第31話 カンフーごっこで骨折したことがあるよ

 トリアナンは辺境経済の要だ。

 帝国にかつてあった巡礼の変という内乱だか政変以降、廃れていた魔法が徐々に隆盛。大気中の魔力も活性化して、迷宮という訳の分からないものが経済資源になった。

 魔物とか、肉がめちゃくちゃ美味い。

 骨が鉄だったり、爪が鋼だったりという怪物が世に生まれるようになって、今の魔法全盛時代になったとか。

 トリアナンも、昔は大森林に近いだけでなんも無いクソ立地だったが、今では経済の要所だ。辺境では最も発展した都市とされている。

 俺の実家であるドーレン伯爵領は、そんなトリアナン伯爵領と隣接している。

 トリアナンとは切っても切れない縁があって、数日休んで、さあ出発ともいかない間柄だ。



 だから、今日も夜会とかいう退屈なものに出ている訳だ。



 周りは貴族、ワイン、給仕、貴族、食い物、ダンス、バンドマン、貴族、こんな感じの立食パーティーだ。

 もう二日目だぜ。

 薄汚れた旅姿からフリフリな貴族服に着替えて、トリアナン伯爵に挨拶しにいったらすぐ歓待の宴で、次は婚約おめでとうパーティーで、明日は侯爵就任の御祝儀パーティーだ。

 シオン教授のことはひとまず棚上げで、俺とマリナちゃん、クラウスにバスタル一等法務官はパーティーをお楽しみ中だ。

『クソつまんねえな、これ』

 ゴンさんが言うように、クソつまんねえ。

 貴族社会は本当に面倒だけど、パーティー自体は政治的な意図やら経済ブン回しのために無理にやっているところがあるのも事実。

 かつて、経済破綻寸前までいった帝国を持ち直させた毒蛇皇帝という方が、公共事業の優遇やら貴族パーティーの減税とか、色々とヤバい法律を作ってくれた。おかげで、貴族なんてのはだいたい成人病で死ぬようになっちまった。

 インバウンド最高。

 経理なんて高卒の俺に無茶を言うな。インバウンドってなんなんだ畜生め。

「帰りてえな」

 口を突いて出た言葉に、隣にいたクラウスが焦った顔をする。

「バカ、口を閉じろ」

 この野郎、言うようになりやがって。

 金髪でいかにもお坊ちゃん然としたイケメンのクラウスは、面識の無い連中から俺と間違われている。

 だけどまあ、実を言うとこの辺りじゃ俺は有名人だから、クラウスと間違えるヤツなんてのはモグリだって自己紹介してるようなもんさ。

『なんで有名人なんだ?』

「帆布を使ったズボンを青く染めて、ジーンズを作ったのは俺だぜ。丸パクリだけどな、あれで有名になった。あと、他にもスノボー広めたんだ」

『へー、スノボーってどんなんよ』

 見せてやろうか、俺のセブンツー。これだけは普通に自慢できる腕さ。

「スノボゥって平民の間で流行ってる雪を板で滑るヤツだろ。まさか、アランが始めてたなんて、バレたら立場が」

 と、ゴンさんの声が聞こえないクラウスが答えた。

 クラウスは俺の独り言が、心の病気的なものと思っているらしく、最近は突っ込みすらしなくなった。

「ここは帝都じゃないんだぜ。痛くも痒くもねえよ。それにな、スノボーはめちゃくちゃ楽しい。今度連れていくよ」

「へ、平民に混じってそんなことできるか」

「ドーレン領じゃやるんだ。それに、年食ってから楽しさ知っても遅いぜ。一回くらいは付き合えよ」

 中年の悪あがきなんのは、中年のテクを身に付けられなかった普通の中年がやるもんさ。

「あ、まあ、そういうことなら」

 ぶっ殺されそうになったこともあるけど、クラウスとは友達だ。俺的には弟分って感じだ。

『ふーん、オレを置いてそっちと話しちゃうのね』

 ゴンさんの女子中学生的な部分はマジでウザい。

「ゴンさん、そういう扱いなんてしたことないよ。分かってるのにそういうこと言うもんじゃないぜ。クラウスにも声を届けてやりゃいいんじゃねえの」

『こいつはまだダメ』

 判断基準が全く分からん。

「マリナちゃんはどうしてっかな」

 探してみると、貴族のマダム達とお喋り中のようだ。マリナちゃんは女の仕事をしている。

 感嘆に言うと、貴族の奥方たちに顔を売って、舐められないようにするってだけのことだ。女の世界は男が立ち入るもんじゃない。

「女のとこには行くなよ。足を引っ張ろうとしてるヤツも混じってるはずだ」

「そんなことしねえって。それより、焼酎無いか? ワインはもたれてしんどい」

 酸っぱいし、そんなに好きじゃない。

 トリアナン名物のカニ料理も並んでいる。

 これは蟹人っていう魔物の肉だ。めちゃくちゃ美味いが、すげえ太る。鍋にして日本酒やりたいけど、あんまりこっちじゃ鍋料理は人気が無い。それに、米が無いんだよなァ。だかに日本酒も無い。呉春は最高に美味いのに無いんだ。

