第7話 これだから女ってのはよぉ

 土産物屋で木刀を買う。

 異世界でも土産物屋には木刀が売っていた。

 前世でも中学の修学旅行で買った。すぐ先生に没収されたけどな。今の時代はそんなもん買う学生はいなくなってんだろうなあ。

 ああ、体がよく動かねえ。

『どんな風に口説くつもりよ?』

 ゴンさんがいつのまにかボケットに。

 どうなってんだコイツ。

『おはようからお休みまでお前を見つめてるぜ』

 怖いからやめろ。

 学校が近づいてくると、じろじろと見られる。

 こんな顔面腫らして木刀を杖代わりにしてたら、そりゃあそうなる。

 あーあ、いい歳して何をって、今は一五歳か。ははは。

『また転生の話か。そんなこと本当にあるの?』

「俺は神様にそう言われたしな」

 ガキのころから自意識はあった。

 俺の頭を割ったら、脳みその代わりに小さいオッサンが入っていて操縦席がついているのかもしれない。

『キモっ』

 喋る半魚人人形に言われてもなあ。

 前世の知り合いで、シャブ中の極道がいた。あいつは、ボル●×ファ×ブの超合金を懐に忍ばせてないと、不安になって何もできなくなるヤツだった。

 今、この世界はシャブで見てる幻覚じゃないと誰が証明できる?

『でも、殴られたら痛いだろう。痛みだけが現実じゃね?』

 ゴンさんはあったまイイなあ。

 痛みは大嫌いだけど、慣れることができる。

 胸が張り裂けるほど苦しいのに、どうして俺は生きているのか、その理由を考えれば楽になれる。

 本当に死ぬほど苦しいというのなら、本当に胸が張り裂けそうだというのなら、生きていられるはずがない。

 なのに、生きている。

 だったら、それは俺が人間のフリをしているだけで、虫のような精神を持った半端者だという証明じゃないか。

 テレビや物語、周りの人間の真似をして、こんなことがあると苦しまないといけないと思ってそんな演技をしているだけじゃないのか。フリをし続けすぎて、苦しくもないことを苦しいと錯覚しているだけじゃないのか。

