第3話 姫騎士暗黒伝

 よく分からないことになっている。

 血の後始末をしている店員さんたちを尻目に酒を飲み直すことになった。

 四人掛けのテーブル席に移動して、とりあえずはカンパイから始める。

「色々ありましたけど、お疲れ様です。とりあえずは、カンパイ」

「乾杯」

『ひーめきっし』

 ゴンさんもテーブルに置いてやった。しかも、姫騎士の対面だ。

 つまみは落花生の水煮と、ゴンさんの出したワカメサラダ。そして、テンションを上げるためにニンニクをきかせた肉と空芯菜の炒め物を頼んだ。

 生レバー食べたい。

 そういえば、いつの間にか食えなくなっていて、前世でも後年は食えなかったな。

「ガラルさん、生活安全のとこで水栽培に金出してるヤツがどんなのかって調べられますかね」

「……腕利きを紹介はできますが、坊ちゃんの身の安全を守るとなると、金貨を袋で用意しても足りませんな」

「友達料金でも?」

「友達料金で、ですよ」

 ガラル氏と俺の間に、なんとなく生ぬるい空気が漂った。

 面と向かって友達は、恥ずかしいじゃないか。

 なんとはなしに俺は照れてしまって、笑顔を造って落花生の水煮に手を伸ばす。柔らかくなった落花生は、ほろほろと崩れて、豆の味に僅かな甘さがある。

「ま、いざとなったら坊ちゃんのご実家を頼ればよろしい」

 ガラル氏も照れているのか、いつもより早口だ。焼酎をごくごくと飲み干す姿も、初めて見る。いつもは舐めるように呑む人なのだ。

『お前ら、たまにすげーキモいよな』

 ゴンさんは自分を棚に上げて批判してくる。そういうのじゃないから。でも、気持ち悪いのは認める。

「あの、わたしの話は」

 姫騎士さんは泣くのをやめて、はっきりと目を合わせて言った。

 しまった忘れていた。

「ふふ、元気が出たようですね」

 ガラル氏はわざとそういう空気を造った感を出して言うが、姫騎士を冷静にさせるために芝居を打った、なんてことは絶対に無い。

 ガラル氏は自分の手の届く範囲しか見ないし顧みない人だ。姫騎士は、まだ手の外だ。俺にとっても、ガラル氏にとっても。

「あの、さっきはありがとうございます」

『よきにはからえ』

 お前なんもしてないだろ。

『してるよ』

 嘘をつくな。

 俺とゴンさんの睨み合いに、姫騎士は怪訝な顔だ。ゴンさんは声を届かせる相手を選ぶ。そんなに好きなら、姫騎士にも届かせたらいいのに。

『それはニワカじゃね』

 心を読むのはやめて頂きたい。

「ふむ、ゴン様もなかなか。さて、姫騎士殿、あなたの芸は非常に優れていますが、鎧姿に剣ダコは舞台のためにできたものではないのでしょう?」

 おっと、シリアスな空気だ。

 ガラル氏が言うように、キャラ造りのために鍛えたにしては行き過ぎている。

「三年ほど前まで、女騎士としてろくんでおりました」

 禄は俸禄ほうろくのことで、国から給料を貰っていたという意味になる。庶民育ちから出る言葉ではない。

「なんか深い事情がありそうですけど、細かいトコはいいっスよ。血の雨は今後も降りそうですか?」

 チンピラと喧嘩しちまったのはちょっとなあ。

「坊ちゃん、今更逃げても同じこと。毒を食らわば皿までですぞ」

「ですよねぇ。さっきのカッコイイオネエのサジャって人、あれが消えたとこで次が来るだろうし。だったら、元からいかねえと」

 この世界は、魔物を狩るだけで日銭稼ぎができる。だから、いつも忘れそうになる。

「ほほほ、坊ちゃんはやはり面白い。戦われるおつもりですか。何の縁も無い女芸人のために」