「アラン、話は終わってないぞ。父さんの派閥は、アランを狙ってる」

 クラウスはバイアメオン家の次男坊だ。俺をボコボコにしたことを咎められて、勘当されたということになっている。

 別に、こいつが家のスパイでも問題ない。

「クラウス、ガラルさんもいるしギルドの護衛もみんなヤバいヤツらだ。命の心配はないって」

「そんなんじゃない。失言一つでも命とりなんだ。アラン、そこは分かれよ」

 帝都に近いところじゃそうなんだろう。

 トリアナンからドーレン領は辺境だ。帝都とは違う。

「辺境に入ったんだ、トリアナンとドーレンじゃそこは問題ないって。ま、しばらくしたら分かるよ」

 心配性だなあ。

 異世界だけど、帝都を東京としたら、この辺りはS県とかA区みたいなもんだぜ。

 ワインを一口やると、やっぱり酸っぱい。甘いワイン無いのかよ。

「ちょっと小便してくるわ。クラウス、適当に繋いどいてくれ」

「仕方ないヤツだな。休んだら戻れよ」

 俺は苦笑いで応えて、トイレまでの道を進む。

 パーティーはしんどい。どこかで時間を潰して少し休もう。

 トイレにたどり着いて、小便をする。

 異世界のトイレは壁にぶちまけて排水溝に流れていくタイプだ。意外にこの辺りは発展していて、常に水を流したりで清潔さを保っている。

『すげえ勢いだな』

「飲みすぎた。若い内からこんなに飲んでたら、早死にするぜ」

 長生きする気なんて無いけど、身体の衰えが苦しいのは知ってる。筋トレしねえとな。

 水瓶の水を柄杓で掬って、手を洗う。

「ゴンさん、大人になるって知ってんのに、二回目でもこんな気分になるんだな。なんか、変な感じだよ」

 今までと違う生活が始まるけど、なんとなく予想はついていて、今までとは嘘みたいに変わる。それが大人になるってことだ。

『アランのそれ、いつもの悪い癖だぞ。お前、いつも幸せを手放す理由を捜してるだろ』

 グサっとくることを言ってくれるよ。

「いや、俺は、……そうなのかな」

『そうだよ。マリナを傷つけるのも怖いし、あのクラウスっていうのにもカッコ悪いとこ見せたくないから、離れたがってるじゃないの。失敗すんのが怖いからって、自分でぶち壊そうとしてるだろ。そんなことして面白いか?』

