第11話 ジジイになったら物知り博士を名乗る。高卒だけど。

 ギルドの偉い人たちは、みんな海賊ギルドの偉い人レベルの悪党面だった。

 俺は前世でもやらなかった大演説をぶちかまし、ガラル氏の「不慮の事故が、今起きてしまえばあなた方は事故死ということになりますなぁ」というイカレた脅しが入り、ゴンさんは途中から誰がヅラかを見抜き始めるという地獄があった。

 何を言っているか分からないだろうけど、常識人枠の俺とサジャさんがとてもとても苦労して、会合は八時間の話し合いの末に幕を閉じた。


 最終的には、シオン教授の実験データが決め手だった。

 短い間に書き溜めていたという論文には、魔法ギルドのジジイまでもが感嘆のため息を漏らすほど。

 俺には難しすぎて訳が分かんない内容だったけど、天才であるのだけは分かる。


 途中のトイレ休憩で大をしたら、イカスミみたいなのが尻から出てきてビビる。

 多分、ストレスだ。

 あー、風俗いってから酒飲みたい。

 ヌいて腰の軽くなったダルい身体で、浴びるように呑んで、千鳥足で家に帰るのだ。翌日は二日酔いで動けなくなって、じめっとした布団にくるまって一日を過ごしたい。

 そんな休日はとても魅力的なんだけど、実行するのはもっと先になりそうだ。


 毛生え薬という輝ける絵に描いた餅は、既得権の鬼であるギルドを動かした。

 一流の人物と、一流の罠に、一流の汚い金、それらを使うのは、三流の男である俺とカッコイイ仲間たち。

 ガラル氏は今から出張だ。

 死出の旅となるかもしれないのに楽しそうで、俺には頼もしい言葉をくれた。


「坊ちゃん、心配めされるな。私と坊ちゃんは出会うべくして出会ったのです。魔神などすぐに片づけて、姫騎士様の晴れ舞台までには帝都に戻りましょうぞ」

「ガラルさん、頼みます」

「ほほほ、坊ちゃん、聞きたかったことがあります。私を怖いと思わないのですか?」

 俺は笑ってしまった。

「コエーしカッコイイですよ。今さら何を言ってんスか」

「怖いのに、使うと」

「友達だから、頼るんです」

 うっわ、恥ずかしいわ。ちょっとテンション上がってまた変なこと言っちまった。

「そうか、くふふ、ははははは。やはり、あなたは面白い。すぐに戻りますぞ」

 ガラル氏はそう言って、マドレ侯爵領へ旅立った。


 俺もチート能力とかあって強かったらな。

 一緒に戦えたのによぉ。

 ケンカすんのに、友達を前に出させるとか、なっさけねえ。

「アンタ、馬鹿なこと考えてんでしょ」

 サジャさんに頭を軽く叩かれる。

 ケツやあばらの痛みを理解してくれたのか、最近は頭を狙われている。これ以上バカになったらどうするんだ。

「……俺がなっさけねえって話です」

「バーカ、頭が前に出てどうすんのよ。あんたはアタシらを上手く使うのが仕事。シャンとしな」

 そういうの、苦手なんだよ。

 履歴書に転職一七回って書くくらいのろくでなしなんだからさ。


 とりあえず、俺は水栽培のノウハウを吐きだしながら、マリナ様にアタックをしなきゃいけない。

 それが俺の当面の、失敗できない仕事だ。



◆それから六日後の火曜日


 学校はそこそこ楽しい。

 マリナ様と懇意だというのが広がると、向こうから話しかけてくるヤツが増えた。

