第29話 明日も明後日もだいたい絶望するけど、それなりに幸せ
★★★★★
退屈にすぎるので寝ていた。
海の底は変化がなくて、戯れに作ったモノたちにも飽いていた。
知り合いのヤツが、自分の分身を作って地上見物をしていたので、オレもそれに倣うことにした。
地上は昔と様変わりしていて、しばらくは見物を楽しめた。
だけど、いつの間にかそれにも飽きた。
オレは目を二百ほどに制限していたけど、途中から現地の生物がオレの目に祈るようになった。
最初は他愛もないことだったので、良い景色を見せたヤツには駄賃をやった。
魚でもよかったし金でもよかった。時にはしばらく死なないようにしてやったヤツもいる。
だけど、どんどん景色はつまらなくなった。
そのうち、オレは居眠りをするようになって、眠ったり起きたりを繰り返すようになった。思ったよりも退屈で、夢の中の友達と世間話をしたりして過ごした。
相変わらず、海はそのままだ。
海の底は雰囲気が実家に似ていて気に入っているけれど、様変わりしないのは実家とそんなに変わらない。
退屈で退屈で、地上にいる生物も昔よりもつまらなくなったことで、もっと退屈になった。
昔の生物は「わああああ、すごいすごい」といってオレを見たら驚いて、好奇心の塊になっていたというのに、今の生物たちはオレを神だとでも思っているようだ。
この神という概念も、オレを拝むヤツの情報媒体、脳を吸いだして知ったことだ。
人間は大して面白くない。亜人もそうだし、魔物とかいう害虫みたいなヘンな生き物もつまらない。
いつの間にかやって来ていた魔神や悪魔や天使もクソつまらん。
オレは眠って過ごして、たまに絶望や怨嗟や歓喜が捧げられた時は適当なお駄賃を渡して過ごした。
退屈なまどろみの中で、それと出会った。
その生物はひどく複雑な言葉を使っていて、オレへ捧げられる単調な祈りとはビートが違っていた。
見た目はただの人間の子供なのに、精神性のカタチは異常な歪み方をしていて、そいつの話す内容もまた不思議だった。
それの言葉には、リズムがある。
意味を解析したら、それは人間が滑稽だと思う出来事を語るものだった。しかし、歌ではない。
最初は全く意味が分からなかったけれど、そいつの語る妙な言葉のリズムと滑稽さは少しずつ理解できてきた。しかし、まだその意味合いの細かな部分というものがつかめない。
他の目を使って情報を収集。三秒ほどかかって、オレは人間の感覚と低効率情報交換ツール『口頭言語』の使い方を理解した。
遊びには少し多すぎるリソースを割いて、その生物を観察することにした。
オレの端末はオレだが、人間と情報交換を行うためにわざと低能率の性能に落とし、半ば独立して思考するようにしてある。
それからは驚きの連続だ。
地上生物や海中の生物がオレに捧げてきたものには別側面の価値があると知り愕然とする。
魂というものは、こんなにも面白いものなのか。
笑いというものは低能率の生物がするノイズではなく、彼らがオレのような存在に近づくための技術だと、この生物からの情報で理解する。
なんだ、この星はまだまだ面白いじゃないか。
それに、この生物はオレの名前を当てた。この生物の発声器官では出せない音ではあるのだが、多少は似た響きでオレの名を呼んだのだ。
この星の生物がオレの名前を知るなど、あり得ることではない。だというのに、この生物は『ゴン』と呼ぶ。それは俺の名前を構成する一部と酷似している。
観察している内に、低能率端末に搭載していないはずの『感情』が生まれた。
オレはまどろみながら、低能率端末と同期して『感情』の味を知る。
魂とはこういうものか。
ああ、とても面白いな。ふふ、はははは。
魔神がうろちょろしてきた時には、ついやり過ぎて本来の指を出してしまった。いけないけない、指の一本でもこいつらにオレの情報密度は高すぎる。
魔神は薄味で特に美味くもない。
あ、観察していた生物アランが壊れた。再構成をオレがやってしまうとこれは別の生物になってしまう。仕方なく低能率端末を使用して四分という長い時間をかけた。
……ああ、接続を閉じていなかった。
夢を正しく使う機能はないし、アランに問題はないだろう。
★★★★
目覚めたら、折れた腕と全身が痛い。
