第13話 中年だって愛されたいんや

 マリナちゃんとは、それから二三にさん言葉を交わして別れた。

 何してるかって言われたら、俺は自分の建てた計画のど外道ぶりにクソみたいなことしてんなぁ、と自己嫌悪している。

 噴水の縁に腰をかけて、深いため息。

『ふたなり美少女とウマくいってるじゃないの』

「ゴンさんの言う通りなんだけどね」

 別にマリナちゃんのことはラブで好きって訳じゃない。嫌いでもないけどな。

 子供相手にそんなことするのは、こう、ちょっと心が痛むというか、ね。

『いいんじゃねえの。産卵の時に追いかけ回すみたいなヤツ。アレと一緒じゃね』

 海と陸ではちょっと違う。

「そこは分かってほしいな」

『お前も魚のこと分かれよ』

 そりゃ無理だ。

 軽く落ち込んで傷をナメナメ気持ち良くなったところで、パーティーに戻ることにする。

 タダ酒は楽しまないとね。

「おい、ドーレン」

 伯爵家を呼び捨てってのはよそうぜ。田舎者とはいえ貴族なんだからさ。俺は気にしないけど。

「ああ、どうしたの?」

 バイオメンが何人かの取り巻きを連れて仁王立ちだ。どうにも怒っていらっしゃるご様子。

『おっ、いいねえ』

 なんでゴンさんはいつも俺に暴力を振るわせようとするのか。

「さっき、マリナと何をしていた」

「ちょっとした世間話さ。別にどうってことない話だよ」

 嘘だけどな。

 バイオメンは端正な顔立ちを歪める。

 男前がそんな顔するな。それに、ガキの怒り顔って、大人になってみたら怖くもなんとももねえな。

 学生時代の俺だとビビってただろうなあ。昔から、俺はビビリだったんだ。

『そういうとこあるよな、アランって』

 小心者なんだよ。前世からの性格ってやつだ。

 俺が思うに、人は環境で作られると思っている。だから、転生したって俺はなんにも変らない。ダメ男のままさ。

「やましいことがあるから黙っているのかい」

「ああ、ちょいと考えごとだよ。で、マリナちゃんと何かしてたら問題でもあんのかよ」

 ゴンさんと話してたらいつも考え込むんだよなあ。深海のように深いぜ、ゴンさん。

『もう、いつもアランは俺を嬉しくさせるんだから』

 ちょっとキモい返しが出た。

 俺は笑いそうになる。

「何がおかしいっ」

 バイオメン、お前はゴンさんの面白さをちょっとは見習え。

『やんないの?』

 暴力ダメ絶対。

「いやいや、目にゴミが入ったみたいでね、とってあげてたんですよ」

 無理があるのは分かっている。

「あら、先ほどの情熱的な言葉は嘘でしたの?」

 そこに颯爽と現れて爆弾を投下するマリナちゃん。

 タイミングは完璧で、わざと傷ついた顔をしてる。

 あーあ、もうそういうことやめて。とんだ小悪魔だよ。

『魔神じゃない?』

 そこはほら、コマジンってゴロ悪いでしょ。

「嘘も方便って言うじゃないか、マリナちゃん。頼むぜホント」

「よかった、わたくし弄ばれたのかと思いましたわ」

 小娘め、言いよるわ。

 オッサンを手玉にとるのはやめろ。

 助けてサジャさん。こんな時こそ出番だし。

 捜してみたら、給仕の美少年といい感じになっていて、イイ笑顔で俺に手を振っている。

 ちょっと目を離した隙に、なんてこった。美少年キラー・バン●●ンじゃないんだから。こういう展開パタ××で見たことあるぜ。

『ぶははは、アイツ面白いなあ』

 なんだコイツら。俺はあばらが折れてるんだけど。

「マリナちゃんも満更じゃない訳で、納得してくれないかな」

「貴様……、田舎貴族の次男坊の分際で」

 女口説く時は、自分で勝負しろよ。昭和生まれってのは、いつも最後はそこだと思っているのに、最近のガキときたら。

『やんないの?』

 やるしかないなあ。

「なあ、女口説くのにお家が関係あるのか?」

 お兄ちゃん、父上、俺は勢いでドーレン家を危くしますけど、父上も上京の時に「イモ引いて帰ってくんな」って言ってたし、まあいいか。

「僕を侮辱したな」

 今更気づいたのか、バイオメン。

「女ぁ賭けて決闘か、オイ。かかってこいこの野郎」

 とりあえず煽る。お願いだから集団はやめてくれ。その人数は無理。

『バイオレンスを見せてくれよ』

 まかしとき。

 イライラしてたし、酒飲むか暴れるかしたかったんだ。

「ふん、いいだろう。マリナもよく見ておけ、アレの化けの皮を剥がしてやる」

 サジャさん、出番ですよ。

 見れば、美少年とフレンチなチューをしていらっしゃる。こっちに手だけ振っていた。護衛なんだし護れよ、俺を護れよ。

『お、ここか。……なんで二回言うの?』

 大事なことだから二回言いました。

『ぶはははははは、オモシレー』

 こんなことしてる場合じゃねえ。

 ガキの一人くらいなんとかできなきゃ、この先はなんともならない。

 俺のやる博打なんて、上限二万円の競馬くらいだってのに。異世界でこんなことしてるなんて、ホント意味分かんねえ。

「何がおかしいっ」

 人生の不思議だよ。十代はそんなんの分からないだろうな。でもそれでいい。ガキのころは、目に見える全てでいい。大人になったら、自分の世界が半径一メートルだって気づく。そこにあるものだけが、全てだ。

