第4話 姫騎士とオークの仁義なき戦い

 ほとんど寝ずに学校へ行って、席についてから俺の身体が酒臭いことに気付く。

 にんにくを食べた後の口臭。さらに、狭い部屋で姫騎士のシスティナと仮眠をとっていたので、香水の匂いまで染み付いている。

 うわぁ、これすげえヤだなあ。

 評判悪くなれといわんばかりのステータスだ。

 あと、仮眠はエロい意味ではない。普通に仮眠だ。

「ミス・マドレ、おはよう」

「……」

 うん、いつも通りだな。

 ミス・マドレことマリナ・マドレと姫騎士システィナは似ていない。親戚と言われたらそんな気がするという程度だ。

 正室と側室、タイプ別で選びたいという気持ちは分かる。

 ゴンさんは姫騎士に任せた。

 ゴンさんは、『プライベートを見守りたい』と気持ちの悪いことを言っていた。

 突然ワカメや魚を吐きだす木像だと注意はしておいたが、きっと分かってない。というか、俺も未だに分かってない。ほんとうもう、なんなのアイツ。

 ああ、席についたら眠気が。

 眠い、眠い、眠い。

 気が付くと昼になっていて驚く。

 誰か起こせよ。



 研究室に顔を出したら、研究員は誰もいない。

 シオン教授は窓際の御自身の机で、猛烈な勢いで羽ペンを動かして書き物の最中である。

 俺に気付いたシオン教授は、椅子が転がるほどの勢いで立ち上がり、いつもの五倍くらいイイ顔と早足で近づいてきた。

「アランくん、凄いことになったよ」

 すげえ鼻息だ。

「え、なんですか」

 にやりと笑った教授はなぜか牛の突進よろしく頭頂部を顔に近づけてくる。やめろ、加齢臭。

「なんですかそれ。新しいセクハラですか」

「見てみ。ボクの頭のてっぺん見てみ」

 指差しているところに、赤ちゃんみたいな柔らかい毛が生えている。

「なにこれ」

「毛が生えてきたんだよ。水栽培マンドラゴラの、収穫した後の水を被ったら、薄くなり始めてた頭に毛が生えたんだ」

「マジっすか」

「マジだ」

 満面の笑顔でシオン教授が両手を上げるから、気が付いたらハイタッチしていた。

「スゲー、マジスゲーよ」

「すごいだろう、すごいだろう」

 毛生え薬は人類の夢だ。

 前世でも、『希望的観測で効くかもしれない』程度のものが高値で取引されていた。

 もしも、確実に効果がある育毛剤があったら、そりゃもう育毛界のバイアグラとなっていたはずだ。

 ちなみに、電信柱に違法に張り付けられたバイアグラ広告を思い出してほしい。あんなもんでも、仕事にしたら結構な儲けがある。中身はでたらめの偽物か、本物を薄めて作った粗悪品のどちらかだ。どちらも、体には悪い。そんなこと子供でも分かるのに、あれはいい大人に売れるのだ。