 イケメンのガキ、マドレ一門に連なるどっかのガキ、俺のことが気に喰わないガキ、よく分からんが女の子、そして、俺をボコボコにしくさった暴力女。

「おい、シツレーなこと考えてただろ」

 おいでなすった、リューリ・キラミデだ。真っ赤な髪は異世界らしい風情があっていいな。洋モノのコスプレAVで見たような毒々しさがステキ。

「リューリちゃんか、昼休みにどうしたよ」

『お昼ご飯かっ』

 ボコボコにした相手とメシ食う女っているのかなぁ。

「どうもしねえよ。マリナちゃんがお前の身体の様子みてこいっていうからよ」

「体のどの辺りよ?」

 言葉につまったリューリちゃんは、意味を理解して顔を赤らめる。

 なんだ、そこそこ可愛いじゃないか。殴りたい気持ちが失せる。暴力ダメ絶対。

「テメーはぁ」

「そういう言葉遣いはやめとけ、可愛い顔が台無しになるぜ。お前くらいの年齢の子は笑ってんのが一番いいと思うよ」

「な、なんだお前」

『キザじゃね?』

 そう?

「なにって、……いいブーツ買ったな。ロングブーツ、カッコイイよ」

 話題をぶった切る。

 黒地に白のアクセント。ちょいゴスなロングブーツで、よく似合っている。

『ムレそうじゃね』

 そこがいいというのがマニアなんだろう。俺はイヤだ。傷つけちゃうから言わないけどね。

 蹴り技に自信あるみたいだし、これで破壊力を増すのだろう。

 俺も高校の時はワー×マンで買った安全靴で通学してた。

 平成生まれには分っかんねえだろうなあ。

『うーん、分からん』

 ゴンさん、いつ生まれなのさ。

『意外と年上』

 年齢の話は魚介者には失礼だったか。

「なあ、このブーツいいと思うか?」

 自慢げなご様子。

「いいんじゃねえ。俺はそういう攻めた感じ好きだけど」

 短ランとボンタンとか懐かしいな。今から思ったらアホばっかりだったな、俺の母校。近所でもアホの巣窟と言われてたし、実際そんなに間違ってなかった。

「そ、そっか。マリナちゃんが選んでくれたんだ」

「へえー。リューリちゃんに似合うように選んだんだろうなあ。センス最高」

 実は全く興味はないけど、合わせておく。

「そ、そうだよな。気に入ってるし、この白い飾りヒモとか」

「ああ、そこって飾りヒモなんだな。いいね、そこになんか可愛らしさがある。リューリちゃんの髪の毛ともよく合う色だしな」

「えへへ」

 ああ、これくらい馬鹿な子がちょうどいい。ガキのころにこんな子と付き合えたらよかっただろうなあ。

 梅雨の日に、雨宿りしたコンビニでアイスを食べたのが初デート、とかな。そんな青春ほしかったわー。

 十六くらいの時って、近所の池やら川でずっとバス釣ってた。あと川でダム作って遊んだりしてたわ。アホか俺は、なんでそんなことばっかりしてたんだ。 もっとこう、女の香りのするシャレたことしとけよ。

『川だとッ。海にいけよッッ』

 海は遠かったんだよ、ゴンさん。

『じゃあ仕方ねえ』

 許された。

「……そうじゃなくて、蹴って悪かったな」

「お、おう。別にいいよ」

 よくねえよ。

 本当はお前の身体で払わせたいくらいだ。本当にそんなことになったら、俺から許して下さいが出るけどな。

 万引き主婦と警備員みたいな、もちろん俺が警備員役なら楽しめるんだけど、子供相手にはちょっとなあ。実際脅しとか後味悪くて、あと、ほら、世間体とかあるし。できないできない。

