おわりに

エピローグ

 世界がどうやって修復されたのか、僕は知らない。

 こんなにも大掛かりな天変地異を巻き起こしておいて、神様も身勝手なものであると思う。結局は何も解らず仕舞いで、チェス盤をひっくり返したかのように事態は終息した。

 簡単なことである。

 感極まって浮舟とキスしようとしたら、唐突に意識が飛んだのだ。彼女は目を閉じていて、もう少しで唇が触れるところだったというのに、まったく余計なことをしてくれる。最後まで曖昧模糊で格好のつかない物語は、しかしその暗転によって幕を下ろした。

「ふざけるな!」と叫んで目を開いたら、僕の頭は何やら温かいものの上に載っかっていた。眼球が浮舟の顔を見上げていることを理解して、ああそうか膝枕をされているのだと把握した。世界で十三番目くらいに幸福な状態である。それで泣く泣く溜飲を下げるも、僕はバレバレの狸寝入りを決め込んで彼女の唇を待った。なんとでも言え。僕は神が憎いのだ。

「寝た振りですか?」

「…」

「何を期待してるんだか知りませんが、起きたなら早く退いてください。結構重たいんですよ、あなたの頭」

「僕は白雪姫だよ。起こしたければ、解っているね?」

「解りません。叩き起こしますよ?」

 にべもない。無愛想で、だけど倒れてる僕に膝を貸してくれるのだ。

 そうだ、それが彼女という人間だろう。

 そう思った途端に気分が良くなってしまって、僕はガバッと起き上がる。そこで目に映るものが尽く正常に戻っていたのに驚くが、声を上げる前に浮舟が呟いた。

「もう大丈夫みたいです。この世界も、みんなも」

「そうか…」

 公園にも道路にも、勿忘草など一輪だって咲いておらず、いたって普通に車や人が行き交っている。それはまさに、当たり前の日常風景だった。

「それにしても、いったい何だったんでしょうね、あれは」

「解らない。神様の気まぐれとでも言うしかないね」

「でも私、とっても大事なものを取り戻せたような気がします」

「奇遇だね。僕もそう思っていたんだ」

 無理のないやり方で、浮舟が笑う。それは今までの彼女には見られなかった、なんだか成熟した笑顔だった。

「ところで、指切りの約束によれば、君は僕をしこたま打ちのめす権利を持っているみたいだけど、どうする?」

「…まあ、思い出してくれたから勘弁しといてあげます。次はありませんからね」

「ありがとう」

「はい、どういたしまして」

 蝉もすっかり復活して、茹だる空気を揺すりまくっている。ベンチは木陰になっているものの、やっぱり暑い。

 僕らは顔を見合わせると、立ち上がった。

「さぁて、夏休みだよ浮舟」

「ええ。楽しみですね」

「とりあえず晴樹の家にでも押しかけてみよう。夏休みの計画を立てるんだ。あ、ハルも呼んでくれる?」

「もちろんです」

 歩き出す僕らの耳元で、小さく問う声がする。

 もーいーかい。

 不思議な錯覚に、奇跡的な偶然によって僕らは同時に答えた。

「もーいーよ」

 青い春が咲いて、夏が来る。


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忘る勿れと青、春に咲いて 不朽林檎 @forget_me_not

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