 これに気付いてから、痛みも苦しいことも我慢できるようになった。

『アラン、あなた疲れてるのよ』

 ゴンさんはなんで女言葉なんだろう。

『いや、なんとなく。お前のそれ心の病気だから、病院いった方がいいぞ』

「前世でも言われたな。精神科医なんて役に立たねえよ。ガキのころに母親の下着姿に欲情したか? とか聞かれるんだぜ」

『したの?』

「してねえよ」

 病院には一度しか行ってない。

 狂ってる方がラクなんだもの。苦労は買ってでもしろというけど、ラクを買ってでもしたい。

 学校の前で警備兵に止められて、学生証を見せて侵入。

「階段でコケたんスよ」

 ニヤっと笑って言ったら、警備兵もニヤっと笑った。男の子は異世界だって分かってくれる。

 体がうまく動かない。

 たしか、この時間のマリナ様は文芸教室にいるはずだ。

 研究室にいるのは学徒として入った生徒で、教室とつくクラブ活動をやっている連中は婚活組である。

 訳アリ組はどっちにもいる。

 文芸教室の扉を開けば、闖入者の俺に視線が集中した。

「どうもー、アラン・ドーレンです。マリナ・マドレ侯爵令嬢殿、内密な話があるんで、任意同行してもらえますかね?」

 マリナ様は青褪めてこちらを見ている。

 顔がボコボコで木刀持ったヤツに言われたら、だいたいみんなブルっちゃうよね。逆の立場だったら窓から飛び足して逃げてる。

「てめっ、まだこりてねえのかよ」

 マリナ様の隣にいた赤い髪と吊り目が特徴的な女が立ちあがる。

 お、長身でカッコイイし美人になりそうなガキじゃないか。

「生活安全ギルドの代表者として俺は来ています。さっきのことはなかったことにしてやっから、お前は黙ってろ」

 こういう時は看板を使おう。看板代のことを考えるのは後回しだ。

 子供ら、一五歳くらいからしたら、こういうの情けないヤツなんだろうなあ。

『汚れた大人の手口。きったな』

 そう言うなよ。

 これ以外は暴力しか思いつかない。

「分かりました」

「わたしも付いていくからな」

 おまけは暴力女だ。

「まあいいか。シオン教授の研究室に行くから、ついて来て」

 痛み止めの違法薬物のおかげで体は痛くないけど、歩きにくい。あんだけ蹴られたらそんなもんか。

 研究室から学生は排除されていて、シオン教授と薬剤ギルドからの護衛サーリー女史と、魔法使いらしき男が忙しく実験に勤しんでいた。正直なところ、水栽培はできてもその他のことは詳しくない。

「教授、ギルド絡みなんで、奥の部屋借りますよ」

「おっ、アランくん、ひどい顔だねえ。別にいいけど、そこの御嬢さんたちとかな?」

「こっちのちっちゃい子だけです。サーリー女史、こっちのぼうりょ、じゃなくてデカい子がなんかしないように見てて下さい」

「オッケイ」

 と、抑揚の無い声と顔で言う。サーリー女史、でもちょっと楽しそう。いいな、この人。面白い。

「デカいのじゃねえよ。わたしは、リューリ・キラミデ」

「変な名前だな」

 蹴るそぶりをしたので、慌てて逃げると魔法使い風の男が杖を向けているところだ。もうちょっと融通の利くヤツを送れよな、魔法ギルド。

「マリナ様、よろしいですかね?」

「よしなに」

 と、マリナ様は強張った顔で頷く。

 奥の部屋はシオン教授の仮眠室だ。ベッドと机、それに本などが並べられていた。雑然とした様子は実に研究者らしい。

「あ、椅子はそっちなんでとうぞ」

 オッサンの使ったベッドには腰かけたくはあるまい。鍵を閉める音がやけに大きく響いた。

 俺はベッドに腰掛ける。

『脅してエロいことするような雰囲気だな』

 失礼な。

 そういうの苦手なんだよ。

「さてと、それじゃあまずは、キミのお姉さんのことから話そう」

「姉を、知っているのですか」

 この分じゃあ漫才師になっているとは知らないようだ。

 どうなんだろう。いや、何も話さないでおくか。後はギルドにお任せしとこう。

 掻い摘んで説明をして、狙われていてお家騒動だよ、ということを強調しておく。実際のところ、重要なのはマドレ侯爵が何を狙っているかだ。

「なんと、そんなことが」

「悪いな、俺もどうやって切り出そうか迷ってたんだよ。じろじろ見られたら気持ち悪いよな」

 苦笑いで言うと、マリナ様は目を落とした。

『嫌味を言ってやるなよ』

「口が滑ったな。別にこれくらい痛いだけだし特になんともない。気にしてないよ」

 痛いっていっても死ぬほどじゃない。生きているんだから、痛みなんてただの信号だ。危険を伝える信号と割り切れば、ただ痛いだけでしかない。

『ちょっと普通じゃないぜ』

 そうかなあ。

「父が子を為せないのは本当ですが、姉様あねさまを連れ戻すことはないと思います。わたしがいますから」

「女の子で跡継ぎがどうとかじゃないの」

「養子でもなんでも、なんとでもなりますよ。親類から養子を入れて、結婚させて子供ができれば、その子を教育すればよいだけです。父もまだ五十ですから、一人前になるまで教育すればよいだけのこと」

 ドライかもしれないが、偉い貴族家となったらそんなもんか。

「親類で怪しいのは?」

「いない訳ではありませんけれど、それこそ今更のお話です。マドレの権勢を脅かすような内紛は不利益しかありません。その不利益を呑むほどの益荒男はマドレ一門には見当たりませんし」

