第24話 人の恋愛をコメディ扱いするな
三日間でやったのは口上を丸暗記することと、服を新調することだ。
皇帝陛下の御前とか、状況がよく分かんねえな。
明日は明日の風が吹くというけれど、俺の明日はだいたい明後日の方向で、今がいつなのか分からないような状態だ。
おめかしさせられて馬車に放り込まれたら、隣にはマリナちゃん。
すっげえ怖い顔してるんだけど、そんなに嫌われたか。えー、もう若い子って分からない。その上、女なんだからさらに分からない。
「なあ、機嫌直してくれない?」
俺は言ってみるんだけど、マリナちゃんはぷいっと横を向いた。
これで新婚なんだぜ?
『魔神臭くなくなったな。これでガマンできるわ』
いつの間にか懐にはゴンさんが。
今日は持ってきたくなかったんだけどな。どうせ止めても無駄だから別にいいけど。
「どうして、ハンチング被ってきたの?」
マリナちゃんが口を開いてくれた。
「ん、カッコイイだろ。俺のトレードマークにしたいんだ」
俺が笑えば、マリナちゃんは目を伏せる。
善意だけで冒険しても、ヒーローとヒロインが勝利のメイクラブってならないのが現実の辛いところだ。
「あなたは、……どうしてっ」
主語を言いなさい。
「何が?」
「どうして、わたくしを責めないの」
「女の子をセめるのはベッドの上だけでいいんじゃないの?」
こういう時はキザに決めるのさ。
『アラン、逃げるなよ』
ゴンさんは、どうしてそういうとこ鋭いのかな。
本音を話すことほど苦しいものは無い。だから、俺はいつも、好きなヒーローみたいにキザにキメてみせる。そうしたら、だいたい有耶無耶になってくれると知っているからな。
「ちゃんと、答えて」
『そいつの言う通りだぜ』
セットした髪が乱れるのも構わずに、頭を掻いた。
「……俺が好きでやったんだ。別に、理解してほしくもない」
俺の本音は誰かに受け入れてもらうもんじゃない。どうせ、心なんて人に見えるものじゃない。人は自分の見たものだけで全てを判断する。苦しみも悲しみも優しさも、人の目には全てが正反対に映る時もある。だから、俺はいつも、人が理解しやすそうな態度を取ってやることにしている。
俺の心なんてどこにもない。全て、傍から見たものだけだ。
「白蛇様といた夢を、わたくしも見たっ」
マリナちゃんは涙声で叫ぶ。
直球勝負だな。俺は怖くて怖くて、いつも逃げる。そんな癖がついている。見栄を張るために命を捨てられる大ばか者だからだ。
「そっか。軽蔑したか?」
「ちがうっ。そんなんじゃないっ」
前世で、みんなは忘れろと言った。実際に、俺の友達や両親も、すぐに彼女を忘れた。俺だけが覚えている。まるで幻だったように。
「マリナちゃんのためじゃない。アイツが、喜んでくれると思ったんだ」
俺は言葉を切った。
何を言うか考えたけど、言いたくないことは一つだけ。だから言おう。
「そうでもしないと、許されないと思うんだよ。正直に言えば、もうアイツのことなんか忘れてる。覚えてるのはどんな風にセックスしたかくらいで、顔も思い出せない」
ああ、言いたくねえなあ。
だって、自分でも酷いって思うくらいなんだもの。何も知らないで聞いたら怒り出すヤツがいるレベルの話だ。
「俺は、嫁さんと死に別れて、孤独に生きてるカッコイイ男だと思われたいだけさ。いい設定だろ? 適当に生きてる言い訳になるんだ。いつまでも独り者で、へらへら遊んでるオッサンでも、それなら許される」
そんな生き方をしているから、悪霊になったキミが俺を地獄に引きずりこみにくる、そんな妄想に憑りつかれる。
「……どうしたら、忘れてくれるの」
「何を?」
「あの人のことを」
無茶を言いやがる。
「楽しいな、幸せだな、そんなことを思う度に思い出す。美味いものを食った後も、女を買った帰り道にも思い出す。挙句の果てが、転生した後もだ。俺は忘れたいんだよ」
こんな苦しいこと、忘れたいに決まってるだろうが。
酒を飲もうが女を抱こうが、一人になると思い出す。
もういい加減にしてくれ。俺が幸せになれないのは分かった。だから、俺を苦しめるのはやめてくれ。
「俺が助けてほしいくらいだよ。カッコつけて、忘れちゃいけないことだ、とか言うこともあるけどな。本音はもう忘れさせてくれ、だ」
「じゃあ、忘れて。それが無理なら、こっちを見て」
マリナちゃんを見る。
本気の泣き顔、すげえブサイク。
「ほら、鼻が垂れてる」
ガラル氏が選んだ蝶の刺繍の入ったハンケチを渡すと、マリナちゃんは受け取って遠慮なく鼻をかんだ。
「俺は見てるよ」
マリナちゃんは小柄で、いつものように可愛いふたなり美少女だ。今は泣いているけど、もう泣く必要は無い。
「見てない。あなたの妻の、わたくしを見て」
マリナちゃんが俺の手に、柔らかくて小さな手を重ねる。
「見てるよ」
「そういうとこ、大嫌い」
胸をドン、と殴られた。
油断していたせいで、まともに入って息ができなくなった。
「あなたのこと、大嫌い。だけど、あんなふうに助けられたら、惚れそうになるのにっ。話す度に、ほんとに最低って思う。でもっ、あなたは、……アランは、わたくしの夫なのよっ」
え、どういうこと?
