壮大な蛇足編 アウトキャストの巻
第30話 なんか五年くらい寝てた気がするぜ
旧マドレ領への旅は順調だ。
マドレ領へ行く前に、俺の実家であるドーレン領へも行かなければならない。そういうことで、トリアナンを経由する大回りのルートでキャラバンは進んでいる。
秋口の旅はなかなか快適だ。
三ギルドからの人員はみんな優秀で、シオン教授の護衛ということを度外視しても、旅は安全で楽しく進んでいる。
俺、ことアラン・ドーレンは色々あって、ふたなり美少女のマリナちゃんと結婚して、マドレ侯爵領を乗っ取ることになった。
魔神と口ゲンカしたりチンピラにボコ殴りにされたり、色々あって今に至る。
何はともあれ、いつものメンツで俺たちは旅の空。
宿場町まではまだ距離があるため、今日は街道沿いでキャンプしている。
キャンプファイヤーは盛り上がり、リューリちゃんが異様に上手い歌声を披露したり、ゴンさんのテンションが上がってカツオを出したり、それをタタキにして食ったりと、盛り上がりに盛り上がったのがさっきまでの記憶だ。
「どこだ、ここ」
俺ことアラン・ドーレンはケツ丸出しで見知らぬ部屋にいる。
というか、さっきまで俺たちはキャンプファイヤーでめちゃくちゃ盛り上がっていた。
途中で腹が痛くなり、トイレというか野外できばった後に痔の薬を塗っている最中だった。それが、気を抜いた瞬間に見知らぬ部屋にいる。
アジアン風な内装の部屋だ。金のかかった調度品からしても、貴族の別荘だろうか。
「ふむ、転移させられたようですな」
ガラル氏はこの状況で平然とそう返した。
野外での脱糞は動物に襲われる危険があるため、ガラル氏に見張りを頼んでいたんだけど、どうやら二人して瞬間移動したみたいだ。
「な、なんじゃ貴様らは」
こちらを指さして叫んでいる見知らぬ小娘がいる。
「痔の薬を塗ってたんだけど、キミは誰よ」
ハプニングにも慣れてきたつもりだったが、こういうパターンが来るとは思ってなかった。せめて服は着させろ。
「な、なんで下半身裸なんじゃ、わ、わらわを襲うつもりかや。やらせはせん、やらせはせんぞ」
小娘はド×ル様みたいなこと言いながら威嚇してくる。
珍しい黒髪で、見た目は中学生か小学校高学年くらいか。なんだか香港映画みたいな見慣れない衣装を着ているし、アジア系の顔立ちだ。
下半身裸の男と、邪教徒スタイルのガラル氏が突然現れたら取り乱すのは分かる。
「待て、落ち着いてくれ。俺も突然のことで驚いてる。無茶過ぎて逆に冷静になってるけど、とりあえず隠すもんなんかくれ」
こんな時に頼りになるガラル氏は、辺りを見回しているだけで助けてくれない。
「訳の分からぬことを。帝の寝所に忍び込んでただ済むと思うなよ」
とりあえず、すぐ近くにあった花瓶を拝借して、股間を隠すことにした。
これ、昔のピンク映画で見た構図だ。シャ×ン・ストーンさんのデビュー作で花瓶が絶妙に大切なところを隠していて、当時中学生だった俺は転げまわって「どうなってるんだー」と叫んだ記憶がある。
そんなことはどうでもいい。
「ちっくしょう。絶対ゴンさんだ、こんなことするのゴンさん以外にありえねえ。ゴンさーんっ、どこっ、隠れて見てたらマジで怒るぞっ」
叫んでみるが、いつもの返事が無い。
ゴンさんはキャンプファイヤーで盛り上がって歌い始めたリューリちゃんを気に入って、あっちに引っ付いていたはずだ。
もしかして、ゴンさんじゃない?
