第6話 なんの意味もないクソみたいな閑話
サジャは進まない仕事に苛立ちながら、手をこまねいていた。
芸人の女を親元に連れ戻す。
多少は荒っぽくしてもいい。その程度の仕事のはずだった。
蓋を開けてみれば、関わって来たのは黄泉歩きのガラルに、辺境のドーレン伯爵家の次男坊だ。
「なんだってのよ」
酒場で頭を抱えているというのに、手下のチンピラたちは昼間から酒を飲んで騒いでいるばかり。これなら一人でやるほうがマシだ。
サジャは口元にシニカルな笑みを張り付けて、芸能ギルドから配達されたチラシと警告文に頭を痛めている。
間違いで届いたように見える手紙には、遠まわしに舐めたマネしやがったら殺すぞ、という脅しがあった。
「兄貴ぃ、また届け物ですぜ」
「なによ、はやく持ってきなさい」
チンピラが持ってきたのは、大きな薬箱だ。
開けてみれば、鼠殺しのための薬が一袋だけ入っていた。これは、薬剤ギルドからの脅しだ。
「なんでこんなことに」
ギルドはたくさんあるが、どれも全てヤバい。
一つを敵に回すなら、その界隈で仕事ができなくなるだけで済む。しかし、複数となると、命が危ない。
「またっすよ、また。今度は魔法ギルドからです」
サジャは恐る恐る、包みを開けた。
「も、もうヤダ」
中身は魔女の干し首だ。
邪悪な魔法使いとして処刑された者は罪に応じて埋葬されず、死後を穢される。干し首にされるのは最も罪の重い魔女だ。
意味は言わずともがな。
「ちょっと、誰でもいいからミスター・キューを呼んで」
これはもう無理かもしれない。
潮時かな、と考えた時に背筋に悪寒が走った。
座っていた止まり木から飛び退り、騎士剣に手をかける。
不思議そうに見ていたチンピラの右足が、膝下で切断された。
「ぎゃあああああ」
身を低くした影が走る。
それが人だと誰が思えようか。影のごとき者は、ゆらゆらと揺れ動くように縦横無尽に駆けまわる。
その度に悲鳴と血の華が咲く。
「黄泉歩き……」
サジャは騎士剣を抜いた。
仲間であるチンピラたち、総勢十名の全てが体の一部を切断されて泣き叫んでいる。
一瞬で酒場は地獄と化した。
「ほほほ、たしかサジャといっておりましたなあ」
影は立ち止まり、ようやく人の形になった。
黒地に赤いラインの入った全身を覆うローブは、生物のようにガラルの身体に張り付き、その両手にある短剣にもまた鋼だというのに血管のようなものが走って脈動している。
「あの時、引いたってのに殴り込み? ちょっと仁義が通らないんじゃないの」
「くふ、ふふふ、こちらも仕事でして。儲かるものではありませんが」
サジャは騎士剣を地摺りで構えた。
「アタシの首が欲しいってぇ?」
「いやはや、誰も殺すつもりはありません。トーレンの次男坊、アラン坊ちゃんは殺しが嫌いな
「もう、この仕事は引くわ。だから、やめにしない?」
サジャにとって、ガラルはやり合うのに大きすぎるリスクのある相手だ。やれば、どちらかが死ぬ。こちらに死ぬつもりがなくとも。
「それだと私が面白くない」
一瞬で距離をつめたガラルの短剣を、サジャは騎士剣で止めた。蹴りを放てば、空を蹴った感触だ。当たっているというのに実体がない。
それはそれで、やりようはある。
「いぃぃぃやぁぁぁぁ」
普段のサジャからは信じられないほどの気合の声。
振るった横凪ぎの一撃は、ガラルの影を斬った。
黒い塵のようなものが、血の代わりに弾けた。
「くひ、ひひひ、私に傷をつけるか」
喜色満面。きっと、仮面の下はそうなっているのだろう。
実際に、ガラル氏は長い年月に渡り出会えなかった、自らを殺し得る存在に歓喜を覚えていた。
「今なら、見逃してあげるわよ」
サジャは言いつつ、刺繍入りの服に魔力を流す。スカヨ様式の衣服はとんでもなく派手で、竜や虎、髑髏の刺繍が伝統的に採り入れられている。
龍の絡みつく髑髏の刺繍に魔力を通せば、それは背中を守る護鬼となり顕現する。これぞ、スカヨの地に伝わる纏い鬼の術。
「ひひっ、きひひひ、アラン坊ちゃんには感謝せねば。得難き友を得た。この私にたくさんの歓喜を運んで下さる。サジャよ、ここからは死合としましょうぞ」
「やりたくないのに無理矢理するんでしょ? 情熱的で素敵。だから、応えてあ・げ・る」
サジャは腰を落として待ちの構えに入った。
次の一太刀、外れれば終わり。ならば、当てるのみ。幸いなことに、無駄話のおかげで必殺の準備は完了できた。
互いの鬼気が膨れ上がる。
命の分かれ目、勝負の刻。
ガラルは背後に下がった。遠く、互いの間合いの外だ。
「サジャ殿、済まぬな。坊ちゃんになんぞあったようですので、失礼させて頂く」
「待て、逃げるかッ」
何年も出していなかった男の声が出る。
「ふむ、少々熱くなってしまったようですな。サジャ殿、姫騎士はシスティナという姉の方です。マリナとは七つ下の妹。ハメられているか確認したほうが良いですぞ」
「どういうことよっ」
「ほほほ、遊んで貰った御礼にございます。ゴン様よりの声も届きましたしな。続きは、いずれまた」
ガラルは影と化した。
恐るべき速度で走り、姿を消した。
「ああっ、もう。潮時だわ」
依頼人をぶっ殺して帝都から逃げよう。
ハメられそうになっていたことは、それぞれのギルドが証言してくれる。
問題があるとしたら、依頼人のミスターキューもまたどことなく怪物めいていることであることだろう。
「やってらんないわ」
流れ流れて傾奇者。
いつ死んでもいいと思っているけれど、殺されるのは真っ平御免。
サジャは剣を鞘に納め、依頼人を問い詰めることから始めることに決めた。
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