初い恋
恋愛というものが繁殖のプロセスであって、そもそもの初めから遺伝子にプログラムされている行動パターンなのだとすれば、性成熟の前に起こる心臓の痛みを初恋と呼ぶことは些か科学的正当性に欠けるものだと思われます。
でも、だとしたらアレをなんと呼べばいいのか、私には見当つきません。
だから私は甘んじて、初恋という日本語の定義に科学的解釈を加えないまま使うことにしています。
私の初恋は、小学二年生の頃でした。
世界に一人ぼっちであるような気がしていた、あの夕方のこと。すなわち、彼が私を見つけてくれた時のこと。
キザでナルシストで、だけど根っこのところで優しい男の子に出会った、あの瞬間、私は初恋をすでに体験していたように思います。
人一倍シャイだった私には女の子の友達を作ることも難しく、いわんや男の子と仲良くすることなど至難の業でした。教室では一人きりでいることが多く、みんなに好かれようとする余裕なんて毛の先一寸ほども無く、ただただ嫌われないようにとばかり必死になって過ごす毎日でした。
しかしそんな私にも、話しかけてくれる子がちらほらとありました。どことなく遠巻きながら、私を受け容れようとしていました。
だからきっと、悪いのは私の方なのだと思います。
気弱なばかりではなく、私は素直になる方法を知らなかったのでした。
仲間に入れて、と、ひとこと言えば良いだけのことが、私にはどうしても上手くやれず、だから彼女らの方も遠慮なく話しかけられないようです。具体的にはどんなふうだったかと言えば、学校においては仲良くしてくれる一方で、放課後の集いに誘われることがない、といった具合でした。男の子で言えば秘密基地に連れていってくれない、みたいな感じでしょうか。
そんなふうでしたので、あの日は特別だったといえます。
珍しく、遊びの誘いが私のところまでやってきたのです。日頃は話さない男の子たちも混じっていて、みんなでかくれんぼをやることになりました。
最初はグーで始まったジャンケンを私は比較的早い段階で勝ち抜け、鬼という大役を免れることができました。
そろそろと、公園の周りに植えてあった
けれども、終ぞ私が見つけられることはありませんでした。
かくれんぼがお開きになってから一足遅れて、私は自分が忘れ去られたことに気がつきました。そっと茂みから這い出ると、すでにみんなは公園を出ようとしているところでした。
臆病な私には怒るということも滅多にないのですが、流石にこの時ばかりは腹が立ちました。とても苛烈な悪意を受けている気がしたのです。
駆けて、私は駆けてみんなの所へ追いつくと、自分でも吃驚するような大声で怒鳴りました。
ところが、振り返る子は一人としてありませんでした。
私は躍起になって喚きました。
それでもなお、誰一人として反応することはありません。まるで私が見えていないかの如き、見事な無視でした。
堪らなくなって、再び駆けだしました。真っ直ぐに家を目指します。
息を切らしながらたどり着いた玄関先で、私は立ち止まり、目から何かが零れ落ちそうになるのをグッと堪えました。油断するとそこから動けなくなってしまいそうで、震えるくらい体に力が入っていたのを憶えています。
呼吸も落ち着いてきた頃、ようやっとドアを引き開けました。
「ただいま」
しょげた声で呟きながら、靴を脱いで上がります。
そうしてリビングを覗き込んだ時、なぜだか花の甘い香りがして、私は動けなくなってしまいました。
──そこに居たのは、ソファに座り込んでテレビを眺める私自身でした。
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