 バイアグラの凄いところは、そんな偽物でも売れてしまうほどの効果の実証性と確実性にある。

「シオン教授、誰かにこの話、しました?」

「娘だけさ。まずはアランくんに教えようと思ってね」

 これ、バレたらヤバいな。

「教授、とりあえず魔法ギルドと薬剤ギルドに報告しましょう。秘密厳守で」

「ん、秘密厳守? 普通に論文を書いて渡そうと思ってたんだけど」

「いや、ダメです。マジで。俺が一緒にいくんで、まずは、お金ですけど誰がどれだけ出してるか、書類で見せて下さい」

「急に積極的になるなあ。成功したからってガッつくのはよくないよ」

 違うから、あんたのこと心配してるからやってるし。

 なんだかんだで、シオン教授のことは好きだ。善悪なんて関係ないっていう研究の怪物みたいとこが気に入っている。

「いや、あのね、そうじゃくて。とにかく一から説明します」

 掻い摘んだ説明をすると、金のなる木ほど危ないものはないということだ。

 前世でいやほど目にしてきた。ちょっとした金のなる木には色んな連中がやってくる。そして、呆れるほどの小さなスケールでも人死にが出ていた。

 確実に効くかもしれない毛生え薬が出来てしまったら、俺と教授の命くらい簡単に消し飛ぶ。

「ゴンさんと遊んでりゃよかったな」

 また妙なことになってきた。

 実家に帰りたい。でも、腹をくくったなんて言っちゃった手前、それもカッコ悪くて出来やしない。

 俺は見栄で破滅するタイプだ。




 疲れた。

 こんなに疲れる三時間は今生で初めてだ。

 最初に行ったのは生活安全ギルド。

 ガラル氏の仲間という扱いで、俺はもう身内っぽい空気になっている。ヤバい話だから偉い人を出せと言ったら、ガラル氏の担当であるヤバそうなヤツが来た。

 姫騎士様の話はガラル氏を通して入っていたため、その件と勘違いされて本当に偉いのが出てきてからは怒涛の展開だ。

 生活安全、魔法、薬剤、三つのギルドの偉いヤツらで大混乱の話し合いだ。



 教授は三ギルドが用意した護衛に囲まれて帰途につき、俺の前にはガラル氏が立っている。

「聞きましたぞ。坊ちゃんはすぐさま結果を出したご様子ですな」

「シオン教授がスーパー凄いだけですよ」

「ご謙遜を。ささ、姫騎士殿も今日の舞台を終えたところでしょう。迎えに参りましょう」

 酔漢たちで賑わう目抜き通りを行く。

 すっかり暗くなっていて、時間の進みが速すぎるように感じる。

 前世の中年時代の仕事はこんな感じだった。いやいや、今は少年だ。もっと子供らしいことがしたい。

「風俗いきたい」

「我慢なさいませ。今は姫騎士殿が重要でしょう。くふふ、それに面白いことも分かりましたし。食事でもしながらお話しましょう」

「じゃあ、姫騎士さん誘っていきましょうか」

「行こう」

「行こう」

 そういうことになった。



 昨日行ったのと同じ店にやって来た。

 お馴染みの三人と一つで顔を出せば、客たちが逃げるようにお勘定。というか逃げていく。

 店主は「帰ってくれ」と叫びたいところだろうが、ガラル氏を見たら黙るしかない。

 昨日の両手落としは最高にカッコイイシーンだった。あんなの見せられたら、黙るしかない。

「丁度いい席が空いていますな」

 壁際の席だ。袋小路で、襲われたら逃げられそうにない位置である。

「どういい席なんですか」

「悪漢がやって来ても、落ち着いて対処できます。中から入口がよく見えますからな」

 別名、背水の陣。

 すげえ、カッコイイけどちょっとイカレてる。でもそこがイイ。

『どうかしてるぜ』

 ゴンさんに言われてもなあ。

「ほほほ、ゴン様の言葉は面白い」

 ガラル氏はゴンさんを立てる。俺には皮肉まじりなのに、ゴンさんには優しいのがちょっと悔しい。

 姫騎士はゴンさんというのがこの木像だということは知っているが、喋ると言われても信じられないのだろう。ハードコアなヤツを見る目になっている。

 ああ、いい加減にして欲しい。でも、そんなに嫌いじゃない。

『ツンデレか』

「違うから」

 ゴンさんは話の腰をバキバキにへし折る。

