第17話 現代知識でチート回
『ちょっと待ったッ』
意気揚々と出かけようとしたら、ゴンさんが呼び止める。
今日はガラル氏かサジャさんと一緒にいてほしい。
「ゴンさん、デートについてくるとかモンスターペアレントみたいなのはやめてよ」
『お前らの交尾なんか興味ねえよ』
「じゃあ、なにさ」
よく考えたら、爽やかな朝に半魚人の邪神像と話してるってすげえな。頭おかしいとしか思えない。
『失礼なヤツだな。いいもんあげよーと思ってたのになーーーー』
マジか。
魚はやめてほしい。デートに魚臭いとかおかしいだろ。
クロマグロでも今日はやめてくれ。明日ならいいけど。
「さ、魚とかワカメ以外なら」
『ちょっとはオレのことを分かれよ』
分かってんのは、ゴンさんは意味不明だけど俺の大切な友達ってことくらいだ。
『あああーーーー、アランは本当に意味わかんねえっ』
ゴンさんは照れて、俺も照れた。BLじゃないぜ。
『もういいから、持ってけよっ』
目の前が真っ白になった。
「目がぁぁぁっ」
ゴンさんがビビるくらい輝いたせいだ。ここまで光ったのは初めてだ。
「ちょっとっ、光りすぎ。ゴンさんフラッシュやめて」
前が見えねえ。
『プレゼントフォーユー』
なんとか目が見えるようになると、ゴンさんの足元には銀色に輝く手の平大の太すぎる釣り針があった。
遠洋漁業で使うようなサイズの釣り針には、色んな模様が刻まれていてアクセサリーみたいなものだと分かる。
「あ、ありがとう」
『ふんっ、海じゃバカウケのお洒落アイテムだからな』
海のセンスって意外に進んでるんだな。
こういう尖ったデザインは好きだ。それに、ほら、なんか嬉しいじゃないか。
「すげえなこれ、高いんじゃないの」
『プレミアもんだぜ?』
手に取ってみると、冷たくて重い。少しばかり先端が尖り過ぎているけど、よく見たら細かい宝石みたいなのが埋まっていて、確かにイカス。
怪物や魚の浅浮彫がいい感じにゴスっぽいけど、男向けのゴツっとした雰囲気がある。
ヨーロッパな感じのロック調だ。
「かっけえし。いいの? マジでもらっちゃうよ」
『アランのために用意したんだから、素直に受け取れ』
「なんか、ありがとうな。嬉しいよ」
『似合うと思ってよ』
「お、おう。なんか悪いなあ」
変な感じになった。普通に嬉しいんだけどね。いや、マジで。
色んな角度から見て、胸ポケットに入れてみたりしたけど、ペンダントトップにするには、ネックレスが足りない。
見れば見るほど、いいなこれ。イカス。
とりあえず失くさないようにジャケットの胸ポケットに入れておいた。
俺とゴンさんの生ぬるい一幕が終わってみたら、周りのみんながドン引きだ。特に、ギルドメンバーは「うわぁ」という顔になっている。
「ええと、行ってきます。打ち上げは予約入れてますんで、みんなまた後で」
若干引き気味の声援を受けて、俺は迎えの馬車に乗り込んだ。
待ち合わせは天道教会大聖堂の前にある貴族用出入り口だ。
お笑いのイベントにも貴族はやってくるが、下衆な見世物ということで顔を覆面で隠した者も多い。
もちろん、覆面には華美な装飾が施されている。
「おー、みんなお洒落さんだ」
と、いつの間にか独り言を言っている。
ゴンさんいねえと落ち着かないな。ワカメも出ないし。
花束を持って立っていると、デートをすっぽかされて立ち食い蕎麦屋でヤケ酒をやった苦い思い出が蘇る。あれっていくつの時だろう。たしか、二十歳くらいだ。
くだらない思い出を頭の中で再生していく。リラックス、リラックス。
「お待たせしましたか」
「いいや、今来たばかりさ」
嘘だけどな。
振り向いけば、マリナちゃんがいる。
おー、お嬢様スタイル。薄いピンクのドレスにちっちゃい手提げ鞄。この鞄の名前未だに知らねえ。
「今日も可愛いな」
「あら、嬉しい。スカートを穿いてきましたの」
