第12話 走りこむんだパチンコ屋に

 パーティーに行きたいけど、着ていく服が無い。

 下宿の部屋には普段着と一張羅しかない。

 手土産に何を買えばいいのだろう。

『サバとかどう?』

 食材の持込みは嫌がられるだろう。BBQじゃねえんだし。全然関係ないが、BBQをバーベキューと読むのを知ったのは、結構大人になってからだ。未だに何の略か分からない。特にQが謎だ。

 とりあえず一張羅でいいか、ということでギルドの会合で着たスーツで行くことにした。

 でも、これってカッコイイけど坊ちゃんヤクザみたいなんだよなあ。

『つっまんねえ集まりなんて何着ても一緒だろ』

 そうだろうけど、もうちょっと言葉を選ぼうよ、ゴンさん。

 ガキの集まるパーティーとかゾッとするぜ。

『中年のテクはどうしたのさ』

「役に立たないこともあるよ」

 あー風俗いきたい。

『最近そればっかだな』

 癒しが無いんだよ。

 学校ではマリナ様とのお喋りに集中し、研究室で延々と水耕栽培の道具やら何やらの図面を造ったり、シオン教授の質問に答える。

 答えありきの話なので、俺は知ってる範囲と工場での経験で言葉をそのまま伝える。天才の凄い所は、そこからでも重要な何かをつかむことだ。

 シオン教授は、俺の穴だらけの話の中から、完成された神秘を見つけ出すのを愉しんでいるようだった。

 でも、そんなことしてたら流石に怪しまれる。

 あんまり黙っているのもなんだったので、研究室メンバーとサジャさんに転生と前世のことを話しておいた。

 反応は人それぞれで、シオン教授たちの理系組は「病院へ行け派」に属した。

 意外なことに食いついたのはサジャさんだった。

「ちょっと、着替えんの遅いんだけど」

 外で待っているサジャさんが痺れを切らして言う。

 俺は一張羅を着こんで、ハンチングを被った。

 いいじゃないか、どう見ても怪しげだ。

「お待たせ」

「結局それ着てんの。ガキの遊びにゃもったいないって」

 かといって、磯臭くなった制服はなあ。

『いいじゃない磯の香り』

 たまに行くのがいいんだよ。

 海釣りは実家に、この世界の実家にいたころはよく行ってたな。

 お兄ちゃんは釣りみたいな地味なのは苦手で、山賊狩りにばかり行っていた。たまに付きあわせても、飽きて別のことをし始める。

『それもまたよし』

 いいのかよ。いつもの海推しはどこにいったんだ。

『海近くに住んでるならいい』

 アバウトだなあ。

「ゴンの話に付き合ってたら遅刻するわよ」

「あ、確かに。ゴンさん、留守番は……しないよね」

『しないよ』

 分かってたけどな。

「馬車呼んどいたから、続きは馬車ン中よ」

 サジャさんはマドレ家の別邸に行くというのに、いつも通りのスカヨ様式の着流しだ。

「サジャさんは鎧みたいなのつけないんですか?」

 俺は日銭稼ぎの時は革鎧をつけていた。

「甲冑つけないんなら、裸も革鎧もおんなじよ。ま、アンタが真似したらすぐ死ぬだろうけど」

「流石です。サジャさん」

 強いってのはこういうことなんだろうな。

 いいなあ。

『サバはイカになれねえし、イカはサバになれねえよ』

 無いものねだりはいけない。

「深いこと言うなあ」

『深海より深いからね』

 そいつはすげえ。

 前世で見たニュース番組で、深海探査の様子を見たことがある。深海にはカニやらなにやらと、金魚みたいに不気味で愛嬌のある魚がいた。ああいうの面白いよな。

『見慣れると飽きるよ』

 やっぱりか。

 ゴンさんが何者かはさておこう。

 どうせ、考えても分かんねえ。それに、俺たちとゴンさんとの間柄にそれは重要なことじゃないし。

「アラン、前世ってどんなもんなのよ。あの世は見た? 天国とかあるの?」

 サジャさんは不思議なことを聞く。

 スピリチュアルに興味あるタイプかな。

「いやあ、俺も神様と話しただけだからなあ。わりと脱力系な感じだったし」

 人間など等しく価値が無いと思っていらっしゃるようで、それでいて慈愛に満ちて見守っているようでもあり、大自然と同じように理不尽なようでもあり、深い愛を持つようでもあり、結局意味わかんねえ存在だった。

