第64話 雪娘の修学旅行 後編




 白菜にわたしのことを愛していないと言われ、ショックのあまりに森まで逃げてしまったわたし。



「わたしは一体なにをすれば……」



 白菜のことばかり考えてると切ないよ……嗚呼、これが初恋を失った気持ちなんだ……。

 わたしなんか存在している価値すらないんだ。このままお母さんみたいにただ年を重ねて行くだけの詰まらない人生もとい妖生なんだ……。



「うっ、ううっ……」



 木にもたれ掛かってその場に屈むと、ポタポタと涙が土を濡らし、嗚咽が漏れる。



 ◆



 茂みを掻き分けられるようなガサガサという音がすると、誰かの足音が聴こえてきた。



「あっ、由紀。こんなところに居たんだ……どうして泣いてるの?」

「だってわたしじゃ役不足なんでしょ……」

「えっ?」

「わたしは白菜のこと好き。大好き! 毎晩白菜にエッチなことお願いするぐらい大好きなの! なのに白菜はわたしのことをちがう好きだなんて言って! わたしたち所詮は親友程度だとしか考えてないんでしょ!?

 どうせ白菜のことだから「どうせならみこちゃんの方が女の子らしくて可愛いから、結婚するならみこちゃんが良い」とか考えてるんでしょ!?」



 わたしの言葉は白菜には微塵も届いていないみたいだ。白菜は先ほどから「えっ? えっ?」と、疑問の声をあげている。このままだと白菜は間違えなくみこに取られる……だったら――――



「今ここで白菜を殺して、二度とわたしから離れられないようにする」

「えっ? ちょっと由紀待っ!?」



 わたしは妖術で氷柱を作り、白菜に襲い掛かる。だって白菜が死ねば、もうわたしからは逃げられないよね?



「白菜を殺したらわたしも死んで……そしたら永遠に一緒だよね?」

「由紀! それは違う! 死んだら永遠の別れだけ! お願いだからやめて由紀!」



 もう避けないでよ。白菜にはもうわたし以外は見えなくしてあげるんだから。



「――――!」



 逃げるのが得策かと考えた白菜が茂みを潜って来た道を戻り始めた。

 そのまま逃げたところで無駄なのに……。



「フンッ!」



 足を大きく踏み出して白菜の後を追いかける。平原にたどり着く直前辺りで逃げた白菜に追い付き、後ろから氷柱を振るう。



「あぶなっ!?」

「でも、ざんねん♪」

「きゃっ!?」



 白菜を押し倒して馬乗りになり、氷柱を両手に握りしめる。



「待ってよ由紀……」

「大丈夫。これからはずっと一緒だから――」



 わたしは白菜に氷柱を突き刺した。




 ◆



 ……気を紛らわせるために余計な妄想をしてたら、その妄想があまりにも残酷過ぎてどうしたら良いのかわからなくなった件。

 もちろん、今のは妄想なので、白菜を突き刺した事実は何処にもない。そもそもわたしの走行速度では白菜に追い付くことは不可能だ。

 そして、白菜は未だにわたしのことを追いかけて来てくれない。



「追いかけて来てくれないと、それはそれで悲しいんだけど……」



 わたしがポツリと呟くと、茂みが掻き分けられるガサガサという音が聞こえてきた。

 思わず白菜が迎えに来てくれたんだと顔を見上げた。



「あれ? こんなところに幼女の落とし物が。これはきっと日々頑張っている俺に神様がくれたご褒美なんだ、デュフフ」



 ――そこに居たのは危ないおじさんロリコンだった。


 白菜に襲いかかる妄想をしてたら、ロリコンに襲われる現実に遭遇するとか最悪だ!



「ほーら、俺の幼女ちゃん、君の優しい旦那様ですよー。帰ったら沢山遊んであげるからねー」



 危険度レベルMAX!!

 わたしの中の全細胞がレッドアラートを鳴らしていた。



「――――!」



 わたしは茂みを潜って森から逃げ出した。



「あっ、待ってよ俺の幼女ちゃん!」



 追いかけてくるな、このロリコン野郎!

 ステイッ! そしてあっち行けっ!



