第61話 元男 それでも今は 女の子





 あれから二ヶ月が経った。

 吸精が必要とされる期間が終わっても、相変わらず俺は毎夜のように白菜に身を委ねた。

 どうやらあのとき以降、すっかり毒されてしまったみたいだ。

 俺は白菜に慰めて貰わないと眠れない身体になってしまった。


 年齢も年齢なのでそういうのに盛んなのは仕方のないことなのだが、一夜明ける度に普段の癖やら仕草が徐々に女の子らしくなっていることが少し怖い。


 ――今の俺が完全に消えてしまうのではないか?


 そんな不安が胸に宿る。





 ……まあ、消えちゃっても録な思い出がないから良いんだけどな!



「ねぇ、由紀。気持ちいいのはわかるんだけど、文字通り溶けるのはビックリするからやめて欲しいんだけど……」



 目を覚まして起き上がれば、そこには白菜がいる。これが当たり前の日常となっていた。

 相変わらず白菜の寝相は最悪なので、同じベッドで寝ることはまずあり得ない。だが同じ部屋で寝ることが当たり前になった。



「やだ。溶けてるときが一番気持ちいいんだもん」



 起きて早々に昨夜の話をする白菜だが、そこに俺は正論をぶつける。

 身体が溶け始めると、身体の感度が敏感になるのか、白菜の肌を感じやすくなるのだ。


 お母さんもお父さんとハッスルしてるときは溶け始めが一番気持ちいいんだとか。特に男性特有のアレは身体を内側から溶かすようで、お母さんのメインディッシュと化しているらしい。



「ゆきちゃん、しろなちゃん! 学校行くよ!」



 布団から起き上がって、着物を着付けていると、みこが扉を開けてやって来た。

 毎朝こうして疚しいことがあった部屋に突撃してくるみこの精神力もなかなか異常だ。

 ただ、みこの場合は無垢であるという可能性も捨てきれない。そのため、朝入って来るなとは言い難いのだ。



「しろなちゃん、お布団濡れてるけどおねしょしちゃった?」



 ヤメロ、みこ。そこに触れるんじゃない!



「……あれ?」



 だが、ここで一つの疑問が浮かび上がってきた。

 俺が寝たのは十二時前のはずだ。

 それに、ベッドは濡れないようにタオルを使っている。なので何らかの要因で濡れてしまったとしても、流石に七時間も経てば乾燥しているはずだ。

 つまりは…………。



「白菜――」



 俺が声を掛けたときには既に手遅れだった。

 白菜は同い年の女の子二人にその瞬間を目撃され、言い逃れが出来ない状況に陥っていた。その絶望的な状況を前に、白菜は顔を真っ赤に染めてポロポロと泣き始めた。



「とりあえず服脱ご? ね?」



 これは決して、変態の発言ではない。ただ粗相をしてしまった親友のお世話をするために必要な仕方のないことだったのだ。



「はい、ゆきちゃん。これタオル。ちょっと濡れてるけど、使って良いよね?」

「う、うん……」

「あたし、優菜さん呼んでくる!」



 これ、昨夜ベッドが濡れないように使ったタオルじゃん……。


 自分の恥ずかしい液体が染み込んだタオルを他人に握られれば、人間なら羞恥心で死にたくなっただろう。

 だが俺は腐っても妖怪。例え羞恥心が限界を迎えようと、死にたくなることはない!





 消滅したくなることはあるがなッ!!





 羞恥心で凹む二人が残された空間で、それを見た優菜さんは何を想うか――――。

 そう考えた直後、優菜さんは部屋へとやって来た。



「クンクン……まだ百合の香りが残ってるわ!」



 ――優菜さんは、娘よりも自分の性癖を優先させたのだった。




 ◆




 朝食を食べ終えれば、登校の時間だ。俺は白菜たちと一緒に玄関へと向かい、藁靴を直に履く。

 ん? 足袋? 足袋とはなんぞや???

 素足に決まってるだろ?



「由紀、忘れ物よ」



 靴を履いて玄関から出て行こうとすると、お母さんに呼び止められた。

 お母さんの手には布で包まれたお弁当箱が一つ。白菜たちと違って俺には給食なんてものはないので、毎日持って行く必要があるのだ。



「ありがとうお母さん」

「行ってらっしゃい。気をつけてね」

「いってきまーす!」



 俺は白菜たちと一緒に玄関を出て、小学校へと向かった。



 ◆



「と、いうわけで午後の授業は修学旅行についてよ」

「わーいっ!」



 どういうわけなのか、さっぱりわからないけど、小学六年生ともなれば修学旅行の話が出るのは当然だろう。



「プリントに書かれている通り、修学旅行は一泊二日でキャンプを行います。場所は車で三十分ぐらいにあるキャンプ場ね。特にお菓子の制限はしないけど、ゲームやおもちゃは持ってこないこと。二人なら大丈夫だと思うけど、ゴミはきちんと持ち帰ること。それから必要な持ち物は――――」



 みこは目を輝かせて先生の言うことを聞いていた。いつもは聞く耳も持たずにそのまま爆睡なのに、どうしてこういうときは目を輝かせているのかね。

 っていうか、完全にスルーしてたけど、修学旅行が近場のキャンプ場というのは中々に乙だな。小学五年生のときに転校しておいて良かったわ。

 ……まあ、転校したせいで「余り者」扱いされて部屋割りに問題児しかいないという悲劇を生んだんだけどな。



「というわけで今週の金曜日……三日後ね。朝八時に小学校集合だから、遅刻しないように。遅刻したら置いて行っちゃうからね」



 いや、二人とも同居人だから片方が遅刻するなら、もう片方も遅刻するぞ。そしたら先生は一人でソロキャンという虚しい事態になるぞ。



「じゃあ、今日のホームルームはここまで。二人とも宿題忘れないように」

「はーい……」



 急にテンション下がったな。

 まあ、みこだし宿題は嫌いか。

 その気持ち、よくわかるぞ。俺も宿題嫌いだから。



「白菜ちゃん、おわりの挨拶お願い」

「起立、気をつけ、礼」

「しろなちゃん、帰ろー!」

「うん!」



 白菜が手を振って俺に帰ることを告げる。この先生には俺の姿が見えていないので、直接声に出して呼ぶことは難しいのだ。



「せんせーさよならー」

「はーい。気をつけて帰るのよー」



 下校中の話題はやはりと言って良いのか、修学旅行についてだった。

 キャンプ場はないと言う白菜に対して、アウトドアが大好きなみこはキャンプでも良いじゃんと言ってた。



「由紀はどう思う?」

「…………」



 突然、白菜に顔を覗かれて聞かれた。

 白菜の顔を見ると、顔が熱くなる。俺はプイッと視線を逸らした。

 そのとき、とある思考が俺の脳裏を過った――。


 夜のキャンプ場で白菜と青か――



「ゴフッゴフンッ!! ゲッホゲホッ!!」

「由紀、大丈夫!?」

「う、うん大丈夫……ちょっと噎せただけだから」

「違うよね!? 明らかに自分の肺を殴ってたよね!?」

「気のせい」



 別に疚しいことを思い付いてしまい、それがあまりにも恥ずかしすぎる思考だったからそんな自分をまるごと消してしまおうだとか考えたわけではない。



 そんな危険な思考をしてしまい、その思考を消した俺だが、深夜に気分が良くなってつい白菜にポロっと言ってしまった。

 それを聞いた白菜が少し引いていたのをよく覚えてる。



 でも、そんな白菜が何か疚しいことを企んでいることだけは、手に取るようにわかった。




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