『……んー、見覚えないな』

 ゴンさんは多方面に面識があるっぽい。

「魂は、どこへ行くのかしら」

 なんでもないことのようだけど、返答を待ちわびている。サジャさんの声はそんな声だった。

「どうなんでしょうね。来世なんて、俺みたいなことになってるヤツは、死んで逃げたようなヤツだと思います」

 俺にも語りたくないことはある。

 思い出すだけで死にたくなることがあって、俺はそれに縛られて生きている。何よりも、それでも日々忘れていくことが、俺の腐った人間性を表しているようで、たまに死にたくなる。

「そう。……ここにいないってことは、満足してるってことかしら」

「分かりません。俺は、お化けになって、恨み言をぶつけて欲しいって思ってます。それで殺されでもしないと」

『スターーーップ』

 細胞じゃなくて、ストップのネイティブな発音。

『お前らの口から垂れるクソは我慢ならねえ』

 突然なんだ、そのいい草は。

 アンニュイになってただけだろう。

『クサレ似合わないしキモいから止めろ。なっ』

 なっ、て言われたら仕方ない。

 ゴンさんすげえな。誰もそんなこと言ってくれなかったぜ。

「な、なんなのよコイツ。人の気持ちもしらないで」

『んなもん知るか』

 ゴンさんの言う通りだ。

 俺、自分にだけしか分からない。そんな苦しみなんて妄想さ。

「ははは、そりゃそうだな。人に理解なんてされてたまるかってんだ」

「ちっ、このボケ共。アタシだけなんかダメな感じになってんじゃないの」

 ゴンさんに慣れたらこうなる。こういうとこ、ゴンさん的確なんだよな。

 傷舐めオナニーほど心に気持ちいいことは無い。だけど、それを始めたらずっと続けてしまって、中毒の出来上がりだ。

「サジャさん、パーティー楽しみましょうよ」

「……オッケイ。魔神の憑代よりしろを見れるチャンスだし、活用しない手はないわ」

 過去は、逃げても逃げてもそこにある影のようなもの。

 転生したんだし、その辺チャラになんないの、神様。

『ほんとお前ら馬鹿だなあ』

 ゴンさんの言葉は、いつも正しい。

 俺の言われたい言葉を言ってくれる。救いのある言葉だ。


 会場につくまでに適当な土産を買っておく。

 夕闇を馬車は駆け抜ける。

 ガラル氏、どうしてっかな。それに、システィナさんも。





 パーティー会場はマドレ侯爵邸別宅。

 すげえ、デカい。そして広い。

 招待状を出したら赤い絨毯の下を執事に案内されて、バイオリンの楽団がいる大広間に通される。

 こういう時は気を大きく持っていかないとね。

「お腰のものをお預かりします」

「はいはい、どうぞ」

 サジャさんは得物である騎士剣を無造作に執事らしき男に渡した。

「いいんですか」

「大丈夫よ。呼んだら来るから」

 そんな便利なもんなのか。

 素手でも相当強いんだろう。そう思うことにしておく。

 パーティー会場は、俺のいる世界とは別世界だ。異世界なんだけどね。

「スゲー」

 百人規模の集まるパーティーとか、日本じゃできるの政治家か演歌歌手くらいだろう。

「子供のパーティーなんてこんなもんじゃないの」

 さすが、いいとこの子であるというサジャさん。これをこの程度って言えるのは相当いいとこの子の証明だ。

「なんか、俺だけ浮いてねっスか」

「こん中だと一番傾かぶいてるから、自信持ちなさい」

