第9話 同性愛者要素ありのサジャしか出ないクソみたいな閑話

※重要※

必ず下記をご確認下さい。


作者はBLを知りません。

同性愛者のキャラクターに焦点は当ててますが、BLは意識しておりません。そういう意味では全く違う内容ですので、ご注意下さい。


※注意※

 同性愛者についての言及があり、性的な表現も含みます。

 若干偏りのある内容となりますが、あくまでサジャというキャラクターに焦点を当てたもので、同性愛者を蔑視、または特別視する意図は無いことを明記しておきます。

 苦手な人は飛ばして下さい。読まなくても次話の理解に問題ありません。

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 暴力ギルドの連絡員は、ミスター・キューと落ち合う場所を教えてくれた。

 顔を合わせたのは、前金を貰った時の一度だけ。

 仕事の指令書も、後の連絡もギルドの連絡員を通してだった。

 子供を産む腹さえ無事なら他はどうしてもいい、なんてことを言う下衆。

 顔を隠してるくせに、人様をゴミでも見るようにしていることだけは透けて見えるクソ野郎だった。


 サジャは夕暮れの街を墓場へ進む。

 なにもこんな場所を指定することはないのに、悪趣味なことだ。

 この仕事、つまりはマドレ家の娘だか芸人だか、よく分からない状態の女をかどわかすことを依頼した人物が、ミスター・キューと落ち合うことになっている。

 細っこい身体に甲高い声。シルクハットをかぶって、嘴の長い鳥を模した仮面で顔を隠す気に入らないヤツだ。

 何より、あのガラルと同じで仮面をつけてるってのが気に喰わない。

 とりあえずぶっ殺すか、それとも真相を吐かすか、決めあぐねている。


 墓地についたら、ミスター・キューは墓石に腰かけていた。

 墓地の真ん中にあるねじくれた巨木には、カラスたちが住んでいる。悲鳴のような泣き声が木霊していた。

「ミスター・キュー、ちょっと面倒なことになったんだけどさ」

「何か?」

 気に入らねえな。

「アタシはさ、あの芸人がマリナ様だって聞いてたんだけど、違うの?」

「貴様ごときがマリナ様の御名を口にするなっ。ふん、攫うのはシスティナ様だ」

 どうにも力関係の分かる言葉遣いだ。

 マリナ様とやらには敬意を、システィナは吐き捨てるように。

「んなことはどうでもいいけどさ、さらうのは芸人でいいのね?」

「そうだ。貴様がマリナ様に手を出したらと思うとゾッとする」

 連絡員を半殺しにして聞きだしたところ、確かにマリナ・マドレを攫えで間違いないと言った。だが、目標の人相が間違っていたとかで、このミスター・キューがあの芸人をマリナだと言ったとか。