 何か言おうとしたが、言葉が見つからない。

 こういうのって、俺が気づくまで待つとかそういうのじゃないのか。

『そんなこと、する意味ない』

「ゴンさん、なんか言葉が見つからないけど、正直しんどいぜ」

『いいや、嘘だね』

 くっそう。返す言葉が無い。

 いつもゴンさんは正しい。

「どうしたらいいか分からないんだ。なあ、結婚だぜ。ヤクザとケンカしろってならできるよ。負けてもぶっ殺されるだけだし」

 そんなことはしないけど、たとえ話だ。

「ゴンさんも知ってるだろ。俺はいつも失敗してきた。だから、マリナちゃんも、クラウスだって、人生メチャクチャにするかもしれない。前から、全部、俺のせいだよ」

『時間も正しく認識できないニンゲン如きが何言ってんだ。お前らニンゲンは未来を認識できるような生命じゃないだろ』

 明日のことなんて分からない。

 だけど、俺じゃなかったらなんとかなったかも知れない。

 それはいつも、俺の中にある。

 出会わなかったら、全てが幸せな未来があったんじゃないか。俺はただ一人なだけで、キミはどこかで幸せに生きている。そんな未来があったんじゃないかと、いつも考える。

「だけど」

『無いよ。そんなもんはどこにも無い』

「今度は失敗すんなって言いたいのかよ」

『そんなこと言ってねえじゃん。お前らの命に成功も失敗も無い。ほんとお前バッカだなあ』

 俺はずっと前から馬鹿者だ。

「そんなこと、俺が一番よく分かってる」

『分かってないね。成功やら失敗とか、小さいことにこだわってるのアランだもん』

「俺はそんなことに、こだわってない」

『嘘つくな。アランの考える成功っていうのは、アランが存在しない世界だ。お前がいることはなくならないし、これからも残り続けるのさ。だから、みんなここにいる』

 泣きたくなった。

 本当はずっともう限界だった。考えないようにしていたけど、俺は怖がっている。手の中にあるものを失うくらいなら、自分で捨ててしまいたい。

『アランは馬鹿だなあ。魚は一匹だけで生きるのもいるよ。でも、なんにも捨ててない。そういう生命なだけだ。お前は違うだろ』

「違って、いいのか」

『いいんじゃないの? わざわざ魚みたいな生き方する必要なんてないし、それじゃあオレもつまんねえもん』

「ゴンさんの言うこと全然分からないけど」

『なに?』

「もう少しやってみようっていう気になったよ」

『ふーん。オレはどっちでもいいぞ。アランが選ぶことだからね』

 俺が選ぶことだ。

 捨てる訳にはいかないよなあ。どうせ、やったら後悔する。

 前世で、父親とのことは早い段階で捨てちまった。結局、死ぬまでまともに話したことがない。

「もうちょっと、やってみるよ」

『そうこなくっちゃ』

 俺はポケットの中のゴンさんの感触を確かめた。木彫りの硬い感触があるだけだ。

『くすぐったい』

 よし、気合入れていくか。

 どうせ、死ぬまで続く。マリナちゃんより長生きすればいいだけだ。


 トイレの扉を開けて、意気揚々と一歩を踏み出したら、なぜか昼日中の見知らぬ街中にいる。


「昨日の今日でやるなよ」

 追放とかいい加減にしろよ。なんで一週間以内に二回も世界から追放されねばならんのか。

『ぶはははは、アランの前途多難さは面白いなあ』

 笑うとこじゃないよ、ゴンさん。

 ていうか、ほんとにどこなんだ、ここは。

 周りはアジア人だらけで、もん凄い香港映画の街並み的な風景だ。街行く人も、髪の毛を団子にして布で巻くやつをしている。香港映画と実写版西遊記以外で初めて見た。

 周りからジロジロ見られてるし、西洋人っぽいの俺だけだよ。なんだこれは。

「ゴンさん、戻してもらっていい?」

『探検しようぜ』

「いや、大事なパーティ中なんだし」

『探検しようぜ』

「いやいや、クラウスとマリナちゃんも待ってるし」

『探検しようぜ』

 こうなるとゴンさんは梃子でも譲らない。

「そうするかあ。どうせ、パーティー退屈だし」

 もういいや、探検しよう。見知らぬ街を。

 ちょっと詩的だな、このフレーズ。

 とりあえず通りを歩いてみると、様々な露店があってアクセサリーやら服やらが並べられていた。

 どれも香港映画風だ。

 チャ〇ニーズゴースト×トーリーという映画が好きでよく見ていた。2は観なくていいが、1と3は面白かった。そんな感じの文化なようだ。

 露天商にはアラブ風の人種もいるし、俺も珍しいってだけで騒ぐほどではないのだろう。視線は感じるが、悪意は感じない。

 大きな通りに出ると、緑茶の屋台があった。

 大鍋でぐつぐつ緑茶らしきものが煮たっていて、小さな店には抹茶風の甘い匂いが漂っている。

 ポケットには銀貨が少しあるし、ちょっと休んでいくか。

