第54話 ょぅι゛ょ・IN・コミットマーケット
え? 前回の最後にあった町まで買い物に行く話?
ごめん、忘れてた。どうせ由紀は身につけないから許して……
――――――――――――――――――――
12月22日。
クリスマスが近いということもあり、俺はあのド田舎で飾り付けを行っていただろう。
「……このイベントが無ければな――!」
そう、今日はオタクたちの喜ぶ聖なる日――『コミットマーケット』略して『コミケ』の開催日なのだ!
「由紀ちゃん、こっちだよ」
「はーい」
皐月お姉ちゃんに呼ばれて長蛇の列に並ぶ。早朝だと言うのに、随分と人が多い……人酔いしそうだ。
「由紀ちゃんは売り子さんだから頑張ってね」
「うん!」
皐月お姉ちゃんの参加するサークルがコミケに出るらしく、俺は皐月お姉ちゃんに売り子さんを頼まれてしまったのだ。
俺だって姉の頼み事を無視するような妹ではない。前世では居なかった兄弟だ。そんな兄弟のためなら吹雪の中だろうと駆けつける。
「ちゃんと仕事したら、だっきちゃんの先行試写会のチケットあげるからね」
……まあ、誰もタダで働くとは言ってないがな。
「その子が今日の売り子さん? って、雪娘ちゃんそっくりじゃん! っていうか小さくない? 小さすぎじゃない!?」
「写真! 写真を撮らせてください!」
「――――っ!」
眼鏡をかけたオタク系女子が一眼レフを持って詰めよって来た。
あまりにも唐突すぎてコミュ力のない俺は、びっくりして皐月お姉ちゃんの背後に隠れてしまった。
「ごめん、この子ちょっと人見知りで……」
「それ売り子としてどうなのよ」
「でもこんなに可愛いなら売れるでしょ」
……あれ? この人たち、どこかで見たことがあるような……?
脳内イメージでこのオタクたちから眼鏡を外して髪形を変更すると、見覚えのある人物と一致した。
「皐月お姉ちゃんと一緒に働いてるメイドさん……?」
俺が言葉を小さく呟いたその瞬間、空間に亀裂が入った。
「……だっきちゃんのドラマCDをくれてやる。だからオタ活してることは黙っててくれ」
一眼レフを持ったオタクのメイドさんが俺にCDを渡しながら口封じをした。
……一体何がいけないのだろうか?
「ウチら同じ喫茶店で働いてるんだけど、お店の方針で他に金を稼いだらダメってことになってるんだ。だからこれがバレたらクビになる! 頼むから黙っててくれ!」
そんなにバレるのが嫌なら、やらなければ良いじゃん。
「由紀ちゃん、それはできないよ」
「なんで?」
「年に二回しかない金稼ぎの日だからだよ!!」
………………お前らマジか。
◆
お客を金蔓としか見ていないダメ人間たちはさておき、俺は今、専用ブースにあるパイプ椅子で座らされている。
目の前には次々と二次創作の漫画やクリアファイル、ストラップなどが積まれて行く。
「…………」
このだっきちゃんと雪娘ちゃんの日常を描いた二次創作漫画、前世で持ってたな。
……ってことは俺って、実は前世でも皐月お姉ちゃんと会ったことがあった?