『やらないの?』

 そういうの苦手なんだよ。脅迫ダメ絶対。

『お前は意味分かんなくて面白いなあ』

 ああ、懐のゴンさんがワカメを出した。

 制服の胸ポケットから突然出てくるワカメ。この感触にももう慣れた。

「なあ、ワカメとか好きか?」

「えっ、あれか、海のヤツか」

 リューリちゃんは戸惑う。そりゃそうか。ワカメの話題はないよなあ。

「今度、持ってくるよ。もらい物がたくさんあるから」

「いいよ、別にっ」

 まあ、いきなりワカメを譲渡されても困るな。

『こんな女にオレのワカメはやらん』

 いっぱい出してるのに。

『死ぬぜ?』

 ゴンさんのノリはいつにもまして分からない。

「んじゃあ、俺は食堂でメシ食ってくるわ。またな、リューリちゃん」

「お、おう。ってお前、気安くちゃん付けとかやめろ」

 お前言うのやめたら考えるんだけどなぁ。

「ははは、照れるなよ。じゃあな」

 背後で何か叫んでるが、俺は痛むあばらを大げさに押さえて教室を後にした。

 罪悪感ってのは、人間だけが持つらしい。

 そういうのを感じずに生きていけたら、すっげぇラクなんだろうなあ。

 リューリちゃんの残念なところは、最近ずっと被っているお気に入りのハンチングを褒めてくれないところだ。



 食堂でいつものようにパスタを食う。

『魚食えよっ』

 夜はいつも食べてんじゃないか。ゴンさんが出すから。

「学校で魚を出すのはやめて下さい」

 もう許して。

 制服が魚臭いし、二日に一度はクリーニングに持っていくハメに陥っているのだ。

 今日のパスタは、ナポリタン味だ。でもちょっと違う。故郷は遠くなりにけり、か。

 賑やかな声に目を向ける。

 マリナ様がお友達に囲まれて、その中心にいる。つい二週間ほど前までは考えられない景色だ。

 可愛らしいけれど儚げで、どこか引っ込み思案の女の子はもういない。

 大輪の華を咲かせたようで、男と女の両方に囲まれる姿はリア充・オブ・リア充。


「ガラルさんが、やってくれたか」


 侯爵夫人に宿る魔神の加護は、夫人の生理がアガった時か、死した時にその娘に引き継がれる。

 マリナちゃんが派手になり始めたころ、リューリちゃんに俺がボコボコにされた時あたりから、夫人の力は弱まっていたのだろう。それが、マリナちゃんに渡っていたということだ。

 悪魔退治の知識はプロレベルという謎のオネエ、傾奇者のサジャさんが色々な知識を出してくれた。

 魔法ギルドの大物も知らない知識とかで、それだけでも大金が動いておかしくない秘中の秘だとか。

 あの人、目的を遂げたらまたどっか行くのかな。

『お前のとこに誘ってみたら?』

「俺に何があるってんだよ」

『ニブチンさんなんだから、もう』

 たまにゴンさんはキモい。

 ゴンさんが続けて何か言おうとした時、人の気配に気づく。

「アラン様、食堂で昼食をとっていらしたんですね」

「パンの日もあるけどね。マリナ様」

 取り巻きを連れているマリナちゃんがそばに来ていた。

「こちら、わたくしのお友達のアラン・ドーレン様。皆様、お見知りおきになって」

 と言うや否や、男も女も貴族の礼で挨拶をしてくる。

 俺もうろ覚えのそれで返答しておく。

 こういうのお兄ちゃんに任せてたからなあ。

 お兄ちゃんはすり寄って来るヤツが嫌いで、こういう挨拶の後に細かく喧嘩を売っていたっけ。よく考えたら、お兄ちゃんも暴力人間だった。

「ふん、辺境伯爵の次男坊か」

 と、最後のヤツが挨拶もせずに言ってくる。

 なんだこのガキ。

 金髪の男前だ。制服の生地に金がかかってるしいいとこの子なんだろう。

「どうも、田舎貴族のアラン・ドーレンです。学校で婿養子の口とかあったら、貴族続けますんでヨロシク」

 あーあ、いらっときて変なこと言っちゃったよ。

 まあいいか。俺は悪党の風俗好きの熟女好きで通ってんだし。

『熟女好きは広まってないんじゃない?』

 いいよ。隠すことでもないし。

『それもそうか。姫騎士のことはどうなのよ』

 好きだよ。

 あんないい女は見たことが無い。

『そうか』

 ゴンさんは優しいな。

 俺を責めてもいいし、蔑んでもいいってのに。

「おい、僕を無視するな」

「してねえよ。お名前、なんでしたっけ?」

「クラウス・バイアメオンだ」

 バイオメン?