「ああ、いってぇ」
病院のベッドの上で、俺はおはようの代わりにそんな声を漏らした。
妙な夢を見ていた気がするけど、思い出せない。
『おはよう』
ゴンさん添え付けのテーブルの上、花瓶の隣に鎮座していた。なんかアンニュイな絵面だ。
「おはようゴンさん。今日はクソ野郎ないのね」
ベッドの上でぼんやりしていると、やっぱり全身が痛い。
腕は添え木と包帯でガチガチに固定してあるけど、日本の石膏ほどの技術は無い。だからすげえ痛い。
「ああ、なんてこった」
あんなにボコボコにされたのは久しぶりだ。
『痛そうだな』
「痛いよ」
『痛みだけが現実さ』
「誌的じゃないの」
なんだか、この感じは前にもあったな。
痛みに伏せっていると、色々と来客があった。
最初は医者で、薬をもらって安静を言い渡される。ガラル氏と文官のバスタルさんがやって来て、バイオメンは監禁してあると教えられて、とりあえず処分は皇帝陛下まで交えて検討中だとか。
バスタル氏には、こう言った。
「あいつの処分ってやつは、俺に任せてくれよ。警護してたのに見失ったのは、あの忍者の落ち度だろ?」
バスタル氏は呆れたといった顔になって、少し考えた後にため息を吐いた。
「あの御方を失望させなければ、通るでしょう」
と、難しいことを言って病室から去った。
さて、どうしたもんかな。
バイアメオンの派閥への取引材料にもなるし、有利に事を運ぶというのならこれ以上ない手札だ。
あ、だから忍者は俺がボコられてから助けにきたのかな。
『お前らは細かいそういうの好きだよな』
「ゴンさんはホント、すげえな」
男が細かいことに必死になってどうするよ。つまんねえ大人にはならねえって、一五くらいの時は言ってたのに、つまんねえ大人になってた前世。でも、八割くらいはそんなもんだったか。
ははは、うん。どうせ今は人生のおまけさ。太く短くいこう。
『死にたくないって言ってたくせに』
「それを言われると立つ瀬が無い」
ぼんやり覚えているが、ゴンさんが助けてくれたんだよな。
なんとなく思い出してはいけない気がするので、それ以上考えるのはやめておく。
昼までは安静にして、味の薄い病院食を食べる。
看護婦さんは綺麗どころが揃っていて、俺は顔がニヤつきそうになるのを抑えた。
ゴンさんとだらだら話していると、来客だ。
「あ、来てくれたのか。……その、マリナちゃん、大丈夫なの?」
顔面蒼白でやって来たのは、お嬢様スタイルのマリナちゃんだ。
俺には一発で分かった。これは二日酔いの蒼白だ。
マリナちゃんの隣で侍女さんがその体を支えている。
「アランが心配で、来たの」
よろよろと歩いて、見舞客のための椅子に座るマリナちゃん。
「二日酔い治してからにしようよ」
「だ、大丈夫、いっぱいお水飲んだから」
そういう問題じゃないんだけどな。おかゆくらいしか食えてないだろ、今。
「お見舞いに来てくれたんだろ。マリナちゃん、……ありがとうな」
「うん、昨日のお礼よ。泊まっていったら、こんなことにならなかったのに」
「責任感じてる?」
「ちょっとだけ」
「カツアゲされてちょっと意地張った俺が悪いんだ」
マリナちゃんには事情は伏せている。
『なんで? お前ら結婚したら隠し事とかしないんだろ』
やせ我慢さ。カッコイイだろ。
『バッカじゃねえの。でも好き』
ありがとう。
「アランは、いつも傷だらけね」
「昨日の続きといきたいんだけど、流石に無理だ」
マリナちゃんは薄く笑った。そして、侍女さんに何事か囁くと、侍女さんは苦い顔でおじぎをして病室から出ていく。
「なに、なんかエロい感じか」
「もう、そんなこと思ってても言わないの」
マリナちゃんは、立ち上がると俺のベッドに腰掛けて、靴を脱いで上る。右手は折れているので左側だ。
「ええっと、今は俺、普通に無理なんだけど」
「それくらい分かるわ。アラン、こういうのはイヤ?」
マリナちゃんがしたのは、ただ、俺の隣に寝そべることだ。
「腕枕はできないぜ」
あれ、意外と手が痛くなるんだよな。鍛えたら平気らしいけど、人の頭は重いんだ。
「いいわ、別に」
あ、マリナちゃんの口から胃液とアルコールの匂いが。ははは、本当に、無理してそんなことしなくていいってのに。
『そんなこと言いながら、勃起してるし』
仕方ないだろ。
