第26話 どうしたら上手くなるのかすら分からねえ

 皇帝陛下との真面目なお話はだいたい二十分くらいで終わった。

「よいのか、簡単なことではないというのに」

 皇帝陛下はニヤニヤと笑いながら俺に言う。

 酒に強いらしくかなり飲んでいるのに全く酔っているように見えない。羨ましいね。

「誰かがやらないといけないし、独りで全部やる訳じゃないでしょう」

人惨果にんじんかは魔神の国の果実だ。あれは簡単には切れるものではないのだが」

「大丈夫ですよ。ただの植物でしょう」

 ガラル氏はそういうことにも詳しいだろう。それに、どうせ植物だ。

「そうではない。赤子を捧げるだけで豊作が手に入る悪魔の樹だ」

 皇帝陛下は真面目くさった顔で言う。

 酒を片手に真面目な話は苦手だ。

「……領民は手放さないって言うんでしょ。無理にでもやればいいんです。昔、出来ないなんてのは言い訳だって言ってたバカがいました」

 前世じゃ当たり前の理屈だ。

 死人を生き返らせることができないのも言い訳なんだろうな。

「はははは」

 俺はついつい笑ってしまう。

『アラン、暗い酒はやめろ』

 ゴンさんは優しい。

「物狂いか英雄か分からんな。随分と怖い男だよ、お前は」

 皇帝陛下の鋭い視線が俺を覗き込む。

 そんな目で見てもなんにもないよ。俺は随分と前からなんにも無い。大切なものは全部捨ててきた。

『マリナは助けたし魔神もどっかやったのに、どうしてそんなヤケになってるのさ』

 それは俺にも分からないんだよ。

 目的を達成した途端に俺はイライラする癖がある。その時だけは嬉しいのに、その後で何も無いことに苛立つのだ。

 だから、皇帝陛下の密命はちょうどいい。

「アラン様、その意味をお気づきですか」

 マリナちゃんが口を開いて、青褪めた顔で、意を決した表情で俺を見る。

 俺は焼酎を飲み干して、熱い息を吐く。

「ん? アレだろ。マドレの領地が『毎年豊作』じゃなくなるから、経済がガタガタになるってことでいいんだよな」

 ああ、酒は飲む度に苦しい。

 なんでこんなに苦くて不味いものを飲むのか。

「それを分かっていて」

「それが普通なんだから仕方ないよ」

 マリナちゃんは口を噤む。

 ラクなこと覚えたら、なかなか元には戻れない。

 ウオッシュレットに慣れたら無いと我慢できないのと同じだ。

 子供を捧げるだけで飢えない。豊かに暮らせる。

「……そんなに簡単には」

「どうせ死んだら骨になるだけさ。領民が切らせないっていうなら、俺とガラルさんで切る。知ったことじゃねえ」

 マドレの領地、今は俺の領地はシャブ中ならぬ魔神中毒に陥っている。シャブをやめるには病院にぶち込んでシャブを抜くしかない。

「……、大変なことよ」

「なんとかなるって」

『よく分からないけど、大変なの?』

 どうだろう。結果は約束できないけど、なんとかなるよ。無理なら、どっかに逃げてもいい。

「大した自信だな」

「皇帝陛下、できるかどうかは分かりませんよ。俺はやりますけど、成功させるとは約束してません」

「この痴れ者めが。……だが、それで良い。最初からできるとも思っておらん。これは朕の罪科でもある」

 帝国が始まった時代から、マドレの領地にはびこる魔神の加護は見て見ぬフリをされてきた。必ず手に入る穀物地帯の豊作はそれだけの魅力があったのだ。

 魔神討伐に本腰を入れようとして、非業の死を遂げた皇帝がいたほどである。

「長い目で頼みますよ」

 更生できるシャブ中は少ない。

 病院に入った時点で手遅れだからだ。

「ははは、やることができた」

 皇帝陛下が飲むだけあって、上等な焼酎だ。

「前祝だ。飲むがいい」

 それからは仕事の話はせずに飲み会になった。