「悪いな、こっちのことだ。んで、どう勝負する?」

 バイオメンの憎悪に染まる瞳。

 とんだ小悪魔マリナちゃんは、俺に小さく手を振った。笑顔だ。

『とんでもない女だな』

 俺の買い物にケチをつける女じゃないなら、それでいい。

『ああ、あるある。女って細かいのな』

 ゴンさん、そこは分かるのか。

「決闘だ。僕は細剣レイピアを使うけど、キミはどうする」

 腰に佩いた剣の柄をとんとんと叩くバイオメン。

「やっぱり、ゴルフ対決にしねえか? 刃物は危ないぜ」

「アラン・ドーレン、どこまでも僕をコケにしてくれるね。これはパーティー用に刃挽きしてあるが、痛いよ」

 鉄の棒きれで人を叩くとか頭どうかしてんのか。

「確認だけど、一対一で間違ってないな」

「貴様ごときに人の手は借りん」

 俺は、靴下に入れて隠し持っていたナイフを取り出して、バイオメンに見せてやった。

「こんなもんだけど、師匠がよくてな。多分、お前には勝てる。取り巻きのお前ら、もうちょっと下がれ、ケガすっぞ」

 俺の声に、引き攣った顔で見守っていた取り巻きたちは、後ろに下がる。よかった、全員だったら逃げるしかなかった。

「ふん、気はすんだかい。それにしてもキミは馬鹿だな。そんなものを出すから、仕置きをする大義名分が僕にできてしまう」

 うるせえや。

 俺とバイオメンは正面から向かい合った。

 互いの距離は一メートルもないくらいだ。

『見えたッ、ヤツの弱点は目だ』

 だいたいの生き物は目が弱点だよ、ゴンさん。

「準備はいいかね」

「あいよ」

 バイオメンは胸に挿していた薔薇を手に取って、剣の切っ先のようにして俺に向けた。

「この薔薇が地に落ちた時が、勝負の合図だ」

「おうよ」

 さて、やるか。

「さん、にい、い、貴様ッ」

 俺はナイフを捨てて、勢いをつけてバイオメンに身体ごとぶつかるように、とび蹴りをかました。

 あばら痛い痛い痛い。無理無理、こんな状態でまともにケンカなんてできるかよ。

 なんとか転がすことに成功したので、レイプ魔よろしく俺は襲いかかる。

「卑怯だぞっ」

 とりあえず、馬乗りになってから、顔面を殴って黙らせた。

 あばらに激痛。激しい動きは俺にダメージを与える。

「ケンカに卑怯もクソもあるかっ。最初っから、人数で来んのが正解なんだよっ」

『キャー、卑劣っ。そこが好き。頭突きやって、頭突き』

 ゴンさんはケンカ観戦が好きなのだ。

 リクエストにお答えして、バイオメンの顔面に頭突きを入れる。

 やっぱりあばら痛いッ。

 いいとこに入った感触があって、見やればバイオメンはのびていた。

「キンタマの掴み合いにならなくてよかったぜ」

 素手だとそれしか方法が無い上に分の悪い大穴一発賭けだ。もしそうなっていたら、立場は逆転。満足に動けない俺がここに転がっていただろう。

 バイオメンはナイフ相手に長モノ装備という有利に油断してくれていた。短剣とかじゃなくて本当によかった。

『大声でキンタマってお前、下品だよ』

 大丈夫、ふたなりマリナちゃんなら分かってくれるはず。

「アラン様は、わたくしのために戦ってくださったのね」

「ん、まあな」

 マリナちゃんは俺の傍に寄り添って、敗者であるバイオメンには目もくれない。

「とっても素敵な殿方……。アラン様のこと、もっと知りたいわ。あちらで、お話をしましょう」

 と、手を引いてくれる

 背後ではバイオメンの取り巻きが怖い顔だ。

「一つ、貸しですわよ」

「借りとく。でもなあ、マリナちゃんがけしかけたんだろアイツ」

「うふふ、情熱的だったって教えて差し上げただけですわ」

 この小悪魔め、怖いわー。

 十五で立派な悪女とか、カッコイイじゃないか。

『んー、姫騎士はいいの?』

 よくないよ。

 よくないから、いいんだ。だけど、俺とゴンさんの間だけの秘密にしといてくれ。

『いいよ。面白かったし』

 あ、今日はゴンさんが魚介類出してない。

 もしかして、気を遣ってくれたのか。

『あ、アランのためじゃないんだからね』

 古いタイプのツンデレだっ。

「どうなさったの」

「いや、なんでもないよ」

 ゴンさんのこと話してヒかない女っているのかな。

