第57話 雪娘の不調な一日
新学期。
年月が流れるのは早いもので、今年で白菜とみこは小学六年生になる。
来年から小学一年生だとランドセルを背負ってはしゃいでいた白菜の姿が懐かしく感じる。
「由紀、行ってきます」
「いってらー」
今日は新学期の挨拶だけだから行く必要もないだろうと判断した俺は、家でお留守番していることにした。
そういえば、どうでもいい情報かも知れないけど、一つだけ言っておくことがある。
――先日、白菜が初潮を迎えた。
まあ、おめでたいことではあるんだろうけど、朝起きたらベッドが真っ赤だったみたいで、朝っぱらから悲鳴が神社に響いた。
駆けつけたみこですら驚いて悲鳴をあげるレベルだったのだから、相当の出血量だったのだろう。
実際、白菜はその日ベッドの上から動けなかったしな。
「由紀ちゃん、ちょっとこっち手伝ってー」
「はーい!」
玄関で白菜たちを見送ると、優菜さんに呼ばれた。俺は振り返って居間へと向かおうとする。
「ふみゃぁっ!?」
ずてーんという盛大な音を響かせて転んだ。
「由紀!? 大丈夫!?」
「う、うん……ちょっと転んだだけだから……」
お母さんが飛んできたが、転んだだけだと伝えたら一安心したみたいだ。
急に力が入らなくなったな……でもまあ、そんなこともあるか。
「由紀、身体に違和感があったらすぐに言うのよ」
「うん……」
お母さんは心配そうに言うと、俺のことを抱き上げて居間へと向かった。
この扱い……俺は小さな子供か! いや、確かに身長の小さい子供だけども!
「由紀ちゃん、今すごい音したけど大丈夫?」
「うん、へーき。優菜さん、ありがとう」
「じゃあ、由紀ちゃん。お風呂掃除お願いね?」
「…………」
白菜たちと学校に行ってくれば良かったな……。
今日がお風呂掃除の日だとわかっていながら、判断を見誤ったか。俺もまだまだだな。
俺は優菜さんにバケツを押し付けられ、しょんぼりとしながらお風呂掃除をした。
◆
お風呂掃除を終えて居間で休んでいると、白菜たちが帰ってきた。
「おかえりー」
「うっわ……これがニートか」
「おい、失礼だな。誰がニートだ」
きちんとお風呂掃除してたし!
家事っていう大変なお仕事してたし!
昼間っからお酒飲んで、そこでふて寝している師匠と一緒にしないで貰いたい!
「……ごめん、流石にお父さんと同列扱いはなかった」
「わかればよろしい」
「グータラしてるのに上から目線だけはないから」
まったく……仕方ないな。劇場版だっきちゃんでも観るか。
「っと……」
白菜たちは何とも思っていないが、ただいま腰に力を入れて立ち上がろうとしたのに、上手く立ち上がれないという恥ずかしい状況に陥っています。
「なにしてんの?」
「……なんでもない」
さて、だっきちゃん観よ。
◆
いつものようにだっきちゃんを観賞して昼食を食べると、俺は座布団を枕代わりにして横になった。
「……トイレ」
横に寝たあとでトイレに行きたくなる現象は一体なんなのだろうか?
毎回毎回不思議に思う。
――毎回同じ目に合ってるんだから、そろそろ学習しろよ俺……。
「ファッ!?」
「ゆきちゃん!?」
起き上がった瞬間、後ろに転びそうになった。そんな俺を、手を掴んで間一髪止めてくれたのは運動神経がイカれてるみこだった。
「だいじょう…………」
「?」
人をそんな変な目で見てどうした?
俺のことを頬に米粒がついているような目で見てきたみこは、二度三度と目を擦る。
「どうしたの?」
「ううん、何でもない。気のせいだったみたい。それより大丈夫?」
「うん、ありがとう」
「……今日の由紀ちゃん、随分と転ぶわね」
「そうね。そんなドジな由紀もかわいいんだけど」
おい、コラ。そこ!
余計なことを言うんじゃない!
俺だってちょっと気にしてるんだから。
トイレから戻ると、お風呂掃除で身体が疲れていたのか、いつもより早く眠りに就いた。
「もう寝ちゃったよ……みこちゃん、宿題でもしよ?」
「うん!」
◆
目を覚ました頃には夕陽が半分ほど沈んで見えた。
……ちょっと寝すぎたな。まさかおやつの時間すら逃してしまうとは。
「あっ、由紀。今日は随分とお寝坊さんだったね。今日のおやつはちくわだったのに、勿体無いことしたね」
何でおやつがちくわなんだよ。
普通はお煎餅とかかき氷だろ。
「…………」
「どうしたの? そんなにちくわ食べたかった?」
「ちくわはどうでもいい」
……それよりなんだろうか? ちょっと身体に違和感を覚える。
身体が重たいような……風邪でも引いたか?
いや、雪娘が風邪引くなんてことはないか。
……まあ、いつもこんなもんだったか。
「由紀、早く夕食食べよ!」
「うん!」
いつもと同じようにテーブルの上には和食が並ぶ。
中でも今日のメインと言って良いのはアジの刺身だろう。
「いただきまーす!」
みこが最初に箸を持ち、その勢いのまま大皿から刺身を奪っていく。俺も出遅れないうちに最低限確保して醤油を垂らす。
あとはそれを口の中へと運び、身に染みる思いで食べる。
「……ごちそうさま」
「え? もう!? まだお米も半分以上残ってるよ!?」
「なんかお腹いっぱいで……」
お皿を片付けようとして立ち上がると、身体がふらっとした。
「あう……」
「大丈夫? 熱でもある?」
「……熱はない。けど、身体に力が入らない」
俺がそう言うと、お母さんが俺のことを抱き寄せて額に手をあてた。
するとお母さんが納得したような顔つきで白菜のことを手で招いた。
「白菜ちゃん、これは精気不足よ」
「精気不足?」
俺も聞いたことのない言葉で白菜と同じように首を傾げた。
「妖怪が存在するために必要なのが精気よ。精気は妖怪がそこにいるだけで消耗するの。普通は食事から精気を回収するんだけど、どうしても回復量の方が少しだけ下回るの。だから数年に一度、人間からの摂取が必要なのよ」
「しないとどうなるの?」
「消える……由紀の場合は死ぬと言った方が正しいわね」
え? 俺、死ぬの……?
「まあ、きちんと摂取できれば大丈夫よ」
「どうやるの?」
俺はお母さんに訊いた。
摂取できればとか言われても、そんなこと俺にはわからない。
「性的な接触が一番効率的なんだけど、由紀も白菜ちゃんも女の子だからね……」
おい、子供の前で何を言ってるんだ。それに今は食事中だぞ。師匠を見てみろ。鼻から醤油を噴き出してるじゃないか。
……でもそうか。お母さんが俺みたいな状況に陥っているのを見たことがないのは、お父さんと会うたびに精気を搾取しているからなのか。
「私、由紀を助けるためなら何でもするから教えて!」
「――じゃあキスして貰いましょうか」
「へ?」
白菜は理解が出来ていない様子だったが、俺にはわかる。何故なら、こう言った手の小説や漫画はよく読んだからだ。
だって百合って最高じゃん?
友だち助けるためにキスする女の子とか、普通読むやろ?
「え、えぇー……」
「ほら、白菜ちゃん。そんな照れてないでキスしてあげなさい。由紀も待ってるんだから」
別に待ってはいない。お母さんのことだし、どうせ他にも方法があって、あとから出てくることは知ってる。
だから、別に本気でキスするとは思っていない。
「わ、わかった……するよ、由紀」
…………はい?
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