第21話 ナデポ回、これもう古い言葉か
ああ、笑った笑った。
パンツが横にあるだけで面白いって、かなり笑いの感性が低いな。
「ほほほ、魔神はなんとかなったようですな」
ガラル氏の声が突然聞こえてビビる。
いつの間にか横に立っていたのはガラル氏で、俺がマリナちゃんにやったように手を伸ばしてくれていた。
「奥さんにはのされちゃいましたけどね」
言いながらその手を取ったら、乱暴に引き起こされる。
「見事な手形。女殺しの勲章ですな」
なんであばらが折れてるのに、みんな俺を労わらないんだ。
「元気があって安心しましたぞ」
ガラル氏は相変わらずの邪教徒スタイルで、俺も安心する。
「そっちはどうでした?」
「ほほほ、有象無象の悪魔共は皆殺しにしました。
ガラル氏が半分くらい殺してそうだな。
「見てたんですか?」
「いつでも助けに入れるように、という心積もりでしたが余計でしたか」
俺はガラル氏の仮面と見つめ合った。
仮面の奥で、きっとなんともいえないニヒルな感じの顔をしているのだろう。この人には参る。ほんと好き。
「はは、嬉しいよ」
「それはようございました」
ギルドからの派遣と僧侶たちが、俺たちを化物でも見るようにしている中を、俺たちは進む。
「サジャさんは?」
「因縁があるとかで、名有りの悪魔を追っていますよ。ゴン様と一緒にね」
「名前があると、どう違うんですか」
「単純に殺せません。ですので、痛めつけて心をへし折るのが常道です」
「すげえな。それが常道なんだ」
悪魔の心をへし折るのは人間だけの特権か。
「あの男なら、悪魔を倒せるかもしれません。私に傷をつけるほどですし」
ガラル氏、最初に会った時に最強とかじゃないって言ってたのになあ。やっぱり無敵っぽい感じだったのか。伊達じゃこんな格好しないよな。
「どっちが強いんです?」
「もちろん、私です」
同じこと聞いたら「アタシよ」と言うだろうな。
想像したら笑ってしまった。
「姫騎士殿とは会わないので?」
「……俺の役目は終わりですよ」
もう会わない方がいい。主に、俺のために。
システィナといると、色々な忘れてはいけないことを忘れてしまいそうだ。
長い廊下を歩けば、待機していた教会騎士からの鋭い視線が突き刺さる。なんだこれ。
「なんか、皆さんの俺を見る目が厳しくないですか」
「ははは、この私とギルドの力を借りて魔神を退去させたのですぞ。天道教会の顔は丸潰れでしょうな」
「教会がやったことにしたらいいじゃないですか」
面倒だな、大人のこういうの。どうでもいいことに騒ぎ過ぎだ。
「大聖堂に集っていた騎士と僧侶は忘れますまい。坊ちゃんは味方でありながら、敵という難しい立ち位置という訳です」
「この作戦立てた時、それ言いませんでしたよね?」
「気づいているものとばかり。私は感心したものですぞ」
俺は笑いそうになる。
勢いだけでやったってのに、そんな細かいとこまで知るものかよ。
「ま、いいか。店の予約してますし、サジャさんが戻ったら行きましょう」
ガラル氏は何がおかしいのか、影のような身体をくねらせて笑う。コワいしキモいな。
聖堂の長い通路を抜けて、出口に向かう。
システィナが、泣いているマリナちゃんを抱きしめて慰めているという妙な状況があった。
二人は俺に気付いていない。
「……これが見たかったのでは?」
「はは、はははは。うん、そうなんですよ」
今まで生きていて、たった一つだけの良いことがコレなんだろう。
天国に行けるとは思ってない。むしろそんなもん無いと思っている。俺は、今度こそ死んだら無になりたい。
魂っていうのは、きっと紙のようなものだ。