「あっ、由紀。こんなところに居たんだ。……どうしたの? ちょっと!?」

「死にたくなかったらこのまま逃げて」

「う、うん?」



 ちょうど正面から歩いて来た白菜に抱きついて、わたしを抱っこしたまま逃げるように指示を出す。

 白菜も何がなんだか理解していない状態だったが、わたしの背後からロリコンの太ったおじさんを見るなり、すぐに逃げ出した。



「俺のために神様はロリまで用意してくれたのか……! ありがとう神様。俺はこの二人と一緒にハーレムを築くことにするよ!」

「け、警察ぅ!」

「白菜白菜、こんな田舎に来る警察はいない」

「だよねぇ!!」



 白菜のお陰で逃げることに専念する必要がなくなったわたしは、一度冷静になった。冷静になったお陰でこの結論を出すことができた。



「えいっ!」



 とある黄色い固体に付着している紐を引き抜くと、激しい警戒音が周囲に木霊する。


 この防犯ブザーは「ロリコン撃退法」によって定められた国物であり、外出中の女子小学生には必ず装備させることが義務づけられている。

 そのため、普通の防犯ブザーよりも音が大きい。

 さらに、ブザーが鳴ると同時に「幼女保護機構」の元へと位置情報が伝えられるのだ。



「白菜ちゃん! 車まで逃げて!」



 平原まで突き抜けると、防犯ブザーに反応した先生がこちらへと駆けつけて来た。



「俺の幼女たちを返せぇー!」

「二人はアンタの物じゃないわよ! 死ねぇッ!! ロリコン!」



 先生の究極奥義、滅・ロリコン蹴りがロリコンおじさんに炸裂!

 ロリコンに効果は抜群だ!

 ロリコンおじさんはたおれた!



「フゥ……二人とも、怪我はない?」

「うん、ありがとう先生!」



 それから五分後。

 一台のヘリコプターがキャンプ場へと到着。拘束されたロリコンおじさんを連行して帰って行った。



「白菜」

「ん?」

「その……さっきはスゴく嬉しかった。ありがとう、大好き」

「私も由紀のこと、大好きだよ」

「……どれぐらい?」



 あわわっ、わたし聞いちゃった……!

 これもう引き返すことできないよね!?

 お願いだから、わたしが喜ぶ回答して!!



「……まあ、お嫁さんに貰いたいぐらいには?」

「えっ?」



 白菜、いまなんて……?

 わたしのことをお嫁さんにしたい……?



「ご、ごめん! やっぱなんでも――――」

「いいよ」

「……へ?」

「だから、白菜のお嫁さんになってあげるって言ったの」

「えぇーーーーーーッ!!!?」



 白菜の驚く声がキャンプ場を包み込んだ。

 わたしも後戻りできないことを言ってしまい、顔がとても熱くなっていた。


 先生はおめでとうとか言って手を叩いてた。

 みこに関しては、わたしたちの間に割り込むことができないというか、こういう世界があるんだということを初めて理解したような顔をしていた。



「じゃあ、由紀ちゃんをお嫁さんにするなら誓いのキスをしないとね」

「え゛っ」

「あら、不満でもあるの?」



 ……白菜は不満があるのか。



「ほら、白菜ちゃんが嫌がるから、お嫁さんが分かりやすく凹んじゃったよ?」

「いや、その……由紀とキスするとスゴくエッチな気持ちになっちゃうから……」

「……まあ、お嫁さんになるんだったら結婚式だってやるんだろうからね。誓いのキスはその時でも良いんじゃないかしら?」



 結婚式か……まったく、白菜は仕方ないなぁ……!



「特別にそのときで許してあげるよ!」

「ゆきちゃん、凄く嬉しそうだね。凄く子供っぽい」

「浮き沈みの激しい子ね。浮いてる姿はみこちゃんみたい」

「え゛っ」



 先生に子供っぽいと言ってた奴と同列扱いされたみこが不服の声を出した。



 ――その日の夜は、いつもよりも一段と長かった。



「二人とも、いくら初夜だからって徹夜はダメじゃない。早く服着て寝なさい!」



 日が昇った後、わたしと白菜は先生に怒られました。




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