「いいんじゃないの」
捲り上げてっていうのは、ちょっとした男の夢だ。子供相手にそんなことしないけどね。
「もう、もっと言い方があるのに」
「かわいいよ。いいね、ふ、……美少女で」
ふたなりって言いそうになった。いかんいかん。
「さ、行こうぜ。舞台が終わったら、システィナさんの楽屋に行けるようにしてる」
チケットもスーパープラチナVIP席さ。
マリナちゃんは、俺の顔を見上げる。
「その花束は」
あ、忘れてた。普通に肩に担いでたわ。
「……マリナちゃんのために準備した花だよ。花の名前はよく知らない」
ガラル氏に任せたけど、青い色のよく分からんけど女の好きそうな花である。
「アラン様、もうちょっと真剣に口説いてくれませんこと?」
頬をぷくっとわざとらしく膨らませるマリナちゃん。
女が計算してやるこれを、俺はフグと呼んでいる。
「俺が本気出したら、この後は居酒屋いったりくっだらねえ博打に付き合うことになるぜ。まだお子様には早いよ」
あ、今の俺は十五歳だった。
「……リューリちゃんの言ったとおり、アラン様はヘンな人。信じてしまいそうになるわ」
「嘘は苦手さ」
すぐバレるからな。それでも、俺は嘘をつく。
マリナちゃんは呆れたように笑って花束を受け取って、マドレ家の家紋が入った馬車の御者に渡した。持ち歩いてたら邪魔になるものな。
俺たちは、こうして聖堂のホールへ歩を進めた。
マリナちゃん、顔色悪いのをメイクで誤魔化してる。
「どうかした?」
「なんでもねえよ」
キミはどんどん体を悪くしているのに、それに気づかせないように化粧をしてたよな。
あの時も、俺は気付かないフリをした。
検査入院している時に、お見舞いにいったよな。あの時も化粧をしていた。
終わりが始まる少し前、今は可愛くないから見られたくないって言ってたよな。
こうやって、何も無いところに、キミがいるつもりで話しかけるのを何年もやめていた。別にやめる必要もなかったと、今気づいた。
「なあ、手えつなごうぜ」
「えっ」
マリナちゃんの手を握る。
小さな柔らかい手だ。システィナの手はもっと大きくて、ゴツゴツしているのに女の柔らかさがある。
VIP用の席について、舞台が始まるのを待った。
◆
ゴンさんたちもこれを見てんだよな。
最初は短い歌謡ショーから古臭い手品という順番だ。
1000人規模のホールは超満員。
姫騎士オークと玉子サンドの話題性はすげえな。
帝都芸能もあんだけ金を吐きだす訳だぜ。
前座が終わって、芸人の名前を書きあげた『めくり』を黒子がまくる。
「きたか、玉子サンド」
俺はつい口に出してしまった。
「玉子サンド?」
マリナちゃんは知らないようだ。
「いま、上方でトップのお笑い芸人だよ。漫才の世界に革命を起こすって言われてる。天才って評判なんだ」
調べてみたら、玉子サンドの評判はガチだった。
元々は西方の高等学院で文化人類学みたいな研究をしていたぽっちゃりのオークが、お笑いの歴史を調べるうちに芸人に憧れを持ち、西の巨人と呼ばれるヤッシャ・ヨゴーマヤン師匠に弟子入りしたとか。
「く、詳しいのね」
あっダメだ。
女がヒいた時特有の適当な返しが出た。
お笑いとか好きなのは分かってくれ。色々と語りたいことがあるんだ。
「システィナさんのライバルだからね。ははは」
取り繕うとキモさ倍増。
俺は本当にダメだな。
「ああ、そうだ、今から玉子サンドと姫騎士オークがネタの五本勝負をするんだ」
そんなことを言ってまた誤魔化す。俺のバカめ。
「あ、出てきたわ。あのオークが玉子サンド?」
「しっ、ここからはネタに集中」
見せてもらおうか。上方勢のお笑いというヤツを。
『帝都のみなさんこんにちわーっ』
『どうも、上方からやってきた玉子サンドですっ』
おお、魔法マイクで声が拡大されている。