「ねえ、どうにも納得いかないんだけど。あれって、姉と妹なのよね。攫って、どうするつもりだったの?」

「ふん、あの愚か者共に引き渡すだけよ。ははは、家に帰らせるのさ」

 甲高い声が癪に障る。

 空を飛んでいたカラスの一羽が、サジャとキューの中間に位置する墓石にとまった。

「この仕事降りるわ。段取り悪すぎてね、どうにもハメられてる気がするのよね」

「ほらっ」

 と、ミスター・キューは輝くものを投げた。

 カラスたちが反応するより早く、サジャはそれを受け止める。

 握りこんだ手を開けば、それは指輪だった。

 大きなルビーがあしらわれた金の指輪で、恐ろしく細かい意匠が施されている。素人目にも高価なことだけは知れるものだ。だが、サジャには分かる。

「まったくよぉ、刺客かと思ったじゃないのよ。でも、よかったわ。アンタがアタシのこと舐めてるって分かったし」

 指輪を右の小指に嵌めて、着け心地を確かめる。思ったとおり、しゃらくさい。

「システィナを連れてこい。邪魔する者は殺せ」

 サジャは笑んだ。

 それは、牙を剥く虎を思わせる獰猛な禽獣の笑みだ。

「どうして、服従の指輪をつけて笑っていられる」

 ミスター・キューの鋭い声。

「失礼しちゃうわ。この程度の呪いが、アタシに効くとでも思った?」

 握り拳を作れば、右手の指輪は弾けて、ルビーに擬態していた惑乱の魔蟲は体液を撒き散らして破裂した。

「貴様、教会の犬か」

「それはハズレ。昔取った杵柄ってヤツなんだけどさ。とりあえず、お前ぶっ殺してもいいってことだよなあっ」

 傾奇者であるサジャが持つには、不似合いとさえ思える無骨な騎士剣が抜き放たれた。

 オークの戦士が持つほどの、人が使うものより一回り大きな騎士剣である。それを軽々とサジャは抜いたのだ。

「ちっ、ただの脳筋ではなかったか」

 墓石にとまっていたカラスが飛び立つ。

 羽ばたきの音と共に駆け、振り下ろされたサジャの騎士剣は、ミスター・キューの腰かけていた墓石を袈裟がけに切断していた。

「ははっ、足もーらい」

 斬ったのは墓石だけではない。飛び退ったミスター・キューの右足首から下を切断せしめていたのだ。

「貴様、よくもよくもよくもっ」

 右足首から下が無いというのに、平然と立っている。片足立ちで立つ姿は異常なほどにぶれがない。

 流れ落ちる血は急速に固まり、真紅の刃のごとき義足となった。

 ああ、こいつ外法術師か。

 サジャはつい、笑ってしまった。それは、戦いの最中に出すものとは思えないほどに、屈託のないものだった。

「まったく、今更になって悪魔退治なんてさ」

 サジャは通り過ぎた過去に思いを馳せた。

 悪魔ほど得意な相手はいない。

 積んだ修練を体は忘れないものだ。

「何がおかしい」

「運命の皮肉ってヤツ? アタシ、人を斬るのって嫌いなのよ。アンタが悪魔でよかったわ」

「舐めた言い草っ、後悔しろっ」

「後悔するのはアンタよ。『復讐者』、お前に相応しい相手が来たわよ」

 飾りの無い無骨な大剣の、隠された意匠が浮かび上がった。

 かつて、悪魔を殺し続けた聖騎士、その光輝に充ちた悪霊が宿る聖剣。それこそが、サジャの手にある『復讐者』の銘を持つ騎士剣であった。

 悪魔は聖なる力に身を縛られる。

 とった。

「きいぃぃぃぃぃえええええええ」

 絶叫のごとき気合と共に、悪魔を滅さんと剣閃が走る。




 鉄火場を中断して、かつてと、今を語ろう。



 サジャとはサンジェルマンという名前を捨てた時、自らに付けた名前だ。

 大砂海を越えたキンビの地で、大貴族の長男として産まれた。

 聖騎士として二五歳までを過ごすが、椿事ちんじにより出奔。

 法王と愛人を奪い合って、その顔を斬りつけたという罪により、今も故郷では神敵扱いで第一級のお尋ね者だ。

 その椿事に男しか登場しない辺りが宗教組織である所以か。




 自らをゲイだと気づいたのは、五歳の時だった。

 近所の女の子や近習の子供たちと遊んでいたら、どうしても近習のレオンのことが気になりだした。

 性器の見せあいで勃起してしまって、レオンが驚いていたのをよく覚えている。

 今思えば初恋なのだろうけど、レオンは天使のような男の子のまま、お空にいってしまった。冬の間に病にかかって、それっきり。

 喪失に泣いていたら、父にひどく殴られたことが傷になった。もちろん、心のである。

 男がメソメソするな、ということだった。

 泣き暮らしていた時に、救いを下さったのは当家に出入りしていた聖職者の青年だった。

 彼はレオンの供養を行い、サジャが男しか愛せないことを見抜いた。そして、隠すことと聖騎士の道を勧めたのだ。


「キミの愛は特殊でもなんでもない。ただ愛しい人に向ける無償の愛です。だけれど、男性にしか向けられない愛は、人から疎まれるのです。聖騎士であれば、衆道を嗜んでも誰も不審には思いません。そこであなたの愛を見つけるのです。お父上には、気になる女の子がいるフリをしなさい」


