第32話 お分かりいただけただろうか

 マリナちゃと大ゲンカした後に、仲直りしました。

『セックスだろ』

 まあそうなんだけど、無粋なことは言うんじゃない。

 めちゃくちゃ怒鳴り合いして、マリナちゃんのやる肩パンチを我慢した後で、色々あって今は寝室で、寝台に寝そべっているって訳だ。

 この部屋というか、屋敷自体トリアナン伯爵が貸してくれた仮住まいだ。使用人まで貸してくれている。

「それで、アランはまた変なことになってたのね」

 セックスが終わった後は、時間を気にせずだらだらしていたい。怠惰にね。

「またってほどじゃ、あるな。うん、だいたいゴンさんのせいだけど」

『俺は関係ない』

 夫婦の会話に入ってくるな。ここは譲らないぜ。

『ちょっと悪かった。オレに謝らせるとかすげえことだよ。それはそれとして、しばらく別のとこでも見てくるわ』

 人のセックス見といてよく言うぜ。

『見てないって。犬猫の交尾見かけてもなんとも思わないのと一緒。じゃあ後でなー』

「また後で」

 ゴンさんは珍しくただの邪神像になってくれた。ほんとこれ、稀なんだよな。

 マリナちゃんはほっと息を吐いた。

「ゴンさま、空気読まないから、たまに困るわ」

「あれはあれで、言ったら分かってくれることもあるしね。ほら、悪意は無いから」

 ゴンさん、ガラル氏、二人ともそこらが苦手だ。サジャさんがいてくれたら上手く調整してくれるんだけどね。早く戻ってくれないかな。

「ゴンさまの話はいいわ。それで、アランはどうして追放なんて目にあってるの? わたくしのせい?」

 申し訳なさそうな感じのマリナちゃん。

「さあ、別に誰のせいでもいいよ。戻ってくるし、なんとかなってるし。それよりも、あの指輪ってすげえいいもんだよな?」

 魔神とかもうたくさんだ。

「うん、お金で買えるものじゃないわ。多分、それこそ皇帝陛下の持つようなものよ」

 マリナちゃんの目利きは、白蛇魔神しろへびまじんが遺してくれた遺産みたいなものだ。

 美術品としての価値とは別に、そこにある歴史やこもった意志を感じ取れるらしい。世界の記録がどうたらというクソ蛇だったから、その権能もなんとなく分かる。

「ふーん、じゃあ本当に異国か別世界のお姫様なんだなあ。なんか色々複雑そうだったよ」

 マリナちゃんは小さく笑みを浮かべた。

「見捨てられないって言うのね。アランは若い子になびかないから、そこだけは安心」

 熟女好きは性癖だ。マリナちゃんはいい女だし、二十年後も楽しみにしてる。きっと、その時はもっと楽しい。

「ガキは嫌いだよ」

「でも、助けたんでしょう」

 誰でもそうするよ。

「アクちゃん? のこと聞いてて分かったわ。アランは、その子が諦めてるから助けるんでしょう。わたくしの時みたいに」

 あれ、そうなのかな。

 俺はなんとなくそういうのが嫌いだから、ついヘンなことをしてしまう。深い理由なんて、無い。あるのかもしれないけど、自分のことなんて分からない。

「どうなんだろうな、よく分からない」

 マリナちゃんは、俺の胸板に頭を乗せた。

「ふふ、本当にアランはヘンなひと。小説の中から抜け出してきたわたくしの王子様」

 ちゅっ、と俺の乳首にキスしてくるマリナちゃん。こんの、どエロ病患者め。

「また会ったら、助けてあげて。アランにとっては、自分を救うことよ」

 それこそよく分からない理屈だ。

 俺はもう救われてる。システィナさんも、マリナちゃんも、助けられた。だから、俺にとってはハッピーエンドさ。

「続編ってのは失敗するもんだよ」

「そうね、ゼスト様の続編は無理感があったわ」

 マリナちゃんが大好きな少女小説に登場するヒーローがゼスト様だ。ちょいと悪っぽいイケメン主人公。きっと、俺より愛されてる。

 マリナちゃんは頭を移動させて、俺の頬にキスするとみせかけて肩を噛んでくる。

「痛い痛い」

「お話じゃないから、別に大冒険じゃなくてもいいの。でも、ガラル様にはついててもらって。あなたがいなくなるのだけはいや。一人にしないで、絶対に」