若い身体が悪いんだ。
「あ、その」
昨日から風呂入ってねえから、俺ちょっと臭うんじゃないか。
『女の子みたいなこと言うなよ』
そういうの気にする繊細なタイプなんだって。
『アランのそういうとこキモい』
ゴンさんは容赦無い。
「あのね、昨日は、ありがとう」
マリナちゃんの瞳はきらきらと輝いていて、俺は何か言おうとしてたのに、何も言えなくなった。
「ねえ、昨日背中をさすってくれたとき、なんだかすごく、苦しかったんだけど、安心したの」
「ああ、あれは苦しいもんな」
「最後に、よしよしってしてくれたでしょ」
マリナちゃんの青白い顔に赤みが差した。
「あれ、またしてもらいたい」
「あ、うん、いいけど」
あれ、なんかおかしくないか。
左手でよしよししてあげると、うっとりした顔になった。
可愛いんだけどな。これはアレか。……アレだな。
「アランの手、気持ちいいわ」
マリナちゃんがヘンな性癖に目覚めていらっしゃる。
いや、ヘンってほどでもないな。看病されたいフェチとでも名付けるか。弱った体を気遣われて、動かない体を好きにいじられながら愛されたいという屈折した性癖だ。
『うん、だいたい合ってる。人間はちょっとすげえしコワい』
ドン引きのゴンさんがそれを認めてくれた。
心とか読めるんだし、間違いないんだろうな。
『マリナも勃起してる』
ゴンさん、それは言うたらダメ。それは俺の特権というか。いくらゴンさんでもそこはダメ。
『あんだけ言っといてメロメロじゃねえか』
それはそれ、これはこれだよ。
「もう、ゴン様と内緒話してるのね」
マリナちゃんは体を起こして、テーブルのゴンさんをくるりと回して背を向けさせる。
『仕方ないなあ。また昼寝してやる』
何かで埋め合わせするよ。ありがとね。
そのまま、俺の身体を気遣いながらマリナちゃんは俺の胸元に顔を乗せた。
「出会ってからずっと、アランはわたくしを助けてくれるヒーローだったわ」
「マリナちゃん」
「アラン」
体が動かない俺は、されるがままに唇を重ねる。
痛いけどいけるな。うん、いける。多少は傷の治りが遅くなってもいい。
舌をからめると、複雑な味がした。美味しくは無い。でもそれは、生きている、暖かな女の味だ。
左手でズホンのベルトを外そうとした所で、ドアが乱暴に開かれた。
「アランさまっ、お怪我したって聞いて教会から飛んでまいり……ました」
金髪巨乳低身長のハニートラップ修道女のラスターレが、引き攣った笑顔でドアを開けた姿勢のまま固まっている。
て、てめえ。いいとこで何しに来たんだ。そして侍女さんは何をしているんだって、外で教会騎士に無理やり止められている。
「えっ、あ、そんな状態でもしちゃうなんてケダモノ……」
「女でも叩くぞ、お前」
俺は出してはいけないタイプの低い声を出してしまった。
「ひっ、ご、ごめんなさい」
「分かったら帰れよっ」
「し、失礼しましたぁ」
ドタドタと逃げていくラスターレ。そして、ドアからこちらを窺うのは、シオン教授とサーリー女史だ。
「アランくん、なんか、その、ごめん」
「……大胆」
悪霊っぽいサーリー女史が顔を赤らめているのは、なんだかすごく斬新なんだけど、そんなこと思ってる場合じゃねえ。
「身体、治ってからかしら」
マリナちゃんは言うと、するするとベッドから下りて、平然と靴を履く。
平静を装っているけど、見られたのがかなり恥ずかしかったらしい。
「え、ちょっと、待って、待って」
「アランさま、その、続きはまた今度」
おいいいいいい。
なんだそれはっ。
なんだそれはっ。
『なんで二回言うの?』
大事なことだからだよっ。
◆
そんなことがあり、途中で病院から抜け出したりしつつ、三週間ほど入院した。
治癒魔法という異世界チートのおかげで、俺の右手は驚異的な速さで完治。
家臣団の結成やら何やらに追われていて、マリナちゃんはマリナちゃんで親戚筋を説得したり懐柔したり脅したりと忙しく働いている。
俺もその辺りを手伝ったのだけど、最初の大仕事はリューリちゃんの親父さんに会いにいって、側室にしちゃうぜ、と説得することだった。
悪魔化した肉体を治せないと知ったリューリちゃんは暴れる暴れる。
