昔々の物語

藤崎 白楡

広場にて


 ごきげんよう、聞こえますか。きっと聞こえていませんね。七の月十三日、もうすぐ十二の刻を告げる鐘が鳴り響きます。天気は快晴、昨日まで降り注いでいた憂鬱な雨が嘘の様です。太陽の光が頭の上にさんさんと降り注いでいてとても暑いけれど、時折肌を掠める風が冷たくて気持ちが良いです。今日は本当に良い日らしいです。

 私が今何処に居るのか。ヴィステール自然公園の中央広場、その更に真ん中の場所。少しだけ高い段差になっているので、もし君が此処に居たなら簡単に見つけられる事でしょう。まあ、そんな事は起こりえないのだろうけど。いえ、君に会いたくないと言えば嘘になりますが。今となっては如何しようも無い、全てはそういう運命だったという訳で。あ、運命って言葉は格好良いですよね。とっても好きなんです、私。――ああ、話が逸れました。ええと、他に何の話をしようか……そうだ、それなら思い出話を並べるとしましょう。この一瞬はかけがえの無い物ですから、ええ。


 君が私の目の前から居なくなって、何年もの時間が過ぎました。あれから景色はこんなに変わって、荒んでいた人々の心も前を向くようになってしまいました。こうして風景を眺めている今となっても尚、これは本当に現実なのかと疑いそうになってしまう程です。まるで、幻術でもかけられたかの様。最も、森の魔女からしたらこれもほんの一瞬の出来事なのでしょうけどね。何せ彼女は永遠を生きると言われているんですから。まあ、私は幻術を扱える魔術師でも無ければ永遠の命すら持っていないのですから。


 魔術師が人間よりも短い生涯を送る原因が、魔術を扱うが為に己の身体に取り込む自然の物質……「魔」そのものであるというのは何とも皮肉な事で。薬と毒は表裏一体だと何処かの商人が言っていましたが、それもまた避けられない何かであるのかもしれません。何れ魔術を使わず人間と同じように長い刻を生きる魔術師も出てくるのでしょうか? そうなった時、唯でさえ少ない一族である魔術師達は自分が魔術師である事すら忘れてしまいそう。少し前の人間達が聞いたら大いに喜んだ事でしょう。魔術を使えない人間が、魔術師を恐れるのは当然の事です。火術を使って街を燃やす事も、幻術を使って集団を自滅させる事だって、そうしようと考えれば容易いのですから。そんな事を考える魔術師なんてそうそう居ないんですけどね。後はまあ、そんな力を持った魔術師への嫉妬なんかもあったんじゃないでしょうか。私達より数が多く、長く生きられる種族というだけで誇りに思えば良い物を!!


 故に、人間は魔術師のせいにしたんですよね。人間の間で流行り、魔術師には大して影響の無い伝染病の原因だとして。魔術師を敵だと称して捕まえて、狩り尽していこうなんて。人間だと偽って隠れたとしても、告発や疑いには逃れられませんし。君が魔術師だというだけで捕まってしまうかもしれないと考えてしまって、私は夜も眠れませんでした。そんな事が起こって欲しくない、起こさせるもんか。その為に何だってしようと決意しました。そして、それはもうすぐ達成するんです。


 これからは魔術師と人間が手を取り合う時代。亜荒れ果てた大地も、憎しみも、不要な悲しみさえも、全て乗り越えて前へと進んで行くんです。同じ敵を見据えて共闘し、そして打ち勝った彼等ならきっと大丈夫。必ずや素晴らしい世界へと変わっていく筈でしょう。魔術師だからという理由で人間に捕まり処刑される、そんな時代はもう終わりです。これからの時代の中で、君が笑って、魔術師として生きて、理不尽な理由で人間に手を下される事が無い世界になっていくなんて、これ程幸福な事がありましょうか! その事を、その事だけを考えていた私は、もう何も思い残す事なんてありません。だって私は、君の事が好きなんですから。好きです、大好きです。何だってします。その結末がどうなったって。例え、全てを敵に回したとしても。

 例え、全てを敵に回したとしても。

 

 ああ、どうなったんでしたっけ。どれくらいの時が経ったんでしたっけ。君が人間に狙われない世界にする為には、魔術師が人間に狙われない世界にすれば良くて。人間の病の元凶が魔術師でないと世界に認識させれば良い訳で。魔術が使えない代わりの力、人間の間で密かに研究が進んでいた科学技術によって魔術師の調合した薬の成分を流して大量に作らせるとか、人間の死亡率を少しずつ下げていくとか。ああでも、それだけでは足りなくて。魔術師に対する根付いた考えを吹き飛ばす様なきっかけを作れば良くて。それから、それから――


 ある日、街に魔術師が訪れた。そこにいた人間は吹き飛んだ。

 ある日、村に魔術師が訪れた。そこにいた魔術師は燃えた。

 ある日、ある日、ある日、ある日。


 憎しみも悪意も絶望も、ひとまとめに向けて。


【世界を滅ぼそうとする悪い魔術師がひとり。人間に病気を流行らせて、それによって魔術師を滅ぼさせて、生き残った物は最後に手を掛ける。何もかも喰らい尽くす、絶望に染める悪い魔術師がいる】


『どうして、何故貴女はそんな事を』

『最初からそれが目的だったなんて』

『裏切ったなんて、何もかも騙して壊したなんて』


『人間も魔術師も関係無い。悪いのは全て彼奴だ』


 そうですね、君はもう私の隣にいない。前にも後ろにも、近くにすらいない。それは私がそのように動いたから。悪い魔術師を討つべく立ち上がった君は本当に格好良かった。同じ敵を見出した魔術師も、人間も、真っ直ぐで美しかった――違う。魔術師とか人間とか、本当はどうだって良かった。君がいれば、君さえいてくれればそれで良いのです。そうして、此処まで来たんです。寂しくないと言えば嘘になるけれど、君の事を想うのなら大した問題ではありません。それだけです。それだけで、それだけで、それだけで――


 ――ああ、もうすぐ鐘が鳴る。全ての元凶を捕らえた後の、新しい世界への第一歩が始まる。私は此処にいて、広場の真ん中に括り付けられていて、光る鉄が落ちてくるのを待っている。誰にも届きやしない思考はぐるぐると廻り、私がまだ存在している事を嫌でも思い出させる。走馬灯とラブレターをごちゃ混ぜにして、空を眺めるのです。私の願い、君が人間に怖い襲われない幸せな助けて世界を作る事動けないが叶うなんて凄く嬉しくてあの頃に戻りたい私はどうにだって鐘が鳴っているなれるのですだから君よ生きて生きたい幸せになって空が青い私を忘れて忘れないで、愛していま


 


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