恋愛小説みたいなのを書いてみた

叢雲ルカ

1

 夜。都内某所にあるボロアパートの一室。

 主人公の名前は椎名美穂。年齢24才。職業一応小説家。売れていないのだ。フリーライター、縮めてフリーターと名乗った方が、早い位、ライターの仕事はなく、アルバイトで生計を立てていた。

 小説の原稿の隣にある写真集を見ている。

「ああ、やっぱり紫苑さんはかこいいな」

 紫苑と呼ばれるモデルを見て興奮している。

 切れ長で釣り上がった目、鼻が高くスッと鼻筋が通っており、端正な顔つきだが、何処か、人を近づき難い冷たい雰囲気を持つイケメン。それが紫苑だった。

 紫苑。26才。一応独身らしい。らしいは、公式発表がないだけで、結婚していても可笑しくないと美穂は思っていたし、少なくとも彼女の気配はあった。

「この作詞もいいし。才能があって羨ましいな」

 紫苑は作詞業の傍らで、モデルの仕事をしているのだ。

「紫苑さん。うーん。やっぱり紫苑様の方がいいのかな?」

 部屋の周りには、その紫苑のポスターも貼ってある。

「ああ、紫苑様に会いたい。ああ、でも、会ってどうしよう」

 あれやこれやと、妄想を繰り広げている。彼女は完全に紫苑の信者である。

「会った所で、私なんか、話し相手にすらならないよね。私も、何話せばいいか分からないし、勝手に命の恩人だと思っています。大好きです!! なんて、凄い重たい女じゃん。ダメ、重い女は嫌われる」

 会った事もないのに、そんな妄想まで繰り出す。

 そうでなければ、椎名美穂の小説は出来上がらないだろう。

 椎名美穂は正真正銘の中二病患者だった。


 次の日、平日の朝。

「はあはあ……」

 美穂はため息をしながら、都内某所を歩いている。

 早歩きで。少し急いでいるのだ。

 昨日、緊張をほぐす為、ずっと、紫苑の事を考え、逆に興奮し眠れなくなったのだ。

 近道で公園を突き抜けようとして、足を止める。

 ベンチに、イケメンが座っていたからだ。しかも、美穂好みの。

 そういう話しではなく。美穂が勝手に命の恩人と思っている有名人だった。そう紫苑だ。

 優雅にベンチで文庫本を読んでいる。

 美穂にとって、それはとても絵になっていた。

「し、紫苑さん! ですか?」

 興奮して、声が少し裏返っていた。

「そうだけど」

 紫苑は文庫本を閉じて、美穂を見る。

「本当にいたんだ!」

「いや、いるから、写真集も出てるし」

 紫苑は苦笑いをして答える。

「あっ、確かに。あのーサイン下さい!」

 と、美穂は抱えて持っていた原稿を渡す。

「いや、流石にそれは不味いんじゃない?」

「でも、他にないし、これでいいです」

「俺が困るからね」

「じゃあ、私を思いっきり罵って下さい」

 美穂は土下座して頼む。

「もっと困るからね!」

 紫苑は声を上げて断った。

「まずは顔を上げて、君、名前は?」

「椎名美穂です」

「んじゃあ、美穂さん。なんでそこまでのことするの?」

「だって、私、紫苑さんの事を命の恩人だって、勝手に思っていて、あっ、間違って欲しくないのは、そんな人は紫苑さん以外にいないし、紫苑さんだから、そう思っているんです」

「俺だから?」

「はい。私、小説家になりたいと思っていて、でも、才能ないし、才能ない自分が大嫌いで死のうとまで考えていました。でも、そんな時、紫苑さんの書いた詞に勇気づけられ、紫苑さんのカッコいいお姿を見て、ああ、私、この人の為に生きていたいって、初めて思ったんです」

