第8話 いつも最低だけど今日はいつにもまして

 熱が下がったので、みんなに謝っておいた。

『心配なんてしてないからな』

 ゴンさんはツンデレだ。

「無理はほどほどに」

 ガラル氏は気にしてない。

「心配しました。体には気をつけて下さい」

 姫騎士は優しい。

 あれ、いけそうなんじゃねえ。




 姫騎士は舞台を休んで新ネタの稽古に入った。

 相方は大喜利で完膚なきまでに敗北してしまったためか、不調だ。

 俺とガラル氏は、帝都芸能ギルドの事務所でそんな練習風景を眺めている。

「ほほう、ここで新ネタや未来の漫才師が生まれるのですな」

 楽しそう。

『姫騎士ほど面白くねえな、こいつら』

 ゴンさんは辛口だ。下積みだし仕方ないよ。

 受付でもらったジュースを飲みながら待っていると、芸能ギルドの偉い人が出てきた。

 スーツ姿の強面こわもてだ。

「おや、久しいですな。今は芸能ギルドの偉いさんですか」

 どうやら、この強面とガラル氏は面識があるらしい。

「ガラルにドーレン家の坊ちゃん。この度は、お世話になります」

 と、強面は名刺を差し出した。

 癖で名刺を受取り、懐の名刺入れを捜そうとして、今はそんなもん持ってないと気づく。仕方ないので財布に入れることにした。

 名刺にはジラルドと記載してある。営業部部長か、すげえな。

「ほほう、営業部長とは出世したのですなあ、毒蛇のジラルド」

 なんか怖い名前が出た。

「よせ、お前はそれだからいつまでも」

「ほほほ、これは失敬。しかし、細作働きなんでしょう?」

 ジラルド氏はため息と共に髪をかきあげる。

「システィナのことは確認をとってる。これは裏稼業にはなんの関係もない、芸能の仕事だったんだ。いいか、あいつがマドレ家なんてこの件で初めて知った。来週の舞台の警備は厳重にする。こっちは任せろ」

 と、ガラル氏に捲し立てる。ヤクザだ。

「坊ちゃん、何やら大きな仕事をしているとか。御用がある際は、いつでも当ギルドにお任せ下さい」

 ヤクザであることを隠さずに言うようになった。俺にまで。怖いからやめようよ。

「ま。その時はお願いします」

 芸能ギルドというのは、元々の成り立ちはスパイの集団らしい。

 戦乱の世には旅芸人として間諜をしていた連中が造ったギルドなのだ。ヤクザと忍者を足して何も割らない集団である。



 姫騎士の稽古が終わるのを待って、快気祝いに飲みに行くことになった。



 いつもの小料理屋へ足を運ぶ。

 あの事件から客足は遠のいているようだが、今日は奥の座敷に客がいるようだった。

 申し訳ないのでよく利用している。

 姫騎士オークの芸名オーク、種族は鬼人の彼は、奥さんの下へ帰って慰めてもらっているのだとか。

 そんなにあの玉子サンドとかいうのに負けたのがショックだったのか。

 焼酎を待って乾杯をした。

「姫騎士さん、どうですか練習は?」

 なんとなく名前で呼ぶのが恥ずかしいので、これからは芸名で呼ぶ。

『交尾したいんじゃないの?』

 したいけど、それとこれは別だ。

「まだ上手くいきません」

 沈んだ顔だ。それも仕方ないか。

 ダウ×××ンみたいなコントができるはずもない。

 深夜枠でようやく知名度を得た芸人に、一流と同じクオリティを求めるのは無理がある。ケン×××林のように関西ローカルの深夜枠の時から一貫して変わらない方もいるが、彼も下積みは長い。

