第52話 ヤマタノオロチ




 ヤマタノオロチ。

 ――その昔、クシナダヒメを生け贄にしようとして酒に酔い、スサノオノミコトの手によって殺されたとされる怪物である。



「だいたいこの辺かな?」



 そんな怪物を相手に俺は、バズーカ砲を構えて文字通り一矢を報いようとしていた。

 余計なことだけは一丁前に記憶力の良いこの身体は、バズーカ砲の構造を理解することも容易かった。

 故に、それを氷で再現することなど造作もない。



「チャンスは一度っきり……!」



 俺が砲撃をいつでも可能な状態にして待機していると、ヤマタノオロチが神楽ちゃんを飲み込もうと大きく口を開いた。

 コース、角度、距離……オールグリーン!



「主砲、発射ファイアァッ!!」



 凄まじい轟音が響き渡ると同時に、ヤマタノオロチの頭の一つが消し飛んだ。

 主砲を放つために使った砲台は、圧倒的な火力の影響で大半が溶けて大破してしまったが、結果は上々だ。

 俺は崖を飛び降りて、今度は氷で作ったクロスボウのようなモノを片手にヤマタノオロチへと目掛けて突っ込む。



「由紀っ!?」

「えいッ!!」



 お母さんの横を通過すると、クロスボウに装填された矢をヤマタノオロチの口内に目掛けて撃ち込む。

 弓よりも装填時間が速く、扱いやすさも段違いなクロスボウは弓の上位互換と言っても過言ではなかった。



「ダメージが入ってる!?」

「……なるほど、弱点は口の中か――!」



 俺の攻撃を見て、敵の弱点を悟った神楽ちゃんが片手に持つ薙刀で攻撃を仕掛けた。



「フンッ!!」



 神楽ちゃんの薙刀がヤマタノオロチの喉をかっ切る。分かりやすく吠える一つの頭。けれど、他の頭は痛そうにしていない。痛覚も分割されているようだ。



「由紀、ありがとう……でも、あとでお話よ?」

「うへぇー……」

「さっきの大砲、もう一回できる?」

「うん、修復すればできるよ。でも命中するかはわからない……」

「それでもいいわ。お母さんたちが惹き付けるから、由紀は大砲の方をお願いね」



 俺はお母さんの作戦に頷き、壊れたために崖の上に放置された大砲の位置を確認した。



「柊くん! 由紀をお願い!」

「由紀、こっちだ」



 俺はお父さんに抱き上げられて崖の上へと移動できる坂を目指して後退した。



 ◆



 お父さんは安全な場所から岩を伝い、先ほどの崖を登り始める。



「由紀、どうして弱点だってわかった?」

「アニメで見た」

「…………現実とアニメは重ねない方が良いぞ。皐月みたいにボッチになるぞ」

「うぐっ!」



 や、やめろ……それは前世でだっきちゃんを嫁にしていたボッチな俺に効く……。



「ところで皐月は? 一緒に居たんじゃないのか?」

「焦れったいから置いて来ちゃった」

「おい」

「だってお父さんが死んじゃったらヤダもん」

「…………そうかそうか、由紀はお父さん想いの健気で優しい女の子なんだな!」



 まさかの手のひら返し。

 お父さんのことを例に出しただけでこんなに嬉しそうにするのか……親バカか?