 なんか超人っぽいな。二五〇万パワーくらいありそう。

「よろしく。男前で羨ましいよ」

「な、なんだお前は」

「いやぁ、クラウスくんってカッコイイって話さ。都会にはイケメンがいるもんだなあ」

 はははは。

「そ、そうか。田舎者が見惚れるのは分かる」

「服装もセンスいいし、ちょっとマジでビビった。だってほら、絵姿の貴公子が目の前にいるかと思ってさ。声が出なかったんだ。失礼だったら謝るよ」

「はは、なるほどな。無礼者ではなかったか。マリナ殿にたかる蟲の類かと思ったが、田舎者故の無知というところか」

 田舎者であるのは間違いじゃないけど、そういう言い方はやめろ。

 バイオメンは上機嫌だが、最後に日曜日はマリナ様に無礼をするなと釘を刺していった。

 頭突きを入れるのを我慢できた俺は大人だと思う。

『いつやるか楽しみにしてたのに』

 無茶を言ったらダメだよ。

 暴力ダメ絶対。

『またまた、やるんでしょ』

 やらないから。

『アランのいいとこ見てみたいなぁ』

 ゴンさんはなんとかして俺に暴力をふるわせようとする。

 今はそういうのできないって。

 グループの子たちと挨拶をしていたら、お昼休みも終わり。

 午後の授業で教室の席に戻ると、マリナちゃんが声をかけてくれる。

「よく、我慢しましたわね」

「バイオメンのことな。面倒なのはお互いイヤでしょ?」

「ふふ、アラン様はとっても面白いわ。今までこんな人いなかったもの」

「世渡り上手のつもりなんだ」

 中年のテクってやつさ。

『そのネタは聞き飽きたぜ』

 言わせてくれよ。前世を忘れないためにもね。

 隣の席にいるマリナちゃんと話す時は、お互い前を向いたまま。なんでか知らないけどそんな感じになっている。

「そう。世渡り上手は嫌いよ。だって、必要なくなった女の子は捨てちゃうんでしょう?」

「女を大切に、周りも大切に、どっちもやるのが世渡り上手さ。あ、俺できてないな」

「ふふ、あははは、素敵ね。姉様のことを助けてくれたのも、世渡り上手とやらの一つなのかしら」

 イヤなこと聞いてくるなあ。

「理由はなんとなくだなぁ。友達の前で格好をつけたくてさ」

「ロマンチックなことを言って欲しいわ」

「こんな教室の中でかい。俺は二人きりの時にそうしたい」

「情熱的なのね」

「恥ずかしがり屋なだけだよ」

『キザだなぁ。気持ち悪いし』

 そう言うなよ。

 なんか今のフランス映画みたいだろ。そういえば、どうしてフランスの映画に出てくるヒロインはみんな神経症なんだろう。

 弱ってる女が可愛く見えるのは世界共通なのかな。

「少し、あなたのことが気になってきたわ」

「マリナ様のことは、俺も気になってるんだ」

「うふふ、光栄ですわ。明日、パーティーがあるんです。いらっしゃいますか?」

 平日にパーティーとかすげえな。

 中年は休み前に遊ぶ癖がついている。よく考えたらガキの時は夜も遊んでたな。

「よろこんで」

 肩の凝るのはイヤだけど、こないだのギルド会議よりはマシだろう。

『パーティーってあれか、焚火の前で踊り狂って生贄とかくれるアレか』

 いやいや、そういうのじゃないから。

 いい酒のんでオシャレしてダンスとかそういうのだろう。

『つっまんねえ』

 うーん、俺も五分で飽きる自信がある。

 知らない会社の忘年会に参加するみたいな気分だ。

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