 俺の目からすると、姫騎士さんは未だ深夜枠だ。

 ただ、この世界では全く新しいことをしようとしている。俺は詳しい話をきいてびっくりしたものだ。それですら、まだ新しいのかと。

 テレビがないから仕方ないとはいえ、異世界と日本のお笑いはレベルが違う。

「まあまあ、下ネタもいいけど、それ一本はなあ」

「あれは古典が元なんです。こう、とんちを駆使してかわしていくのがいいんです」

 でも、下品なんだよなあ。

 元ネタである古典の『オークと美女』というのも勧められて読んでみた。艶話の色合いが強く、美女も淫蕩いんとうな女性となっている。

 好みじゃないオークを虜にしながら、言葉と仕草で体を触らせずイカせる遊女の手管話に笑いを交えたものだった。

「俺も嫌いじゃないけど、身内ウケっぽいんだよなあ」

 話としては姫騎士さんも滑稽にしているんだけれど、あんまり好きじゃない。だってもう、ストレートすぎるんだもの。

 日本でやったら警察が来る。でも江●2時●●分さんとか、まだ懲役は喰らってないし、いけるのか。国際問題は起こしてたけど。

「それなんです。どこまでいっても、わたしは姫騎士で売れたからそれ以外になれない」

 あるある。

 一発屋芸人の新作ってだいたい外れるし。

「ふうむ、名前から変えてみてはいかがか」

 ガラル氏は、国外逃亡を勧めるくらいの気楽さで言うけれど、芸人にとってネームバリューは金で買えない資産だ。それを捨てるなんてとんでもない。

「ガラルさん、それはダメですって。思いっきり変えながらも、姫騎士オークの持ち味は出さなきゃね。ってことは、下ネタは軽くしつつ新しいネタってことになるよなあ、やっぱり」

 そこに苦慮しているのが今の状況だ。

 実を言えば、怪我がよくなりだしてからは相談にのっていて、前世の日本で見てきたネタをたくさん教えてパクることを勧めてみたのだ。


 そうしたら、姫騎士ことシスティナさんは言った。

「面白いネタですけど、それって芸人の個性が前提にあって、その人にしかできないネタだと思います。わたしがやっても、きっと寒いだけになっちゃうと思う……」


 すげぇな姫騎士様。

 俺はちょっと感動した。

 ダウ×タ××さんのごっ××え感×という番組で、松×××さん演じるア××ホマ×という人気のコントがあった。連続性のあるコントなのだけど、そこに東野××さんの演ずるバ××カマ×というキャラクターが出たことがある。

 簡単に言うと作中で主役のコピーキャラが出るといった内容である。面白いのだけど、何度も見返していると、このバ×バ×マンというのがあまり合ってない。単発としては全く問題ないのだけれど、やはり×本××さんという天才芸人にしかできないのがア××ホマンなのだ。似たキャラクターすら、他の人には無理があった。

 その後だが、東×××さんは、同番組内で、放×後! 電×波ク×ブというコントで強烈なハマり役をみせた。それも他者には真似できないものだった。

 と、お笑いと懐かしい記憶に浸っているとガラル氏が口を開く。

「私は好きですよ、姫騎士ネタ。あんなに笑ったのは久しぶりです。笑うだけならいくらでもありますけど、敵に捕まって嬲られるはずの女騎士が、言葉巧みにとんちを駆使して脱出するなんて痛快じゃありませんか。それにあのオークさんも、役柄のオークらしくない人の良さが出ていて大変面白い」

 確かに、あのネタは姫騎士オークというコンビじゃないとできない。

 ほんわか笑えないのだ。

 オーク役の鬼人種の相方さんの持つ人の良さみたいなものが、実に『悪漢として描かれるオーク』を半歩ずらしている。そこが妙に面白い。

「いいこと言うなあ。やっぱガラルさんってすげえな」

 俺と違って、小難しく考えない。

 ヒットの法則みたいなものを語るのは、自分を頭がいいと思ってる馬鹿の典型だ。そんなもんが分かるんなら、今頃俺は大金持ちだ。

『オレも、オレも姫騎士になんか言いたいっ』

 言ったら伝えるけど。

『上手く言えないけどっ、応援してるからっ』

 熱いぜゴンさん。

 ゴンさんのそういうとこ好き。

「ゴンさんも応援してます。姫騎士さん、今の芸で行くつもりはないんですか」

 一週間で新ネタは厳しいだろうと思う。

「天道騎士団にいたわたしだから分かります。天道教の聖堂では、姫騎士ネタはできません。ギルドはやっていいと言うんですけど、わたしは……。アランくんと、ガラルさんと一緒にいて分かりました。わたし、自分をネタにするつもりで姫騎士をやりましたけど、仲間だった女騎士はみんな、望んでいません。きっと、傷つけてる」

 姫騎士、いや、システィナさんは涙ぐんだ。

 辛かった騎士時代を笑い飛ばすような気持ちで作ったネタなんだろう。けれど、今になって気づいたのは仲間のことを忘れて自分のことだけを考えていたという浅ましさ、というところか。