「うーん、振り出しに戻るか。怪しいのは暴力ギルドだよなあ」

 彼らだけが目的が分からない。

 依頼人を捕まえて吐かせるのが一番いいかもしれない。

「姉様を戻してもできることなど、わたくしを放逐するくらいですから」

「なんか得は?」

 ミス・マドレは悲しげに笑んでみせた。

 炯々けいけいと、瞳に輝きがある。魅力的で、どこか危うい。

「呪われたマドレの血でしょうか。婿養子である父上もまた、わたくしとは会いたくないはずです」

 偉い貴族家なんだから、そりゃあ色々ある。

「家庭事情ってのはだいたい複雑だよな。とりあえず、ご実家は色々と妙なことになってるそうだし、信頼できる人は?」

「家令と、リューリちゃんがいます」

「ヤバそうだと思ったら生活安全、薬剤、魔法、それから芸能ギルドもか、力になってくれるはずだよ。あ、俺は生活安全な」

「はい、痛み入ります。リューリちゃんには、お仕置きしなくちゃ」

 妙に艶っぽく言うマリナ様。

 あれ、もしかしてそっちか。

 ここに来るまでも手を握ってたし、ええー、そっちかー。やっぱり姫騎士が天使だったよ。

『姫騎士に天使は属性盛りすぎじゃね?』

 まだまだいけるんじゃないか。

 性癖はビビるのも結構あるしな。

「ありがとう。助かったよ。お仕置きはほどほどにな」

「初めて話しましたけど、アラン様はとても紳士な方ね」

「お兄ちゃんに女は殴るなって言われてるんでね。正直言ったら、泣かせてやろうくらいは考えたけどな」

「いい声で、啼くのよ」

「マリナ様、けっこう怖いなあ」

「うふふ、お友達になりたいわ。これからもアラン様とお呼びしていいかしら」

「お好きにどうぞ」

 アーちゃんとか呼んでいいぞ。多分、二日目で嫌になって三日目で慣れる。

「ねえ、生活安全ギルドにお仕事を頼む時は、アラン様を指名してもよろしいのかしら?」

「正式に所属してる訳じゃなくて会員扱いなんだけどなぁ。ガラル氏って人がいるからさ、担当の人に言ってくれたらセットで俺がついてくる感じだろうな」

 俺はおまけだ。

「では、以後はお友達ということでお願い致しますわね」

「もちろん、女友達は歓迎さ」

 俺みたいな昭和生まれは、男女の友情を信じてないけどね。

 挨拶をして、マリナ様と別れた。

 リューリちゃんとマリナ様は親密な様子で、行き過ぎたスキンシップをしていそうだ。俺の目が汚れているだけなのか、はっきり聞けるほどの根性は無い。

『で、どういうこと』

 聞いてたんじゃなかったのかよ。

『途中で飽きた。お前らのそういうの興味ない』

 ゴンさんは人間のつまらない陰謀に興味なんて無いみたいだ。そりゃそうだ。俺も魚については味にしか興味が無い。

『コアな海の話、聞く?』

 興味ねえなあ。

 今のはゴンさんにとって、人間という動物のコアな話だった訳だ。そりゃ興味ないわ。





 下宿に帰ったら、姫騎士さんがドアが開く音にも気づかず書き物をしていた。

 声をかけようとして、鬼気迫る様子で羽ペンを走らせる姿にやめておくことにする。

 俺は外に出て屋台で酒と食べ物を買ってきて、出直した。

 自分の部屋に出直すというのも妙な話だ。

「お疲れ様、姫騎士さん」

「あ、おかえりなさい。どうしたんですかっ、その怪我」

「ちょっと階段で転んでね。見た目ほどひどくないよ」

 でも、薬が切れだしてきてる。ちょっとずつ体が痛くなってきた。

「そんな、大怪我してるのに」

 女にやられたなんて、情けなくて言えるかよ。

 あ、差し歯造らないと。歯抜けは間抜けだ。

「ご飯買ってきたし、食べませんか」

「え、あ、はい。テーブル出しますね」