マンガ雑誌とか新聞とか、回収されたら再生紙として蘇る。もしも、魂というものがあるのなら、俺の魂はバラバラに砕かれて新しい魂の一部になればいい。それなら、安心して死ねる。
「なんかテンション下がったなあ」
「上手くいったでしょうに、どうされました?」
「いやあ、気が抜けて」
「坊ちゃん、私が褒めてさしあげますよ。あなたは正しく
俺はいまさら、泣きたくなった。
バッカじゃねえの、俺。
褒められたかっただけかよ。こんなんで喜んでるってことは、俺は、きっと死んだ女に褒めてほしかったんだ。
「はははは」
俺は誤魔化すために笑う。
「坊ちゃん、いえ、アランよ。あなたに救われた者がおります。それがどれほど得難いことか知りなさい。他者を救うなど、神ですらもできぬことです」
ああ、嬉しいじゃないか。
俺だってこれくらいやれる。
前はできなかったけど、やればできる子なんだよ。
だから、願いが叶うのなら、神様、あの時に戻して下さい。
ああ、無理無理。分かってるから。そういうのもういい、飽きるくらいやったし。
切り替えていくか。最近色々と熱くなってたし、こういうのはもっと若いのがやんねえと。
頭ン中が中年の俺には似合わない。
「さて、私としてはここであなたが登場するというのが、ヒーローらしくて良いと思いますが。いかがされます?」
ガラル氏の仮面に刻まれた、不吉な一つ目の紋様と目が合う。
俺は困った顔で笑う。
この表情は、俺の顔芸の中でも一番カッコイイと思うんだ。
「もっと、分かりやすく言って下さい」
「とっとと行きなさい」
熱い声援をくれるガラル氏に頷いて、俺は足を動かす。
何を言えばいいのか考えたけど、どうにもいい言葉が見つからない。
「アランくん」
先に気付いたのはシスティナだ。
マリナちゃんはこちらを見て顔をふせている。そして、システィナは何事かマリナちゃんに囁いて目の前にやって来た。いつでもキスできる位置で見つめ合う。
「舞台、よかったよ」
こんなことしか言えないし。
システィナさんの瞳はきらきらと輝いていて、妹との再会で感極まっていたのか、頬は紅潮していた。キレイだ。
「アランくんにアドバイスもらったおかげ、かな」
「俺の穴だらけの話から、ショートコントを完成させたのは、キ……システィナさんだよ」
今になって気づくのは、キミによく似ているということ。
顔かたちではなくて、会話の間だとか雰囲気が、よく似ていた。いや、そんな気がしているだけか。
「妹様……いいえ、マリナと結婚、するのね」
「書類では、もう夫婦です」
システィナは何か言おうとして、言葉を飲み込んだ。
俺は何も言わずに、続きの言葉を待った。
「そっか。親戚に、なるんだね」
「義理のお姉さんって、軽く姉さんとか言っていいんですかね」
「いいよ。その方が、いい」
互いに言いたいことがあった。
でも、それは言えない。だから、言わない。
「また、見にいくよ。義姉さん」
「……ありがとう」
システィナが右手を差し出す。
俺も手を伸ばして、握手をした。
「さよなら、システィナさん」
「アランくん、きっとまた会えるわ」
手の温もりは懐かしくて、彼女の瞳は潤んでいて、これが最初で最後のキスのようなものだと思った。
顔を見られたくないから、背を向けて俺はガラル氏の下へ向かう。
後ろに手を振って、足早に。
「それが、坊ちゃんの道ですか。とても、カッコイイですよ。だから、胸を張りなさい」
猫背の癖は前世からだ。
「昭和生まれの男っスから。古い感じの、あのタイプなんです」
何を言ってんだろうな、俺。
出口に向かって並んで歩く。
聖堂から出て、賑やかな通りに出ると、もう限界だった。
「ちっくしょう、システィナさんカワイイんだよなぁっ。惜しいことしたぜ、ちっくしょうが」
俺はとりあえず、適当な壁を蹴って叫んだ。