「それで、そんな事を言ったの?」

「はい……」

「そっか、ありがとう」

 紫苑は満面の笑みで、笑った。

「はっ」

 美穂の顔が爆発して、煙が出てきた。

「け、煙! 俺、なんかやったか?」

 紫苑は慌てて立ち上がり、持っていた文庫本を仰ぐ。

「だ、大丈夫か?」

「大丈夫です」

 美穂は真っ赤な顔をして俯いた。

「な、なら、いいんだけどよ」

 紫苑は、ベンチに座り直す。

「所で、急いでいたんじゃないのか?」

「あっ、もう、いいです。どうせ才能ないし、ボツにされるのが目に見えているので、それより、紫苑さんに会えた事の方が幸せです」

「そいつはダメだ。それは一部俺のせいで、美穂さんの才能を潰す事になるじゃないか」

「いや、でも、元々、才能がないのがいけないし」

「んで、諦めたら、終わりだってこと、俺が車出すから、乗れよ」

「でも、お忙しいんじゃ」

「平日の朝にこんな所で優雅に読書している奴の何処が忙しいんだよ。オフだ」

「はあ、そうですか……」

「ほら、行くぞ」

 180cmを超えた長身の紫苑は、女性の平均身長位の美穂の腕を引っ張り、連れて行った。



 出版社の前、紫苑の車で急いで、向かったら、意外と早く着いた。

 美穂は終始、緊張し、顔を赤くし時折、頭を爆発させ、紫苑を驚かせていた。

「本当にありがとうございます」

「いいよ。別に、俺も暇だった訳だし」

「あ、あのー、改めて、サイン下さい!」

 今度は色紙とサインペンを渡し、頭を下げる。

「いつ準備したの?」

 少し驚いている。

「紫苑さんが車を出している間に、コンビニがありましたので」

(素早い)

 紫苑は飽きれつつ受け取り、サインを書く。

「そんなに俺がいいの?」

「はい!」

「そっか」

 真っ直ぐ美穂は紫苑を見て答えた。

 紫苑はそれを見て、微かに笑い、書き上げた色紙を渡す。

「じゃあ、頑張ること。俺はそんな美穂さんが好きだからね。じゃっ」

 紫苑は車に乗り、走らせた。

「あ、ありがとうございます。って、はう……」

 紫苑の『好き』と言う言葉に過剰反応し、美穂の顔は爆発した。



 それから二年後。

 都内某所の大型書店。

 椎名美穂は、椎名しほとして、作家として少しずつ忙しくなっている所だった。

 今日は、新刊のサイン会である。

「ありがとうございます」

 美穂は馴れない手つきで、一生懸命サインを書く。

 これでも、練習した。徹夜で。

 営業スマイルをしながら、本を丁寧に渡していた。


 紫苑もその大型書店にいた。

「サイン会か。椎名しほ。へー、一冊買うか」

 仕事帰りの紫苑もそのまま、サイン会に足を運んだ。


「ありがとうございます。次の方」

 紫苑が美穂の前に立つ。

「お願いします」

 紫苑が本を渡す。

「あっ、ありがとうございます。って、紫苑さん!」

 美穂が驚き立ち上がる。

「あっ、サイン下さい」

 紫苑が差し出した本を逆にして、持っていたサインペンと一緒に渡す。

「いや、今は俺が美穂さんに求めていたんだけど」

「あっ、う、うん」

 美穂は渋々座って、サインを書く。

「紫苑さんの方が、価値あるのに」

 独り言を言う。

 二年間で、美穂はようやく小説家として芽が出てきたが、紫苑はもっと先を進んでいた。作詞だけでなく最近は作曲も行っていた。多才な紫苑はスター街道と言う物を、紫苑を歩んでいる。