「え、まあ、そうだけど」
それと今の話になんの関係があるんだ?
『その子のこと、気の毒になってきた』
ゴンさんまでもが呆れ声。
こいつら、なんなんだよ。俺がおかしいのか。
夫だろうがなんだろうが、俺にどうしろってんだ。別に恋愛結婚じゃないだろ。それに、好きだなんだってそんなに重要なことか。そんなもんお話の中にしかないぞ。
「マリナちゃん、ちょっと意味分からないんだけど、俺はマリナちゃんのこと見てないって訳じゃないし、嫌いでもないよ」
マリナちゃんも童貞じゃないんだから、それくらい分かってるだろうに。
「あなたが、何を言ってるか分からない」
マリナちゃんは悲しそうにする。だけどそれは、さっきまでとは種類が違って見える。
「ごめん、俺もだ。どうして、マリナちゃんは泣いてるんだ? アレか俺が哀れとかそういうのか」
たまに、こんな反応をする女がいる。そういう時は、適当に騙してセックスできるように持っていくけど、だいたい面倒な女なので二回目からは上手くいかない。
『……もう仕方ないなあ。あー、人間の女、オレの声が聞こえるか?』
「えっ、だ、誰」
え、ゴンさんがどうしてマリナちゃんに話しかけるのさ。
『アラン、とりあえずお前は黙って寝とけ』
ゴンさんの声を聞いた瞬間に、俺は突然に眠たくなって、ねむたく……。
◆
目が覚めたら、馬車はお城に着いたところだ。
マリナちゃんはお化粧直し中で、なぜかゴンさんが膝の上にある。
「あれ、寝てたか?」
「おはよう、アラン。涎、拭いてあげるわ」
「え」
マリナちゃんが、俺の口元を拭いてくれる。
なんだこれ。
ゴンさんが何かやってくれたのか。
『もういいから、お前はちょっと黙ってろ』
いつもと立場が逆だ。
「えっと、どういうこと?」
「アラン、あなたは黙っていて」
『そうだ、黙れ』
なんだこれ。
ゴンさんとマリナちゃんが何やら仲良くなっているのもよく分からないし。
いつもは興味無い人は野良犬くらいにしか思ってないゴンさんが、一体どうしたのだろうか。
えー、俺がおかしいのか。
ちっくしょう訳が分からない。
釈然としないまま馬車から降りると、お迎えのひとが十人以上。
「ドーレン侯爵閣下、お迎えに上がりました」
先頭に立つのは、文官らしき法服を纏った中年男性だ。恭しく頭を垂れている。
「ああ、ありがとう」
こういう時、これであってたかな。
『人間ってこういうの好きだよなあ』
中小企業の社長を超越者扱いするのが人間だもの。立場のセレブリティ度で、何もかもが優れているということになる。
どうせ、どんな人間でも棒で叩かれたら死ぬのになあ。
『お前の考え方はちょっとヒく』
そう?
「ささ、こちらに」
文官の後を追って、お城の奥へ奥へ。
俺たち新婚夫婦は注目の的で、好奇や悪意や殺意や侮蔑の視線が投げかけられる。
あー、こういうの嫌だ。
ここで襲われたらガラル氏もいないし、流石に死ぬだろうな。さあどうなるだろう。だいたい、こういう時ってすげえピンチに陥るってのがお話じゃパターンだ。
『ガラルはいるから大丈夫だよ』
マジか。
ゴンさんは嘘をつかないし、本当にいるのだろう。
『んーと、ご安心めされよ、だって』
ゴンさん有能。
伝言ゲームしたらとんでもないことになるって分かってるけどね。
皇帝陛下のお住まいである水晶宮まで歩いて一時間。
広すぎるだろう。
ようやくたどり着いた玉座の間は豪華絢爛の一言で、「おお」と声を上げてしまった。
文官は咳払いをして、マリナちゃんに肘で小突かれる。
「ごめん」
『空気読めよ』
辛辣だなあ。
ハンチングは脱いでいて、ちょっと頭が寂しい。
なんとも落ち着かない気分で待っていると、隣の文官殿が口を開いて俺にだけ聞こえるように囁いた。
「私の合図で礼を。挨拶などに関しては陛下が助けてくれます。奥様はそのままでよろしい」
「……どうも」
「研究が完成しましたら、是非融通して下され」
俺は口元だけで笑う。
文官さんの頭はてっぺんが寂しくなっていて、すがりたくなる気持ちは分かる。
協力者がいるというのは嬉しいし力強い。
「皇帝陛下のおなぁりぃ」
その場に居並ぶ皆が平伏して陛下を迎える。
足音だけが響く中、いい大人がみんな頭を下げているってのは変な風景だ。皇帝陛下だって、きっと、飽きてるだろうよ。
「
ここでも頭を上げる順番があって、何秒後かなのだけど俺はすっかり忘れている。
文官さんが肘で合図をくれて顔を上げた。
そこに広がる光景に、おれは何か言いそうになるのを我慢したけれど、顔は思いっきり驚いてしまった。
皇帝陛下はニヤリと笑って、俺にウインク。
とりあえず、表情だけ笑い返しておく。文官さんに足を蹴られた。
祝勝会で出会ったイケメン仮面が、玉座に腰かけていた。
すげえな俺、ラノベの主人公みたいだ。
『あー、人間の偉いヤツな。分かる分かる』
ゴンさんに分かることは、だいたい俺には分からない。
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