 そんなに真面目にやんなくていい。

「システィナさん、ほんとカッコイイわ。俺、そういうの好きだな」

 みんな、何もかも見てみぬふり。欺瞞なんてたくさんある。見たいものだけ見てたらいいよ。なんて下衆なことが言えるかよ。

「くふふ、坊ちゃんのカッコイイが出るとは、なかなかやりますなぁ」

 話しこんでいると、どんどん酒は進む。

 泥酔しちゃいけないし、あばらが痛むので俺は薄い水割り一杯だけだ。あとは果実水と水を飲む。

 酔い覚ましに自分で浄化術式をかけている。

 こういうので魔法が上手くなるのは御約束だと思うのだけど、俺はたんに浄化術がそこそこ上手くなっただけだ。ガキのころからしてるのになあ。

 食事も進み、すっかり馴染になった店主がサービスで出してくれたデザートの焼きみかんを食べたら、お開きの時間だ。

 帝都芸能から派遣された護衛が、姫騎士さんを迎えに来た。

 ギルドが入ったし、今日で同棲はおしまい。

 気楽な独り暮らしに戻れる。

「あの、アランくん」

「ん、なに」

「短い間だけど、楽しかったよ。だから、無茶なことしないでね」

 手を、握られる。

 俺も握り返した。

「はは、善処します」

「うん、辛い時は泣いていいよ。わたしがすぐに笑わせてあげる」

「ん、お、おう」

 互いに黙り込んで見つめ合ってしまって、俺は何を言ったらいいか分からない。

「また、舞台に行きますよ。腹は括ったって言ったし」

「……うん。きっと、来てね」

 そうして、俺たちは別れた。

 あの手が離れる時に、夢を見ずによく眠れた日に感じた感触が、システィナの手だと気づいた。

 店のドアが閉まる音と共に、息を詰めて見守っていたガラル氏とゴンさんの失望のため息。

「坊ちゃん、このガラル、今度こそ辣言を申し上げますぞ」

『最低、ホント最ッ低』

 俺は一人と一つに延々と説教をされた。

 分かってる。

 今のは俺が悪い。

 分かってるってば。本当に分かってる。もう二十年近く前の前世から分かってる。

「全く、カサンドラにできることをどうしてしないのか」

『子孫を残せよっ、遺伝子の命ずるままにっ』

「お許し下さい」

 ガラル氏は焼酎を呑んで一息。

 飲む時にいつも仮面を少しだけずらすが、的確にこちらに見えないようにしてくる。カッコイイぜ。

「話は変わりますが、だいたい見えてきましたぞ。かなり危ない話になりますが」

 おっと急に話を変えてくる。

 システィナさんが帰ったあとにしないといけない話か。

『退屈なのやめてね』

「ゴン様、少しの間ご容赦を」

『仕方ないなあ』

「今さらですし、聞きますよ」

 俺は即答。今さら一緒だってえの。

「マドレ家は代々続く女系の一族とご存じでしたか?」

「初耳ですけど」

 辺境の田舎伯爵家だ。しかも次男坊には縁が無い話だ。

 それ自体は有名な話であるらしい。

「侯爵は代々が婿養子なのです。そして、実権は奥方が持つようになります。さらに、婿養子に選ばれるのは多淫の男なのですよ」

「へえ、変わってますね。なんか、気分の悪い系の話になりますか?」

「坊ちゃんは後悔なされるでしょうな」

 ガラル氏が仮面に描かれた瞳で俺を見つめる。

 でも聞くよ。分かってて言うんだよなあ、この人。

 俺は気が付いたらダチョ×××部だ。聞くなよ聞くなよ、って言われたら聞かざるを得ない。

「いいっスよ。腹は括ったって言ったでしょ」

 正確には、括ったのはさっきだ。

 システィナさんの手を放した時に、腹をくくった。

「よろしい。マドレ家には魔神の血が入っております。継承するのは一人の女児のみ。男性器と女性器を完全な形で併せ持つふたなりとして産まれます。そのお力は、伝説に語られるのと寸分も変わらず、まさに魔神そのもの……らしいです」