「そう言う問題じゃなくてね」

 苦笑いをする。

「所で、変装しなくて大丈夫ですか?」

「大丈夫だよ。サングラスかけているし」

「そう言う問題では……」

「それに、今、そんなに、露出してないからね。ほら、モデルって、後からすぐにいい人材がやってくるでしょう? すぐ俺を抜く奴もいるし」

「私は、今でも紫苑さんが素敵だと思ってます!」

「ありがとう。しかし、久しぶりだね。元気にしてた?」

「はい」

「夢が叶って良かったね」

「いえ、私なんかまだまだです」

「そう、でも、昔より、いい笑顔だよ」

「ありがとうございます。はう……」

 美穂の顔が爆発して、煙が出る。

「それも、相変わらずだね」

 紫苑は笑った。

「じゃ、終わった頃に又来るから、頑張って」

 紫苑は本を受け取り、美穂から離れた。

「はっ、はい。ありがとうございます。って」

 美穂はサイン会が終わるまで、顔を赤くしていた。


 一時間後。

 美穂は片付けをしていた。

「やあ、美穂さん」

「紫苑さん」

「大丈夫。なんか、疲れているみたいだけど」

「だって」

「だって?」

「紫苑さんが、来るって言うから!」

「それで?」

「はい……お世話になりました」

 片付けを素早く済ませ、店を出る。

「本当に、美穂さんは俺が好きなんだな」

 二人は並んで、繁華街を歩く。

「はい!」

「嬉しいよ。やって来た甲斐がある。ねえ、美穂さん」

「なんですか」

「そんな俺と付き合わない?」

「はい!」

「ダメか?」

「あっ、ダメって、言うか」

「急だったから? 俺が嘘を付いていると思っているの?」

「いえ、そんな話しじゃなく」

 美穂は足を止める。

「彼氏いるの?」

「いません。それ言ったら、紫苑さんだって」

「俺もいない。と、言うか最近、別れたばっかだし」

「でも、だからって、急に私と付き合ったって……」

「嫌か?」

 紫苑は美穂にゆっくり近づく。

「なんて、言うか。私じゃ、紫苑さんと釣り合わないし、紫苑さんのファンだって、私と付き合ったら怒ると思うんです」

「そんなの怒る方が頭いかれていると思うけど」

「でも、ごめんなさい」

 美穂は泣きながら、走り去った。


 しばらくして、美穂は歩き出し、家路に向かおうとしていた。

「捕まえた」

 美穂の腕を紫苑が掴む。

「紫苑さん。どうして」

「美穂さん。最初に会った時から思っていたけど、足が遅いから」

「うっ」

「とりあえず、どっか店に入ろうか?」

「はい」

 美穂は観念して、紫苑と一緒にお店に入った。



 ファミレスに入り、二人は注文を終えた。

「落ち着いた?」

「はい」

「確かに、俺も、急で悪かったと思う。それで俺の事を嫌いになっても仕方ないと思ってる」

「紫苑さんの事なんか、嫌いになっていません」

「じゃあさ」

「だって、私、胸、小さいし」

「見ればわかる。大丈夫。俺は尻派だ」

「化粧も嫌いだし」

「それも見れば分かるよ」

「毛の処理も苦手だし」

「それは致命的だ!」

「料理も出来ません」

「あっ、そうなんだ……」

 紫苑は絶望した顔をする。

 その間に紫苑が頼んだコーヒーと美穂が頼んだイチゴパフェがきた。

「あと、私、彼氏いない歴=年齢だしだから、私と付き合ったら、紫苑さんが不幸になる」

「それで断るのか?」

「はい」

「そっか、でも、それを決めるのも俺だ。不幸になるとか、後悔するのも俺の責任だと思っているんだけど」

「それでも」

「それは美穂さんの都合だろう。んじゃあ、今度は俺の話しをするな。俺が美穂さんと付き合いたい理由だな。実は俺には妹がいてさ。美穂さんに最初に会う少し前に病気で亡くなったんだ。初めて会った時、読書どころじゃなかったんだよ」

「だから、私の足が遅いって知っていたんですか?」

「そうだよ」

「酷い」

「んで、妹の病気なんだが、型とかが合えば助かったみたいなんだが、俺も両親も運悪く合わなくってね。徐々に弱ってく妹も見守り続ける為に、俺は露出を控えた。少しでも長い時間妹と一緒にいたくてな。無力な何も出来ない兄だったさ。妹の命すら救えなかったんだから。そんな落ち込んでいる時に、美穂さんが俺に命の恩人だなって言ってさ」

「そう、思っている人、いっぱいいると思います」

「でも、そんなストレートに初対面で言ってきた子なんていなかったんだよ。ああ、俺、何も出来ない男じゃなかったんだって思って、無性に嬉しかった。だから、美穂さんの夢を潰しちゃいけないとも思った」

「だから、車を?」

「そうだよ。まあ、もし、その一言がなくても、俺のせいで夢が潰れるようなら、車は出していたと思うよ。足、遅かったし。んで、その言葉を忘れる事ができなかった。今日こうやって再会するまでずっと、ああ、俺、美穂さんが好きなんだって思ったよ」