「坊ちゃん、これはどうやらゴンさまの仕業ではないようですぞ」
ガラル氏は何事か分かったようで、そう言った。小娘は完全無視だ。
「え、どういうことです」
「どうやら
「え、なんか不穏なんだけど、なにそれ」
「ふむ、簡単に説明しますと、存在してはならないと神の如き何者かに判断されて、我々は異国か別世界かのどちらかに弾き飛ばされたのです。あのタイミングであれば、私が裏切ったか魔物に食われたということで矛盾なく消せますからな」
どういうことだよ。
新婚早々に起きるような事件か、これ。マリナちゃん一人にしたら何するか分からないし、めちゃくちゃ大変だ。
「き、貴様ら、訳の分からぬことを言いおって、わらわを無視するでないぞ」
小娘のこと忘れてた。
「あ、ええと、とりあえず落ち着いてくれ。ガラルさん、これなんとかならないんですか」
「私も三百年ほど前に一度追放されて自力で戻りました。少し面倒ですが、方法は分かっております。ご安心を」
やった。流石のガラル氏。頼りになるぜ。
「とりあえず、マリナちゃんが怒る前に帰りましょう」
「サキュバスクイーンの心臓が手に入れば帰る見通しはつきます」
ガラル氏はどうしてこんなに正直なのか。
そこらの金物屋に売ってるような言い方だけど、入手難度Sだろそれ。
「その辺で饅頭みたいに売ってないでしょ、それ」
「半年もあれば探せるでしょうな」
マリナちゃんが何するか分かんねえ。
困ったどころの話ではない。
マリナちゃんは男に捨てられてギター始めたり、突然R&Bに目覚めたり変なことし始めるタイプだ。
「ゴンさーんっ、ちょっと来て。なんか変なことになったから、すぐ連れ戻してっ」
こういう時はヤツに頼るしかない。
花瓶で股間を隠して突然誰かを呼び始めた俺を、目の前の小娘は狂人を見る目だ。まあ分かる。
「な、なんなんじゃさっきから、魔羅まる出しで現れて訳のわからぬことを」
下半身は事故だ。あと女の子がそんな言葉を使うな。
俺も訳が分からねえ。
ここ何か月か信じられないことしか起きてない。
瞬間、部屋中に眩い光が。
「まぶしっ、ゴンさんかっ」
『オレだーッ』
目が慣れてきたら、いつものように木彫りの邪神像が床に鎮座している。派手な登場はやめろ。
『アランにガラルっ、オレの見てない隙になんか面白いことしてたら承知しねえ』
「面白いことなんて何もないって」
不意に、ゴンさんが黙る気配があった。
『ぶはははは、丸出しなの花瓶で隠すって、それ流行らないだろ』
俺も逆の立場なら笑う。
こんなもんが流行ってたまるか。
「……流石はゴンさま、追放に追いつきますか」
ガラル氏は感心したようにそう漏らす。
確かに凄いんだろうけど、今はゴンさんに賭けるしかない。
「もういいから、ゴンさん、元の場所へ連れてってくれない? 後でなんかお礼するから」
『ええー、オレがやるの』
今は頼みを聞いてほしい。それに、こんなことゴンさん以外にできないよ。
「マリナちゃんが心配だから、頼むよ。ゴンさん、こういう頼み事を嫌がるだろうけど、頼れるのゴンさんしかいない」
『んもー、オレがいないと何もできねえんだから』
なんかこういうのズルっぽいんだよなあ。
ゴンさんは何か訳の分からない神様的なものかも知れない。そんなことは関係なしで、利用するようなマネはしたくない。
『分かってるって。アランが自分でここに来たんなら戻したりしないし』
友達を利用するなんて、転生してまですることじゃない。だけど、マリナちゃんを一人にはできない。
「ありがとうな、マジで助かる」
『いいってことよ。飛ばしたヤツはとりあえず消す』
俺はつい苦笑いしてしまった。
ゴンさんは魔神のときもそうだったけど、ああいうものが嫌いみたいだ。
「ダメだって。こんなことしたヤツは、俺がぶん殴る。だから、ゴンさんがやらなくていい」
ケンカは自分でするもんだ。
一緒に来てくれる仲間は有難いけど、誰かに殴らせるのは違う。それはゴンさんでも変わらない。
ガキのころから、それだけは知ってる。異世界でも変わらないし、間違ってない。
「くふ、ふふふ、坊ちゃんはやはり面白いですな」
