第10話 ゴリ押しのゴリはゴリラのゴリ

 泣き止んだ俺は、手水場ちょうずばで顔を洗ってテーブルに戻る。

 どうにも恥ずかしい。


 俺たちが最初にやったのは自己紹介だ。

「あ、どうも、アラン・ドーレンっていいます」

「……前に名乗ったと思うけど、アタシはサジャ。流れの傾奇者よ」

 サジャさんはなんだか突然始まった挨拶に戸惑っている様子だ。

 俺もなんでこうなったか分からん。

 発端は、ゴンさんの『お前らの名前が覚えにくい』という無茶苦茶な発言からだ。

 うろ覚えはやめろ。

 俺の名字とかちゃんと覚えてんのかな。

『もちろんさ』

 嘘くせえ。

「私はガラルです。よろしく」

「し、知ってるわよ。アンタ、あたしのこと殺そうとしたくせに、よくそんな挨拶できるわね」

「ほほほ、坊ちゃんを紹介してやった恩を忘れてもらっては困りますよ」

 分かるよ。ガラル氏の間って独特だから、リズムつかむまでペースをガタガタに崩されるんだ。

 サジャさんは、色々あって暴力ギルドの依頼を反故ほごにして、依頼人をぶっ殺すのが目的なんだそうな。

 すげえな。シド・●●シャスみてえだ。

「んで、アランくん、……アタシ、いいとこの子だから坊ちゃんって言いたくないのよね。言われるのはいいけど、言うのはイヤ。で、アンタのこと『くん』付けにしてみたけど、なんか違うから呼び捨てにするわ、アラン」