 あの聖職者は、幼年のサジャが今後も男しか愛せないであろうと予見していた。

 今となって思えば、彼もそういう男だったのではないだろうか。

 もう会うこともないため、それを確かめる術は無い。


 ゲイと一般的に呼ばれている人々には様々なタイプがある。

 女性のように恋をする男。

 恋愛対象が男である男。

 性的嗜好が男に向く男。

 様々にいる。

 それらは色々と細かく分類された呼び名があるが、本筋から逸脱するため割愛する。

 サジャは恋愛対象が男である男だ。

 彼自身は、行動や性質は男らしいと呼べるものを持ち得ている。

 ゲイであることを隠すためにことさら男らしく、粗野そやに振る舞うこともない。

 ただ、普通の男が女に惚れるように、男に惚れる。


 聖騎士の道は性癖と合致していた。

 厳しい修練を積む騎士学校は、聖職者を育てる全寮制の学舎である。

 坊主には尻のぎょうがつきものだ。痔という漢字を見れば分かる通り、それは寺の病である。

 年長者からの男の性の手ほどきや、常態化してそれに慣れて嗜む者、拒否する者、友が出来て敵が出来る。

 振り返れば、悪くない青春であったと思う。

 生国では衆道は嗜んでいても当たり前で、驚かれるほどではない。友情を確かめる手段ですらあった。


 ひたすらに鍛え上げ、聖騎士への道を往く。

 聖騎士の試練を乗り越えて、聖剣を手にした時には咽び泣いたものだ。

 聖騎士の持つ聖剣とは、死してなお悪を打ち倒す意志に満ちた先達の魂が宿る聖銀の剣。遥か東方では魔剣に類するものだ。

 『復讐者』の銘は、最上級階位の聖剣である。


 サジャの復讐の意志に惹かれたからこそ、その手に巡った聖剣。

 神の言う悪徳よりも、初恋のレオンから命を奪った理不尽を憎んでいた。

 理不尽はあまねく世に満ちる。

 病、飢餓、貧困、無知、妄執、肉欲、性癖、全ての悪は理不尽に人を蝕む。

 男しか愛せぬ自らを生んだ神は、なんと理不尽なお方なのか。

 愛を得られぬ道をどうして歩まねばならぬのか。


 サジャは孤独であった。

 大貴族の嫡男でさえなければ、他の生き方はあっただろう。

 孤独は力となった。

 愛を得られぬことから目を逸らすために、聖騎士の職務に身を投じる。

 その腕前は、家を継ぐ前でありながら、若くして法王の御前に召喚されるほどとなっていた。

 法王の護衛という大役を仰せつかる。


 破滅の足音はすぐそばに迫っていた。

 甘美な悪夢のような日々。

 法王の寵愛を受ける学僧であったレオン、奇しくも初恋の人と同じ名のレオンと出会うのは、悪意に満ちた運命であったのやもしれない。

 惹かれあうのに時間はかからなかった。

 駆け落ちにまで至ったのは、若さ故か。

 過去の過ちほど、自らを苛むものは無い。



 決行の前夜、法王の前に引きずり出された。

 恋は人を狂わせる。

 キンビの地、その全てに信仰と慈愛を届かせねばならないキンビの法王もまた、恋に落ちて狂ったのだ。

 法王の瞳は、レオンだけを見ていた。

 心が離れていく様を見続けるのも、心を離れた男と肌を重ねるのも苦痛であっただろう。

 歳を経た後のサジャは、それを理解している。

 三人の恋は、少女のそれのように残酷で滑稽であったのだ。


 聖騎士に囲まれて万事休すの時に、またも運命は廻る。

 聖剣『復讐者』は、世の理不尽に対する復讐者であるサジャと感応した。

 聖剣を本来の形で扱える聖騎士は、キンビの地に十人もいない。そして、それを自在に操る者こそが、真の聖騎士なのだ。

 遥か東方では、畏怖を込めて魔剣士と呼ばれる者にサジャは至った。

 聖なる力に満ちた聖剣に宿る邪霊と合一し、サジャは勝利した。

 法王の顔面を浅く斬りつけた所で、それは限界を迎えたが、気力だけでレオンと共に国を出奔する。

 悪意に満ちた運命である。

 サジャに感応した『復讐者』の力を受けたレオンは、共に乗る馬の背で、その短い生涯に幕を閉じた。


 こうして、復讐者と化した法王に賞金をかけられたサジャは国を捨て、絶望の荒野をさ迷う。

 傾奇者として、聖騎士であることを隠す流浪の日々である。




 時を現在に戻そう。




 ミスター・キューを両断せしめる寸前、サジャは剣の軌道を無理矢理に変えた。

 悪魔は、その姿をレオンに変えていた。

 邪悪な悪魔が得意とする幻惑の術だ。分かっているのに、斬ることを体が拒否する。

「ぐうぅぅぅ、お前ぇっ、許さんぞ」

 分かっていて斬れぬ。

 魂にまで至った傷なのだ。

 愛は刃であり毒である。

 悪魔は何も言わず、夕闇の中へ消えていく。

 サジャは慟哭した。

 愛を穢された怒りと、そして、その姿をもう一度見れたことに歓喜する浅ましい自らに禽獣のごとき咆哮を上げるのであった。


 こうして、サジャは敵と出会う。

 何をしても斬らねばならぬ。

 運命に流れがあるというのならば、これは転機だったのかもしれない。

 新たなる運命の濁流は、すぐそばに迫っていた。

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