「由紀ちゃん! 勝手に触ったらダメだよ!」
「ごめんなさい……」
「こっちなら見本だから良いよ」
「はーい」
表紙にサンプルという赤文字が書かれた漫画を受け取り、暇潰しにでもと本を読み始めた。
「ねぇ、あの娘何歳……?」
「五歳ぐらいに見えるけど……皐月さん、何歳なの?」
「……聞いたことないね」
「自分の妹でしょ!?」
それから着々と準備が進んでいく中、俺は本を読み終えてしまった。なので、俺は近くにあったサンプルと書かれた冊子を手に取った。
「今度はだっきちゃんと吸血鬼ちゃんか……」
あまり好きではないな。
俺の好みはやはりだっきちゃん×雪娘ちゃんであって、だっきちゃん×吸血鬼ちゃんはそこまで求めていない。
――雪娘ちゃんを今の自分と重ねてしまうためにどうしてもだっきちゃん×雪娘ちゃん派になってしまうのだ。
「まあ、読むだけ読もう……」
あまり気乗りはしないがな。
読み始めから少し違和感を覚えた。だっきちゃんがライバルである筈の吸血鬼ちゃんと同じ宿屋に泊まっているのだ。
浴衣姿のだっきちゃんは吸血鬼ちゃんとお風呂に向かい、開けた露天風呂に二人っきり。
そして吸血鬼ちゃんが唇をペロリと嘗めてだっきちゃんに急接近。だっきちゃんの秘所へと手を伸ば――――
……………………エロ本じゃねぇか。
でもこの視点は最高だな。吸血鬼ちゃん攻めにしたことだけは褒めてやろう。
だっきちゃんがエロかわいい……ヤバい、ナニとは言わないけど、興奮してきた……。
転生してからそういうことは一切していない。
――っていうかできない。
というのも、俺の日常には常にお母さんが近くにいる。なのでそういうことをするのは不可能なのだ。
「……なんか寒くない?」
「そうだね……由紀ちゃん!? 何読んでるの! これはダメ!!」
皐月お姉ちゃんが俺から同人誌を取り上げると同時に、小声で妖気を抑えるように言ってきた。
そこでハッとした俺は妖術で少しだけ空気を温める。
「なんか急に温かくなった……」
「うん」
……あの続き、読みたかったな。
「ちょっとトイレ行ってくる」
「場所わかる?」
「うん、すぐそこだし大丈夫」
俺はパイプ椅子を降りて公衆トイレへと入った。
ナニとは言わないが、確認したら少しだけ濡れていた。
……正確には俺の体質で水滴が凍っていたから、ただの氷だったけど。
◆
それからすぐに会場へと戻った。トイレでお楽しみはしていない。出すもん出しただけだ。
そして時間はあっという間に開園時間。数多くのオタクたちがラッシュで各々目的のブースへと入って行く。
「……誰も来ないね」
「まあ、私たちのは二の次だからね。みんなも目的のモノがあるからって、行っちゃったし」
まあ、最初は名の売れた同人作家さんの元に行く人が多いよな。買えなくなる可能性だってあるわけだし、こんなメイド喫茶で働いているザ・オタクみたいな集団のブースに来る余裕なんて無いのだろう。
「あそこなんて長蛇の列だよ」
「ホントだ」
アレはスゴいな……よくアレだけの列を並べたものだ。アレに並んだことのある前世の俺の体力は中々侮れないな。
「あそこに座ってる子、雪娘ちゃんそっくりですぞ」
「えっ、マジじゃん! 相棒、次はあそこ行くぞ!」
「合点!」
長蛇の列に並んでいるオタク同士の会話が聴こえてくる。
……どうしてだかわからないけど、あの作家に負けた気分で凄く悔しい。まあ、来られたところで会話ができるわけでもないんだけどな。
「これとこれを一つずつください。それから写真を撮らせてください!」
「ど、どうぞ……」
女性相手だから許可したのだが、不意にカメラを向けられると、つい恥ずかしくなって裾で口元を隠してしまう。
「…………」
何故か、なかなか撮ってくれない。
俺は女性の様子が気になり、チラチラと視線を向けたのだが……何故か鼻血をダラダラと流して満足そうにしていた。
「これは死ねる……」
その女性はバタンッと勢いよく倒れた。
「!?」
慌ててパイプ椅子から飛び降りて顔を見ると、この世に一片の悔いなしと言わんばかりの表情で安らかに眠っていた。
し、死んでる……!?
この日、コミケで複数の女性が唐突に倒れるという怪奇現象が見舞われた。
この事件はその夜にニュースで取り上げられた。これを見た一部の専門家は「これは幼女愛という現象です」と真面目な顔で解説したらしい。
ちなみに男には撮影許可していない。皐月お姉ちゃんが事前に止めていた。
女性には許可してたものの、その全員が撮影前に殺到したため、誰一人として俺のことをカメラに収めた者は居なかった。
「これはもう行けないね」
「そうだね……ところで報酬は忘れてないよね?」
「はいはい、明日一緒に行こうね」
「うん!」
フフフ……さあ、明日はご褒美タイムだッ!!
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