 青春映画にVシネマの登場人物が迷い込んだみたいな風情になってる。ダブルのスーツとか俺だけだよ。

「ハンチング、取らないの?」

「いやあ、気に入ってるんで」

「ヘンなやつ」

 サジャさんに言われるとちょっと。

『お前ら両方ヘンだよ』

 一番ヘンなゴンさんに言われても。

 ゴンさんは退屈なのか言葉も少ない。

 酒を頼んだらワインが出てきて、焼酎は無いのかと尋ねたけど無いらしい。下賤な酒とされているんだけど、やっぱり焼酎が一番好きさ。

 ガラル氏どうしてるかな。

 あーあ、友達戦わせて俺はパーティーだよ。これも仕事なのは分かるんだけど、後ろめたいのは日本人のサガか。

「それじゃアタシは付かず離れずしてるから、ガンバッテね」

 ガキのことはガキがやんなきゃいけない。

 あーあ、俺は転生したってのに前世の続きしてんだよな。

『心の病気だからじゃね』

 そうかもしれないけど、別にいいじゃない。その方が生きやすいし。

『おっ、なんか来たぞ』

「やあ、ドーレン。キミも招かれていたのか」

「お疲れっす、今日も伊達男だね」

 金髪のガキに挨拶。

 なんだっけ、コイツ。ああ、そうだ、バイオメンだ。超人バイオメン。

「ありがとう。このパーティーを見てごらんよ、規模は小さいけど何もかも一流じゃないか。我がバイアメオン家に勝るとも劣らない規模さ」

 お前はマリナちゃんの家と自分の家のどっちを褒めてんだよ。

 面倒なガキだなあ。

「そいつはスゲー」

「ドーレン伯爵領ではこんなパーティーはあるのかい」

「山賊退治した時はやりますねえ。交易路なんで盗賊が出ますよね。そうしたら、お兄ちゃんが長巻ながまき担いで退治に行くんですな。ため込んでるのはその日に街で使っちまうんで、臨時のお祭りになるって寸法なンで」

 だいたい大将首を獲るのはお兄ちゃんだったな。

 長巻に首を巻きつけて帰ってきたら、もう街のみんなテンション鰻登りだった。

「そ、そうか。蛮地の文化だな」

 お兄ちゃんならこの時点で段平だんびら抜いてんな。

『やんないの?』

 やらないよ。

「田舎なんですよ、実家は」

 四国と東京くらいの差がある。うどんのメッカ四国は蛮地じゃないけどな。

「そのようだね。その格好、パーティーには相応しくないよ」

 場違いなのは知ってる。

『やんないの?』

 やらないよ。

「そう? カッコヨクないっスか?」

「ハンチングはいけないよ。鹿狩りをするんじゃないんだ」

「一目惚れでね。たまにあるでしょ、そういうの」

「それに、そのスーツ。高級品なのは分かるけど、パーティーを愉しむって格好じゃない」

「一張羅はこれしかないモンで」

『やんないの?』

 やらないよったらやらないよ。

 バイオメンはああだこうだと嫌味を垂れてくる。

 多分、マリナちゃんに惚れてんだろうなあ。

 ふたなりだけど、バイオメンお前いけるか?

 俺はいける。

 むしろ、ちょっと興奮する。ちょっとだけどな。

『嘘つくなよ』

 二次元では一番好きだったのは認める。ほら、普通なのはもう飽きたっていうか。あるでしょそういうの。

 三次元だったらこうするとか考えるだろ。

 俺のフェイバリットな妄想だと、はみ出し者の俺がクラスで一番巨乳の女の子のこと偶然ふたなりだって事実を知ってだな、ヤンキーに脅迫されてるのを助ける展開とか色々あってだな。こう、竿を……。