 見つめてくるのめちゃくちゃカワイイ。この小悪魔め。

「マリナちゃん、その、うん、嬉しいよ」

 上手い言葉は見つからない。

 こういう時にビシっとキメられる男前になりたい。いや、無理だな。俺には無理だ。

 こういうのが幸せというのか、正直なとこ分かってない。

 俺はどうにもそういうのが苦手だ。昔はそれが分かってた気がするけど、いつのまにかよく分からなくなった。

「好きよ、アラン」

「ああ、俺も」

 キスをして、目を瞑る。

 疲れているせいか、すぐに眠くなってきた。

 これが夢だったら、目覚めた時にどう思うだろう。苦笑いだけじゃあ耐えられないだろうな。






 ああ忙しい。

 ああ忙しい。

 砂と石の荒野には猫がたくさん。

 赤っぽい色で作ったストライプなシャツを着て、三角帽子を被った猫たちが、箱やら歯車やらを運んでいる。

 猫たちは四つ足と二足歩行のどちらもがいて、ニャアニャア言いながら働いている。

 ああ忙しい。

 ああ忙しい。

 空は曇った極彩色で、大きすぎる何かが曇り空の奥で蠢いている。





 なんだか変な夢を見ていた気がする。

 翌日はすっきり目覚めて、朝食の後にマリナちゃんが雇っている細作かんじゃ、簡単に言うと忍者みたいな連中が色々と報告をくれた。

 サーリー女史の本名は、サーリー・レモン。炭酸飲料みたいな名前で、姓だと思っていたサーリーが名前なんだそうだ。

 経歴に不審な点なし、薬剤ギルドからの借金なし。

 後は毛生え薬関連の利権から排除できれば問題ない。どうせ他のギルドの連中がなんか言うけど、それは俺がなんとかする。

 ガラル氏は爽やかな朝に不穏な気配を漂わせてやって来た。あの恰好で不穏じゃない方がおかしいので、いつも通りともいえる。

「坊ちゃん、おはようございます」

「おはようっス」

『もう朝か』

 ゴンさんが戻ってきた。本体とかどんな顔してんだろう。多分、ウーパールーパーだ。

『この次元の生物に似てるとか、どんな想像力してるの?』

 その呆れたような言い方はよせ。

「ガラルさん、なんか分かりました?」

「それは後程、また追放にあったとか」

「誰もいないとこに行ったら連れ去られるようなシステムっぽいんで、おちおちトイレも行けないですよ」

 ガラル氏から教えてもらったことだけど、いきなり消え去るみたいなのはダメらしい。台風の時に田んぼを見に行って行方が知れなくなる、そういう状況でないと追放は実行されないそうだ。

 前は野外で脱糞中に動物に襲われて消えた。今度はトイレにいったきり戻らなかった。不審死というレベルで片付く。

「連れションしかないですなあ」

 ガラル氏は、トイレに行かない。排泄とかしない人だ。一人で行ってんのかなあと思ってたが、一日一緒にいた時でも、食事の時以外では水も飲まないしトイレにも行かないから、ガチだ。

「クラウスとか使用人に頼んで、なんとかしてますよ」

 使用人の少年に頼んだら、勘違いされた。

 そういうのも嫌いではないんだけど、いやあどうかなあ。なかなか難しいところではある。

「ほほほ、随分と坊ちゃんが邪魔のようですな」

「笑い事じゃないですよ。それで、後回しにしたってことはサーリー女史にはなんかあったんでしょう?」

「さすが、なかなか鋭くなられた」

 ガラル氏はそう言って、俺の対面に座った。

 本当はマリナちゃんの席だけど、今は湯あみ中なので文句は言わない。

「サーリー女史はサリヴァン侯爵家の庶子でしたよ」

 飲んでいた茶を吹き出しそうになった。

 サリヴァン侯爵家といえば、帝国が始まって以来の大貴族家だ。ぶっちゃけ、マドレ侯爵と爵位は同じでも、立場はもっと上。

「マリナちゃんの雇った細作と、全然情報が違いすぎますよ」

「巧妙に隠されていましたから、普通の細作には無理でしょうな。それに、庶子とは言ってもかなり特殊な生まれのようでしてね。扱いきれずに薬剤ギルドに預けたというのが正しい」

