第22話 オカマと悪魔が戦うだけのクソみたいな閑話 

 アランを見送るサジャは、奇妙な若者を応援している自分に気付いて苦笑した。

 聖騎士であったころから、忠節というものに縁遠いと自負している。

 法王に仕えた時ですら、名誉であるとは思えど忠節を持つことはなかった。それなのに、この仕事の大将であるアランを送り出すことが歯痒い。

 聖剣復讐者の柄に手をやって、大きく息を吸う。

 気持ちを落ち着ける時の癖だけは、聖騎士であったころと変わらない。

 サジャ自身も理解していないが、彼の本質は騎士や戦士では無い。

理不尽への復讐者。

 アランの行いは自分自身の本質と共鳴する。そして、彼のそれは自らの行いに重なるのだ。

「しっかり、やんなさいよ」

 己のできなかったことを。

『おい、オカマ』

 浸っている時に、邪神像が口を出してくる。

「なによ」

『オレを持っていけ。あ、拒否権ないから』

「馬鹿言ってんじゃないわよ。ガラル、帽子と仮面の悪魔はアタシの敵よ。いいわね」

「それはよろしいが、ゴン様のことは」

「先に行くわ」

 サジャはそれ以上聞かずに歩き出す。

 あんな訳の分からないものがいたら五月蠅くて仕方ない。

 それに、アランに渡したあの神具。ギルドから派遣された協力者たちも戦慄するほどの神秘を秘めていた。

 悪魔討伐や魔神殺しに使われた聖遺物に引けを取らないだろう。

 なぜなら、聖剣復讐者が怯えるほどの力なのだ。

『焦るとロクなことがないぜ』

 突然聞こえた声と、懐の違和感。

「な、なんでアンタがいるのよ」

 いつの間にか、懐にゴンがある。

『拒否権とか、無いから』

「アタシの邪魔したら、ゴミ箱に放り込むわよ」

『はたして出来るかな?』

 苛立ちを抑えて、サジャは歩く。

 そういえば、アランは言っていた。何回か捨てたけど普通に戻ってきたと。



 目当ての馬車はすぐに見つかった。

 帝都の大通りを往くのは、マリナを乗せていた馬車だ。

 今は、マドレ家の帝都屋敷へと戻ろうとしているところだが、御者は悪魔だ。

 馬車のいく手を阻むように、サジャは立った。

 着流しの背に刺繍されている髑髏に絡む竜に魔力を通せば、サジャの背中に刺繍と同じ形の使役魔が現れる。

『おっ、カッケーな』

「うるさいっての。纏い鬼よ、敵を砕け」

 麗らかな朝の光の下で、突然に凶行は始まる。

 最初に上がった悲鳴は通行人の女性からだ。

 髑髏から飛び出した竜は、御者の悪魔に喰らいつく。

 サジャは聖剣復讐者を抜き放ち、一閃、馬の首を落とす。そして、纏い鬼によって化けの皮を剥がされた御者の悪魔の胴を裂いた。

「さあ、出てきなさいよ。いるんでしょ」

 馬車の扉が開き、中の人物が降りてくる。

 最初に見えたのは、洒落たロングブーツ。サジャも好きなセンスだ。そして、うら若き乙女が現れる。

「な、なんですか、あなた」

 サジャは事前の調査で知っている。

 リューリ・キラミデという少女だ。

「そういうのいいから、早くやりましょ」

『うーん、この典型的な悪魔のやり口。つまんね』

「アンタは黙っててよ」

 いちいちこの邪神像は話の腰を折りにくる。

「あの、どういうことなんですか」

「もういいわ。早くしないなら、首を落とすから」

 サジャは騎士剣を担ぎ、無造作に横凪ぎに振った。

 リューリは跳び上がって馬車の上に着地することでそれをかわす。

「ふん、危くこの体が死ぬところではないか」

「ああ、最初からそうしてりゃいいのよ」

『眠たい』

 リューリは懐からあの時に見た仮面とシルクハットの帽子を取り出して、身に付ける。そうすると、背中からは蝙蝠のような翼が現れ、もう一対の腕が現れる。

「羽根つきに腕四本か」

「きひひひ、私の階位に気付いたか」

「名前アリでしょ、アンタ。帽子と仮面の悪魔ベルサルシュかしら?」

「はははは、この私の名も人間に知られるほどになっていたか」

「第一階位の悪魔ベルサルシュは、人の心を惑わすことを得意とし、比較的交渉がし易いために召喚によく選ばれる。長いトコは省略してと、お調子者で人間の苦しみが好きで、帽子と仮面を着せた人間を自らの身体とする。弱点は、宿主の身体を悪魔化してないと全力を出せないこと、そうよね?」

