第27話 拘置所にぶち込まれても、不起訴だったら履歴書に書かなくてもいいんだぜ

 土産は何にしようか迷うこと一時間。

 だいたい女は貴金属が好き、花が好き、ということで色々と捜したが、何もいいものが見当たらないので甘いものを買うことにした。

 俺の好きなものでいいか、という安直な結論だ。

 前世でも好きだった酒饅頭が売っているのを見かけて、二十個入りを買った。

 単品で一つ買って味見をしてみる。

 美味い。

『甘いのか』

 甘いよ。

 帝都には甘味処が多くある。

 マドレの領地は穀倉地帯だ。毎年豊作を得ているおかげで、甘味などという別に無くても困らないものが庶民にまで行き渡るのだ。

「まいったな」

 食料事情は大きく変わるだろう。

 三ギルドはここまで見越しているのだろうか。それとも、緩やかな停滞を壊したかったのか。神輿になっているというのに、俺には分からないことだらけだ。

『魔神みたいなゴミカスに頼るなんてアホだよ』

 ゴンさんはいいことを言う。

 前世でも気づいていない人が多すぎたのだけど、最終的に何があっても誰も助けてくれない。なのに、国がしっかりしている雰囲気があったら、最後には何とかしてくれるという甘い夢を見る。

 何もかも一緒だ。弱いヤツは食い物にされるし、将来から目を逸らしていたら、歳を食ってから破滅する。でも、誰も助けてくれない。

「頼ってたら、死ぬだけなんだよなあ」

『それは極端すぎるぞ』

 そうだろうか。

 俺にとって世の中はそんなものだった。自分でなんとかしないと、すぐ死ななくても、後でゆっくりと死ぬ。死なないために、常に動き続けるのだ。

『人間は不思議すぎて、オレついていけない』

 俺もだ。

 最後はどうやっても死ぬのだけど、幸せになりたいのだよ。

「幸せの前提は金。それから、……強さなんだよなあ」

 弱いヤツはどこにいっても食い物にされる。

『人間ってたまにそういうことするよな』

 まあね。

『ザリガニや鼠だって共食いするし、仕方ねえ』

 ははは。

 ゴンさんからしたら、人間も動物と同じか。

『同じじゃないよ。お前らは特別だ。優れてもいないのに、動物じゃなくなろうとしてる。それを見るのは楽しくて仕方ない』

「哲学的だね」

 酒饅頭の残りを口に入れたら、甘味で大切なことを全て忘れそうになった。

 帝都にいられるのもあと半年か。

 ここは大阪みたいで嫌いじゃなかったけど、住むには向いていない。きっとシスティナのことを思い出す。

 目抜き通りには、彼女の舞台のチラシが貼られていて、住む世界が違うのだと知れる。

 俺は侯爵閣下。キミは芸人。

 やめやめ。しめっぽいのはキライさ。

『そこで我慢するから、お前は人間なんだよ』

「俺はランクの低いオッサンなんだよ」

 流しの馬車に声をかけて乗り込んだ。




 旧マドレ侯爵帝都邸宅。

 パーティーで行って以来のこの邸宅も俺のモノということなのだけど、侍女さんに恭しく頭を下げられて、皆さんには『旦那様がきたぞー』という騒ぎで迎えられる。

 こいつらの中に混じっていた悪魔は、ガラル氏たちが全て始末したということもあって、俺を迎えてくれたメイドさん侍女さん執事さん使用人さんたちの顔は、恐怖で引き攣っていた。

「マリナちゃんに会いに来ただけなんで、楽にしといて。構わなくていいよ」

 デキる女って装いの侍女さんに言えば、挨拶してきた人たちを仕事に戻らせてくれた。

「本日はどのような御用でしょうか」

「突然で悪いけど、マリナちゃんと仲直りに来たんだ」

 侍女さんは口を開けて一瞬だけ言葉を失った。

 そんな変なことを言ったかな。

「あ、さ、左様ですか。その、お部屋を用意致しますので」

 何を焦っているんだろう。

 ああ、そうか。ここで仲直りって言ったら、セックスしにきたよ、ということになるのか。

 大声で言うことじゃないな。

「ああ、いや、そういう意味じゃないよ。あ、これお土産。俺たちには一個ずつ、他はみんなで食べて。今度はたくさん持ってくるよ、あんなに人がいたら二十個じゃ足りないな」