「まーた厄介事かよ、もーう。いつもいつもなんなの」

『いつもどおりだな』

 追放だけでも厄介なんだけど、どうなってんだこれ。

 絶対ケンカ売ったらダメなサリヴァン家とか勘弁してほしい。

「まだ仔細までは分かっておりませんので、少し探りを入れて参ります。トリアナンを発つまでには調べもつきましょう」

「引き続き頼みます。ガラルさん、シオン教授にはオッケー出しますよ」

 俺の言葉にガラル氏は楽し気な様子だ。

「よろしいので? 坊ちゃんのお立場が危うくなりますぞ」

「庶子だったら大丈夫ですよ。ガラルさんがいなかったら、どうせ分からないくらいの情報だったんだし、一緒です」

「短慮ではございませんかな」

『それよりさあ、探検に行こうぜ』

 ちょっと、ゴンさんは少し黙ってて。

『ダメだ。昨日のはちょっと楽しかったら行くぞ』

「ゴンさんがこう言ってるし、とりあえず指輪はオッケーで。シオン教授にも一応は話すから、問題は後で片付けたらいいよ」

 ガラル氏は小さく笑った。

「それでこそ、アランです」

 ガラル氏は暴力が大好きだからなあ。今回はそんなことにならないって、大丈夫大丈夫。

『早く行こうぜ』

「今日はシオン教授と会って、指輪選びにいくのとトリアナン観光してきますよ。昼からはマリナちゃんと合流するんで、ガラルさんも引き続き頼みます」

「御意に」

 なんとしなしに、そういうことになった。




 トリアナンの街は、ガヤガヤしている。

 印象的には大阪みたいな感じだ。

 経済が活発なだけあって、色んな店があって色んな人がいて、みんな忙しそうに速足で歩いている。流しの馬車が流行っているのも、帝都にはなかった風景だ。

 どこか荒々しく、生命力に充ち溢れている。

 ドーレン領とも近いので、今まで何度か来たことがあるが、ここでは風俗にはいけなかった。

 行きたくても、流石に顔が割れていると入れない。貴族の種は色々と問題になるからだ。

 シオン教授と俺は流しの馬車に乗って、貴族用のマーケットに来ていた。

 宝飾品の店だ。帝都の店にあったような品格は無くて、ハンチング帽を被っていても、店員さんに注意されることはない。

「いやあ、アランくんがいてくれて心強いよ」

「で、指のサイズとか分かってるんでしょうね?」

「……」

 シオン教授は黙った。

 そこからか。

『なんで人間ってつがいになるのに石を渡すんだ?』

 知らん。

 なんでかそういうことになっている。

 俺の場合は、そういうのを買うっていうのは独身にふんぎりをつけるためだと思ってる。こういうことしなきゃ、勇気が出ないんだ。

『ふーん、ヘンなの』

 人間はヘンな生き物だよ。

「教授、金渡しといてなんですけど、サーリー女史にはもう約束してるんでしょうね?」

「え、まだだよ」

『ぶはははは』

 笑うとこなんだけど、俺的にはしんどい。でもまあサプライズはそれはそれでアリだ。これで断られたら地獄だが。

「サイズは後で治してもらいましょう」

 そういうことで、教授が悩みに悩んで選んだのは赤い宝石のついた指輪だった。デザインは無難。

 帰り道、馬車には乗らずにシオン教授と歩いている。

 トリアナンは屋台が多くて面白い。それに、ここではお姫様暗殺なんてことも起きないから気楽だ。

 トリアナン名物の蕎麦クレープがあったので、一つ買う。

「俺は、中にリンゴ入れたやつ。教授はどうします」

「んー、僕はこの肉の入ったのがいいな」

 屋台の売り子は珍しい狐人で「まいど」と短く言って、クレープを慣れた手つきで焼いていく。

『食べ物を加工する文化は結構面白いな』

 食い物は美味ければ美味いほどいい。たまに食いたくなるのが寿司だ。米が無いからなあ。

『あれは冒涜的すぎるだろ』

 ゴンさんの感性は分からん。

 出来上がったクレープを受け取り、男二人で食いながら歩く。

「教授は、サーリー女史といつからそういう仲になったんです」

「学院にいるころに、娘のことでいくつか世話になってね。サーリー女史は娘とも仲良くなって、その縁で食事やら何やら、こっちに来るっていうことになる前、キミの開いた祝勝会があっただろう?」