「なあ、銀貨、外国のでも使えるか」

 売り子の、髪をツインテールにした女の子に言うと、ニカッと笑う。絵に描いたようなチャイナガール感だ。活発な感じでカワイイ。

「大丈夫ヨ。でもお釣りない」

 言葉はアクちゃんの時にも通じていたし、問題ないみたいだ。

「じゃあ、なんか食い物があったらそれつけてくれ。釣りはいらないよ」

 無駄遣いしたっていいじゃない。侯爵なんだもの。

「まいどあぁりぃ」

 チャイナガールが銀貨と引き換えに渡してくれたのは、肉まんみたいなものと竹筒に入った焼き栗だ。

 陶器のコップに、緑色のどろっとした熱いお茶らしきものを入れてくれる。

 ぐつぐつ煮たった大鍋から、柄杓で茶を入れるというのはなんとなく観光地的で良い。

 近くに長椅子があったので、座って茶を飲む。

「あっま」

 なんだこれ、甘っ。これ大阪で飲んだグリーンティーって謎の飲み物そっくりだ。大阪では冷たいのだったけど、こっちのは熱い。すげえな、何年ぶりだ。

『美味いのか?』

 すげえ変な味だけど、けっして不味くはない。

「甘いんだよ、凄く」

 肉まんを食べると、これも大阪で食った肉まんを思い出す味だ。あれより味は薄いけど美味い。そして、甘い飲み物と全く合わない。

『肉かあ、ニンゲンは好きだよなあ』

「うまいうまい」

 肉まんを食べ終えたら、あつあつの焼き栗の皮を剥いて食べる。

 美味い。

 普通に焼き栗だ。これも前世以来か。天津甘栗はもっと甘かったなあ、こっちはそんなに甘くないけど、これはこれで素朴で美味い。

「あー、腹に染みるぜ」

 ラーメン食いたいけど、そうなるともう少し酒を入れたい。

 長椅子で息をついていると、どこからか笛やら鈴の旋律が聞こえてくる。

 ワニと馬を混ぜた変な生き物が引く馬車らしきものが、通りをやって来る。何やら楽隊が先導していて、兵士が守っている馬車だ。高貴な人が乗っているんだろう。

 特に平服する必要はないようだけど、人々は道の端によって進行を妨げないようにしていた。

「おー、行列だ」

『行列だなあ』

 このチャイナ感。探検してよかった。いい土産話になるぜ。

 行列が真横を通り過ぎるのを観察する。

 帝国と違って、みんなチャイナ風だ。異世界にもチャイナがあるのが面白い。ここ、どういう場所なんだろうか。

「豪勢な馬車だなあ。あのワニみたいな馬、なんか面白いなあ」

『間抜けな顔してんなあ。水陸両用みたいよ』

馬界うまかいのズゴックだな」

 馬のような体型のワニで、頭と足は鱗だけどそれ以外は白い羊毛みたいなのに覆われている。ワニっぽい顔だけど、眠そうな感じでちょっと面白い顔をしていた。

 豪勢な行列を見ていたら、何やら茶店のチャイナガールがごそごそしている。

「お客サン、ツいてないね」

「え、なんだ」

 チャイナガールは酷薄な笑みを浮かべて、何かを行列に投げた。

 投げ放たれたのは小さな包みで、それはワニ馬の顔に当たって開いた。何かの粉のようだ。

「ゴアアァァァァ」

 ワニ馬が嘶く。そして、暴れ始めた。強烈に力があるらしく、馬車が揺れて御者が振り落とされる。

「おいおい、なんだよ」

 チャイナガールはいつの間にか青龍刀みたいなのを手に、護衛の兵士に襲い掛かっている。通りからは黒尽くめの連中が剣やら槍やらを手に馬車に向かっていた。

『催し事?』

「そんな訳ないよなあ」

 すぐに場は混乱を始めた。悲鳴に剣戟、これじゃあ本当に香港映画だよ。とりあえず店の奥に逃げよう。

 厨房に退避しようとしていると、馬車のドアが開かれるのが見えた。

 チャイナガールが引きずり出そうとしているのは、アクちゃんだ。

「退位して頂くヨ」

 チャイナガールはアクちゃんに言うやいなや、青龍刀を振りかぶる。そして、悲鳴。

「あっつッッ」

 熱々のグリーンティーをひっかけてやった。沸騰してたし、熱湯コマーシャルなんて目じゃないだろうよ。

「アクちゃん、こっち」

「外人ッ、てめえ、よくも」

 チャイナガールが憎々しげに言ってくるので、さらに柄杓で熱々のグリーンティーをかけてやる。

「あっつぅっ」

「アクちゃん、逃げっぞ」

 走ってきたアクちゃんの手を取って、最後にもう一回熱々のお茶を柄杓ごと投げつけて、俺は走る。

『もう熱いのかけないの?』

 いやいや、そんな悠長なことしてたら他のヤツに斬られるよ。

「おぬし、あの時の、まる出し男か」

「アラン・ドーレンだっ。普段はまる出しじゃないぞ」

『花瓶で隠してんの、よかったぜ』

 忘れたい思い出だよそれは。

 とりあえず走る。アクちゃんは足が遅い。抱きかかえて走るってのは無理だ。子供一人抱えて走るなんて、俺じゃ無理。お兄ちゃんなら余裕なんだろうけど。