 席について食事を頼み、今日は酒ではなく果実水を頼んだ。真面目な時はノンアルコールでなくちゃね。


 焼き魚とパンと魚スープ。そしてワカメサラダ。

 姫騎士システィナが言うには、ゴンさんは今日一日でワカメを樽一杯分くらいと、カサゴやアイナメなどの根魚を六匹出したそうだ。

 この場合はストーカー的なアレなのだろうか。罪深い魚介者である。

 材料持込みでの食事となった。

「かくかくしかじかで、俺はギルドで話し合いをしてきました」

 ガラル氏はパチパチと拍手をして誉めてくれる。

「流石は坊ちゃんですな。三ギルドは坊ちゃんを無視できない上に、生活安全ギルドでの地位も向上しました。くふふふ、暴力ギルドは今頃泡を食っているところでしょう」

「ガラルさんも色々やったんでしょ?」

 含み笑いを漏らすガラル氏。仮面の奥で笑うというのは本当にカッコイイ。

「まだまだですが、ある程度妙なところは目星をつけられました。サジャとやらはあの時『マリナ様』と姫騎士殿を呼んだのを覚えておいでですか?」

 あ、そういえばそんな気がする。※前話参照

「でも、マリナ様って」と、俺。

「妹様の御名前です……」

「もう少し調べないとなんともいえませんが、暴力ギルドもどう把握しているものか。あそこはアホの集まりでから、ただ単に間違えているという線もありますがね」

 言ってガラル氏は笑う。

 そんなことはないだろうなあ。

「七つも離れた妹と姉を間違えるって相当ですよ」

「……暴力ギルドの八割は想像を絶するアホで構成されておりますよ」

 確かに、前世のヤクザも相当なアホが大多数だった。前世では、盃をもらってから、兄貴分に九九を教えてもらっていたアホがいた。

「マリナ様の御名前を出すのは脅しだと思ってました」

 姫騎士も考え込む顔になった。

「坊ちゃん、マリナ様とやらの人となりは御存じで?」

「隣の席だけど、小柄で可愛いくらいしか知らない」

『使えないぼっち野郎め』

 ゴンさんは豊富な魚介類で家計を助けてくれるが、それは言い過ぎだ。

『ごめん。ちょっと調子のってた』

「いいよ。もう」

 ぼっちはぼっちであることを指摘されるのが一番傷つくのだ。

「え、何があったんですか」

 沈み込む俺を見て心配そうにする姫騎士。この人は絵に描いたような姫騎士スタイルなので、マリナ様とは体型も正反対だ。心までどうかは分からない。

「ゴンさんの心無い発言に、ちょっとね」

『悪かったから、悪かったから』

 もう気にしてないから。

「私も調べてみますので、あと数日お待ち下さい。朗報を御約束致しますよ」

 ガラル氏が強引に空気を変えてくれた。優しい。

「あのサジャっていうオネエは、暴力ギルドじゃどんな立ち位置なんですか」

 俺も話題を振って話を変えるぞ。

「アレは流れの傾奇者でした。頭もキレて腕も立ちますが、いささか切れ味が良すぎるとの評判。抜き身のカタナというヤツですよ」

 この世界では昔からよく使われる表現である。東方の魔剣カタナは騎士剣よりよく切れる。見た目も美しい。

 本当に良い刀は鞘に収まっているものだ。

「暴力ギルドの客分ですか。もったいねえことしてんなぁ」

 あんなにカッコイイのだ。そういう人は収まるべき場所に収まらないといけない。本人が悪いのか運が無いのか。鞘の無い人は意外に多い。

「坊ちゃんの目には適いましたか。妬けますなあ」

「またまた、悪い顔になってんじゃないですか」

 ガラル氏は暴力大好き人間だ。認める相手と戦いたいみたいな部分がある。

「ほほほ、見通されるとは、これは失敬しました」

『気持ち悪いなあ』

 ゴンさんが言うように、美学なんてものは傍から見たら気持ち悪いと相場が決まっている。

 そろそろ帰ろうかなという感じになった時に、またしても店のドアが乱暴に開かれた。

「たのもーうっ」

「お邪魔します」

 闖入者二人が同時に大声を張る。

 見やれば、緑色の肌をしたオーク種が二人、仁王立ちしている。二人ともしっかりとしたダブルのスーツを着ていて、片方はノッポ、片方は丸っこいぽっちゃりの対照的なコンビだ。