 酒饅頭を渡すと、侍女さんはどうしたらいいか分からないといった顔になった。

 なんだ、面白い人じゃないか。

「マリナちゃんは?」

「……自室で療養していらっしゃいます」

「俺が行っても?」

「お嬢様には、お知らせさせて下さい」

 妻の寝室に押し入る粗暴な旦那にはならないでねってことか。自慢じゃないが、DVってのはしたことがないんだ。

「頼むよ」

 そんなことで、応接室で待つことにした。

 いつかと同じだ。

 こういう時、煙草があったらキマるんだけど、ガキの身体には似合わないな。

 前ほどは待たされなかった。

 いつかと同じように案内されて、寝室へ入る。



 馴染み深い匂いがした。

 以前のような情交のそれではない。

 焼酎の匂いだ。

「よく、いらして、くださいまひた」

 相当酔っぱらっているらしく、マリナちゃんは呂律が回っていない。

 前と違って服を着ているけど、なんというか部屋着だ。そして、テーブルの上には焼酎の壺と、ワイングラス。つまみはチーズかな。

「ご機嫌だね」

 俺はハンチングを脱ごうとしたけど、帽子掛けが見当たらないのでその手を止めた。

「ごきげん? 庶民の、あなたの気持ちをわかろうとして、のんでるの」

 マリナちゃんは言うと、椅子から立ち上がろうとしてこけそうになる。

 俺は慌てて彼女を抱きとめる。

 酒くさい。

「大丈夫か」

「らいじょうぶ。よってないもの」

 酔っ払いは、だいたいそう言うんだぜ。

「今日は」

 俺が言おうとしたら、マリナちゃんは人さし指を俺の唇に当てて言葉を止めた。

「当ててあげる。ふひ、ひひひ」

 肩をすくめてみせると、マリナちゃんの笑みが深くなった。

「アランは、わたくしマリナ・マドレ・ドーレンとは仲良くなれないのでぇっ、結婚はしたけど他人でいましょう、とか言うんでしょっ」

 ……すまん、一番最初にそれを考えたのは事実だ。

 レズビアンのヤツと結婚したみたいな感じで、偽装結婚的な、さ。

「いや、そんなことは」

「あなたはそういうこと言う人だもんっ。あはははは、白蛇様の夢でねぇ、あなたの考えとかねぇ、ぜーんぶ、伝わったの。あなたって、女の敵よ」

 マリナちゃんは言うと、焼酎をワイングラスに注いでぐいぐい飲む。その飲み方はなんかおかしいからやめて。

「アラン、あなたって最低のクズだわっ」

 俺が苦笑いで応えると、マリナちゃんは、バカとかフニャチンとか酷いことを言いだして、しばらく子供の悪口みたいなのが続いた。

「あなたなんて、大嫌いなのに……、でも、あなたは心の恋人なの」

「なにそれ」

「うふふふ、ふたなりの身体はねぇ、すぐエッチなこと考えちゃうの。学院に入った時のあなたって、恋愛小説の『粗野で優しい男』みたいなんだもの」

 マリナちゃんの目がくわっと開く。

 俺は半分くらいしか理解できなかったけど、女性向け恋愛小説の中には俺みたいなタイプが出るのだそうだ。で、そのテンプレなキャラクターが好きで、よく自慰に使っていたとかで、実はすごく俺のことはタイプだったと、酔っ払い特有の饒舌さで教えてくれた。