 はっ、そんなこと考えてる場合じゃねえ。

『アランッ、序盤までは現実になってんぞッ』

 ホントだっ。

 スゲエな、今気づいたよッ。

『転生しただけあるな』

 長年の夢が叶った感じなのか。

 神様ちょっとは気が利くじゃないの。

 ちょっと驚いたわ。

『ショボい魔神のおまけ付きだけど、イケるんじゃね』

 イケる前の障害が大きすぎるだろう。やっぱり現実は甘くない。

『いけるいける。ショボいから』

 ゴンさんの煽りに、顔がにやけそうになった。

 いやいや、今はそういうのじゃないから。

 ほらもう、風俗行ってないからこういうこと考えるんだよ。忙しくて行くヒマないし。

「ドーレン、僕の話を聴いているのかい」

「はい。いやー、かっこいいッすわ」

「ふふん、分かっているようだな」

 いかんいかん。

 バイオメンの相手してたら、システィナさん助けるのもマリナちゃん攻略もできなくなる。よし、捜そう。

「俺、マリナ様に挨拶してくるっスわ」

「ああ、失礼のないようにな」

『アラン、なんで舎弟扱いされてんだ?』

 分かんね。

 ガキの考えって分からんわ。

 マリナ様を捜すと、リューリちゃんと踊っていた。

 貴族っぽいな。

 これはワルツでいいのか。

 楽団の奏でる明るい音楽は、俺にはちょっとクラシック過ぎる。

 ジャズが好きだったな。他人の影響で聞き始めたニワカだったけど。

 なんとなく見惚れていると、ダンスは終わりに近づいた。マリナちゃんが男役で、リューリちゃんを抱いて、見つめ合って曲が終わった。

 汗をかいてそうなので、果実水のグラスと、水のグラスを手に二人を迎えた。

「よお、お二人さん。カッコよかったぜ」

 リューリちゃんが何か言う前に、果実水を突きだして言葉を奪う。

「水でよかったかい」

「ええ、ありがたいわ」

「お招き頂き、恐悦至極、でいいんだったか」

「全然ダメです。わたし以外だと、無礼にあたりますよ」

「次男坊なんでね。そこはまけといてよ」

 くすくすと、マリナちゃんは笑う。

 俺もつられて笑った。

『……ショボいなあ』

 ゴンさんは断然のシスティナ、いや姫騎士派だ。

 あのひとは、今も稽古の最中だろうか。

「リューリちゃん、ちょっとお話してくるから。アラン様、あちらに風通しのいいところがありますの」

 リューリちゃんがスネた顔になった。ごめんな、今度甘いもんでもおごるよ。

「俺も人ごみは苦手なんだ」

「行きましょう」

「行こう」

 そういうことになった。

 二人で連れだって、噴水付きの庭に出る。

 金持ちってスゲーな。俺が、両手が鋏になってる人造人間だったら、この庭の木を動物の形にカットしたい。そんなことを思わせてくれるほどに、広大で海外の映画でしか見たことのない見事な庭園だ。

「夜霧が、月明かりに輝いて綺麗でしょう。このお庭が、帝都の中で一番安らぐの」

「俺は、最近いってる小料理屋かな。奥のテーブル席が指定席さ」

 もう常連だしね。

「ふふ、いつか、連れていって下さい」

「なあ、マリナ様はどんな男が好みかな?」

「……気遣いができて、わたしをいつも見ていてくれるひと。できたら格好良くて、家庭的な人がいいわ」

 理想の父親みたいな男が好みか。

「なあ、一つ聞きたいんだけど、お姉さんのことは好きか」

 月明かりに照らされたマリナ様は、どうしてか哀しげな顔をしていた。

「姉様は、優しい人でした。放逐されてしまったけど、お母様と一緒にいられるのは羨ましかったわ。独り占めできるでしょう」

 システィナとその母は、仲の良い母娘だったようだ。

「女の子はそうなのかな」

 ガキのころは早く大人になりたくて、親とも仲良くとはいかなかった。

「アラン様はどうですの」

「俺は、早く大人になりたいと思ってたよ」

「わたしは子供でいたいわ。毎日、楽しいでしょう」

「いやいや、意外と子供からってのはダルいぜ。楽しいのなんて最初の一日だけさ」

 こう、なんていうの。

 子供たちに混ざるとか15分で飽きるぜ。

『ヒネたガキだったんだろうなあ』

 だいたいあってる。

「おかしなことを仰るのね」

「ははは、まあな。なあ、突っ込んだこと聞いていいか」

「いいですわよ」

「マリナ様の事情はだいたい知ってる」

 マリナ様はどうしてか甘い笑顔を浮かべた。

「うふふ、それなのにこんなに情熱的にしてくれるのね」

「意外か?」

「とても素敵だわ」

 その瞳にはどろどろとした何かがあって、メンヘラだと気づいた。俺も若干病気なので分かるんだなこれが。

 マリナちゃんの唇が近づいてきて、そのまま口を吸った。

 背筋の凍るキスだ。

『あーあ、お前いっつも女で失敗してるだろ』

 今度生まれ変わる時は、ふたなり美少女の自転車のサドルになりたい。

『アランのこと、時々分からなくなる』

 ゴンさんのドン引き頂きました。

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