ガラル氏が主にその攻撃を止めて、俺とマリナちゃんで説得。なんとかなったけど、娘を傷物にされたってことで、親父さんは怒り心頭。そんな演技をして、キラミデ物産を俺たちの事業に入れろとねじ込んでくる。
簡単に説明すると、相当に色々あったけど、なんとかなった。
帝都から出ていくための準備期間のほとんどを、俺はリューリちゃんのために使った。
『アランって、わりと普通に浮気するタイプだよな』
失礼なことを言うゴンさんのことは無視しよう。
そんな努力が実ったのか、俺の目の前には隊商と見紛うばかりの旅支度の一団が集結している。
三ギルドの紋章の入った旅用幌馬車と、ドーレン家と旧マドレ家の家紋入りの馬車が並んでいる。
「アラン、そろそろ出発だぞ」
俺に言うのは、金髪を短く刈り込んだイケメンのガキだ。
「クラウス、わざわざ呼びにきてくれたのか」
「お前が遅いからだよ」
この半年で気安い仲になったクラウス・バイアメオン。元バイオメン。今は、俺の友達だ。俺的には弟分ってとこさ。
「行くか」
「……僕が行っても、本当にいいのか」
「ガキが遠慮すんなよ」
俺が笑えば、クラウスも笑みを浮かべた。
「同い年だろ」
「言っただろ。俺は転生してっから、お前らより年上なんだぜ」
「その設定やめろよ。ヘンだから」
俺たちの行く先は、旧マドレ侯爵領。現、俺の領地だ。
旅立ちはずっと前から始まっていた気がする。
俺は、みんなに出迎えられて、挨拶をすることにした。実を言うと、結構前から挨拶の内容は考えていたのだ。
「俺についてきたみんな、……お前ら最高にカッコイイぜ。行こう、成功をつかみに」
考えてきた長文は全て頭の中から消えていて、なんだか妙なことを言った。
ぶっちゃけ成功というよりはみ出し者集団の逃避行なんだけど、みんな盛り上がってくれたしまあいいか。
◆
軟禁されて三日。クラウス・バイアメオンの下にやって来たアラン・マドレ・ドーレン。
クラウスにとって、彼は死神たりえる。
殺そうとして、失敗した。
有力貴族の女に婿入りすることだけしか存在意義の無い凡庸な次男坊に未来は無い。
マリナは、夢だった。
自らが羽ばたくための、運命の女であったのだ。
彼女を手に入れれば、父も母も、兄妹も、きっと見直してくれると夢見た。
その夢は散り、復讐は失敗し、今は死をまつばかり。
馬鹿なことをしたと自分でも思う。三日間の軟禁は冷静さを取り戻していて、負け犬なりに死を覚悟できた。
目の前には、全身に包帯、杖をついたミイラ男のようになったアランがいる。
「おいっ、まだケンカは終わってねーぞ」
野蛮で男らしいことだ。
嬲り殺しにするがいいさ。それなら、自分を棚に上げて卑怯者と思うことで気持ち良く死んでいける。
「もういい」
「あ、なんだって」
「もういい。好きにしろ」
アランはよろよろと前に出てきて、睨みつけてくる。
「だらっしゃぁっ」
ヘンな気合で放たれたのは頭突きで、額にキマってクラウスは膝を突いた。
見上げれば、額が赤く腫れたアラン。頭突きは放った者もダメージを喰らう。
「立てよ」
「……」
クラウスは立ち上がる。
これも、当然の罰だ。
「よっしゃ、これでアイコだ」
「は、何を言って」
「いいかあ、クラウスっ」
彼は、名を呼んだ。
「俺は恨まれるのが怖い。お前になにもしなかったらしなかったで恨まれるだろ。だから、これでケンカは終わりだ。仲直りしようぜ」
「僕は、お前を殺そうとしたんだぞ」
「女のことでそんなもん日常茶飯事だぜ。いいじゃねえか、店の予約はしてあるし、おごるぜ」
ああ、負けたな。
クラウスの心に敗北はすんなりと染みこんだ。そして、憎しみもまた、消えていく。
「童貞だからそんなこと考えるんだ。だから、な」
アランはニヤリと笑う。
それから、花街へ行ってクラウスは童貞を捨てた。
放心状態で落ち合ったアランはニヤニヤと笑っていて、それから酒を飲んだ。
「僕は、お前を殺そうとしたのに」
「若い時はよくある。ガキを諭すのも中年のテクさ。これからは友達、それでいいだろ」
クラウスは、アランの差し出す手を取った。
「いいのか、アラン」
「よろしくな、クラウス」
これから先、長きに渡る友情の始まりであった。
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