「プランシー先生のね、奉公侍女シリーズに出てくるゼスト様がいちばん好き」

 ああ、この感じ覚えている。

 前世で友達だったBLの西山も、好きな作品を語る時はだいたいこうだったな。

「ゼスト様はね、ぶっきらぼうだけど、寒い日はマフラーを貸してくれるの。そんなことになったら、わたくしもう、想像するだけで先っぽからお汁が」

「生々しいのはよせ」

『ぶははははは、マリナってオタクだったんだな』

 ゴンさんはにわかお笑いマニアじゃないの。

『にわかっ!?』

「女の子にぶっきらぼうってキャラじゃないんだよな、俺」

「もーっ、ちがうのっ。あれはお話だからカッコイイのっ」

「それは分かる」

 アスターレのことを思い出す。二次元ならアリなんだけどなあ。実際にいるとウザいことこの上ない。

「む……、他の女のこと考えてる」

「鋭いけど、嫌いな女のことだから許してくれ」

「そういう問題じゃないのっ。アランって最低っ、サイッテー」

 そんなこと言われてもなあ。

 女はいつも俺に最低と言う。前世でも言われたし、きっとこれからも言われるんだけど、傷ついた顔しといた方がいいのかなあ。慣れると、ノーダメージなんだけど。

 俺はマリナちゃんの隣の席に座って、空いているグラスに焼酎を注いだ。そして、もちろん飲む。

 酔っ払いと話す時は、自分も酔っぱらうのが一番だ。

『それはどうかと思うよ』

 こんなことすんのは人間だけだよ、ゴンさん。

「アランにはお酒あげないっ」

「ケチケチすんなよ」

 飲むと、美味い。高い酒のんでんなあ、このふたなり美少女め。押し倒しそうになるから、飲んで下半身を役立たなくさせよう。

 俺は酒を飲むと下半身が役に立たなくなるタイプだ。逆のヤツ見たら羨ましくなる。

「アランは、心の恋人だから、こんなわたくしのこと嫌いになったでしょ。わたくしの妄想だと、あなたは肝心なとこでヘタレて、仕方なくわたくしが脱ぐの。そうしたらようやく襲ってくれるの」

 なるほど、だからこの前は裸で迫ってきたのか。

「こうなんていうか、口だけは嫌がって欲しいタイプ。……でも実際してる時にあえぎ声が否定系の女は苦手なんだよな」

 あれはなんなのだろうか。

 脱ぐまでは清楚で、その後は淫乱。うん、男の夢だな。

「ばかっ、他の女の話するなっ」

「いやいや、統計の話だから」

「それでもヤなのっ」

 マリナちゃんは焼酎を呷る。口の端からこぼれた雫が、胸元を濡らす。うーん、ヤりたい。でも、この状態までいった酔っ払いとはちょっとなあ。

「マリナちゃんな、俺の奥さんでいるのはイヤか?」

「いやじゃない」

「そっか」

「いやじゃないけど、あなたがわたくしを見ないのがいや。アランが欲しいのは、自分をぜーんぶ何から何まで理解してくれる天女みたいな女の子。わたくしも同じだから、分かるの。あなたの前だと、いつも、傷つきやすい女の子を演じたくなるから」

 こういう時、マリナちゃんの好きなゼスト様ならどうするのだろう。

 俺は俺のやり方しか知らない。

「マリナちゃんのこと、今すげえ面白いって思ったよ。だから、好きになれると思うよ。先のことは分からないけど」

「わたくしは、アランのこと嫌いになりそう」

「マメに相手するぜ。笑わせたりするよ。多分、俺はマリナちゃんのことは好きになれる」

「ふたなりのわたくしは、卑屈で、嫉妬深いし、リューリちゃんとエグいセックスしてるし、やっぱりゼスト様が好きだし、見られたくないとこいっぱいあるし」

「マリナちゃんも、俺のイヤなとこ全部見てるしいいよ。それに、俺も卑屈でイヤなヤツだよ」

「うふふ、あははは、知ってる。アランは最低だけど、わたくしと姉様を助けてくれたもの。ありがとう。ゼスト様が本の中から現れでもしないと、こんなことにならないと思ってた。でも、これからどうしたらいいか分からなくて、こわいの」

 そりゃそうだよな。

 先が無いのも怖いし、あるのも怖い。俺も怖いよ。明日なんて来なかったらいいって思うんだから。

「うーん、俺も怖いな」

「さいってぇ、ここで大丈夫って言ってほしいのに」

「それ言ったら根拠出せとか言うだろ。なんとかなるよ、頼れる仲間もいるしな」

「ねえアラン」

「なに?」

「チューする? ふたなりのわたくしと、キスできる?」

 なんで言い方変えて二回言うんだ。

『大切なことだからだよ』

 確かに大切ではあるな。

 返事の代わりに、行動で示そう。

『さあ、オレは二時間くらい寝るわ。二時間くらい』

 四十分じゃない辺りにゴンさんの気遣いを感じた。

 そういえば、俺からするのはこれが初めてかな。

 焼酎の味がして、これはこれで一生忘れないだろうな、と思った。

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