 皇帝陛下はどんどん酒を勧めてくるので、ついつい俺は全部飲んだ。

 つまみも美味いしな。

 俺は気が付いたら飲みすぎていて、目が回ってきて、それから先のことは覚えていない。

「はははは、妙なヤツだな、アラン・マドレ・ドーレン」

 皇帝陛下がそんなことを言っていたのだけはよく覚えている。






 旅立ちの時は意外に遠い。

 マドレ領へ行くのは半年ほど先のことだ。

 最初にやるのは、家臣団の結成ということになる。

 マリナちゃんの親戚筋は悪魔と人惨果にどっぷりなので、ほぼ全て敵だ。


 いつもの小料理屋には、俺とガラル氏、それに頭の寂しい文官リヒャルト・バスタルさんで席を囲んでいた。

 昼の三時という中途半端な時間である。

「アラン様、このような店では外聞が悪くなりますぞ」

 と、バスタルさんは苦言を呈する。

 皇帝陛下の意向で、バスタル一等法務官は俺の家臣になっている。

「まあまあ、そう言わないで」

『そうだそうだ』

 何も理解してないのに乗るのやめようよ、ゴンさん。

 ゴンさんは意外と人見知りするタイプだ。

「ほほほ、坊ちゃんは飾らないところが良いのですよ」

 ガラル氏はごく普通に「あの時から、臣下のつもりでしたよ」と言ってくれた。不覚にも、けっこう嬉しかった。

 酒は無しで、水を飲み料理を食べる。

 注文したのは、ゴンさんの出したアジやサバといった魚介類で作った煮物だ。

「……なるほど、帝都で海の魚とは。極上の歓待という訳ですな」

「ああー、そういうつもりはないんだけど」

 新鮮な海の魚というのは、魔法使い総出で冷やして持ってくるしかない。とんでもなく金のかかった祝い事でしか出ないものだ。

『どうよ?』

 普通にスゴいんだけどね。いつもありがとう。でもワカメはやめて下さい。

「ま、いいか。家臣団とかはどうなってます?」

 と、俺は問うてみた。

 勧誘はお二人に頼んでいる。俺がやったのは書状を作る程度だ。

「あの御方の意向で最低限は集まっていますが、これといった人物はいませんね。何やら金の匂いを嗅ぎつけた連中の売り込みはありますが」

 バスタルさんはその辺りは精査してくれている。しかし、これ以上の追加は厳しいようだ。

「生活安全ギルド、魔法使いギルド、薬剤ギルドからは信頼のおける人物が派遣されるようになっています。シオン教授も研究の拠点をマドレの地に移されることになりました」

 三ギルドは安定の取り込み工作だ。

 ここで借りを作るのって不味い気がするんだよなあ。

「バスタルさん、へい、じゃなくてあの御方はギルドについてはどうなんです」

 バスタルさんは左手でつるりと頭を撫でて、パンに魚の煮物を浸して食べる右手を止めた。味は大層気に入ってくれたようだ。

「問題が無いことはないのですが、大丈夫です。冒険者ギルドも動きを察知していますので、その対処をしてくれるのなら安いものですな」

 冒険者ギルドは国に危険視されている。

 日銭稼ぎの荒くれを多数抱えている便利屋。またの名を人出ひとだしヤクザ。前世でも派遣会社に名前を変えた任侠マンがいたけど、あれのグレードアップ版だろう。

「実家の父上とお兄ちゃんも手紙で人を出してくれるって言ってたから、とりあえずは人惨果を潰すとこからだなあ」

 あのクソ蛇魔神のおかげで大変なことになった。

 あーあ、成功したら勝利のメイクラヴで終わるんじゃないのかよ。

『……面倒なことばっかりだな、人間は』

 そういうもんだよ、大人ってヤツは。

『お前は子供みたいなもんじゃないか』

 大人なんて外見だけ。頭の中は子供のまま。

 だから、本当のとこはみんな力が欲しい金が欲しい女が欲しいってだけさ。大人になってややこしいことするだけで、最後のとこは一緒だね。