ガラル氏が言うので、俺はなんだか恥ずかしくなった。
とりあえず、ほったらかしの小娘を見た。
「なんか騒がしくして悪かったな。俺はアラン・ドーレン、キミは?」
驚いた顔で小娘はこっちを見る。
「アク・スイリーンじゃ。わらわを知らぬのか、貴様は」
アジアンテイストな名前だな。とりあえず知らない。
「はじめまして、だよ。事故みたいなもんでここに来たから、もう帰るんだ。騒がしくして悪かったな、アクちゃん。ここなんかすげえ遠いらしいけど、なんかで会えたらメシでも奢るよ」
もう二度と会うことはないかも知れない。時間があったらお詫びするんだけど、下半身まる出しの今は何もできない。
『なんだ、お前また女ひっかけたのか』
「そんなことしてねえよ」
新婚でガキと浮気とか頭おかしいレベルだろ。
世間的にはよくあるかもしれないが、俺はもう浮気とか不倫みたいなのは前世で懲りた。でも風俗はカウントしない。
『うーん、最低』
認めます。
男の人生なんてのは、女に最低って言われ続けることさ。
『うわっ、キモい』
ゴンさんの感性は女性よりなんだってば。男はみんな分かるっていうぜ、男しかいない時にな。女が一人でもいたら苦笑いして黙るだけさ。
「ゴンさん、そんなことより頼むよ。子供の部屋でまる出しはかなり辛い。花瓶で隠してるのも切ない感じになってきた」
黙っていたガラル氏が口を開いた。仮面で見えないけど。
「それはそうと、何やら怪しい者がいたので、ゴンさまが光っている間に始末しておきましたぞ」
なんの話かと首を傾げたら、ガラル氏の足元には覆面をした男が伸びている。
「え、なにそれ」
「ここに転移した時から何やら潜んでたようですな。追放を行った者の配下かと思いましたが、違うようなのでとりあえず叩いておきました」
怪しいヤツはとりあえず叩いていい。これはこっちの世界では常識だ。異世界は物騒なんだ。
ガラル氏は続けて言葉を発する。
「おい、娘や。この男はそちらの領分であろう。邪魔をした詫びと思え」
ここでガラル氏の人見知りが発動する。この人、初対面には結構厳しい。
「誰かの放った暗殺者と思うが、貴様らがそうではなかったのか」
アクちゃんも混乱している様子。
誰かの放った暗殺者っていうのも大変な話だ。
「説明すると長いけど、ああ、なんか危険なんだったらキミもこっちに来るか。ゴンさんも一人くらいなら連れていってくれると思うし」
『ええー、外来種の持ち込みになるぜ。別にアランがいいならいいけど』
いいのかよ。
確かにアジア系だけど、外来種呼ばわりはよせ。
『交配可能な近似種は外来種だよ。お前らニンゲンはすぐ交配するから、別に影響は無いだろうけど、マナーとしてはよくないなあ』
鉄腕×ッシュを毎週見てたから、厄介な外来種が大変なのは分かる。でも、暗殺者に狙われてるガキを見捨てるのって、ケツが痛くなりそうでちょっとイヤだ。
「得体のしれぬ者と行く訳がなかろう。じゃが、礼を言わねばなるまい」
アクちゃんの言葉は偉いヤツのそれだ。身分やら地位が高いと、ありがとうって言いたくても言えないことがある。ここは離れた場所らしいのに、人間はどこも同じだ。
「いやあ、こっちも突然邪魔したしな。アクちゃん、この花瓶を貰ってくよ。股間を隠すのにいいし、それでお礼ってことにしといてくれ」
『よっし、それじゃあ戻るぞ』
アクちゃんが何か言おうとしたところで、突然景色が切り替わる。
俺は、キャンプファイヤーの前にいた。
「おいおいおい、こんな格好でみんなの前に出すかぁ」
もう諦めたし、なんだ花瓶で隠すのにも慣れてきた。
一瞬の静寂の後に、悲鳴と笑い声。
俺、これでも侯爵なんだぜ。
どこの世界にケツ丸出しで股間を花瓶で隠した大貴族がいるんだ。
『出オチってやつな、それ。二回目は大して面白くないね』
ゴンさんが狙ってやりおった。
この野郎、いつかギャフンと言わせてやる。
「ちょっと大変なことがあったんだ、みんな、これは事故だ」
叫んでみたが、女は思いっきり見てるし男は笑うし、どういうことだよ。マジで追放とかやりやがったヤツ、見つけ出してぶん殴ってやる。
