第23話 くだらねえタイトルが思いつかない

 魔神をなんとかした後に女を買って、それから祝勝会。

 このスケジュール組んだヤツ、馬鹿なんじゃないのか。俺のことだけど。

 参加者は俺、ガラル氏、サジャさん、ゴンさんのいつもの三人と一つ。そして、シオン教授のサーリー女史、他はマドレ領に出張してくれた皆さんで帰りの速い組に、ギルドからの派遣さんと、協力してくれた大聖堂の僧侶と教会騎士の皆さん。

 広場でBBQをする予定だったけど、グリルが四つじゃ到底足りないので芸能ギルドに頼んで屋台を出してもらった。

 的屋がぞろぞろとやって来て、すっかり祭りが始まってしまった。

 学院近くの空き地が会場だったのだけど、なんだこの盆祭りみたいな雰囲気。近所の人とか普通に来てるよ。

「関係者以外立ち入り禁止なんだけどなあ」

 俺は肉を焼きながら言う。

「心配ご無用。我ら忍び衆が見張っておる」

 突然背後に気配と声。

「うわあああ、に、忍者か」

「祭りを愉しまれよ。さらば」

 忍者は言うと、グリルに少量の水をかけて水蒸気で目くらましをすると姿を消した。

「し、心臓に悪くないか。おかしいだろ、あと肉がっ。炭に水とかっ、おいっ、忍者あああ」

 傍らで焼酎を舐めているガラル氏が笑った。

「ほほほ、あのシノビ、見事な業前ですな。人が多いというのは、魔神を退けた坊ちゃんのことを喧伝する良い機会ですぞ。婚約者のために単身で魔神と対峙したということにしております」