「好きに呼んでくれてオッケーです」

『泣き虫クソ野郎って呼ぶわ』

 そういうのはやめろ。

 ゴンさんはどうしてそういうこと言うかなあ。

「なにっ、誰の声っ」

 騎士剣の柄に手をかけたサジャさんは、壁まで下がってじりりと腰を落として抜き打ちの構えだ。

「ゴンさん、急に声出したら驚くってっ」

『あ、お前も聞こえるようになったか。よろしく、うじうじホモ野郎』

 コントロールできるんじゃなかったのかよ。

『細かいこと気にするとハゲるぞ』

 ハゲねーよ。

 俺もお兄ちゃんも父上もフサフサだ。

「え、なに、その変な邪神像みたいなのが喋ってんの?」

『じろじろ見るなよ』

 喋るし魚を吐き出す半魚人の木彫り人形。そんなレアなもん見ない方がおかしいよ。

『海だとメジャーなんだけどなあ』

 ゴンさんの発言は、どこから指摘していいか分からないレベルだ。

 いつものように酒の入った杯に手を伸ばしそうになって、気づく。今日は飲み会じゃない。

「ちょっと、俺があんなに真面目に言ったってのに。いつも通りじゃないですか」

「ほほほ、肩の力が抜けたでしょう」

 ガラル氏はまたしてもドヤ顔、仮面で分からないけど絶対ドヤ顔してる雰囲気だ。

「あんたたち、いつもこんな感じなの?」

「あ、はい、だいたいこうです……」

 作戦会議らしいことは、ようやく始まった。

 小料理屋は貸切にしてもらって、それから四時間ほど話し合った。




 翌日、朝は学校へ行かずに服屋さんに行く。

 もちろん、古着屋なんかじゃない。貴族ご用達の高級紳士服だ。

 サジャさんのオススメの店というから不安だったが普通の店である。

 サジャさん愛用のスカヨ様式とは、前世でいうところのスカジャンみたいな刺繍の入った毒々しい着流しである。俺には似合わないってば。

「アラン、アタシの服装になんか言いたいみたいね」

 そんなことないですよ。

『ピカピカしてていいじゃない』

 ゴンさんの好みには合うようだ。

「あら、ありがと」

 満更でもないサジャさん。

 サジャさんは似合ってるけど、俺が同じことしたら服に着られるよ。

『イカとか寄ってきそうでイカスぜ』

 笑ったらダメだ。

「こ、この魚介野郎」

「サジャさん違う、それ多分誉めてるから」

 ゴンさんは人間と価値観が違うし、悪意はゼロだから。怒ったら付き合えないって。


 傾奇者と傷だらけの学生、そんな俺とサジャさんの二人組は、貴族通りと呼ばれる一角では目立つことこの上ない。

 平民には手の出ない高級な店に囲まれた通りだ。田舎伯爵の次男坊には辛いぜ。

「ここよ、アンタの一張羅なんだから、ビシッといきましょ」

 店に入ると、場違いなことこの上ない。

 パンツスーツの店員らしきピシっとしたショートカットの美女に睨まれる。

「いらっしゃいませ、お客様」

「あ、あのう」

 弱気な俺のケツをサジャさんが軽く蹴った。

 まだ痛いからやめて下さい。

『ぶはははは』

 楽しそうだな、オイ。

「スーツ、作りに着ました。似合うヤツお願いします」

「アタシはこのガキの護衛よ。ヤクザもんがビビるようなやつ作ってやって、大至急でね」

 ドン、とサジャさんは懐から金貨の詰まった袋を取り出して、店員さんに投げ渡す。

 この金はガラル氏が出してくれた。金に執着を持っていないのは知っていたが、ここまでとは。

 平然と受け取るサジャさんもすげえな。小市民の俺はビビる。

「ははは」

 俺は笑った。

 何をいまさらビビってんだか。

 小市民なんて理由をつけて、何もしない言い訳をするのは前世で飽きるほどやった。

「明日、ギルドの会合で使います。明日の昼までに、やれますか?」

 店員さんは一瞬だけ目を丸くして、猫のような笑みを浮かべた。

「こちらで大至急となると、生地はそこそこで我慢してもらうことになります。けど、ギルドの会合程度なら充分なお召し物になりますわ。職人を手配しますので、しばしお待ちを」

