第13話 銃士ふたたび

「ばいばい」

「また来いよ」

 アジャテラの民から見送られ、ふたたび出発するソレ=ガシたち。

 石造りのタイルの道ではなくなった。踏み固められた土の道へと変わる。

「では」

「いきましょう」

 アジャテラの同盟国セルックは北東にある。抱えられるケルオとアイカ。もちろん横抱よこだきだ。おんぶだと手がゆるんだときに危険である。

 いつものように走り、1時間経過。街の手前で歩きに切り替えたソレ=ガシとミナ。

「やれやれだぜ」

「つかれるね。走ってなくても」

 ケルオとアイカが顔を見合わせて、同時に苦笑いした。同じ姿勢をつづけることがしんどいらしい。横抱よこだきにされること自体には慣れてきたようだ。

 徒歩で港に到着。ウレペウシ号まで移動した。

「意外に早かったね」

 ヨフトが言った。

「出発しましょう」

「おーっ」

「出航だ!」

 いかりが上がり、出航する船。再びエイレンへと向かう一行。

 船の上で夜になる。

 いったん休息を取る面々。夜間の仕事がある乗組員をのぞいて。動き回っているのは、おもに部員たちだ。

 甲板の一人に、もう一人が話しかける。

「眠れないの?」

それがしは、眠らなくてもいいので」

「またまた。それじゃ、風邪ひかないようにね」

 ミナが去ってから、ソレ=ガシがひとりごちた。

「風邪もひかないんですけどね」


 さんさんと照り付ける太陽。

「なんだ、こいつは」

「うわーっ」

「ひえっ」

 ウレペウシ号の船員が、何かを釣り上げた。

 甲板に放り出されたのは、魔物。

「見たことがないですね」

 タコのような魔物だ。大きさもタコくらい。違うところは、陸上で自立して立てるところ。それでも魔物には違いない。発達した筋肉を持っている。

「どうするの?」

「陣を使うまでもないでしょう」

 ミナの問いに、ソレ=ガシが答えた。

「ひょっとしたら言葉が通じるかも。こんにちは」

「……」

 アイカの挨拶に、返事は返らなかった。どうやら、このタコのような魔物は話せないらしい。

「オレがやる。下がってな」

 ハンド魔道砲まどうほうを右手に構えたケルオが、狙うべき相手を見据える。

「相性としては、こいつか」

 左手を素早く動かし、弾を換えるマントの男。

 魔物が動いた。触手をくねらせ、奇妙な動きでケルオとの間合いを詰めていく。

「気をつけて!」

「了解」

 叫んだアイカに、ケルオが淡々と返事を返す。

 右手を突き出したまま、敵を見据えて水平に走るケルオ。

 そして、ハンド魔道砲まどうほうが火をいた。

 アンター・リエイの属性を乗せた火の弾だ。

 ぼすぼすっ。当たったところから燃え始める。そして、タコの魔物は何も言わずに焼かれていった。

 タコの魔物は、もう動かない。ケルオがハンド魔道砲まどうほうの腕で圧倒した。


 空から何かがやってきた。

「何してくれてるのよ」

 パヌラプだ。何度かソレ=ガシたちの邪魔をしてきた魔族まぞくの一人。

 そして、その腕につかまっているのはルーヴィ。二人はウレペウシ号の甲板に着陸した。

「やはり、生きていたか」

「ふっ」

 ルーヴィが短く息をはき出した。

 あのとき。オンキアで爆発の跡がきれいすぎたことで、ケルオはこの状況を予測していたようだ。

「だれ?」

 オンキアでの事件を知らないアイカが聞いた。

「実は、オンキアで立てこもり事件があってね」

「そのときの犯人ですね。名前はなんでしたっけ」

 ソレ=ガシの場合、本当に名前を聞きそびれて知らない可能性がある。と思ったかはわからないが、帽子の男は言う。

「ルーヴィだ」

「お前もリヴィト一味だったのか」

 カウボーイハットのような帽子にマント姿の男が、はき捨てるように言った。

「何よ。その言いかた。訂正しなさい」

 パヌラプはずいぶんとご立腹の様子。

 リヴィトとは、パヌラプとナッピ、そしてルーヴィに指令を出していると思われる魔族まぞくの名前。一味としての名前を名乗ったことはない。

「そいつは悪かったな。なんて言えばいいんだ?」

「リヴィト様とそのしもべたち、よ」

 皆、黙った。

 なぜか、ルーヴィも渋い顔をしている。首に巻かれたスカーフが風になびいた。

「そんなことより、今日はなんの用ですか?」

 やはり、ソレ=ガシはブレない。何もかもがどうでもいいかのような、すべてを客観視しているような、不気味なほどの冷静さを備えている。

「そのタコよ!」

「ほう?」

「食べるところがなくなっちゃったじゃない。どうしてくれるのよ」

 どうやら、タコの魔物はパヌラプの食事だったらしい。なまめかしい女性は、うらめしそうに残骸を見つめている。

「どうしてって言われても」

「困るね」

 ミナとアイカはうろたえていた。

「もういいわ。ルーヴィ! やっちゃって」

「はっ」

 短く息をはき出したルーヴィが、右手でハンド魔道砲まどうほうを構えた。

「野郎!」

 同じく右手でハンド魔道砲まどうほうを構えるケルオ。

 甲板は遮蔽物がすくない。しかも二人の距離はかなり近い。ノーガードでの撃ち合いになった。

 お互いに、連射性が高く威力は低いものを使っている。反動が大きいと、その隙を狙われるからだ。

「陣を使わなくていいの?」

「あとは若い者に任せましょう」

「え? そんなに若くないと思うけど」

 ミナの言うとおり、ルーヴィは40代。そして、ソレ=ガシは20代に見える。疑問に思いながらも、金髪の女性はそれ以上何も言わなかった。


「弾を換える暇がないな」

「だが、これでいい」

 ケルオとルーヴィは、戦いながら会話していた。まるで古い友人のように。

「ここだ!」

「おいおい。隠れて戦うと、船が壊れるぞ」

「はっ。こっちには天才整備士がいるからな」

 しかし、隠れる場所は多くない。ふたたび姿をさらしての撃ち合いになる。

「つっ」

 ケルオの左腕に弾が当たった。血は出ていない。

「ほう。防御魔法か。命拾いしたな」

「よく言うぜ。お前にも当たってるだろ」

「ふっ」

 お互いに、いくつかのかすり傷を受けていた。どちらも帽子が飛んでいる。ケルオの赤髪があらわになった。

 ソレ=ガシたちは、遠くで見守っていた。陣は使っていない。たまに流れ弾が飛んでくる。

「危ないですね」

「防御魔法ならまかせて」

「頼むね。アイカ」

 すぐ近くには、パヌラプがいた。

「ルーヴィ、なにやってんの! もう」

 そんな状況を知ってか知らずか、ルーヴィが口を開く。

「20対17だな」

「なんだって?」

「当たりの数だ」

「数えてたのか? 暇人め」

「つまり、お前の勝ちだ。ケルオ」

 負けを認めたルーヴィは、両手を上げている。その目には光があまりない。

「引くわよ」

「一人で行け」

「いいから。来なさい。ルーヴィ」

「む」

 帽子を拾い、かぶるルーヴィ。その隙に、ケルオは攻撃しなかった。同じようにカウボーイハットのような帽子をかぶった。

「覚えてなさい」

 捨て台詞を残し、パヌラプが飛び去る。ルーヴィはつかまえられていた。

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