加料金を払うのもどうか。


 いや待て。

探索魔法があまり有用でないのは、あくまで街中での話ではなかろうか。

冒険者として森などで狩りをしていれば、パーティメンバーとはぐれてしまうこともありそうだ。

そう考えると、探索魔法は有用そうに思える。


「ちなみに追加料金の相場はいくらくらいなのでしょうか?」


「そうですな。こういった契約魔法は、少し複雑でしてな。奴隷側の心情や魔法抵抗力の高さなどにより、契約魔法の難易度が変化するとされています。実際のケースごとに契約魔法の使い手に聞いてみないと、具体的な料金は分かりませんな」


「では、ミティの場合ならばどうでしょうか? あくまで目安で構いません」


「ううむ。私は契約魔法を扱えないので、正確なことは分かりませんが……」


「それで構いません」


「ミティ氏の場合、タカシ様との主従契約にさほどの抵抗感はなさそうでした。また、魔法抵抗力の素養も特筆するレベルではありませんでした。それらを考えますと、探索魔法を首輪に込める代金は、金貨100枚ほどになるかと思います」


 金貨100枚?

ずいぶん高いな。

主従契約をさほど嫌がっておらず、魔法抵抗力も高くない。

そんな好条件でさえ、金貨100枚もかかるのか。


「そんなにかかるのですか」


ミティの首輪に探索魔法を込めてもらえば便利になるかと思ったが、なかなか高額だ。

今は手が出せない。


 借金を返し終えて、金に余裕ができれば探索魔法を込めてもらうのもいいかもしれない。

金貨100枚で、もしものときにミティの所在地を把握できるのであれば十分に価値がある。


 探索魔法以外にも便利な魔法もありそうだが、あまりあれもこれもと欲張り過ぎるのもどうか。

ミティ自身の価格が金貨400枚で、探索魔法の値段が金貨100枚。

オプションを付けすぎると、値段が跳ね上がってしまう。

下手をすれば、本人自身よりも契約魔法の代金の方が高くなるだろう。


 それほどに資金に余裕があるのであれば、2人目の奴隷を購入した方が良さそうだ。

パーティメンバーが3人になると、それだけ安定感が増す。

その3人目に加護が付けば理想だが、付かなくてもある程度の戦力にはなるだろう。

下手にオプション魔法を首輪に込めてもらうよりも、結果的にはミティの安全につながる。


 そう考えると、探索魔法に金貨100枚も高すぎるかもしれない。

そもそも万が一にもはぐれることがないように行動すべきなのだ。

森のような場所ではぐれてしまうようでは、冒険者として不適格と言える。


 いっそのこと、俺が“契約魔法”や“探索魔法”のスキルを取得してしまえば便利なのだが。

それならば、予算を気にすることもない。

しかし残念ながら、現状ではステータス操作でそのようなスキルは項目にない。

取得不可能だ。


 特定条件で開放される可能性もあるが。

該当魔法を実際にある程度練習するとか。

自分のレベルが20以上になるとか。

特定の魔物を討伐するとか。


 前回は、災害指定生物第3種のホワイトタイガーを討伐し、自分のレベルが10に上がったときに、新たなミッションが発生した。

似たような感じで、特定の条件を満たしたときに、何らかの要素が解放されてもおかしくはない。


「契約魔法の術者は希少ですので、どうしても高額になるのです。ただし、契約魔法の術者自身と奴隷間を結ぶだけであれば、簡易的な探索魔法で済みます。その場合は、比較的安価で済ませることができます」


「そういうものですか」


「はい。今回のタカシ様のように借金をして奴隷を購入された場合には、その奴隷の首輪に簡易的な探索魔法を込めておくのが一般的です。簡易的なものとはいえ、条件付きである程度正確に位置を把握することができます」


「つまり……。例えば、私が借金を返さないままミティを連れて逃げたとしても、奴隷商会側はミティの位置を知ることができる、ということですか」


「そういうことでございますね。まあ私どもは、タカシ様であれば無理なく借金を返済することができるであろうと確信しておりますが。あくまで念のため、でございます」


「それでも、逃げようと思えば私だけでも逃げられるのでは?」


「そうですね。しかし、私どもからすれば奴隷をさえ回収できれば、損失をかなり抑えることができます。前金も2割いただいておりますし」


「なるほど」


「当奴隷商会では、冒険者ギルドとも提携しております。逃亡者はそれなりの確率で捕まります。そうなれば、逃亡者の財産の処分や逃亡者本人の奴隷落ちなどにより、更に損失を回収することができます」


 ふむ。

なかなかうまくできているようだ。


 その後も少しだけ、店長と雑談を続ける。

まだまだ聞きたいことはたくさんあるが、この辺で切り上げるか。

あまり長居するのも気が引けるしな。


「いろいろとお話しを伺うことができ、参考になりました。ありがとうございました。またラーグの街に戻ってきたときには、借金を返済していきますので、よろしくお願いします」


「いえいえ。こちらこそよろしくお願いいたします。タカシ様であれば、近いうちに借金を完済なさるでしょう。また新しい奴隷が要り様でしたら、ぜひとも当ラーグ奴隷商会をご利用下さい」


 店長はそう言って頭を下げてきた。

なるほど。

借金返済後に、2回目の奴隷購入を期待しているわけか。

道理で、あれこれ丁寧に説明してくれるわけだ。


 こちらも頭を下げておく。

店から出て、ミティのいる宿屋の方へ歩いていく。


 今回のゾルフ砦での防衛戦が無事に終われば、何らかの形でまとまった収入があるかもしれない。

防衛の特別報酬とか、討伐した魔物の買取報酬とか。


もしそういった臨時収入がなくても、ミッション報酬のスキルポイントやレベルアップにより、戦力アップは間違いない。

それにより、日々の収入は増える。

問題なく借金を返済できるだろう。


 怖いのはケガだ。

死ぬレベルのケガは言うまでもなく怖いが、骨折などの戦闘不能レベルのケガもかなり怖い。

いや、痛そうなのが怖いのではない。

完治するまで冒険者稼業ができなくなるのが怖い。


 そうなってしまったときのため、やはり現金はいくらか温存しておくべきだろう。

今回は、所持している金貨150枚のうち、50枚を返済した。

手元にあるのは金貨100枚だ。

日本円にして100万円ほど。


 これだけあれば、骨折レベルのケガをしてしまってもしばらくは何とかなると思う。

俺かミティのどちらかが無事であれば、犬狩りなどの低難度の依頼をこなして日銭を稼ぐことも可能だ。

2人が骨折以上の大ケガをしてしまうとさすがにやばいが、そこまで心配するのもどうか。


 過剰に安全マージンを取っていては、戦力の向上が遅れる。

今はまだ実感はないが、30年後の世界滅亡の危機とやらを防ぐのに響いてくるかもしれない。

まだ先の話なので、急ぐ必要性は感じないが、だからと言って過剰に安全重視でいく必要性も感じない。


 少し安全重視でいく、ぐらいの意識が適切だと思う。

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