「みんなに噂されたら恥ずかしいんだけど」

 自分で言ってなんだけど、どこかで聞いたフレーズだな。なんだったっけ。

「坊ちゃんはドーレン伯爵家の分家、マドレのドーレン侯爵家当主となられたのですぞ。そんなことではいけません。ささ、肉は私が焼きましょう」

「俺、鍋奉行兼焼肉将軍だから」

 煮るのと焼くのはまかせろ。

 こういうパーティーっぽいの苦手なんだよな。ショットバーとかで渋くいきたいタイプなんだ。

「なーにバカなこと言ってんのよ」

 やって来たサジャさんがちょうどよく焼けたステーキを取る。

『姫騎士見たかったんだけどっ』

 ゴンさんはさっきから延々と見れなかったアピールをしてくる。

「サジャさんが今度連れていくって言ってたのに」

『玉子サンドも見てないんだけど、見てないんだけど』

 あ、とうとうゴンさんまで覚えやがった。

「なんで二回言うんですか」

 ここは俺が乗っておこう。

『大切なことなので二回言った、はははははは言ってやった。言ってやった。どうだった今の?』

 相変わらず笑いのレベルが低い。チョロい客だぜ、ゴンさんは。

「ドヤ顔してそうだから三十点」

『ひどっ。ひどいっ』

 笑いには妥協しない主義だ。

 サジャさんは、なんだコイツらという顔で俺たちを見ている。

「サジャよ。今のゴン様のどこが面白かったか私が説明してあげましょう」

 ガラル氏の善意から出た容赦ない追い打ち。

 この人、こういうので敵を作るんだろうなあ。でも悪意が無いところが好き。

「アンタら、どうかしてるわ」

 サジャさんのドン引き入りました。

『……。もうちょっとオレに優しくしろ』

 心無い言葉の連続に、流石のゴンさんも耐えかねている。

「ゴンさん、ガラルさんに悪意ないから、分かってあげて。それと今度は、もっとゴンさんに会うネタを考えよう」

『アランが考えてくれるの?』

「まかしとき」

『姫騎士がいい』

 このクサレ民芸品がっ。BBQの燃料にしてやろうか。

いや、よそう。どうせ燃えないし、ゴンさんは海水の雨を降らせるくらいやりかねない。最悪、広場を埋め尽くすワカメが降ってくるかもしれない。

『それはフリかね?』

「頼むからやめて下さい」

 ゴンさんをなだめて、なんとか機嫌を直してもらった。よかったワカメ地獄顕現はこれでなくなった。

「はははヘンなヤツら。……アンタらとの仕事は悪くなかったわ」

 サジャさんは急に真面目な顔で言った。

 すっかり忘れていたけど、最初は敵だった。よくもまあ、こんな怖くてカッコイイオネエに喧嘩売ったもんだな、俺。

「俺も、楽しかったですよ」

 なんだか、もう一人兄貴ができたみたいで、なんて言ったら怒るかな。

「……行くつもりですか」

 ガラル氏の言葉に、サジャさんは笑みを作って、垂らした前髪を整えた。キメる時の癖みたいだ。

「暴力ギルドも悪魔に騙されたって詫びを入れてきたしね。ま、ホントのとこはアンタらを怒らせたくなかったんでしょうけど」

 ギルドは慣れ合っているようで、いつも商売敵を潰そうと虎視眈々の組織だ。三つの組織が協力しているのは奇跡と言っていい。そんな所に暴力ギルドでも喧嘩は売れないということだろう。

「サジャさん、その、ありがとう。助かったよ」

 何か言おうとしたけど、上手く言葉にならなかった。

「稼がせてもらったし、礼はいいわ。アタシこそ、……楽しかった」

 最後の、楽しかった、という部分だけは、どうしてか男の声に聞こえた。それは、彼の本音だったのかもしれない。

「これから、どこへ?」

「虎剣山まで行って鍛え直すつもり。剣はもういいと思ってけど、またやりたくなったの」

 悪魔を倒した時に何かあったのかもしれない。

『うーん、オカマは弱っちいからなぁ。いいんじゃねえ』

 ゴンさん、少し空気を読もう。

「ゴン、アンタの世話になんないように鍛え直しに行くの。……もちろん、舞台巡りの約束を果たした後にね」

 義理堅いとこ、カッコイイな。兄貴って感じでさ。

「俺も侯爵になっちまったし、領地で色々あると思うんで、修行が終わったら来てくれませんか」

 口が勝手に動くとはこのことだ。友達と作った会社ってだいたい上手くいかないんだけどな。やりたがる気持ちが分かった。

「アタシ、ややこしいわよ」

「俺とガラル氏とゴンさん、みんなややこしいじゃないですか」

『オレも含まれるの?』

 ゴンさん、不思議そうに言うのやめて。

「ふ、あっははははは、ホント、アランは面白いわ。剣が完成したら、行くわ。約束よ」

 サジャさんが右手を上げるので、俺も右手を上げて、二人で手の平をバチンとやって握り合った。

「第一の騎士として迎えます」

「アタシが行くまで、没落すんじゃないわよ。ちゃんと、ガラルとゴンを頼って、ビシっとやんなさい」

 サジャさんは、このパーティーのしばらく後で帝都を去ることになる。

 次に会うのはいつだろうか。二度と会えないかもしれない。だけど、俺の家臣がこれで一人出来た。

 俺たちはいつものように酒を飲んだ。

 この一週間のことを、俺は一生忘れないだろう。



 いい感じに酔っぱらって、俺はシオン教授と話したりサーリー女史にビビったり、僧侶や教会騎士に変な問答を仕掛けられたりして、頓珍漢な答えを返したりしていた。

 屋台で俺の好きな塩焼きそばが売っていたので、もう食えないというのに一つ頼む。

 少な目で、なんて無理にお願いしたら半分の量を出してくれた。

「ほう、美味そうではないか」

 と、声をかけられた。マスクで目元を隠したお髭の紳士である。

 黒髪をオールバックにしていて、黒いシンプルなタキ●●ド仮面スタイルのマスクから覗く青い瞳は、男なのにスーパーセクシー。衣装も金のかかった貴族の遊び人風でよく似合っている。

