第33話 こだわって生きても損しかしないけど、満足はできる

 帰りは流しの馬車に乗ることになった。

 俺とシオン教授は異様に疲れていて、今のことがなんだったのか呑み込めないでいる。

 つかまえた流しの馬車は貴族用で多少値は張ったが、入り組んだトリアナンの道筋を、迷うことなく屋敷に向けて走っている。

「お客さん、お疲れの様子ですな。少し、速度を落としましょうか」

 中年の御者が気を遣ってくれた。

「ああ、少し頼むよ。なんだか妙なことになっちまって、疲れてるんだ」

「へい、ようがす」

 馬車は速度を緩めて、揺れもマシになった。

「教授、さっきの本当にお母さんだったんですか」

 シオン教授は真っ青な顔だ。

「あ、ああ。間違いないよ。母さんが、また僕の邪魔をしに来たんだ」

「またまた御冗談を。死んだらそこで終わりですよ。あれは魔法とかそういうのですって。敵が多いですからね。調べますよ」

 俺はそう言ってみたず、どうにもあれがお化けであったように思えてならない。

 前世で、色々あってスピリチュアルに凝ったことがある。少しだけ不思議なこともあって、その時に見たものとよく似ていた。

 独特の存在の仕方が、少し似ている。前世で見たものも、そんな感じの奇妙なものだった。

 だけど、死んだら終わりだ。たとえそこに何かがあったとしても、それは別のものだと思う。

 転生した俺がいるんだ。間違いない。

 シオン教授のお母さんは、日本に生まれ変わって女子高生でもしてるかもしれない。

『んー、人間の言うとこの幽霊に近いもんだよ。お前らには高度すぎるから理解できないだろうけど、そういうもんだと思っていいぜ』

 ゴンさん、ほんとやめてそういうの。

 怖いもんは怖いんだ。

『転生とかしてるって言ってたのに、なんでそんなもんが怖いんだよ』

「それとこれは別だよ」

 独り言のように聞こえたのだろう。

「アランくん、母は奇矯な人物だったんだ」

 シオン教授もまた、独り言のように言う。

「幼いころから、口うるさい人だったよ。勉強をして、名誉と尊敬を得ろなんてことばかり言ってた。僕は、それに従っていたけど、途中で研究の楽しさに気づいて、母とは距離を置いた。前の妻は、母が用意した見合い相手で、あの日々は地獄だったよ」

 シオン教授の顔は真っ青だが、そこに隠せようもない苦しみが浮かんでいる。

 分かるよ、俺も前世の親父とは色々あった。死んだってわだかまりは解けないままさ。

「母も母で、妻には興味がなかった。娘が生まれて、人の親になってからようやく分かったんだ。あんな人と関わってはいけないってね」

 シオン教授の話を要約すると、毒親とそれの用意した妻を捨てて、子供を引き取って育てた男の一代記だ。

 話し方を変えさえすれば美談になる。でも、今の内容はどうにもならない後悔とか恨みとか、捨てきれない親子の情だとか、そんなものばかりだ。

「母さんが死んだときは、ほっとしたよ。だってのに、なんで今になって幽霊なんかになって出てくる。いい加減にして欲しいよ」

「教授、そこまで」

 俺は言葉を遮った。

 俺だってそういうことがあったから分かるぜ。だって、前世からの分を足したら、同年代どころか年上なんだもの。

「え?」

「言っても、それは楽にならないから、そこまで。シオン教授は、天才で、娘思いの父親で、若い女に惚れて責任まで取ろうとする中年男ですよ、それでいいじゃないですか」

 これは、前世で俺が言われたかったことだな。

 誰かに認めてもらいたかったよ。

 なーんか、分かるんだよな。

 一つのことに熱中してるけど、背中が煤けてる男ってのは、認めてもらいたかった人に認めてもらえなかったヤツだ。

 今なら言えるけど、俺は親父に認められたかった。だけど、そんな機会は一度も巡ってこなかったし、あっても無駄だっただろうよ。

 今でも恨みばっかり残ってる。きっと、親父だって一緒だろう。自分の息子らしいとこが見たかっただろうさ。

 結局、そんなもんは何一つなかった。

「アランくん」

「いいじゃないですか、それが現実で、俺らはどうしようもないところで生きてる。シオン教授は娘さんも立派にやってるし、サーリー女史と上手くやったら、それでチャラさ。帳尻は合うよ」