『長いセリフだな』

 ベルサルシュはかなり昔から現世うつしよで暴れている悪魔だ。

 召喚したら比較的言うことをきかせられるが、多くの場合は召喚者にとって大切な存在を宿主とさせることを望む。あとはお察しだ。悪魔は願いを叶えて「はい、さよなら」というようなものではない。

「なかなか博識ですなぁ」

「まあ、色々あってね。人間を悪魔にするって、簡単じゃないし時間がかかるわよねえ」

 聖騎士といえど、悪魔と戦う時には情報が無いと死ぬ。そのために必要な知識は今も頭に刻み込まれていた。

「弱点を突いたつもりでしょうが。魔神様のお力でこの女は最早、人ではないわ」

「……」

 悪魔と化した者は斬らねばならぬ。

 その理不尽が誰かを傷つける前に。

『アランは殺すなって言ってたぜ。なんでか理解できないけど』

 サジャは小さく笑う。

 魔神の加護がなくなれば人に戻るというのは、楽観的すぎる。

「大将の命令じゃ仕方ないわねえ」

 聖剣を目覚めさせれば、復讐者は荒れ狂う。

 この力に呑まれてはいけない。

 あの時できなかったことを今する。それは無意味な行いだ。

「足の借りは返させて頂く」

 悪魔ベルサルシュは言うと、その両手より黒い炎を出現させて投げつけてくる。

 聖剣で切り払うサジャは、同時に悪魔の仮面から放たれたものをすんでのところで躱した。

「悪趣味な真似を」

 仮面から弾丸のごとく吐きだされたのは、ウジ虫の魔蟲だ。傷口に潜りこんで内臓を喰らう悪魔の蟲である。

「陽光の下でそれだけ動けるってズルいんじゃないの?」

 サジャは軽口を叩きながら走り、魔蟲をかわしながら馬車の上に飛び乗る。騎士剣を抱えながら、並の者にできることではない。

「ほお、やりますなあ」

「余裕かましてくれちゃってさ。ベルサルシュ、お前が悪魔に産まれたことを後悔させてやる」

「ははははは、やってみせるがよろしい」

 悪魔と化したリューリの四本の手に、それぞれ短剣が生えた。

 サジャは口元で薄く笑う。

 女の細腕、いくら四本あろうが非力さは変わらぬはずが、その一撃は全てが異様な強さを持ち得ている。騎士剣でいなし、飛び退り、前に出る。

 踊りのようにも見える攻防が展開された。

「悪魔殺しの剣でございますか。ははは、こういう趣向はいかが?」

 仮面から瘴気が噴き出る。

 景色が流れ、地が揺れる。

「やってくれんじゃないのよ」

 首を落とされて死したはずの馬が立ちあがり、石畳に蹄を打ち付けて、走りだしたのだ。

 馬車の上、当たり前に足場が悪い。悪魔は宙を滑るように動き、飛びもする。しかし、サジャは人間だ。飛ぶことはできない。

「くはは、いい顔になられた。さらに、これはどうですかな」

 無人であるはずの馬車の中に異常な気配が生まれる。

 馬車の扉をぶち破って現れたのは、巨大な狼の頭だ。

「どんな隠し芸?」

「魔界より召喚した魔神様の眷属である大魔狼にございます。早く私を倒さねば、ほら、ああなります」

 疾走する馬車から顔を突きだした大魔狼は、通りに立ちつくし母親に庇われている子供を喰らおうと牙を剥く。

 サジャは咄嗟に騎士剣を振るい大魔狼の額を斬りつける。

「ギャンッ」

 大魔狼の脳に復讐者を刺しこもうとした瞬間、ベルサルシュの短剣が襲いかかる。

「ちぃっ」

 騎士剣を大魔狼から抜いて、応戦する。

「くく、ふふふふ、魔神様のお力でございますよ。さあ、早く倒さねば大魔狼が出てしまいますぞ」

「……そんなの気にすると思う?」

「するでしょうなあ。そうでなくば、それほどに心は歪みますまいよ。くひひひ、我は誘惑の悪魔ベルサルシュ。貴公の絶望は、無垢にして純粋。まさしく聖人のごときもの」

「まったく、もっと早く殺しにいくべきだったわ」

 墓場でのベルサルシュは今ほど強くは無かった。悪魔化した憑代よりしろと、魔神の加護を得たマリナ・マドレの守護者としての力が乗ったベルサルシュは、これ一匹で帝都を半壊させられるほどの力を持つだろう。

