第25話 イカレてる方が生きやすい世の中よ

 文官さんに言われた通りに適当に話を合わせる。

 昨今の政策がどうたらと皇帝陛下がお話になられて、その後はなんとなく時節の挨拶とか色々があって、その後はなんぞの褒美がどうこうと眠たいことこの上ない。

『あー、いい天気だ』

 そうね。

 こんな天気のいい日は、帝都を流れる川で釣りなんてどうだろう。サンドイッチの弁当を買って、昼になったらやめる。

 ファンタジー世界は水が綺麗だ。

 浄水処理は魔法で出来るってんだから、この世界の化学は発展するはずがない。

 でもいいか。釣りは楽しい。

『海でやろうよ』

 今度、実家に帰る時にやろう。

 ゴンさん、チヌ釣りは楽しいぞ。

 この世界で紀州釣りの発明者になりたいけど、ヌカがねえんだよなあ。

 ま、実を言うと釣りは下手の横好きなんだけどね。

「アラン・ドーレン」

 名前を呼ばれて妄想が消し飛ぶ。

「はっ、」

「前にっ」

 なんで叫ばないといけないのか。

 俺は貴族歩きで前に出て、皇帝陛下の前で片膝を立てる。

「マドレより聞いておる。余は、第十八代皇帝の名において、ドーレンとマドレの併合を認めよう。アラン・ドーレン、そなたはアラン・マドレ・ドーレン侯爵と名乗るがよい」

「ははっ、ありがたきしあわせ」

 こんなんでいいのだろうか。

『オレに言われてもなあ』

 ちらりと文官さんに目をやれば、顔色は真っ赤だ。怒りの赤だろう。

 謁見の広間になんとも言えないざわめきが広まった。分かるのは好意的ではないということだけだ。

「陛下、直言をお許し下され」

 と、やけに太い声が響いた。

 こういう声は苦手だ。ヤクザみたいな連中が好んで出す人を威圧するための声だ。人をビビらせて優位に立つことに慣れたヤツのイラつく声だ。

 あー、こういう声のヤツ嫌いなんだよな。

『アランの病気がまた……』

 病気じゃないってば。

 前世でへんてこな会社に勤めた時に、研修と称してこんな声のヤツが竹刀を持ってきて机バシバシ叩いてビビらせてきたことがあったな。懐かしい。

 すぐ辞めたけど、あいつは幸せにしているんだろうか。

『ぶははは。お前の記憶読んだけど、すげー面白いのな、そいつ』

 ゴンさん、いつの間にそんなことできるようになったの? 普通にイヤだよ。

『ああ、馬車の中で脳を少しな』

 脳はやめろ。やめて下さい。

 寝てる間に何をされたんだ俺は。アレか、宇宙人に捕まった時のキャトルなんとかか。

「アラン・ドーレン、かの男はマリナ・マドレ令嬢に甘言を弄してその地位を手に入れたと聞き及んでおります。さらに、ギルドとの関係も深く、この男は獅子身中の虫となりそますぞ」

 あ、なんか凄いこと言いだした。

『だいたい間違ってないし』

 魔神と戦ったじゃないの。あ、そうだ。ゴンさんのプレゼントすげえ役立ったよ。ありがとうな。

『いいって、もうお礼はもらったし』

 いや、こういうことはちゃんとお礼言わないと。

『いいから、いいから』

 ほんと、ありがとうな。

「ふむ、マリナよ、そなたの口から聞きたい」

 イケメン仮面こと皇帝陛下がマリナちゃんに水を向けた。

「畏れながら申し上げます。アラン、……様は、身を賭してマドレの領地にありました古い因習を断ち切って下さいました。父上も、母上も、夫がマドレの地を治めることに否はありませぬ」

 皇帝陛下は片頬を吊り上げて笑う。

「ふむ、良き奥方を持ったな、ドーレンよ。さて、バイアメオン、さきほどのげんもひとえに忠節から出た言葉であるのは分かっている。この度の婚姻は、朕が認めたのだ。案ずることはないぞ」

 アレか、俺が決めたからぐちゃぐちゃ言うなって意味か。

 こういうのキライなんだよな。

「陛下が仰るのであれば」

 バイアメオンと呼ばれたオッサン、ああバイオメンの親父か。とにかくオッサンは俺をひと睨みして定位置へ戻る。

 長身で鍛えた体に黒い陣羽織が良く似合うオッサンだ。頭は禿げ上がっているが、俗に言うところのハンサムハゲだ。むしろ、これがいい。バイオメンも母親似か。ちょっと親近感が湧くね。