 それから、迷路みたいな邸宅の中に連れ込まれて、二階の客間に案内された。

「アラン様、ここで少し、お待ちになって頂いてもよろしいかしら」

「ん、いいよ」

「多少お時間を頂きますけど」

「いいさ、夜は長いんだ」

 うわっ、今の俺すげえキモかったな。

 そういうことで、俺はここで待つことになった。

 マリナちゃんが退室して、俺は豪華すぎる客間でゴンさんと話しながら時間を潰している。と、窓がコンコンと鳴っている。

 窓ガラスの外では、笑みを浮かべているサジャさん。

「なにやってんスか」

 窓を開けると、サジャさんはニヤニヤと笑った。

「ヤッてないか覗きに来たのよ」

 よく言うぜ。

「人ん家でヤるのって緊張しません。旦那に踏み込まれたら、大変だ」

『最低だなお前』

 もうしないよ、そんなことは。前世で懲りた。

「ははは、アンタも言うじゃない。どうする? 予定を変えて、ここで魔神殺しってのもアリだと思うけど」

「ダメですよ、上手くいきそうなんだし」

「本気? アレは斬った方がいい手合いよ。あの子も、死にたがってるんじゃないの?」

 鋭いけど、言い過ぎじゃないかな。

「まだ十五年しか生きてないガキですよ」

「たまに、アンタって変なこと言うわね」

 この世界は、人に優しくない。でも、それはどこでも同じことだ。

 悲しくて辛いことが続いたヤツは、いつの間にか「幸せになれない。なってはいけない」なんて考えてしまう。なんとなくだけど、マリナちゃんはそんなことを考えてしまいそうなタイプに見える。

『陸のヤツらは不思議なこと考えるんだな』

 そうだよ。

 俺も、それが不思議でならない。

「サジャさん、それは最後の手段にしよう」

「いい男ね、アラン。さっきの喧嘩も、なかなかよかったわ」

 お、ほめられた。

『バイオレンスの次は、エロスの時間だな』

 無茶言うなよ。

「最後は愛だと思うぜ」

 ちょっとキメて言ってみた。

『にっあわねー』

「はははは、似合わないけど、本当にいいのね。成功しても、それは手に入らないわよ」

 ヒーローってのは孤独なもんだと思うんだ。

 それに、俺は孤独に慣れている。

『……お前は大馬鹿者だ』

 知ってるよ。

「サジャさん、さっきの男の子とはどうなんです」

「アンタのこと優先して、無事を確かめにきたのよ。戻ったら、しっぽりするつもり。アレと二人きりの意味、分かってるわね。アンタが魔神なんかの虜になったら……、アタシが斬ってあげる」

 悪魔に憑かれた者は殺さねばならない。

 方法は無いでもないらしいが、サジャさんにとってはそうなったらもう死人と同じなのだという。

 マリナちゃんは加護を得ているだけだが、祈るだけで手に入る力に魅入られれば、彼女の母親と同じく悪魔にまで堕ちるだろう。

「……気配がきたわ。信じてるわよ」

 サジャさんとは敵同士だったのに、変なことになった。たまに、急速に仲良くなる友達というのがいて、互いにそのタイプだと分かっている。あ、俺はゲイじゃないよ。

『ふたなり好きって言ったのに』

 ケーキとアイスクリームくらい違うよ。

「サジャさん、また後で」

 サジャさんは最後に呆れたような笑みを見せて、窓の外に消えた。

 ドアがノックされる。

「どうぞ」

 ドアが開いて入ってきたのは侍女らしき中年女性だ。メガネの似合う知的美人。いいね、好みだけど相手にしてくれないタイプだ。

「ドーレン様、失礼いたします。お嬢様のお部屋まで案内させて頂きます」

「あ、お願いします」

 さてさて、どうなるかな。

 ゴンさんが言うように、エロスな展開があったらあったで別にいいけど、目的ありきで女とヤルなんてしたくない。

『ホント、お前ってヘンだよな』

 ロマンとか美学ってヤツだよ、ゴンさん。

 それがなきゃ、イカした中年とは言えないのさ。

『お前十五歳だし、イカレてるの間違いじゃね』

 イカレていたとしても、昔をなかったことにできるものかよ。

 人に馬鹿だと言われても、ロマンを持って生きるのが中年のテクさ。

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