「えっと、なんか凄いですね。ちょっと整理させて」

『魔神のくせに人間にすり寄るとか、笑うわ』

 ゴンさん、ちょっと混乱するから黙って。

『そんな情けないヤツのこと聞いたら笑うって』

 笑うというより、ゴンさんのそれは嗤うだった。

「ってことは、マリナ様は魔神の力を持ったふたなり美少女ってことですね」

「そのとおり。かつて、マドレ家の開祖がしたように、自分の愛する娘を魔神の花嫁とすることで、代々の加護を継承しているとのことです」

 クソみたいな話だ。

 すると、どうなる。加護は一代限りになるんじゃないか。魔神はいないんだから……。

「継承してるんですよね、その魔神の加護を、同じことをして」

「そうです。父親の同じ娘同士が、交わうのですよ」

 もうやめてくれ。

「ってことは、システィナさんは」

 聞きたくないが、逃げられない。

 俺は腹をくくったんだ。

「侯爵が男を失ったのであれば、花嫁は他に作りようがない。マリナ様の子を産まざるを得ないということになります。実に魔神らしい人を馬鹿にしたやり口です。それが嫌で、侯爵閣下はシスティナ様を放逐したのでしょうな」

 多淫の男とは、花嫁を造るための種馬に当たる訳か。

 マリナ様が呪われた血なんて言うわけだぜ。

 俺の腹に強烈などろどろしたものが渦巻く。

『アラン、変な怒り方すんな。またダサくなってんぞ』

「じゃあ、今の状況はどういうことですか?」

 ゴンさんの言うとおりだ。俺は我慢する。

「暴力ギルドに二つの依頼が入ったんですよ。マリナを攫えという依頼と、システィナを攫えという依頼。あいつらはアホ集団ですから、ごっちゃになったか、何か絵図を描いているものがいるのか。そこはこれから調べるところです」

「マリナ様をどうしてさらうんですか」

「侯爵閣下は死霊術師や呪い師と接触したと前に言いましたな。あれらは全て、悪魔殺しの裏稼業、闇の狩人共です。娘を守るために魔神を殺そうというのでしょう」

 システィナさんとその母親、側妃様を逃がしたのは愛ゆえか。

 その愛があるからこそ、魔神とやらは白羽の矢を立てる。

「魔神の力は、今は侯爵夫人にあるんです?」

「そのようですな。マドレ侯爵の領地が常に豊作なのは魔神のおかげだとか。調べを依頼したところも、正確には分かってはいないということですが、少なくとも英雄と並ぶ力を持っているでしょう」

 力があったら英雄か。

 ファンタジーなんだから、もっと夢を見せろよ。

「お、俺は、いつも」

 ちっくしょう、俺はなんで泣いてんだよ。

「いつもっ、どっかにヒーローが、いてると思ってたっ。俺ンとこにこない、こないだけで、どっかにいるとなぁ、思ってたんだっ」

 何が英雄ヒーローだ。

 強いだけの化物は、ただのバケモノだ。ちっともカッコヨクないだろうがよ。

「……」

『……』

 友だちは黙って俺の話を聴いてくれた。

「ガラルさんっ、ゴンさんっ、なんにも得しねぇけど、俺を、ヒーローにっ、ならせて下さいっ。システィナさんをっ、助けたいんですっ、お願い、お願いしますっ」

 最初に響いたのは、ガラル氏の悪魔じみた哄笑だった。

「ひ、ははははははは、坊ちゃんがそうであったか、ひひひ、そうか、そうであったか。私に、天に唾した私にもついにきたかっ」

「ガラルさん」

 俺は前が歪んで見えない。

「大いによろしい。黄泉歩きのガラルの力、使われなさいませ」

 沈黙を守っていたゴンさんが輝いて、大きな鯛を出現させた。

『もう、アランは俺がいないと、なんにもできねえんだから』

 いいのか。

 お前ら、こんな俺に本当に力を貸してくれんのか。

 奥の座敷で、すくっと一人の人物が立ちあがった。

「ガラルぅ、気持ち悪い浪花節を見せつけてくれんじゃないのよ。でぇ、アタシを雇うってのがそっちのガキでいいのよね」

 それは、サジャというオネエの男だった。

 ガラル氏はきっと仮面の奥で笑っている。

「ほほほ、目が随分と潤んでいるご様子」

「ち、ちがうからね。変なこと言うんじゃないわよ」

 なんだこれ、意味わかんねえ。

 こいつら、本当に。

『言ってみ』

 いつもは最低なのに、ほんとカッコイイし最高だな、お前ら。

 

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