 前方から、ワニ馬に跨った兵士がやってくる。

 あれが敵だったら死ぬなあ。

「ゴンさん、戻れるか」

『んー、もうちょい』

 こんな時にもったいぶるな。普通に死ぬだろ。

「カッコつけたくせに、足が遅いヨ」

 背後からの声に、アクちゃんを突き飛ばして俺は転がる。頭のあったところを刃が通り過ぎていた。

 転がって向き直ると、青龍刀を構えたチャイナガールがいる。鬼の形相だ。そりゃあ、熱湯ぶっかけられたら怒るよなあ。

「よせよ、カワイイ顔が台無しだぜ」

「お前、後で殺すヨ」

 ヤバい。

 チャイナガールはアクちゃんを今度こそ斬り殺すつもりだ。

「ゴンさんっ、ウツボ」

『よしきた』

 ポケットに手を突っ込んだらぬるっとした感触。つかんで、そのまま思いっきり投げた。

 宙を舞うウツボ。

 チャイナガールに、海のギャングと漁師に呼ばれているウツボが迫る。

「なっ、なんだい」

 いきなりウツボを投げつけられたら、そりゃあ驚く。

 チャイナガールは咄嗟に手でウツボを振り払おうとしたけど、運が悪かったようだ。ウツボに手を噛まれている。

「ぎゃぁっ、いっだ」

 この隙に立ちあがり、アクちゃんの手をとって立ち上がらせて走ろうとしたら、目の前にはワニ馬に跨った男前が迫っていた。

 それこそ香港のイケメン俳優みたいな、とんでもない美形の男がワニ馬から槍みたいなものの刃先を俺に向けていた。

「アク様、ご無事ですか」

 あ、味方か。

「この異国人はわらわを助けたのじゃ。賊はその女ぞ」

 アクちゃんが指さすところに、すでにチャイナガールはいなかった。頭を斬られたウツボが転がっていて、その口にはチャイナガールのものらしき指があった。可哀想に、指を食いちぎられたんだろう。

 ウツボは釣れるとマジで危ないから、なんとなく触っちゃダメだぜ。

『海のギャングだからね』

 それはもう言ったよ。

 イケメンは俺に向けていた槍をひっこめた。

 まったく、生きた心地がしないぜ。

「アクちゃん、よかったな。なんとか助かったみたいだ」

「二度も助けられるとはの。ジウ将軍、こやつは恩人じゃ」

「アク様がそう仰るのであれば」

 イケメンは鋭い目で俺を睨んだままだ。

「アラン・ドウレンじゃったな。これは命の礼じゃ、ぬしに賜ろう」

 アクちゃんは右手の親指に嵌めていた指輪を外して、俺に差し出した。

「姫様ッ」

 イケメン将軍が声を荒げた。イケメンは声まで美声だ。少し高いが歌手でも通じそうないい声である。

「わらわのすることぞッ、口を挟むでない」

 なんだか険悪だな。無理に貰うようなもんじゃないぜ。

「礼が欲しくてやったんじゃないさ」

 ガキからものなんて貰えるかよ。

「よいのじゃ。どうせ、誰かのものになるなら、恩人に渡したい」

 アクちゃんはなんだろう。なんとなく放っておけない感がある。

『そろそろ時間だぜ』

 ゴンさん、ここでそういうこと言うかなあ。

『ほんとに時間なんだって、なな、ろく、ごお』

 分かったよ。

「じゃあ貰っとくよ。あと、苗字はドーレンだ」

 ドウレンじゃないぜ。ニヤっといつものキメ顔をしてやると、アクちゃんは変なものでも見る顔をした。

 指輪を受け取った瞬間、景色が切り替わる。


 パーティー会場に戻っていた。


 誰も俺のことなんか気にしてないのか、突然現れたのに、驚いたのは目の前にいた給仕の少年だけだ。

「あ、えっ」

「ああ、いいんだ。気にするな。ちょっと水、もらうぜ」

 酒はもういいや。

 水差ごと貰って、そのまま口をつけて飲む。

 転げまわったせいで、パーティー衣装は砂だらけでひどいことになっている。

「指輪、なあ」

 アクちゃんから貰った指輪は、金のリングに緑色の見事な宝石がはまったものだ。値打ちモノだと思う。後でマリナちゃんに見てもらおう。

 なんだか指輪に縁がある。

「アラン、なんて恰好を」

 クラウスがやってきて、開口一番これだ。

「色々あってな。また追放されて、今度はカンフーしてきた」

 ジャッ×ー・×ェンとブルース・×―の映画は大好きさ。昭和生まれだからね、ヌンチャクも持ってたよ。

「クラウス、なんか色々悪かったな。暴れたらすっきりした。侯爵として、頑張るぜ」

 クラウスはため息をはいた。

「そんなボロボロで何言ってんだよ」

 さて、辺りからは微妙な視線が集まってきた。

 マリナちゃんが笑顔でこっちを見ている。

『おっ、いい笑顔』

 違う、そうじゃない。

 あれはブチギレてる。

 めちゃくちゃ怒られるだろうなあ。この指輪でなんとか誤魔化してみるか。


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