「あれ、えっと……食べますか」

 あまりにキマっているので見惚れてしまって変なことを言った。

 遊び人風にキメて爽やかさが出るのは、相当上位のイケメンだけだ。

「おお、良いのか」

 とマスクで御髭の紳士は嬉しそうに言って、差し出した皿を受け取った。御付きのひとらしき伝統的な魔法使いスタイルの老爺が止めるが、「よいではないか」と口に入れる。

「うむ、熱くて美味いッ」

 すげえシンプルだけど心に響く感想だ。いいね。そういうの好きだ。

「ははは、いいっスね。男の子の味って感じでしょ。こう、一人で食べたくなる感じの」

 あのドラマ、好きだったなあ。

「アラン・ドーレン、良いことを言うではないか。その通り、男は時に独り、孤独を愛する心を持たねばならん」

「特に、メシを食う時は」

 気分はゴ●ーちゃんだ。その言葉に、紳士はより一層機嫌を良くしたようだ。

「ふふふ、良き男ではないか。さあ、他に美味いものを教えよ」

 偉そうだけど、嫌味が無い。

 バイオメンみたいに家柄って看板を磨かないと自信を持てないタイプとは正反対だ。誰かに似てると思ったけど、お兄ちゃんを男前にして頭良くしたらこんな感じになりそう。

「BBQいきましょう、BBQ」

 昔からBBQって言葉の意味がわかんねえけど、これ好きなんだよなあ。

 キャンプとか行くとつい肉を焼きたくなる。

 イケメン仮面にも焼酎を渡して、俺は続けて肉を焼く。

 俺はこういう時、つい焼きたくなる。鍋もそうなんだけど、一番美味しいタイミングで食べて欲しいのだ。食べる時も、熱い料理は冷める前に味わいたいから、自然と早食いになる。

「お、おい、皿にあげるのが速いのではないか」

「その加減が一番美味しいんで、冷める前に食べて下さい」

 焼肉将軍と化した俺は、だいたいウザがられる。しかし、イケメン仮面はなぜか俺に挑むように肉を食べる。

 侍従らしき老爺が「いけませんぞ」というのだけど、「このような挑戦を受けて逃げられぬわ」と言っている。

 ははは、面白いイケメンのオッサンだなあ。

 飲み屋で隣り合わせたら仲良くなるタイプだ。

「ほら、食べて、今が一番美味しいから」

「うむ、よかろう」

 イケメンを腹いっぱいにさせてから、焼酎の果実水割りを作って渡してやる。

 食わせた食わせた。

 肉、焼き野菜、肉、珍味。そして酒。

 休日前の中年コースである。

「うむ、これは甘いな。焼酎を果実水で割ったのか」

「俺は好きなんだけど、みんな気持ち悪いって言うんスよね」

 酎ハイとかこの世界無いんだよな。

 果実をそのまま入れることはあるんだけど、なんというかちょっと違う。炭酸が無いのは寂しいけど、ジュース割りだけど作ってみた訳だ。

「ははは、下衆な酒と思っていたが美味いではないか。ワインで割ってみてはどうだ」

「あ、それは下品だからダメ」

 学生じゃないんだから、あ、今は俺、大学生みたいな感じなんだよな。でもダメ。なんとなくイヤ。カクテルとかにありそうだけど、適当にやったら悪ふざけになる。

 食べ物で遊べない昭和生まれさ。

「くくく、このおれに向かって下品とはな」

「イケメンなのは認めますけどね。遊び慣れてそうで、慣れてない感じかな」

「はははは、なかなか忙しい身でな」

「お忍びですか。偉い人っぽいけど、アレでしょ、遊び人のキンさんみたいな感じで、変装でもしたらどうですか?」

「ほう、面白いな。どうしておれを遊び人にする?」

「ははは、御約束ってヤツです。お話で、暴れ●坊●軍っていうのがあるんですよ」

 江戸幕府と言っても通じないので、将軍が最高権力者の架空の国でという設定で軽くお話をすると、イケメン仮面は食いついてくる。

「ほほう、最高権力者自らが世を見て、はびこる悪を仕置きするというのか」

「そうそう、イカスんですよ。こうね、悪人をバシバシっとね」

 工場で働いてた時、昼休みの食堂で再放送見てたな。四十五分になったら仕事だから、いつも最後のイイ所が見れないんだ。

 あまりにもイケメン仮面が嬉しそうなので、俺は覚えていたエピソードを身振りまで交えて熱く語った。侍従らしき老爺の顔がキレてたけど、まあいいか。ジジイは何を言っても怒るもんだ。