『お前の感性が未だに分からん』

 理解して分かり合うのは難しいものだよ。

「アラン・マドレ・ドーレンよ。貴公と貴公の領地が息災であることを願うぞ」

「はは、ありがたきお言葉、いたみいりまする」

 ちらりと目の端に映った文官さんの顔色が青くなっていたので、これはきっとダメなパターンなんだろう。

 その後はつつがなく終わった。

 祝勝会で変な話をしたことを今更になって後悔した。

 暴れん坊皇帝とかやられたら、俺が悪いってことになるんだろうか。





 貴族の集まりが終わったら、かなり怒っている文官さんに連れられて長い廊下を歩いた。

 帝国の権威を象徴する水晶宮は、落ち着かないことこの上ない。

 俺みたいなのが歩くのは、ドブ板か田舎町が似合うってのに。こんなとこじゃ浮くよ。

 来た時と同じように、文官さんを先頭にして俺とマリナちゃんは歩く。

「先ほどのお言葉、良い所で陛下がお言葉を下さったからいいようなものの、不敬を理由に嘴を突っ込む者もいるのです。もっとお勉強なすって下さい」

「いやあ、申し訳ない」

 文官さんは立ち止まって、俺たちに振り向く。

「申し遅れました。リヒャルト・バスタルと申します」

「アラン・マドレ・ドーレンです」

「妻のマリナでございます」

 文官さんことバスタルさんはニコっと笑った。

「姓を正しく言えましたね。次は侯爵を付けてもよろしい。ただし、初対面の時に限ります」

「領地に引き篭もるってのはどうでしょうか」

「ふふ、ご冗談を。ともあれ、行きましょう」

 まだ連れていかれる場所があるらしい。

 あー、帰りたい。

 ガラル氏と日銭稼ぎしたり、マンドラゴラの生育も見ないといけないし、……なんてのは現実逃避かな。

 なんでファンタジー世界でまで就職しなきゃいけないんだ。

 貴族に産まれたら遊んで暮らせると思ってたのになあ。前よりも遊べそうにない。

 通されたのは、明るい陽射しが射し込む庭園だった。

 そのまま四阿あずまやに案内されると、ある意味では予想通りの人が待っている。

「皇帝陛下、今日はマスクは無しですか」

 敷物を敷いて、胡坐をかく皇帝陛下。そして、その手元には宴会用お酒セット。

「言葉遣いを覚えるのが急務だな、アラン・マドレ・ドーレン侯爵」

 陛下はそう仰って、俺に手ずからグラスを勧めてくれた。

 金貨何枚で買えるものか想像もつかないギヤマングラスに、焼酎を半分ほど。そこにワインを注いで、最後にレモンを絞る。

「下品な飲み方ですね」

「料理長に研究させた。さあ、飲むがいい」

 一口やれば、飲めないことはないと知れた。よく出来た下品な酒だ。

「俺の嫌いな味です」

「ははは、正直は美徳だな。奥方も座れ」

 カチコチに固まっているマリナちゃんは、腰が砕けるようにへなへなと座り込む。

「皇帝陛下は、俺なんぞにどんな用があるんですか」

「不敬だぞ、その言葉遣い」

 気にしてないだろうに、よく言う。

「そのために人払いしてくれたんでしょ?」

「頭は悪くないが、馬鹿者だな。大きなモノに対して不遜な態度を取るのは強い者がやることではない」

 ああー、鋭いなあ。

 昔から、俺は舐められるのが嫌いだ。ついつい、勝てない相手にケンカを売ってしまいそうになる。やった後に後悔するってのにね。

『お前が突っかかるのって、ナメられた時だけだよな』

 中身はオッサンなのに、そういうことしちゃう子供のまま大きくなったアレな人なんだよ。

 指摘するのは情けなくなるからやめて。

「よく言われます」

「ふむ、持ち直したか。……ま、飲みながら話そうか」

「結婚を祝って、ですか?」

 イケメン皇帝陛下と俺は、グラスとグラスをかち合わせて再会の乾杯をする。

 ロクでもない話になるんだろうなあ。

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