第15話 エロ漫画みたいなことはないのにヤクザ漫画みたいなことはある

 侍女さんに付いて行くと、これまた迷路のような造りの廊下を歩かされた。

 アレかな、侵入者用の罠みたいなもんなのだろうか。

『道は覚えてるぜ』

 マジか。

 ゴンさんは時々凄い。

『ほめてもいいんだぜ?』

 すげーよ、普通に役立つ時は他に言葉がなくて困る。

 しばらく歩いて、奥まった部屋に通された。

「中でお嬢様がお待ちです」

「ありがとう」

 扉を開けて中に入れば、外から扉が閉ざされて、鍵のかかる音。おや、中からも鍵が無いと開けられない仕組みか。

『くっさ、ここくっさ』

 俺は二度見した室内の様子に、ゴンさんが嫌がるのも納得だと感じ入った。

 広い部屋には、大きなベッドがあった。他はさっきの客間と変わらない。高級家具があるだけだ。ただ、窓が無い。

 背の届かない高さに格子窓があって、今はガラスも締め切られている。

 寝台の上には、裸で荒い息を吐いているリューリちゃん。

「ようこそ。殿方をお部屋に入れるのは初めてのことです」

 その傍らで身を起こしたのは、半裸というか全裸というか、エロ下着をつけたマリナちゃんだ。

「美しい」

 半笑いで言ってみた。

 マリナちゃんの下半身には、見慣れた形状の男性器がそそり立っている。よし、サイズは勝った。

 よかったぁ。ふたなりもののエロ同人誌にあるような、顎まで届きそうなサイズじゃない。アレだったら負けを認めざるを得ないところだった。

『男はサイズじゃないぜ』

 度胸とは言うよね。

「意外に驚いてくれないものね」

「驚いてるよ。でも、はしたないのはよそうぜ」

 女には分からないだろうなあ。

 こう、ね。大股開いて「カモーン」って感じは苦手だ。口だけは嫌がって欲しい。

『アラン、こいつクサいって』

 失礼なこと言うなよ。

 女の子にそんなこと言うのはよくない。泣かれたら面倒だろ。

『面倒だけかよ。ホント最低だな』

 ゴンさん、どっちの味方なの。

『お前の味方だけど、そういう女性蔑視ヒクわ』

 そ、そんな男根主義じゃないぜ。男のほとんどが泣いてる女を慰めてる時に「面倒」と「早くセックスしたい」と思ってる。これはもう仕方ないことだ。

『お下劣だなぁ』

 男は下半身で生きてるから仕方ないとも言える。

「黙りこんで、どうなさったの。はしたない女だと軽蔑した?」

「ごめん、ちょっと考え事してた。軽蔑はしないけど、とりあえず、おっぱい丸出しだからブラジャーつけてよ」

「イヤよ」

 なんでよ。

『痴女じゃね?』

 そういうのはこう、学校からの帰り道に路地裏に引きずりこまれたいわ。あ、エロ漫画の話な。リアルはノーセンキュー。

 夢の無いことを言うが、だいたいの痴女は老女レベルのババアで汚い。リアルは夢が無いもんだ。

「はしたないから、せめてブラジャーは付けろよ」

「イヤよ。さっきも言ったわ」

「ダメだって、風邪ひくぞ」

「ひかないわよ」

「ひくって」

「ひかないのっ」

 これぞ、押し問答である。

「なんで?」と俺は聞いてみた。

 下着姿だと風邪もひくよ。俺も中学の時にオナニーに時間かけすぎて風邪ひいたことあるし。

「え、何が?」

 え、普通に尋ねたつもりなんだけど。え、え? なんかおかしいこと言ったかな?