「頼みます」

 すっかり片付いた部屋に何があるかなんて、姫騎士の方が詳しい。なんだか笑いそうになった。

『いい子なんじゃね?』

 俺もびっくりしてるよ。ヒロインっぽいよ。

 一緒に焼きそばとパンを食べる。焼きそばをパンに挟んで食うと美味い。ソース味じゃないのが寂しいけど。

『野菜食えよ』

「サラダも買ってるよ」

 毎日サラダを食べることにしてる。

 口の中が染みる。剥き出しの歯茎に食べ物が挟まるのは妙な感触で、歳とって歯がなくなったら大変だなあと思う。

「姫騎士さん、なに書いてたんですか」

「台本です。上手くいかなくて」

「お笑い、ほんと好きなんですね」

 姫騎士様は照れ臭そうに笑む。あれ、可愛いんじゃないの。よく考えたら一緒の部屋なんだよな。

 酒のんで寝ないと変なことになりそう。

「好きなんです」

「えっ」

「漫才ってほんと楽しくて、漫談も小噺も、本当に、楽しくて楽しくて……。変ですよね」

「いやあ、女芸人って、あ、こっちじゃいないか」

 俺は友×さんが好きだった。

 あのすげぇ芸達者さが好きで、いつもテレビで見てたな。

「私以外にも、女性のお笑い芸人がいるんですかっ」

 凄い食いつきだ。

 どう答えてもよいのやら。お笑いのこととなると人が変わる姫騎士に、前世と転生のことを話すハメになった。

「えっと、そういうの天道教とかに言ったら大変なことになるんで、あと、神様のこともちょっとマズいですから」

「あ、うん、今後気をつけます」

「それで、どんな芸人さんが異世界にはいたんですか」

 それからは、俺が好きだった、ダ××タウ×のごっ××え×感じの話になった。

 神がかった漫才師であるお二人の古い冠番組で、そこにあるコントは本当に最高だった。笑いたくなった時はDVDを借りてきたほどだ。

 ショートコントは頭に張り付いている。

 話し始めると姫騎士は真面目な顔付きになり、ノートをとってきて書付を始めた。

「あの、それって、最初にタイトルでそれから役として始まるんですよね」

「あ、そうだけど」

 といった具合だ。

『見てえ。それすげえ見てえよ』

 俺もだ。すっげえ見たい。でも異世界にTS●T●●AもGE●も無い。

 姫騎士の質問は、その時のセットだとか背景の美術に至るまで微に入り細に入り、食事の後の話は三時間に及んだ。

 俺は体が痛いのを我慢して、話した。

 こういう天才的な人たちが好きだ。

 俺には無い情熱と力を間近で感じられる。とても、それは尊い。残りカスのような俺とは違う。

 俺の大好きなコントの話をしていたら、体がいうことを聞かなくなった。

 姫騎士が何か言っているが、よく分からない。心配しないでいい。どうせ、こんなもんじゃ死なない。なんとでもなるさ。




 翌日、姫騎士とガラル氏に怒られた。

 あばらは折れていたらしい。

 熱が出て、俺はベッドで横になっている。

 姫騎士様が看病してくれる。

 俺はいつもの悪夢の酷いヤツに襲われて、跳ね起きようとしてしまう。

 姫騎士の手は温かくて、俺は出て行けと喚きちらしてしまって。

 それでも、彼女は俺の手を握ってくれた。

 悪い男に騙されるタイプだから、そういうのほんとやめようよ。

『お前、……不器用なヤツだな』

 そんなことないよ。

 俺は小器用に生きる中年のテクを持って転生したのさ。

 ああ、なんだか頭の中がまとまらない。

 次に起きた時は、熱が下がってたらいいな。

 そうしたら、あたたかい手を放せる。

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