『つまんねえなあ。舞台いきたいし、手伝おうか?』

「ゴンよ、アタシにも男の意地ってのがある訳よ。水差すんじゃないわ」

『ビビって腰引けたオカマが何言ってんの。負けそうじゃん』

 このクサレ邪神像。

 サジャは大きく息を吐いた。

「何を言っているか分かりませんが、ここらで手打ちはどうですか? 私はあなたと契約してもいい。死人の魂を引っ張ってくるなど、私には容易いことですが」

 胸の傷が疼く。

 あの日、腕の中で死んだ愛しき人よ。

「レオンと、いいましたか。もう一度会うことも叶う」

 サジャは復讐者に感応する。

「ゴン、一分で片ァつけたげる」

『えー、ホントにぃ?』

「ぶっ殺すとこ特等席で見せてあげる」

『アランは殺すなって言ったぜ』

 その時のゴンの言葉は、いやに重く響いた。

 サジャは復讐者への感応の深度を意識して下げる。聖剣の持つ煮えたぎる理不尽への怒りから、距離を置く。しかし、距離を置けばおくほど力は弱まる。

 足りない。

「こんな小娘なんかどうでもいいって、……アランは言わないわね」

 短い付き合いだが分かる。あのイカレたクソガキはそんなことはしない。今だって、魔神に一人で対峙しているのだ。

 好きな女のためだけに。

「はは」

 サジャは笑う。

 カッコイイじゃないか。

「かつて失われた愛しき人に会える好機、どうしますか?」

 悪魔は常に誘惑を仕掛ける。彼らは人の心に試みる者なのだ。

「決まってんでしょ、クソ野郎」

「それもまた人のサガか。無垢の魂、この私が喰ろうてくれる」

 聖剣復讐者との同調を開始。意識を呑まれるまでに、一体と化す。

「ゴン、手伝って。アタシの意識を、引き上げて」

『よしきた』

 不可思議な力が邪神像より放たれた。



 一瞬が長い時間となる。

 聖剣復讐者に宿る聖なる悪霊は、魔神や悪魔と戦い続けた騎士の魂である。

 呑まれれば、見境なく悪魔を殺すだけの鬼となるだろう。

 レオンを喪ったあの日、鬼と化した。

 戻れたのはサジャが未熟であったからだ。復讐者の力を引き出すことに失敗したからこそ、人に戻ることが出来た。

 今はあの時とは違う。完全に鬼となるだろう。

『おーい、そっちじゃないから』

 奇怪な邪神像の声は、サジャの意識だけを復讐者から引き上げる。

 聖剣の煮えたぎる怒りの中に身を置いて、意識だけを現実に引き戻す。




 獣のごとき咆哮を上げてサジャは剣を振る。

 それは、ベルサルシュが先ほどまで対峙していた恐るべき聖騎士のそれではない。ただの獣である。

「ふん、聖剣に呑まれるとは。下らぬ魂でしかなかったか」

 ベルサルシュは技を失くしたサジャに肉薄し、悪魔の短剣を刺しこもうと動く。

 下級の悪魔ならいざ知らず、最上級階位の悪魔ベルサルシュにとって聖剣に呑まれた剣士など犬と変わらない。

「舐めてんじゃ、ないわよっ」

『オレのおかげって忘れるなよ』

 瞬間、恐るべき技量で放たれた聖剣の一撃は、ベルサルシュの、リューリの両足を膝のところで切断した。

「なぜっ、なんで」

「復讐者よ、その軛を解放する。敵を喰らいつくせっ」

 剣を振り下ろさんとするサジャ。

 茫然と見つめるベルサルシュの口元が歪む。笑みの形に。

 サジャが必殺の剣を振り下ろさんとした瞬間、ベルサルシュは瞬間転移魔法を行使。サジャの背後に虚空を引き裂いて現れる。

「とらせて頂く」

 ベルサルシュの甲高い声。

 無防備なサジャの背中の筋肉は異様な躍動を見せる。そして、剣を振り下ろしていく動作から片膝を曲げて、腰がぐるりと捻られる。

 それは、野球の剛腕打者のものとも、ゴルフの飛ばし屋のそれとも似通っていた。

 軌道を変えて背後に振りぬかれた聖剣復讐者は、ベルサルシュの本体である仮面だけを、縦に切り裂いた。

「ば、馬鹿な、どうして」

 仮面がベルサルシュの本体である。しかし、ただ砕くのでは無意味だ。その内部のアストラル体を斬らねばならない。