「うむ、良いことを聞いた。アラン・ドーレンよ、お前は遊び人のキンさんのような男かね?」

 ヘンなこと聞くぜ。

「俺は、ああいう主役には向いてないンです」

「ほお、なら悪代官かね」

 悪代官ってあんた、何を言ってんだか。俺はあんなに必死で生きるのに向いてない。どっちにもなれやしない半端者さ。

 イケメン仮面の瞳は輝いている。それは、試すような不躾なものじゃない。

「どっちの生き方も、いいと思うんですよ。マネーのために必死になるのもいいし、ヒーローもカッコイイしイカス。だけど、俺は、それなら、ヒーローの手助けをするヤツになりたいな」

「……どうしてかな。ヒーローは素敵だろう」

「ヒーローなんてガラじゃない。俺は弱いしね。だったら、ヒーローが凹まされてる時に助けたり、目が届かないとこでファインプレイをする味のある脇役がいいよ」

 やってみて分かった。

 ヒーローは強い男がするべきだ。自分のことを認めてやれる男じゃないと、人は救えない。今だってマリナちゃんのことを考えないようにして、後回しにしてるしな。

「ふふふ、なかなか良き男だ。アラン・ドーレン、楽しかったぞ。また会おう」

「ええ、また今度」

 イケメン仮面は楽しげに笑って、最後に焼酎のグラスをカチンとやって乾杯した。それが、別れの挨拶。

 カッコイイじゃないか。俺も今度やろう。

 それから、また色んな人たちと飲んだ。

 結局のところ、いい気分で酔っぱらって、そこから先のことは覚えていない。

 気が付いたら下宿の部屋にゴンさんと一緒にいて、いつもの『おはようクソ野郎』で目覚めたのだった。





 それからも忙しく日々は過ぎる。

 父上とお兄ちゃんに早馬は飛ばしていたが、帰ってきた返事は、「でかした。嫁を見せに来い」だった。

 相変わらずシンプルだ。

 それはいいんだけど、次は残りのマドレ一門との折衝になる。前当主である義父がとりなしてくれているらしいが、離反か政争かは確定している。

 身の安全を考えて、プロであるガラル氏に相談してみた。

「暗殺者? 始末してますからご安心を」

 蚊を叩き潰したくらいの自然さで言われてビビる。

 魔神の信徒みたいなのも敵に回っているらしいけど、それも始末していたそうだ。大丈夫なのか、俺。

 乗りかかった舟とばかりに三ギルドは、護衛やら情報収集やらで協力してくれている。

 名門である侯爵家に貸しを作れる上に、あわよくば乗っ取れる。しかも、毛生え薬の研究にも役立つということで、俺はどうにも大事にされているらしい。

 参ったな、もう。

 天道教会からは、魔神退散の功績を称えて聖人認定してやるぞ、というよく分からない勧誘が来た。丁重にお断りしているが、なかなかしつこい。

 忙しい日々を過ごす内に、ゴンさんは追加公演を堪能してサジャさんを辟易とさせた。

 俺たちは事後処理という厄介なものに奔走する。

 だいたいが片付き始めたころ、サジャさんは帝都から去った。

「またね、アラン」

「サジャさん。また、会いましょう」

 ごく普通の別れだった。

 死にそうにないし、俺の第一の騎士だ。

 きっと、すぐに会える。

『アランは寂しがり屋なんだから。オレがいるぜ』

 ありがとう。いつも助かってるよ。

 声には出さないけどな。

『そういう素直なとこ、嫌いじゃない』

「俺も、ゴンさんのヘンなとこ嫌いじゃないよ」

「おや、私のことはどうなのです」

 ガラル氏まで入ってくる。

 男同士でベタベタすんのやめようぜ。

 思ってても、口に出すのは恥ずかしいんだ。



 さらに三週間ほどして、ようやく状況にも慣れてきた。

 落ち着いてはいないけどね。

 そんな時に、お城から呼び出しがかかった。

 侯爵位の引継ぎ叙勲の儀に、皇帝陛下の御前へ出頭する必要があるらしい。

 しかも、三日後だ。

 夫婦揃って、ということになっていて、俺は目の前が暗くなった。

『魔神の匂いも消えてるし、いいんじゃねえの。アランは交尾が好きだしな』

 男はだいたい交尾が好きだよ。

 女はどうなのか。好きなんだろうけど、なかなかそういうことって聞けないよな。

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