「え」

「え」

 互いに混乱して、マリナちゃんと見つめ合う。

「ぶふっ、ぶははははは」

 負けた。この変な状況でにらめっこしたら、そりゃ笑う。

「ぶふぁっ」

 マリナちゃんも釣られたのか、たまらず噴きだした。

「な、なんで今ここで笑うのよ」

 今更、取り繕っても遅いよマリナちゃん。

「あはははは。だって、裸で真面目な顔してにらめっこしたら、なんか面白かったし。マリナちゃんも笑ってるよ」

「ぶふっ、あはははは。あなたが笑うからよ」

 あれで笑わないヤツいないだろ。卑怯なレベルだ。

『ぶはははは、なんだこれ』

 年末お楽しみの笑ったらケツ叩きの特番で同じような状態を見たことある。「アランー、マリナー、アウト」そんな想像をして思い出したら、また笑えてきた。

「ぶははははは、服着ろよ」

「あははは、いやっ、いやよ」

 なんで俺たちはこんなことで笑ってしまうのか。箸が転がってもおかしいお年頃ではあるけれど、笑いのレベル低いわぁ。

「笑ってたらマリナちゃんのチ●●みるみる内にしぼんでいくし。ぶひゃ、はははははは」

 間近で他人のチ●●がしぼんでいくところを見たのは初めてだ。

「す、すぐ大きくなるわっ。こんな空気作ったのはアラン様よっ。ムードの欠片もないしっ」

 怒った顔をしようとしているマリナちゃん。だけど、顔がヒクついている。

「笑うの我慢してる人特有の顔付きになってるよ。ほら、こんなの」

 俺は顔真似をすると見せかけて、口を半開きにして白目を剥いてちょっと気持ちよさそうな顔をしてみた。

「ぶはっ、ははははははははは」

マリナ様は噴きだして笑い崩れる。顔芸に弱いタイプか。

『ぶははははははは、お前ら、バッカじゃねーの』

 ゴンさんも笑ってるし。

「はははははは、あばら、痛いのに、我慢できねえ、ははははは」

 ダメだ。笑いすぎてあばらが痛みだした。

「い、今の顔、もう一回やって」

「こう?」

 口を半開きにして白目を剥いてちょっと気持ちよさそうな顔。今度はリクエスト通りにする。

「あはははははははは、おかしっ、なんで気持ちよさそうなの、あははははははは」

「ぶははははは」

『おいっ、アランあっちの女の顔見てみろ』

 なに、ゴンさん。あっちってリューリちゃんか。

 こんな俺たちを、リューリちゃんはシーツにくるまって「コイツらイカレてる」という顔で見ていた。

「マリナちゃん、リューリちゃんの顔見てみ」

「えっ、……。あははははははは」

「はははははは」

『ぶはははははは』

 そんな目で見ないで。今はそのドン引きの顔すら面白いから。



 何をしにきたのか分からなくなる前に、俺たちはなんとか落ち着くことにした。

「アラン様、どうしてこんな時に笑わそうとするの」

「そういうつもりじゃなかったけど、なんか変な感じだったね」

 マリナちゃんはテコでもブラジャーをつけないつもりだ。引っ込みがつかなくなったのだろう。

『お前ら面白いなあ』

 ゴンさんはまだ笑いを期待している。もう終わりだからね。

 釣られて笑っちゃいそうだから、今は我慢してほしい。

「ごめんな、真面目な話するつもりだったのに」

 念の為に謝っておく。こういう時は男から折れるもんだ。

「いいわ。わたくしも、アラン様のことを試そうとしたの。この姿を見て、逃げると思ったの」

 笑ってなかったら、俺も勃起してたし危なかった。なし崩しと勢いで手を出すところだ。

『意志弱いな。でも正直なところは好き』

 ありがとうゴンさん。

 陸の男はそんなものです。それに加えて、憧れのふたなり美少女だぜ。我慢できたのが奇跡だ。

「体は好みだよ。なあ、一つ提案があったんだ。お姉さんと、システィナさんと子供作るのはやめてくれ」

 マリナちゃんの顔が凍りつく。

 無遠慮に踏み込んだらそうなるだろうな。

「それを、マドレ家のはらわたであるここで言うのね」

 おお、怖い怖い。

 魔神の力が渦巻いているのだろう。

 マリナちゃんが俺を見つめる瞳は、とんでもなく美しいというのに怖くてたまらなくなる。

『魔神くっさ。目の前に出てきたらシバき回すのになあ』

 ゴンさんのそういうとこホント助かる。

 ゴンさんがいなかったら、迫力に負けてたよ。いつもありがとうな。

『やめろよ。真面目に言われたら恥ずかしいッ』

 あ、俺もちょっと恥ずかしかった。

「マリナちゃん、見つめられたらドキドキしてきたな。もう、魔神のこととか関係なく、俺と結婚、今は婚約だけど、やらないか?」

 うっわー。色々とセリフ考えて練習したのに、すげえシンプルに言っちまった。

『キザなのよりいいんじゃね』

 俺はカッコイイの考えたつもりだが。

 昨夜練習していたら、ゴンさんは『キモいし』とドン引きで言っていた。俺はカッコイイと思うんだけどなぁ。

「は、どうしてっ、……どうして、わたくしなんかと」

「マリナちゃんとシスティナさんがセックスして子供造るのを想像したら、首を吊りたくなるからだよ。それに、今日こんだけ笑えたし、相性よさそうだろ」

 もういいや、嘘つくの面倒だ。

 だいたい女ってのは、嘘がバレた時に鬼の首でもとったかのように責めてくるんだよなぁ。アレすげぇイヤ。

「その、リューリちゃんのことはなんも言いたくはないけど、この場合はアレか、俺の側室扱いにしたら世間体はよくなるのか」

「……本気で言ってるの」

「本気だよ。魔神の加護の契約だって破棄させる方法は考えてある」

 上手くいく確証は無い。けど、そのことは言わない。汚い中年のテクさ。

「わたくしのどこがいいの」

「ふたなりのとこだよ。実際に見て思ったけど、すげーイイ」

『最低』

 ゴンさんが言うのはおかしいよ。でも、最低なのは認める。

 前世から最低なのは分かってるし、言われ慣れてる。あれでしょ、凹んだ顔してたら女は満足だろ? 