 サジャの一撃は不滅のアストラル体を斬ったのだ。

「聖剣は悪魔の匂いに敏感で、空腹なの」

「やめろ、やめてくれ。なんでもするから、頼む」

 ベルサルシュは理解した。

 聖剣復讐者に宿る悍ましき聖なる悪霊が、ベルサルシュの仮面に襲いかかる。そして、悪魔の本体であるアストラル体を喰らう。

「地獄の閻魔にでも言いな、クソ悪魔」

 悪魔を殺せるのは同じ悪魔だけ。ならば、人の手で悪魔を作ればいい。

「た、助けて、嫌だっ。死にたくない」

 サジャは小さく笑った。

 聖騎士は悪魔を殺すわざを持つ。

 死して魂を聖剣に捧げて、悪魔を喰らう悪魔となるのだ。聖剣復讐者に宿る悪霊は、人の造りだした悪魔である。

「好きで死にたい者がいるものかよ」

 レオンは生きたかったはずだ。そして、この悪魔に弄ばれた者たちも。

 ベルサルシュは最後に聞くに耐えない悲鳴を上げて、復讐者に喰らいつくされた。

 残るのは、悪魔と化した少女だ。

「さてと、悪魔はぶっ殺さなきゃいけないんだけど、どうしたものかしら」

『そいつ、頭ン中はまだ人間だから、いいんじゃね』

「見ただけで分かるのね。ゴン、アンタって本当は何者よ?」

 そう尋ねた時、足元が激しく揺れた。

 大魔狼はベルサルシュの死と共に魔界へ送還される。その姿は半透明になって、掻き消えた。馬車もまた、首なし馬が死体に戻り、自然とこける。

「ちっ」

 舌打ちをうったサジャは、気を失っているリューリの身体を抱き上げて馬車から飛び降りた。

『目ぇ廻るって』

 聖剣を地面に突き立てて、衝撃を殺して着地。

 一部始終を見ていた帝都の人々から歓声が上がる。

 事情を知らなければ、悪魔を打ち倒した戦士に見えるのだろう。

「都会のヤツらって、調子よくて嫌いだわ」

 リューリの足からは、人のものではない血が流れている。だが、その出血も止んで、数時間もあれば新しい足が生えるだろう。

 悪魔とはそういうものだ。

『おい、舞台までいこうぜ』

 サジャは羽織っていた着流しを脱いで、さらしとフンドシ一枚になる。そして、着流しでリューリの身体を包んだ。

『こいつの身体、悪魔臭くてヤダ』

 着流しの懐に入っているゴンは、リューリと一緒に包まれたことが不満なようだ。

「悪魔をそのまま出しとける訳ないでしょうが。とりあえず、この子にまともな服を着せて、アタシも着替える。舞台はその後」

『おい、それだと見れないって。もう始まるし』

「知るかバカッ。アランの言うこと優先なんでしょっ」

『ええー、そうだけど。走れよ、オカマ。走って、早く姫騎士見せてっ』

 サジャは喚く邪神像を無視したが、結果的には走ることになった。

 美しい肉体だが、裸でうろつくのは流石に恥ずかしい。

 とりあえずは服を手に入れて、大聖堂にはその後だ。

「アラン、次はアンタの番よ。ビッとキメなさい」

 一人ごちてキメてみた。

『舞台終わるっ、終わるからっ』

 最後まで締まらない。

 サジャは感傷に浸る時間が欲しかった。そして、多少は自分にも酔いたいというのに、この邪神像はそれを許してくれない。




 舞台には間に合わなかった。

 ゴンがあまりにうるさく喚くので、サジャは後日劇場に行くことを約束させられるのである。




------


おまけ


ゴンさんの好感度


アラン→友達として好き

ガラル氏→名前で呼ぶくらいには嫌いじゃない

サジャさん→友達の友達のオカマ、そんなに嫌いじゃない

姫騎士→天才芸人。サイン欲しい。大好き

リューリちゃん→悪魔くさい

マリナちゃん→魔神くさい

白蛇の魔神→カス

ベルサルシュ→その辺のゴミより興味ない

シオン教授→ヘンテコで面白い

その他→野良猫の模様くらいの特徴でなんとなく覚えている程度


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る