「はははは、坊ちゃん、夜までまだ時間はありますぞ。花街に行って、カサンドラにでも慰めてもらいなさいませ」
ガラル氏は朗らかに笑って最低なことを言う。
俺も最低だから別にいいんだけど。
「アンタら、天下の往来でなに言ってんのよ」
背中にリューリちゃんを背負ったサジャさんがいる。リューリちゃんは眠っているようだ。
「あ、お疲れ様です。上手くいったみたいですね」
「ハッ、アタシが悪魔なんかに負ける訳ないでしょ」
『アラン、クサレ魔神凹ませたこと褒めてやるぞ』
ゴンさんの声が頭に響く。
ほんと、ゴンさんって何者なんだろうね。
「ゴン、うっさいし。アラン、花街に行くんだったらアタシも混ぜなさいよ。この子を届けてくるから、ちょっと待ってて」
サジャさんは聖堂に走っていく。リューリちゃん背負ってあんなに軽々と走るとか、すげえ体力だ。
祝勝会まで五時間ほどある。
サジャさんはすぐに戻ってきた。
「ほほほ、ここは我々の頭目である坊ちゃんの奢りといきましょうか」
「ああ、それいいわね」
『たまには恩返ししなよ』
「ええー、俺みたいな学生に金が……あるある。ギルドから出してもらった金があるし、派手にいける」
金を引っ張るのに苦労したんだ。この程度は役得が無いとね。
カサンドラの店に行くことになった。
俺がダダ凹みしてる時に、こうやって盛り上げてくれる。
友達って、いいもんだな。
声に出すと恥ずかしいから言わないけど、そう思った。
目標は達成していて、何もかもが上手くいった。
そんな嘘のような結果だというのに、俺たちはなんとなくモヤモヤしたものを抱えている。
俺たち、つまりは俺ことアラン、ガラル氏、サジャさん、ゴンさん、みんながみんな、なんというか成功に慣れてないというか、素直に喜べないでいた。
なんでと聞かれても分からない。
上手く行き過ぎたというのに、苛立ちを感じてしまっている。
俺の場合は失恋みたいなものかもしれないが、カサンドラとベッドに入っても今一つ盛り上がらなかった。することはしてるんだけど、なんだか集中できない。
サジャさんは陰間を、ガラル氏は話好きな女と酒を飲んでいたとか。ゴンさんはガラル氏にくっついていたそうだ。
ベッドの上で、俺とカサンドラは裸で寝そべっている。
俺とカサンドラは背中と背中をくっつけて話す。この姿勢が好きなんだけど、なんで好きなのかは分からない。
いつもなら、少ししたらもう一回のおかわりを要求するんだけど、なんとなくそんな気になれない。疲れが出てるのかもしれない。
「坊ちゃん、いつもと違って上の空じゃないか。そのひどい顔、袖にされた顔よ」
「ああ、分かる?」
カサンドラは忍び笑いを漏らす。いちいち色っぽいから困る。いや、別に困らない。
「ひどい別れ方をした顔」
「ひどくはないさ」
「ボテ腹にでもして、放り出したとか?」
そんなことしないって。いつも俺は気をつけてる。
「まさか」
「じゃあ、どうしたの?」
「手を握って、それだけさ。なんにも始まってない」
そう、最初からずっとそれだけだ。
出会っちゃいけない二人だった。とは思わない。
「……そう、それは、とても辛い別れ方ね」
何か言う前に、カサンドラは俺を背中から抱きしめた。
「ヤらずのぼったくりって訳じゃないから、大したことないよ」
俺が勘違いしてただけかもしれない。
「寝てないのにそんな顔になるなんて、重症よ。今日は商売抜きで慰めてあげる」
「ヌキなだけに、か」
「悪ぶらなくていいわ」
カサンドラが俺の顔を撫でた。
人の体温は、俺には熱すぎて、身の置き場がなくなる。
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