「言わせたのガラルさんじゃないですか。ええー、それ酷くねえっスか」

「何をおっしゃいますか、私は事実を語ったまでのこと。根切りと言ったのは坊ちゃんでございましょうや」

 仮面で分からないけれど、友達の俺には分かる。

 ガラル氏はすごく楽しそう。きっと、友達と暴力で遊べるのが楽しいのだ。イカレてる。でも好き。

『ほんとキモいな、お前ら』

 ドン引きのゴンさんには申し訳ないが、こればっかりは仕方ない。

「ガラルさん、別に殴り込みかけて皆殺しとかじゃないんでもうちょっとテンション落として」

「え、やらないんですか」と、ガラル氏。

 残念そうに言われてもなあ。

「そんなエグいことしませんから」

 姫騎士を見やれば、案の定ドン引きだ。微笑みかけたら、ヒィッと小さく悲鳴を上げられた。

 ちっくしょう、モテたいぜ。女の子にちやほやされたい。

『それは無茶だろう』

 ゴンさんは、俺の夢想に対して常に無慈悲だ。

 そこに、肉と空芯菜の炒め物がやって来た。

 大皿をみんなで分けて食べる。美味い。

「おお、美味いですな」

「あ、これウマい。いいなあ、これ。あ、姫騎士さんも遠慮しないで、ウマいっすよこれ」

「……食欲がなくて」

 にんにくが入っているし、女性にはあまりよくないのだろう。

 焼酎はどんどん運ばれてくる。

 素焼きのぐい飲みでやると、ぐいぐい酔いが回る。

 おっと、あんまり酔っぱらうと話ができない。

 姫騎士に事情の説明を頼めば、焼酎を呑んで意を決した様子だ。時には流されるままでいい。俺も流されて生きている。



 わたしは三年前まで天道騎士団で女騎士を務めておりました。

 女騎士か修道女か、どらちかしか選べなくて進んだ道です。

 姓は捨てましたけれど、妾腹の長女ともなればそれは当然のことです。妹と、今ではそう呼ぶこともできないのですけど、七つ年下の妹は奥様のお子様でしたから。

 わたしが十二歳になるまで家にいられたのは旦那様のお情けだったのだと、今なら分かります。



 人ん家はだいたい複雑だ。

 俺の育ったドーレン家は序列がしっかりしていたので、そこまで妙なことにはならなかった。奥様と、側室の母上の仲もそこまで悪くないし。

 ましてや、父親を『旦那様』なんて呼んだら、俺がお兄ちゃんと父上にボコ殴りにされるだろう。

 お兄ちゃんはどうしているだろうか。

 息災でいてほしいものだ。



 旦那様に事故があり男を失ったとのお知らせで、……姫様は、妹様は御身体が弱いとのことで、わたしに家に戻るよう知らせが来たのです。

 母も流行病でなくなっておりましたし、わたしは戻るつもりはありませんでした。

 それに、見つけてしまったんです。



 言葉を区切った女騎士は顔を上げて、笑んだ、

 その瞳に涙がたまっている。

「あれは、忘れもしない十年前。わたしが騎士見習いだった少女のころです。訓練に疲れて逃げ出そうとしたあの日」

 そこで、感極まった姫騎士は言葉を区切った。

「ザルドンマ・アッカシャー師匠と出会いました。おひとりでの辻漫談には人だかりが出来ていて、爆笑に次ぐ爆笑、ドッカンドッカンの大うけ。あんなに辛くて、お母様も亡くなったばかりで死ぬことまで考えたのに、笑ったんです。わたし」

 なんだか話が変な方向に進んだ気がしたが、姫騎士は大真面目だ。

「逃げ出そうとしてたのに、ずっと漫談をきいてて、笑ってたんです。それで、自分でも分からないんですけど、逃げるのをやめました。今でも分からないんですけど……、笑ったら、ちょっとだけ力が出てきて、訓練所に戻りました」