『敵か敵か。ぶっ殺せ』

 ガラル氏の雰囲気が変わった。

 ヤバいかな、これ。

「そこのお女中、巷で噂の漫才コンビ、姫騎士サバイバルの姫騎士殿とお見受けするっ」

「するっ」

 なんでちっちゃい方は「する」だけ言うんだ。息あってねえよ。

「な、何者ですか」

「俺たちは、西の上方芸能ギルド所属のどてらい兄弟、その名も『玉子サンド』だ」

 なにそれ。

 ガラル氏までもがあ然としている。

「た、玉子サンド。昨年の光道教奉納演芸大賞で最優秀賞を飾ったコンビっ」

 姫騎士のシスティナ様は雷でも落ちているかのような衝撃を受けている。

「帝都で人気の姫騎士サバイバルにフリースタイル大喜利を申し込みに参った」

「参った」

 なんだこれは。

『なんかすげえぞ』

 俺もそう思う。

「今はプライベートの時間です。そういうのは興行主と小屋を通してから言って下さい」

 よかった、姫騎士はやっぱり常識人だ。

「へへへ、さっき挨拶にいった時に、もらってきたぜ。これを見な」

「みなっ」

 言葉とは裏腹に、几帳面に折りたたまれた文を丁寧な手つきでノッポが差し出した。姫騎士も頭を下げて受け取る。

「来週の日曜日に舞台って急すぎますし、それに、これって、大喜利にわたしが負けたら上方の所属になるってどういうことですか」

「ふふん、俺たち上方勢は最強のお笑い軍団を結成して諸国を廻ってるのさ。あんたのネタ、正直すげえぜ」

「あ、凄く面白かったです。勉強になりました」

 ぽっちゃりはキャラを貫けよ。いや、芸には真面目なのか。好感が持てる。

『ぶはははははは』

 ゴンさんは大喜びだ。

「こんな強引な方法、帝都芸能ギルドが許しませんよ」

 あ、そんなギルドあったんだ。

「帝都芸能と俺たち上方勢の戦争なんだよ。何より、上方で産まれた古典『オークと美女』を全く新しくリメイクしたあんたは、お笑い界の台風の目ってところさ。契約書をよく見てみな。帝都さんも了承してるぜ」

 意味が分からない。

 なんなんだこいつらは。裏があるのか、それとも大真面目なのか。全く分からない。

「そ、そんな」

「挨拶代わりに、さっき小屋で一席やらしてもらった。感想はこいつに聞きな」

 と、ノッポが芝居がかった動作で背後にいたらしき男をこちらに突き飛ばす。

 なんとも芝居がかった動作で倒れたのは、姫騎士の相方であるオーガ種の男だ。

「すまねえ、あいつらの挑発にのって、大喜利をやって、負けちまった……」

 自信と誇りをへし折られたオーガ種は言うと泣き崩れてしまう。

「なんてことなの……」

「伝説のアッカシャー師匠の弟子も大したことねえな」

 ぽっちゃりが何か言おうとしたが、顔を上げてきっと睨みつける姫騎士の強い眼差しに止められた。

「この勝負、受けます」

 ノッポがにやりと笑う。

「その言葉が聞きたかった。契約書にサインしな」

「しなっ」

 姫騎士は差し出された羽ペンで契約書に名前を記す。本名のシスティナだ。

「次の舞台、楽しみにしてるぜ」

「来週、よろしくお願いします。それじゃ、失礼します」

 ぽっちゃりのキャラがつかめない。

 嵐のようにやってきた二人は、嵐のように去っていった。

「ごめんなさいお二人とも、こんな大変な時に」

 ちょっと状況の整理が追いつかない。

 芸能ギルドもここに加わってしまうということだろうか。

「ガラルさん、これどういうことなの」

「……楽しみですね、舞台。噂の玉子サンドの舞台を帝都で見れるとは」

 あんたもそっちか。

『すっげえな。来週まで待てないぜ』

 なんだこいつら。

 理解できてない俺がおかしいのか。

 考えることをやめて、焼酎のおかわりを頼んだ。少しだけ眠らせてくれ。


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