第55話 皐月お姉ちゃんは面倒くさい



 コミケの翌日。

 俺は皐月お姉ちゃんと一緒にだっきちゃんの先行試写会へとやってきた。



「面白かったね」

「うん! 絶体絶命の瞬間にだっきちゃんが現れたときの待ってましたって感じがもう最高だった!」



 今回の映画も最高だった……。

 前世で何度も見ていても、巨大スクリーンで観るだっきちゃんは一味違う。

 映画の公開日が楽しみだ。あと三回は観に行きたい。



「ねぇ、お昼までまだ時間あるし、少し買い物して行かない?」

「うん、いいよ」



 今日の残りの予定はお昼を食べ、電車に乗って双葉神社に帰ることだ。それまでまだしばらく時間がある。それに、白菜たちにお土産買って帰らないと、ブーブー文句言われるからな。



「じゃあ行こっか」



 俺は皐月お姉ちゃんと手を繋いでショッピングモールへと足を運んだ。

 皐月お姉ちゃん……つまり女性がショッピングモールで買い物すると言えば、ここしかない。



「由紀ちゃんに似合う洋服買ってあげるね」

「着物でいいから大丈夫」

「まあまあ、そう言わずに! 女の子なんだからワンピース着ないなんて勿体無いよ! ほら、入って入って!」



 遠回しに嫌がる俺を皐月お姉ちゃんは無理やり引っ張って店内に入る。

 そこは女児服を多く扱っているお店で、入ればすぐに店員さんが駆け寄って来た。



「いらっしゃいませー」

「この子に似合うワンピースを見繕ってくれる?」

「かしこまりました、どうぞこちらへ」



 その店員さんは、俺たちを試着室へと案内するついでに何着かのワンピースを手に取って、案内し終えると同時に着てみるように言ってきた。



「こちらが今人気の白色になります。ですが、お子さんの場合は全体的に肌や髪の毛が白いので、こっちの黒のワンピースの方がオススメですよ」



 ……店員さん、俺のことをお子さんって言ったな。皐月お姉ちゃんのことを俺のお母さんだと勘違いしているようだ。

 高校生が小学五年生の子供を持ってるって、それはもう犯罪……っていうか、よく無事に出産できたなって感じだ。



「由紀ちゃん、とりあえず両方着てみよっか」

「えー……」

「絶対かわいいから着てみて」



 洋服はあまり好かないんだけどな……。

 俺は渋々ワンピースを受け取り、カーテンを閉めた。



 ◆



 まずは白いワンピースに着替えてみた。



「……一瞬だけ裸に見えちゃった」



 鏡見たときの正直な感想だった。雪娘ということだけあって、俺の肌は雪のように白い。

 そのため、白いワンピースを着るとパッと見たときに服を着ているように見えなかったのだ。



「白はやめよっか」

「そうだね」



 ――というわけで黒いワンピースにしてみた。



「まあ、悪くはないかな……」



 肌の白さと対になる黒いワンピースは俺にかなり似合っている。正直、完璧だ。



「じゃあこれください」

「お買い上げありがとうございます。ただいまクリスマスセールで半額になりますので……」



 皐月お姉ちゃんがお金を払っているときに気がついた。



「…………これ、夏服じゃん」



 袖無しワンピースとか、冬服なわけがない。どうして店員さんはこれをピックアップしてきたのだ。



「こちらのミニスカシスターのコスプレ衣装ですが、今半額なんでオススメですよ」

「じゃあそれもください」



 なんか買い足されてる……。

 おかしくないか? ここ女児服専門店やろ? なんでミニスカシスターのコスプレ衣装なんてものが売ってるんだよ。未来ある子供にどんな扉を開かせるつもりだ。



「そのまま着て帰りますか?」

「そうします」

「え゛っ」



 ◆



 着ていた着物はミニスカのシスター服へと。

 頭巾はシスターベールへと。

 藁靴は革靴へと。


 ありとあらゆる点において、妖怪雪娘としての尊厳を捨てさせられてショッピングモールを歩かされている。



「ぐすんっ……」



 できることは涙目になって手で涙を拭うばかり。

 何故かすれ違った女性たちが次々と殺到いるけど、そんなことに疑問を持てるほどの余裕は無かった。



「由紀ちゃん、ごめんね。そこのトイレで着替えちゃおっか」



 皐月お姉ちゃんが俺の頭を撫でて抱き上げ、トイレへと向けて足を動かした。



「着替えここに置いておくから、着替えちゃってね。お姉ちゃん、ちょっとトイレ行ってくるから着替えて待っててね」



 皐月お姉ちゃんはそう言って個室から出ていくと、隣の個室に入って行った。

 俺はぐすんっと嗚咽を漏らしながら、衣装を脱ごうとする。



「ふぇ……」



 もう決壊寸前だった。

 そして、服が脱げないことを理解した瞬間にその堤防は決壊した。



「由紀ちゃん!? 大丈夫!? ちょっと開けて!」



 慌てふためく皐月お姉ちゃんに、トイレの個室で号泣している俺。

 手を高く伸ばさないと届かないトイレの鍵は、絶賛大号泣中の俺に開けることは不可能だった。


 それから知恵を振り絞った皐月お姉ちゃんが隣のトイレから中に入って来たり、俺の着替えを済ませたり、駆け込んできた警備員さんに誤解を解いていたりと、色々なことがあった。


 そして深く反省した皐月お姉ちゃんは、今こうしてアクセサリー売場で俺と買い物をしていた。



「これにする!」



 俺が手に取ったのは、宝石状の綺麗なプラスチックが付属した髪ゴム。それが二つ。



「白菜たちのお土産にするの」

「うん、いいよ……他にはないの?」



 ……なんか、凄く反省しているみたいでこれだけでは物足りてない様子だ。



「じゃあ……これいい?」

「腕時計ね、いいよ。三つでいい?」

「うん! 色違いので!」

「じゃあ買ってくるね」



 お会計の総額は八千円。

 先ほどコスプレ衣装やらワンピースやらで使ったのに、まだ余裕があるか。

 高校生の分際で随分とお金持ちだな。羨ましいなおい。



「お昼は何がいい? 高級焼き肉?」

「それは流石に皐月お姉ちゃんのお財布が消し飛ぶよ……」

「じゃあ何がいいの? 何でもいいから言って」



 ここはあまり皐月お姉ちゃんの負担にならないようにしよう。……まあ、安いファーストフード店でいいか。



「じゃあ、あそこで」





 ◆





 あれから四時間の時を経て、俺は双葉神社へと戻ってきた。



「ただいまぁ……グエッ」



 帰るなりすぐに倒れた。

 皐月お姉ちゃんの面倒を見て、電車を乗り継いで、駅からスノーボードで帰ってきたのだ。

 流石に疲れた。



「由紀おかえり!」

「ゆきちゃんおかえりー!」

「ただいま」



 俺は寝そべりながら、買い物袋からお土産の髪ゴムが入った紙袋を二人に渡す。



「これお土産。あとこっちはお煎餅……」



 お煎餅をテーブルの上に置くと、立ち上がって着替えなどが入ったリュックを置きに行く。

 そして、リュックから着替えだけを取り出してファスナーを閉めた。



「……残りは明日でいいや」



 俺はリュックに抱きつくような形で意識を手離した――――。




「ちょっと由紀ちゃん、帰ったなら先に手を洗って……寝ちゃってる……?」

「リュックを抱いたまま寝るなんて、よっぽど疲れてたんだね」

「なんか、凄いかわいいよね」



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