 なんでもそうさ。

 クソみたいなことばっかなら、帳尻を合わせるのが中年のテクだ。世間への復讐だよ、分っかるかなァ。

『アラン、あなた疲れてるのよ』

 んもー、ゴンさんはいつも俺の理屈を病気扱いする。

『アランはかなり特殊な部類だよ。分かってる?』

 他人のことなんてしるか。

 どうせ俺は、ちょっといいことあったりカッコつけられる時にニヤってキメ顔すんのが精々なんだ。特殊で結構。

『そうやって、ひねくれたことを言う。オレはアランのこと好きだよ』

 直球で言うな。照れるだろ。

 ホント俺たちって気持ち悪いなあ。

 ガラル氏もこういうこと言う時あるんだよ。あの人も相当のひねくれ者だから素直な言葉じゃないんだけど、妙に遠まわしに言うんだぜ。

 なんだか変な感じになっちまった。

 そんな時、御者のおじさんが口を挟んだ。

「ダンナ様方、先ほどから漏れ聞こえてきやしたが、どうやら幽霊やらお化けの話みたいですな。そういうのに詳しい方がいましてね、よければご紹介しやすよ」

 なんだ、霊媒師とか入れてくるパターンか。あいつらはだいたい詐欺師だ。

「そういうのは別にいいよ。与太話さ」

「ああ、霊媒なんてもんじゃあござんせん。それが、この街の一等法務官様で、そういうのを研究されてる方がいらっしゃるんです。ワタシもちょいと世話になりやして、こいつはこういう縁だと思うんです」

 おいおい、一等法務官ってバスタル法務官と同格じゃないか。帝国に十人もいないって人が、お化けの研究ってそんなことがあるのか。

「ああ、申し遅れました。ワタシはロブって申しまして、馬借ギルドにケツをつけてる宅師たくしでございます。騙そうなんて気持ちはございません」

 宅師というのは、トリアナンだけの方言みたいなもんだ。御者のことを気取った感じで言う言葉だね。

 シオン教授が興味を惹かれたこともあり、紹介してもらうことになった。



 屋敷に帰りついて、また着替えるハメになった。

 最近走り回ることばかりだ。全然休まらない。

 さっぱりしてから、マリナちゃんと昼食だ。

「ただいまー。いやあ、なんだか大変だったよ」

 広い食堂は、今回の旅のメンバーのだいたいみんなが揃っている。朝は落ち着いて二人でとることにしてるけど、昼はみんな一緒だ。外出する人には自己申告させている。

 とりあえず上座の席についたら、適当に話をすることにしている。

 今日は俺が待たせている感じになってしまった。

「みんな、待たせてごめんな。あと一週間もしたら出発だから、この間に休んだり観光してくれ。それじゃあいただきます」

 これで俺の話は終わり。

 後は各自、好きにお祈りでもなんでもして食べてくれたらいい。

 今日のお昼ご飯はパンとスープと肉と野菜。ざっくりしすぎたな。どれも美味そうなもんばかり。ベーコン入りのマッシュポテトがいいね。

 なんでも取り放題。質素なもんでいいって言ったのに、トリアナン伯爵は財力を見せつけてくる。

 これも外交か。

『ニンゲンのすることは不思議だなあ。食い物は美味いにこしたことねえよ』

 それもそうだ。

「マリナちゃん、待たせた」

「いいけど、また服を汚したんでしょう。何があったの」

 どこから説明するべきか。

 とりあえず食べながらゆったり指輪を買いにいったことまで説明する。

「食べながら喋らないの」

 母親みたいなこと言うなよ。

 でもまあ、そういうとこがカワイイとこでもある。どれくらいそう思えるかで、付き合いってのは変わる。口うるさいってなるのは愛が冷めた時、って訳ではない。当たり前になるのが、夫婦になった時なんだろうなあ。