「だから……」

「ここまで、俺が説得してもそれでも、付き合いたくないって言う?」

「うっ」

「まあ、ゆっくりでいいよ。連絡先教えるからさ。考えてくれない?」

「分かりました」

 美穂はメモを受け取る。

「ここのお代も俺が持つから、ゆっくり、パフェでも食べてて」

「あっ、ありがとうございます」

「いいよ、別に。誘ったの俺だし、泣かしたのも俺だし、ただ、前向きむ考えてくれればいいから」

「はい。分かりました」

 紫苑は伝票を持って、お店を出た。

「って、ええー、ど、どうしよう」

 美穂は見送った後、動揺していた。

 もう、パフェどころじゃない。

「断った方がいいの? 断ってもファンの視線冷たいよね……」

 美穂の頭は混乱していた。



 その日の夜。

 美穂は眠れなかった。

 当たり前だ、大好きな紫苑にそんな事まで言われ、連絡先まで知った。

 興奮して眠れない。

 しかも、その連絡先をしっかり、登録までしていた。

「はう。どうしよう」

 このまま保留にするのも、紫苑に迷惑だし、美穂も気持ちが悪いと思っていた。

「ここは思い切って、明日、連絡を……」

 まだ、時刻は23時を過ぎた辺りなので、許して貰えそうではある。

 そこにはメールアドレスも記載してあるし、そこにメールする方法だってある。

 しかし、メールするにも、書く内容に困っている。

 眠れないので、一応書いてはいた。

 作家なのに、ここでの文章に困るなんて、未熟もいいもんだ。

「これでいいかな……あっ!」

 間違って、送信ボタンを押してしまった。

「ああ、あうあうあう」

 慌てて取り消そうとしたが、遅かった。

「はう……」

 十分後返信が着た。

「早いし!」

 内容を読む。

「名前を入れるの忘れた……」

 結局もう一度メールする。

 今度はすぐ返信が着た。

「だと、思った。って、知ってたの! 酷い」

 すぐに返信をする。

 そんなやり取りが、二時位まで続き、最後は紫苑が寝落ちした。


 次の日。

 美穂は興奮して眠れなかった。

「眠い」

 しかし、バイトがあったので、着替える。

 その間に電話が鳴った。

「って、紫苑さん!」

 昨日、連絡先をしっかり交換したのを思い出した。

「あのー、もしもし」

『もしもし、良く眠れた?」

「眠れませんでした」

『そっか、ゴメンね』

「でも、楽しかったです」

『そう? だったら、よかった。それでさ、昨日の話しだけど、いつまでも決められないのはお互いの為にならないから、来月、もう一度会おう。その時、返事ちょうだい』

「あっ、でも、時間は」

『なに、近所なんだから、すぐに会えるだろう?』

「確かに」

『じゃ、前向きに考えておいて』

 紫苑は言いたい事言って、電話を切った。

「でも、紫苑さん本気なのかな?」

 その疑問だけが拭えなかった。



 一ヶ月後。

 初めに二人が会った公園。

「やあ、美穂さん。一ヶ月ってあっという間だね」

「はい」

 本当にアッと言う間だった。美穂は今日も睡眠不足である。

 こうやって、一般人に頻繁にあってくれる著名人なんていない。

 正直、ちょっと、軽い男にも見えてきた。

(まあ、元々、少し、軽い男なんだけどね)

「最近はどう? 書けてる?」

「いや……」

 視線を逸らす。

「そっか、あれ、面白かったよ」

「ありがとうございます」

「んじゃあ、本題だけどさ」

「あのー、その前に、本当に私でいいんですか? なんかの罰ゲームとかじゃないですよね?」

「まだ、そんな事、思っているの?」

「思いますよ。こんな私と、トップスターが付き合うなんてありえない」

「そもそも、俺はトップスターになった覚えはないんだけどな」

「でも、どっかに、カメラとかないですよね?」

「ないよ。だって、本気だもん。美穂さんが信じて貰えなくても、それが真実だし」

「じゃあ、証拠を見せて下さい」

「ここで?」

「はい」

「分かった」

 紫苑は美穂の唇にためらいのなく、キスをした。

「はう!!!!!」

 美穂は目を回し、倒れた。

「えっ、美穂さん! 美穂!!!!」

 それにパニックを起こしたのは、勿論紫苑だった。


 十分後。

 紫苑の車の中。

 後部座席に乗っていた美穂は目を覚ます。

「目覚めたかい?」

「あっ、はい」

「まさか、いきなり倒れるなんて、場所が場所だから、急いでここに移動しなきゃならなくなったよ」

「あっ、スミマセンって。そっちがキスしたんじゃないですか!」

「いや、証拠見せて欲しいって言ったのそっちじゃん」

「う、うーん」

 美穂は黙る。

「初めてだったの?」

「当たり前です」

「だよね。でも、これで分かって貰えたかな? 俺の本気」

「分かりました」

「じゃあ、付き合おう」

「分かりました! 紫苑さんがそこまで言うなら」

「よっしゃー!!!」

 車内に響き渡る。

「五月蠅いです」

「うん。スマナイ」

 美穂は流石に耳を塞いだ。

「さて、じゃあ、このままドライブに行こうか。どこか行きたい所ある?」

「別にないです」

「そっか、分かった。じゃあ、俺に任せろ」

 紫苑はそのまま車を走らせるのだった。



終わり

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