「ほほほ、兄上様とは一度お会いしたいですな」

 ガラル氏は俺から伝え聞くお兄ちゃんの存在を一度見てみたいのだそうな。お兄ちゃんは色々とスゴいからなあ。

「噂に聞こえるドーレン伯爵の長子ですか」

 と、バスタル氏。

 虎を殺したり熊を殺したり野盗を殺したり妖怪を殺したりしているので、お兄ちゃんは有名なのだ。

 そんなことを話していたら、小料理屋のドアが乱暴に開かれた。

 入ってきたヤツを見て、俺は頭を抱えた。

「アランさまーっ、今日はここにいらしたんですね。来ちゃいました」

 いかにもカワイイを装った喋り口と、甘ったるい声で叫ぶのは、修道服に身を包んだ少女だ。

「ラスターレさん、帰ってくれない?」

 修道少女ラスターレは唇をとがらせて「もーっ」と叫ぶ。死ねばいいのに。

 低身長、巨乳、美形、金髪と揃った十代半ばのラスターレは、修道服にフリルをつけているイカレたメスガキで、教会の派遣したハニートラップ要員だ。

「どうしてアランさまはいっつもそんなことを言うのっ」

 魔神退去のあれから、突然やってきては教会に与するようにと説得をしてくるウザいメスガキ。こういう女は苦手だ。

「え、キミのこと嫌いだからだけど」

 その瞬間、店の空気が凍りついた。

『ア、アラン、お前たまにすげえな』

 ゴンさんがドン引きしている。なんでよ。

「え、その、キライって」

 ラスターレは驚いたのか声が震えている。今までもずっと態度に出してたんだけどなあ。

 というかアレでしょ、周りの人が同情すると思ってやってる芝居でしょ?

「うん、キミみたいなの嫌いなんだよ」

「うっ、うわあああああん」

 泣き出した。

 そういうのいいから。

「さ、とりあえずは、人惨果対策もありますし、魔法ギルドに資料を提出してもらわないと。統治の面については、領民の反発とかも含めてどうするか出発までに考えましょう」

「ふむ、移動も含めて最悪は傭兵団を使わねばなりませんな。坊ちゃん、私の伝手で信頼できるところがありますが」

「あ、任せますよ。ガラルさんならオッケーです」

「ふふ、流石は坊ちゃんです」

 バスタルさんは、普通に会話を続けた俺たちをドン引きの顔で見ている。

「……教会の関係者を放っておいてよろしいので?」

 仕方ないなあ。聞き耳を立てられても困るし。

「ラスターレさん、そういうのいいから帰って。そうしないとガラルさんに放り出してもらうことになるから」

 ラスターレはぐすぐす泣きながら、店から出ていった。

 また俺の評判が悪くなるな。

「おっと、侯爵閣下に急務を伝えるのを忘れるところでした」

 バスタルさんはぴしゃりと自分の頭を叩いて言った。

「あの御方からの、ですか」

「もちろん。わたしからもですが、奥方様と仲直りなさいませ」

 難しい話がきたな。

 あれからも会話が無くて困ってんだよなあ。

「坊ちゃん、年貢の納め時ですぞ」

『マリナは会いたがってると思うよ』

 みんなしてそういうこと言うんだからさ。

 サジャさんがいたらどう言うだろう。どうせ、押し倒したら? とか言ってくるな。他人の恋愛に口出す人じゃないし。

 じゃあ、システィナならどうだろう。

「ははは」

 本当、俺はこういうとこダメだな。

『……アランが寂しいのは、アランがそこで笑うからだ。自分を笑うなよ、笑ってやるな』

 何もいいことは思いつかない。

 俺の何が悪いのか、彼女は何を言ってほしいのか。

 また傷つけたりするんだろうな。俺には分からない理由で。

「行ってみるよ」

 魔神に対峙する時よりも、不安は大きかった。

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