「ごめんごめん。腹が減ってさ。それに、トリアナンっていうか辺境料理は地元料理だから、口に合うのさ」

 転生してから馴染の味さ。

 こっちに蕎麦があったのは本当によかった。俺はざる蕎麦がめちゃくちゃ好きだ。出汁さえ完成したら毎日でも食える。

「指輪は買えたんだけど、ちょっと変なことがあってさ。とりあえず、怪談みたいな感じだから、食べた後に詳しく言うよ」

 怪談で食欲が増すって人には会ったことがない。

「あー、アランとマリナちゃん、邪魔してごめん」

 やって来たのは、マリナちゃんの隣の席に座るリューリちゃんだ。

 名実共に悪魔娘なんだけど、色々あって俺の側室で実際にはマリナちゃんの愛人。もう無茶苦茶だな、エロゲーじゃないんだから。

『お前らの関係はちょっとヒク』

 俺も普通に会話できてるのが不思議だ。

「どした。悪魔的な食事じゃないといけない感じ?」

「そんなんじゃないってーの。その、ちょっと、お小遣い欲しくて」

 みんな金の無心だなあ。

「あら、リューリちゃんが珍しい。どうしたの?」

 マリナちゃんが問うと、リューリちゃんは少し困った顔をした。

「あの、トリアナンで歌の先生がいて、ちょっとレッスン頼みたくて」

 リューリちゃんは、めちゃくちゃ歌が上手い。

 たまたま宴会の時に聞いたんだけど、俺が褒めて褒めて褒めまくったら、その気になったのが練習をするようになったという経緯がある。

 マリナちゃんがちらりと俺を見た。

「長所は伸ばさないとな。バスタル法務官に貰っておいで、俺がいいって言ってたって伝えてくれたらいいよ」

 確実に後で怒られる。

『分かってんのかよ』

 こんな夢見る少女の期待を裏切れるか。無理だね。

『うわあ……』

 キモいのは認める。英語で言うとクリーピー。

『そういうのいいよ』

 たまに合わないんだよな、この辺り。

 それはそうと、太ももをつねられて痛い。マリナちゃん、こういうことするのちょっと好きなんだよな。

「アラン、その、ありがとな。嬉しい」

 リューリちゃんはそっぽを向いて言う。この普通の可愛さが、なかなかの小悪魔ぶりだ。

『悪魔だからなあ。ホントだったら消すんだけど、アランが言うからなあ』

 ゴンさんは悪魔と天使と魔神が大嫌いすぎる。リューリちゃんは別枠にしといてよ。

『アランが言うからだよ』

 仕方ないなあ、という雰囲気でそんなこと言うし。

 最初は不快だっていう理由で分解とか消滅とかしようとするから、止めるのが本当に大変だった。今は納得してくれてる。


 そんなこんなで食事を終えて、お茶しながらマリナちゃんに午前中のことを話すことになった。

「アラン、わたくし怪談とか苦手なんだけど」

「え、そうなの?」

 魔神とか憑いてたし平気かと思ってた。

「あの、普通に怖いんだけど。なに、赤いものって。なんで、無い場所に道があるの。怖いんだけど」

 ガチで怖がっていらっしゃる。

 本当に悪いことした感じの怖がり方だ。こういうのキャーって楽しそうに怖がってくれるもんじゃないの。

『いやあ、無理じゃないか』

 途中から人ではなくて赤いものだと気づいた、というとこがマリナちゃん的には嫌だったらしい。

「あったことそのままなんだけど、ごめん。なんかそういうのの専門家を紹介してくれるってことになって。空いた時間に来てもらうことになったよ」

 マリナちゃんは凄く嫌がった。

 まあ分かるけど、法務官なんだしそんな怖い人はこないだろう。

 念のためバスタル法務官にも確認したとこころ、大げさにため息をつかれた。

 バスタル法務官のお弟子さんで、もう一人立ちしてる人だそうだ。

 元々は帝都でバリバリやっていたが、趣味が高じて怪談本まで出版したらしい。そこに、絶対表に出してはいけない大奥の怪談を載せてしまって、帝都から追放されたとか。

 どんな経歴だよ。

 とはいえ、けっこう興味を惹かれた。

 異世界にも稲×さんみたいな人がいるんだなあ。

『まーた変なヤツが来るんだなあ。アランの周り、ヘンなのばっかりだね』

 そんなことは無い。

 そう、そんなことは無い。

 みんな、こだわりの生き方をしてるだけだ。

『そのこだわり、意味あるのか?』

 無い。

 だけど、そういう無駄があるからそれなりに楽しく生きていけるんだよ。なんもなかったら退屈で汚い変なことするようになるんだ。

 若いヤツには分っかんねえだろうなあ。

『うわあ……』

 ゴンさんのそれ、結構キクな。

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