魔法ってついたらなんでもアリだな、この世界。そのせいで科学が発展しないのか。
『いやあ、こんなに大きな舞台は初めてで緊張してます』
ああ、なるほど古いタイプのしゃべくりではあるけど、軽い。
姫騎士オークのネタはある意味ではテンプレートに沿っている。最後に「もういいわ、帰らしてもらうから」なんて定型文の活きる漫才である。
それと比べてどうだい玉子サンドは。
なかなかいいじゃないか。
軽い調子に戸惑っていたが、すぐに観客を引き寄せ始めた。その辺りの兄ちゃんみたいな感じのことを、オークの二人組が軽快にやるというのがすでに面白い。
『じゃあ、キミは御殿様の役やってよ』
ネタとしては御殿様に何を献上するか悩む商人の話だ。
『よしきた』
種族的にオークは滑舌が良くないのだ。それをここまで、血の滲む修練があっただろう。
姫騎士オークの味方だが、認めざるを得ない。しかも、俺はすでにちょっと笑ってるし。
マリナちゃんを横目で見ると、笑うのを堪えていた。
「これ」
俺は舞台から目を離さずに、扇子を渡した。
マリナちゃんは黙って受け取って、扇子で口元を隠して顔を綻ばせる。
貴族の女って面倒だな。人前じゃ大声で笑っちゃいけないんだぜ。
玉子サンドのネタは、なかなか尺のある内容で、最終的にはちょっとほんわかさせるオチで終わった。
『ありがとうございました』
観客からは万来の拍手。
俺も拍手していた。
ドギツイ下ネタをやる前に、こんな爽やかかつ完成度高めで攻めてきたか。やってくれるぜ。
ネタが終わり、下げた頭を上げたところに舞台に出てきたのは姫騎士ではなく、審査員のグローヤナッグ婦人である。
黒髪をひっつめにした中年女性で、貴族である。文化人としてお笑いにも造詣が深いらしく、この戦いのジャッジを任されている人物だ。
『あらあら、とっても面白かったわ』
『ありがとうございます』
『おっきい身体でこんな面白い漫才をされるのね。大きいあなたが、玉子さんかしら?』
ノッポが言葉に詰まった。
これは芸人殺しか。
『あ、いえ、コンビ名でして』
『あら、あなたがサンドさんでしたの。ホホホホ、もう分かんない』
この天然ぶりには玉子サンドもたじたじだ。
先攻有利と思いきや、これがあったか。
よし、いける。
完成していてくれ、システィナさん。
グローヤナッグ婦人とのちょっとした一幕の中、背後では黒子達が忙しく動いている。客たちの一部も気づき始めたようだ。
そうだ、漫才には無いものだ。
『あら、そろそろお時間ね。次の姫騎士オークさんの出番だわ』
グローヤナッグ婦人が審査員席に戻ると、黒子が『めくり』をめくる。
姫騎士オークのショートコント。
太字で描かれた内容、ショートコントという知らない言葉に観客たちはざわめいた。
黒子はまたしても、『めくり』をめくる。
『ショートコント、捕まった姫騎士』
魔法の照明と共に、用意されていたものの全景が明らかになった。
それこそ、喜劇に使われるような書き割りの背景である。
いかにもな野盗のアジトといった背景に、鉄格子付きの小屋のセット。そこには、鎧姿の姫騎士がいる。
『まさか野盗に逆に捕まってしまうなんて、どうしたらいいのかしら』
ぐふっぐふっぐふっというエコーのかかった笑い声、そして楽団演奏によるいかにもな音楽共に現れたのは、相方の鬼人だ。世紀末覇者みたいなハリボテの鎧を着ている。
『ぐふふふ、捕まえた姫騎士をどうしてくれようか』
観客たちはあっけに取られているが、芝居は進む。
やっていることは漫才のストーリーと変わらない。しかし、これは大掛かりな喜劇ではなく、ショートコントである。
この世界では初の、ショートコント形式。
ドギツかったエロネタはなりをひそめて、漫才には無い視覚効果を狙ったコントが進む。客のほとんどは帝都民だ。つまり、姫騎士のことをよく知っている。