「アラン、ちょっとオイタが過ぎるわね」
目が据わっているマリナちゃんは、俺の耳を引っ張って馬車へと引きずっていく。痛いから耳はやめろ。
「ちょっと、マリナちゃん、事情がある。ウケ狙いでこんなことした訳じゃない」
この後、めちゃくちゃ怒られた。
理不尽にも程があるし、ガラル氏は事情説明しないし、ゴンさんも助けてくれない。
追放というものをマリナちゃんに説明してみたけど、全く理解してくれなかった。俺も同じこと言われて信じないから仕方ない。
花瓶は凄く良いものだった。マリナちゃんが驚くくらいだから、値打ちものなんだろう。
そんなことがあったけれど、俺たちの旅は順調に進んでいる。
明日は、ようやくトリアナンに到着する予定だ。
トリアナンを経由して、ドーレン伯爵領、俺の実家に立ち寄ってマドレ侯爵家との合併やらマリナちゃんとの結婚やらの調整を行う。
その後も旅を進めて侯爵領に行く。そこに至って、ようやく内政やら人惨果やらの始末を行うことになる。まだまだ先は長い。
トリアナンにそろそろ到着するという時に、シオン教授が俺とマリナちゃんの馬車に乗り込んできた。
「教授、どうしたんですか?」
マンドラゴラの水栽培から派生した毛生え薬のおかげで、頭頂部に髪が復活しつつあるシオン教授は、いつになく真剣な面持ちだ。
「実は、アランくんに頼みがあってね。いや、今は侯爵と呼んだほうがいいかな」
「そういう水臭いのナシにしましょうよ。公式な時だけでいいですよ」
「先生、わたくしは席を外しましょうか」
マリナちゃんが口を挟んだ。いやいや、こういう時は傍にいて。俺よりマリナちゃんは優秀なんだから。
「いや、いいんだ。奥方にも聞いて頂きたい」
真剣な面持ちのシオン教授は、研究の時に見せる姿とはかけ離れたどこか不安な陰りのある雰囲気だ。
「……なんと言ったらいいか、アランくん、そのう」
もじもじされた。
中年のもじもじはうざってえ。
なぜかマリナちゃんがニヤリと笑った。
「教授、恋のお話ですね」
それは無いだろう。
教授には成人した立派な娘さんまでいるし、奥さんとは離婚済。こうなると後は自分のために生きる無敵の中年だ。今さら人生の墓場には戻らない。
俺がマリナちゃんに何か言おうとした時、先にシオン教授が口を開いた。
「指輪を渡したい相手がいるんだ。アランくん、給料を前借りさせてくれないか。トリアナンに着いたら、そこで買うのに金が無い」
なんだか切実な話になった。
「え、教授って金は持ってるでしょ」
「娘に渡しすぎたんだ。今まで苦労をかけたから、学院の退職金を渡してきて、今は全然金が無いんだよね」
計画性が無さ過ぎだろう。あれか、天才故のなんとかか。
「いやいや、旅先になんで金持ってないんスか」
「ギルドが出してくれるし、僕は研究用以外には金なんて使わないもんだから、つい」
マリナちゃんの口元には笑みがあるが、かなり引いている。席を外してもらったらよかった。
「金は、まあなんとかしますけど、相手は誰なんですか。ラスターレみたいなハニートラップだったらダメっスよ」
シオン教授はすうっと息を吸い込んだ。
「サーリー女史なんだ」
高身長で白ワンピの似合う怨霊系美女で、薬剤ギルドのエージェント。それがサーリー女史だ。
ガラル氏も認めるくらいだから、相当に色々ありそうな女性なんだけど。
あー、これはマジだな。シオン教授を見てたら分かる。
中年男が、年下に頭を下げて、恥までかけるほど惚れてるってことだ。
「サーリー女史は、薬剤ギルドからの出向でしたわよね。主人と相談させて頂きます。お返事は後程」
マリナちゃんは有無を言わせない調子でそう言った。
背後関係を調べてどうたらっていうのがこの後の流れだろう。
「マリナちゃん、この件は俺が」
「ダメ。アランは男だから無理よ。わたくしがやります」
シオン教授はそれを予想していたのかもしれない。
じっと、真剣な目で俺たちを見ていた。
まいったな、いきなり夫婦ゲンカになりそうだ。
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