 最低って言われたあとに「サイッテー」と溜めたのが来るんだよな。そこで傷つくのは、二十代前半で通り過ぎた道さ。

「ごめんなさい。今日は帰って」

「ん、分かった。前向きに考えてくれよ、デートの時に返事をきかせてくれ」

「ごきげんよう、アラン様」

 マリナちゃんは、俺を見ていなかった。

 傷つけてしまったのか。さて、どうだろう。

『アランは世話がやけるなあ。邪魔はさせないようにしてやったぜ』

 ゴンさん、邪魔しないって言いながら容赦なく突っ込みとボケ入れてきたじゃないの。

 俺は侍女さんに見送られて、帰途についた。




 パーティーは続いていて、バイオメンの取り巻きもいたが話しかけてくることはなかった。

 サジャさんと共に、帰りは歩くことにした。

「で、アランの首尾はどうだったのよ?」

「んー、上手くいったような、いってないような」

「煮え切らないわね。それに、女を弄ぶのは辛いって顔だけど」

「自分で選んだことです」

 サジャさんは口元だけで笑った。

 それから、着流しの懐をゴソゴソやってワインのボトルを取り出した。

「なんスか、それ」

「パクってきたの。飲みましょ」

 コルク抜きとかないけど、どうするのか。と思って見ていたら、サジャさんは ワインボトルから手を放す。落ちていこうとする一瞬に、右の手刀を一閃。

 ワインボトルの首は、滑らかな断面を見せて切断されていた。それを左手でキャッチ。

 スゲー、カッケー。なにそれ、マジでスゲー。

「すっげぇ。マジでカッコイイんだけど」

「あははは、大道芸みたいなもんよ。修行したら出来るようになるわ」

 無理無理。

 サジャさんはワインをラッパ飲み。

 美味そうに息を吐いて、ボトルを俺に押し付けた。

 受け取って、同じように飲む。

「すっぱっ」

 甘いワインないのっ。ファンタジーワインすげえ酸っぱいよ。

「ワインの味が分からないんじゃァ子供ね。七十年モノのバルドランジュ産よ。これ一本で下級貴族でも一年は遊んで暮らせる代物」

 よくもまあ平然とパクったものだ。

「俺は焼酎でいいっスよ。酸っぱいの苦手だし」

「元気出しな」

「……はい」

 好きな女を守るために、その妹と結婚をする。

 絶対に手は出させないし、魔神の加護とやらも取り除いてみせる。

 俺らしい後ろ向きなやり方だ。

 マドレ侯爵をガラル氏が助けていたら、侯爵は俺の案に賛成するだろう。娘のために妻を殺そうというのだから。

「サジャさん、魔神祓い、イケそうですか」

「やってみないと分かんないわ。けど、準備はしてるし、きっとやれる」

『なんとか頑張ってみ。魔神なんて大したことないショボいヤツだから。お前らでもなんとかなるよ』

 さて、どうなるかな。

「アンタがそんな顔でどうすんのよ。大将、ドシっと構えなさい」

 サジャさんに背中をバシバシ叩かれた。

 痛いけど、そういう励まし方は好きだ。

「結婚とかしたくないんですけどね」

 結婚は人生の墓場。前世で懲りたから、今生ではしたくなかったというのに。

 俺たちは月明かりの下、とりとめもない話をしながら長い距離を歩いて家路につく。



 翌日、ガラル氏が異常な速さで帝都に戻る。

 作戦はもちろんの大成功。

 これで不安要素はなくなった。

 全ては来週、システィナさんの晴れ舞台の日に決まる。

 芸能ギルドから連絡があった。

 システィナさんから芸のことで相談があるから会いたいという伝言である。

 多忙を理由に断った。

『いいのか?』

 ゴンさんはいつも俺の間違いを諭してくれる。でも、いいんだ。

「いいよ」

 舞台を見に行くのが最後になるだろう。

 俺は冷たい手をしている。それは前世からだ。

 ぐー、ぱー、ぐー、ぱー。

 握って開いて、どうやっても冷たいままだ。

「うん、いいんだ」

『そうか』

 さて、気合入れていくか。

 好きな女のために頑張るなんて、前世ではできなかった。それどころか、逃げだしてしまっている。

 だから、今度は命をかけてみようと思う。

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