 皇帝陛下がお忍びで来たヤツだ。あのイケメンのおかげで、色々大変なことになったんだよなあ。

『アラン、人のせいにすんな。マリナのために必死になったせいだろ』

 認めます。

「あの時に、ですか」

「うん、まあそういうことだね。その前から、お互いに好意はあったよ。僕の勘違いじゃないなら」

 それは無いだろう。

 入院の見舞いに来た時から、先生と助手の距離感じゃなかった。気づいていてもこういうのに口を出さない。それも中年のテクさ。

「本当のことを言うと、いまさら女性にっていう気持ちはあったんだよ。アランくん、キミが魔神殺しをやってまで奥方を救ったじゃないか。あの時に、へんな恰好をつけなくていいと思ったんだ」

「なんですか、それ」

「ははは、いいんだ忘れてくれ」

 よく分かんねえ。

 クレープを食べ終わった時、シオン教授が後ろを振り向いた。

「あれ、おかしいな」

 教授が首を傾げた。

「どうしたんです?」

「いや、さっきそこに見覚えのある顔が」

 辺りをきょろきょろ見回してシオン教授が「あっ」と声を上げた。

「知り合いですか?」

 シオン教授の見ている先には、ドレス姿の女がいる。なんだか、妙だ。

「まさか、そんなことが」

 シオン教授はクレープを投げ捨てて走り出す。

「ちょっと、なんですか」

『うーん? なにこれ』

 俺も後を追って走る。ゴンさんは後回しだ。

『走れ走れ、明日に向かって』

 まだ午前中だぜ。

 シオン教授は女を追って走る。俺はその背中を追って。

 女に近づいたら、女は離れていく。

 なんだか妙だ。女は歩いているというより、宙を滑っているような、そんな移動の仕方だ。走っているのに追いつけない。

「教授っ、まってっ、なんかっ、おかしいっ」

 叫んでみるが、教授に声は届いていない。

 追いかけっこを続けて、次の曲がり角に来た。薄暗がりの細い路地に、女はぽっかりと浮き上がっているように見えた。

 手招きをしている。

 あ、これは人じゃない。

 よく見たら、女は赤い何かになっている。人のシルエットをしているけど、これは赤い何かでしかない。

 あの路地はダメだ。

 薄暗がりの先は、何か違う場所だ。

 俺は、角を曲がろうとする瞬間を狙ってシオン教授にドロップキック。ギリギリ当たって、二人して地面に転がるはめになった。

 俺は息が切れていて、シオン教授はもっとひどい過呼吸みたいな状態だ。

「ちょっと、教授、あれ、なんですか」

「はっ、はっ、死んだ、母だっ」

 幽霊、お化けかよ。無茶苦茶だな。

「そんな、いいもんじゃ、なさそうですよ」

 俺が見上げた先、そこには薄汚れた壁がある。

 さっきまであった路地は消えてなくなっていた。

「なんで、さっきまで、道が。アランくん、あれは、なんだ」

「さあ、誰かに魔法で騙されたとか、そういうもんじゃ、ないですかね」

 魔法とか幻術に騙されたってのは、幽霊よりも現実的だ。

 その可能性は低い。

 魔法で騙すっていうのはこんな変なことはしない。それこそ、幽霊が出たって演出を魔法でやるなんてのは、無理がありすぎる。

「そんなことが、あるはずない」

 シオン教授の明晰な頭脳は、それを理解している。

「くっそ、また訳が分からんことになった」

『いつものことだろ』

 そうなんだけど、ゴンさん、なんかヒントないの?

『んー、魔法ではないんじゃない』

 お化けだとしたらどうしたらいいのか。

 霊能者でも探すか、それともハニトラ司祭のラスターレにでもお祓いを頼むか。

 また妙なことになってきた。

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