 この額でそこそこか。

 すげえな、都会の貴族用高級紳士服店。

 採寸されたり色々に二時間。

 出る時に、ふと並べられたハンチング帽が目に付いた。

「これ、いくら?」

「当店をお選び頂きました御縁に、差し上げます。護衛のあちら様にスーツはいかが?」

 店員さん、なんかすげえな。カッコイイけど、この人、本当は凄腕のスパイとかじゃないのか。峰フジコみたいだ。

「明日上手くいったら、また来ますよ。今度はパーティー用をね」

 ハンチングを彼女は俺の頭に合わせてくれる。

「成功をお祈りしておきますわ、アラン様」

 耳元で囁かれて、前かがみになりそうになった。

『お前、悪そうな女に弱いなあ』

 いいじゃないか、タイプなんだし。

 優しい女は苦手なんだ。




 サジャさんと別れて学校へ。

 遅刻は別に大した問題ではない。

「おはようって、もう昼前だな、マリナ様」

「おはようございます、アラン様」

 笑顔で返してくれるマリナ様。

 これが魔神パワーのふたなり美少女だと思うと、けっこうクるものがあるな。

「あら、素敵な帽子ですわね」

「いいだろ。田舎者っぽいけど、気に入ったんだ」

 ハンチングを普段使いする帝都っ子はいない。鷹狩や鹿狩りの時に使うためのものだからだ。

 これを普段から被っていると、田舎の出だと嗤われる。

「なあ、今度デートいかねえ?」

「は」

「いや、だからさ、デートのお誘いだけど」

 周りからの強い視線。

 あの暴力女がいたっけ。さすがにこれ以上は不味い。

 身構えたものの、あの女はいなかった。なんだ、休みか。

「こんなところで、なんでもないことみたいに言うのね」

『お前らの話、いっつも廻りくどいのな』

 ゴンさん、お願いだからもうちょっと黙ってて。

「けっこうドキドキしてるんだぜ。これ、一緒に行こうよ」

 姫騎士さんと玉子サンドが対決する舞台のチケットを差し出す。

「システィナさんとも会える」と、小声で言う。

 卑怯な手だけど、仕方ない。

「……お気を遣わせたかしら」

「まさか。お姫様を誘うのに理由はいらない」

 人を殴るのにもな。

 人間なんてそんなもんだ。言い訳しちゃいけない。やりたいようにやらないと、惨めさだけが募る。

「よろしくてよ」

「よっしゃ。やったやった。日曜日はビシッとキメてくるよ」

「あら、わたくしもおめかししなくちゃ。楽しみ、本当に楽しみだわ」

 さて、どうなるかな。

 周りの生徒たちがヒソヒソと何か言っている。

 やっぱりこうガッとした勢いが大切だな。ガキの時は、こんなにスマートにいかなかったなあ。これが中年のテクさ。

『中年に限定する意味あるの?』

 ねえよ。この間抜けな言葉を使いたいだけだ。

 ここからが大変だな。

『……面倒なことするなぁ』

 ゴンさんは不思議そうに言う。

 海と陸じゃ、やり方が違うのさ。




 午後からは研究室へ。

 病み上がりの身体は所々痛む。だけど痛いだけだ。平気平気。

『それ病気だって』

 んなことないよ。

 研究室のドアを開けると、妙な悪臭がある。

 いつものように研究室にはシオン教授とサーリー女史、そして魔法使いが実験をやっている。

 毛生え薬は動物実験に移っているようだ。

 妙な臭いの元は実験用の生きたゴブリンである。

 毛髪のある部分は無残に引き抜かれていて、薬液をサーリー女史が塗りつけている。

「お疲れっス。シオン教授、自分を実験台にするのやめたんですか?」

「お疲れ。サーリーさんが怖い顔で止めるんだよね。それにしても、ひどい顔だ」

「ちょいと階段でコケたんですよ」

「ははは、若いと色々あるよ」

 教授は実験を中断して、お茶を入れてくれた。

 これもまた妙な味のする茶だ。でも、美味い。ジャスミンティーに似ていて癖はあるけど、そんなに嫌いじゃない味だ。

「美味い茶ですね」

「ああ、娘が作ってくれたんだ。マンドラゴラの葉っぱでね」

 噴き出しそうになった。

『美味そう』

 懐からゴンさんを取り出して、頭にちょっとかけてやる。

『あっつうっ』

 ごめん。その辺いけると思ってた。

『アランっ、今のは怒るぞ』

 マジでごめん。これからフーフーするから。

『ほんとにもう。気をつけてね』

 よかった。納得してくれた。

「何をしてるんだい?」

「あ、いや、ゴ、じゃなくて医者に勧められて」

 変なこと言ったな、俺。

「そ、そうかい。なら仕方ない」

 シオン教授の目が、可哀想な人を見る目になった。

「ええと、そうじゃなくて、今日はサーリーさんと、魔法ギルドの方、あと、こないだの忍者の人にも出てきてほしいんですけど」

 言えば、天上の羽目板が外れて、黒装束の頭が出てきた。そして、一瞬の内にスタッと床に着地。すげぇカッコイイ。

 絵に描いたような忍者だ。すげぇぜ。

「ま、まだいたのか」

 流石のシオン教授も、こんな不審者が天井裏から見守っていたことに驚きを隠せない様子だ。

『忍る邪かぁ、近くで見たら懐かしいなあ』

 昔、忍者と何かあったらしいゴンさん。

 突っ込みたいけど今は我慢する。

「シオン教授、水栽培のことですけど、全部吐きだすことにしました。マンドラゴラみたいな根菜、ナスみたいなのと、メロンの作り方は分かってます。肥料とかの関係で、理論だけだと思ってくれたらいいですけど」

 前世で勤めていた工場が潰れる前に、その辺りは俺一人で全部回していた。やることもなかったし、工場にいるのは楽だったから、憑りつかれたみたいに仕事してたな。ははは。

 だから、理屈は分かっている。

 指導にきた先生にも色々と教わって、家でも作れるようなレベルになってたんだ。

 水肥料の作り方は知らないので、天才のシオン教授に丸投げだ。

「本当かいっ。やってくれると信じてたよ」

「それで、頑張って作った資料がこれです」

 鞄から一日で書き上げた資料の半分を取り出す。半分でも分厚いが、シオン教授はパラパラとまくって半分であることにすぐ気が付いた。

「続きはいつ?」

「もう出来てますけど、ギルドが条件を呑んでくれたら渡します」

 サーリー女史、忍者、魔法使いの雰囲気が変わった。

 コエーよ、マジで。足が震えて、その振動であばらも揺れて痛む。

「どういうことかな」

「金はいらないんで、別のことに力を貸して欲しいんです」

 シオン教授は大きくため息をついて、ひどく辛そうな顔をした。

「アランくん、ボクはキミみたいなことを言って闇に葬られた研究者を知ってるよ。間近で見たんだ。やめておきなさい。お金で命は買えない」

 ははは、それは違うよ。

 なんにもない人間は、命を賭けなきゃ望む結果を手に入れられない。

 それだけはよく知っている。

 失うことが怖くて、何もできずに罪を背負った卑怯な臆病者が俺なんだ。

 誰か、俺を殺しにこい。

 ずっと、そう思って前世を過ごした。

「金じゃないんですよ」

「だったら、力かな」

 男の好きなものが二つでた。

俺もそれらは大好きだ。

「もちろん、女のためです」

 シオン教授は驚いた顔をしてから、破顔した。

「はは、そうかぁ。じゃあ仕方ないね。皆さん、アランくんの技術があれば、過小ではなく百年分の進歩がある。水耕栽培というもの自体が、ボクらの常識では出てくるものじゃなかった。彼は、それの完成形を知っているとしか思えない知識を持っています。分かりますね、この意味が」

 サーリー女史は怨霊スタイルで俺の顔を覗き込む。怖いから、マジで。

『いい先生じゃないか』

 うん。いい先生だ。巻き込んじまって、罪悪感がある。

『オレがついてるぜ』

 気持ちは嬉しいけど、サーリー女史のこれ、ほんと怖い。


 最終的には、ギルドの上を通すということになった。

 研究室で過ごすこと二時間。急なことだというのに、明日に直接交渉を行うという条件を三ギルドは飲んだ。

 ここまでは順調といっていい。

 さてさて、あとはガラル氏とサジャさんたちにかかっている。

 頼むぜ、本当にさ。

『まかしとき』

 ゴンさん、いつも思うけどその自信どこから来るの。

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