一人笑えば、二人。後を続いていく。
そして、ホールは興奮と笑いに包まれた。
この世界初のショートコントのお披露目だ。
やったな、システィナさん。
すげえよ、俺の話だけでショートコントを再現したじゃないか。
一幕目が幕を閉じても、客席はざわめいている。
そして、玉子サンドの時と同じようにグローヤナッグ婦人がやってくる。
さあ、どうする。
『まあ、面白いお芝居でしたわ。二人だけで喜劇をするなんて、わたくしも初めて見ましたし、大変面白かった。特に、あの鉄格子を切ったことを悟られないようにするとこなんて、おほほほほ、ああ、面白い』
『ありがとうございます』
『あなたが姫騎士さんで、……姫って、騎士を兼任できるのかしら?』
でよった。芸人殺し。
『姫のように可憐で、騎士のように荒々しく笑いを取りにいきます』
真面目にかわしたか。
そこでなんか一発芸やろうよ。あ、いや、この世界で『でもそんな×××××』は新しすぎるか。
トークでも調子を崩さずに小さいながら笑いを取っている。
システィナさんは魔法照明の灯りを受けてキラキラと輝いていた。
「やったな」
と、意識せずに声が出た。
「……」
マリナちゃんはそれを真剣に見つめていた。
彼女は姉の進んだ道をどう思うだろうか。他人の俺には分からない。
家族には、家族にしか分からないものがある。
休憩を挟みながら、五本勝負は続いた。
玉子サンドは健闘したが、グローヤナッグ婦人には調子を崩される上に、全く新しい芸であるショートコントにかなり乱されたようだ。
何より、システィナの二本目が凄かった。
元ネタを大幅に改編しての、姫騎士がアジトから逃げ出した後の追跡編が始まったのだ。しかも、姫騎士とオークの手下役の二役である。
とんちを使って煙に巻くという内容ではなく、野盗がバカすぎて迷うという内容である。続く三本目と四本目もストーリーが展開して、五本目にはついに野盗がお縄になる。
観客の誰もが、続きはどうなるのかと切望した。
玉子サンドの漫才も面白かったが、調子を崩された上に、漫才の爆発的な笑いの後に優しいめのショートコントは、舞台として納まりがよすぎた。
玉子サンドの漫才は箸休めになってしまっている。
結果的に、尺はほぼ同じだったというのにショートコントに観客の意識は集中したのだ。
「よっしゃ、勝ったな」
俺は姫騎士オークの勝利を確信していた。
グローヤナッグ婦人が出てくる。
固唾をのんで見守る観客。そこには俺も含まれた。
『どちらも大変面白かった。審査員の皆さんとも話し合って、決まりました』
ごくりと、息を呑む。
『勝者はおりませんっ。引き分けです』
観客たちから、驚きの声。
『お静かに。今日の勝負は、お笑い勝負としては互角でした。けれど、玉子サンドさんの漫才と、姫騎士オークさんのショートコントは、お菓子とご飯くらいの差があります。面白さだけで審査しましたけれど、真っ二つに分かれての引き分けです』
そこで、グローヤナッグ婦人は言葉を止めた。
ホールは静まり返っている。
『わたくし、こんなに楽しい舞台は初めてです。審査員で話し合いました。二つのコンビだけじゃなくて、もっとたくさんの漫才師、漫談師、落語家さんも呼んで、第二回を行います。お笑いでしたら、なんでも大丈夫、後日、そんな大会を開催します』
聖堂が、鳴動した。
観客たちの熱狂のざわめきが引き起こしたのだ。
「マジかよ」
俺は、茫然とそう言うしかなかった。
こうして、お笑い戦国時代は始まる。
帝都の大聖堂で開催されるトーナメントの勝者が、笑いの頂点となる。
この催しは、長く続く文化として未来に語り継がれるだろう。
そんな、歴史に残る舞台だと俺は思った。
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