「ちょっと分かるな」

 と、俺は少しだけ笑って言った。

 俺にも経験がある。なんの気なしに見たテレビで、ジ●―大×さんのドッキリが放送されていて、哀しみのズンドコにいたのにへらへら笑ってしまった。

 どうにもならない苦しみを一時だけでも消してくれるパワーが、笑いにはあるんだと思う。

『……続けよ』

 ゴンさんも、たまに空気を読む。

「アッカシャー師匠は何年か街にいて、その間にこっそり漫才を教えてもらいました。訓練で辛くて、泣きたい時に台本を書いて、溜まったら見せにいくんです」

 俺もガラル氏も、そしてゴンさんまでもが、姫騎士の話を止められなかった。 お笑いとの出会い編から師事編、さらに初舞台編まで、二時間に及ぶ壮大な青春物語である。

 聞き惚れてしまった。流石のトークちから。姫騎士は伊達じゃない。

 挟んでくる人情エピソードで涙ぐんだりしたが、気づく。

 今重要なのはそこじゃない。

「姫騎士さん、先が気になるんだけど、そこは端折って」

 俺の言葉に、ガラル氏も聞きこむ姿勢から居住まいを正した。

「あ、ええ、そうでしたね。わたしをお家に連れ戻そうとしている者たちがいるのです。きっと、旦那様の親戚筋だと思われます。それが嫌で、わたしは帝都に逃げ延びて、芸人として生きていたんです」

「なるほど」

 女騎士が芸人に。しかも、姫騎士なんて名乗るのは予想外だ。だいたいにおいて騎士というのは、『元』がついても騎士の名誉とやらを大切にしてしまうものである。

「ふむ、興味深い。しかし、見つかったということなのですな」と、ガラル氏が合いの手を入れる。

「はい、姫騎士ネタがうけたこともあって、昔の同僚に見られていたみたいなんです」

「それじゃあ、その親戚筋に話つけるしかないか。姫騎士さん、もう腹は括りましたんで、名前、家名をお願いします」

 あーあ、やっちゃった。

 腹なんて括ってないよ。

 結婚を決める時くらいの無謀さが出たよ。

 ヤクザの女に手を出す馬鹿というのは、だいたいこういう勢いで無謀なことをするのだ。全く成長してねえな、俺。

『アランのそういうとこ、嫌いじゃないぜ』

 ありがとう。

「システィナ・マドレと申します。以後、よしなにお願い致します」

 姫騎士も腹を括ったみたいだ、でもマドレっていうと……。

 貴族でマドレは一つしかない。

「くふ、ふふふ、これはギルドが悦びますな。坊ちゃん、このガラルに折衝は任せてくだされるか?」

「大人の話は大人に任せますけど、どうして俺がリーダーっぽい感じになってんですか」

「ふふ、適材適所でございますよ。裏を調べてみますので、姫騎士様は舞台にそのまま出てよろしい。お二人は……一緒にいらっしゃるとよい」

 え、どういうこと。

『ひーめきっし』

 空気読もうよ、ゴンさん。

「一緒って?」

「ドーレン伯爵家の次男坊とねんごろな仲であるとするのですよ。暴力ギルドでもすぐには動けますまい。面白くなって参りましたなぁ」

「いやいやいやいや、下宿住まいなの知ってますよね」

「人の目があって大変よろしい」

 どういうことだよ。また変な評判になるぞ、おい。

『ひーめきっし』

 うるせえ。

「坊ちゃんは研究に努めなされ。魔法ギルドに薬剤ギルド、良い囮になってくれるでしょう」

「え、ちょっと、そういうのやめようよ」

「ははは、大きな仕事ヤマになりそうです」

 俺は今夜がヤマだよ。

 姫騎士さんに助けを求めたら、彼女はほんのりと頬を赤らめた。

「あの、あれはネタで台本があってああいうこと言ってるだけで、……違いますから」

「そこは分かって頂きたかった」

 ああ、なんかもう色々と大変だ。

 明日から、学校でミス・マドレになんて言ったらいいのか。とはいえ、口も利いてくれない間柄なので変わらないんだけど。

 そろそろ朝日が昇る頃合いで、長い飲み会もお開きの時間なのだけど、俺はまだまだ今から飲みたい気持ちになった。

『あれか、ハーレムか』

 そういうの苦手なんでいいです。

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