「この辺で良いのか?」

「うん……あっ、アレッ!」



 俺の指さした先には、今やオブジェクトと化している溶けた大砲があった。お父さんはそこに向かって走ると、俺を地面に下ろした。



「直せるのか?」

「……ちょっと時間掛かるけど」



 作ったときよりかは掛からないだろうが、内部が溶けてしまっているために少し時間が必要だった。

 俺は妖術を使ってパーツを復元し始める。別に見なくても作れるので、ヤマタノオロチの方に注意を向けながら大砲を錬成していく。



「お母さんも神楽ちゃんも……みんな強いんだね」

「まあ、歴戦の妖怪たちだ。生まれたてのひよっことはワケが違うってことだな」

「……ところで師匠たちは何してるの?」



 先ほどからただヤマタノオロチを見上げているだけで、特に何かをしているようには見えない。まるで劇場舞台でも観ているかのようだ。



「あれは観戦だな」

「観戦なの?」

「何もできないからな。俺たち人間は、完全に無力だ……」

「なんかできないの? 白菜は弓を使ってたりするし、みこだって刀使ってるよ?」

「古参どもは脳筋だから武器使うぐらいなら『殴れ! 蹴れ!』っていう思考してる」



 白菜たちが特殊なだけで、歴戦を勝ち抜いてきた退魔士たちは、刀よりも拳の方が強いとか思ってるのか……つまりは原因、老害かよ。

 そんな余計な文化を築きあげたせいで時間掛かってるのか。



「よしっ、あともう少し――――!」




 ◆




 というわけで、なんやかんやあって調整完了しました。



「発射準備完了っ!」

「よしっ、じゃあ撃て!」

「アイツが口開けたらね」



 準備が完了したからと言って、おいそれと発射できるモノではない。完璧な角度から的確に撃ち込むことでようやく大ダメージが与えられるのだ。

 だから、時が来るのを待つ――!



「発射ァッ!!」

「唐突な矛盾ッ!!」



 射出した大砲がヤマタノオロチの頚を貫く。残った退魔士たちが一斉に浄化しようと試みるも、やはりと言って良いのか効いているようには見えなかった。

 逆にヤマタノオロチへ近付いたことで退魔士たちが狙われ始めた。



「由紀! 次の砲撃を準備だ!」

「う、うん……!」



 俺は再び、大砲の修復作業に入る。大砲は複雑な構造をしているため、威力の割に燃費が非常に良い。なので、何度でもいける。



「――――っ!!」



 ふと視界に入ったのは、退魔士の誰かがヤマタノオロチに喰われる直前だった。

 俺は思わず視線を逸らして目を瞑る。その退魔士がどうなったのか、俺にはわからない。

 だが、次に見たときには何故か



「えっ……?」

「……皐月だ」

「皐月お姉ちゃん……?」



 強大な敵に一人で立ち向かう妖刀ー夕立を持った少女……皐月お姉ちゃん。彼女が見るのは夢か、現か、それとも想い描いた未来か――――


 ――次回! 師匠死す! でゅえるすたんばい!



「――じゃなくて、なんで皐月お姉ちゃんがわたしの夕立を持ってるの……」

「由紀が忘れて来たんだろ?」

「そりゃ山を二つも越えるわけだし、急いでたからそこまで気にしなかったから……」

「戦場に武器を忘れるとか、人間だったらお前確実に死ぬぞ」

「……今度から気をつけます」



 っていうか、一撃で頚を斬るのやめて貰えませんか?

 こっちが砲撃をしてようやく粉砕していると言うのに、そんなに容易くスパスパと斬られちゃうと何もできないんですが……今までの苦労は一体何だったの?



「お父さん」

「なんだ?」

「初期キャラだけで頑張ってた場所に、ガチャの星5キャラが参入してきた惨状になってるんだけど……」

「お前はどこでそんな無駄な知識を仕入れてきた」



 前世で仕入れました。ついでにお金も継ぎ足しました。



「だっきちゃんに課金したい」

「また余計な単語を覚えやがって……あんなド田舎でどうしたら課金なんていう言葉が出てくるんだ」



 皐月お姉ちゃんがあまりにもバッサバッサと頚を切り落とすので、お父さんと暢気な話をすることができるほど俺たちには余裕が生まれてしまった。

 それから今までの苦労は何だったのかと言わんばかりに呆気なくヤマタノオロチが浄化されてしまった。


 これには弱点を把握して攻撃していた神楽ちゃんも驚きを隠せないようで目が点になって見守るばかり。完全に呆気に取られていた。


 ヤマタノオロチが浄化されたことで満ちていた妖気が消え、身体の違和感も無くなった。

 何もしないまま倒れていたその他大勢の退魔士たちが一番盛り上がっていたのはよくわからない。

 老害の件といい、何もしてない奴らが頑張った俺たちよりも盛り上がることといい、今回の件は、俺のなかの退魔統括協会への見方が変わる原因となった。


 ――そう、俺はつくづく思い始めているのだ。



「退魔統括協会って、もしかしてバカ……?」

「今さら何を言ってるんだ? バカじゃなかったら経費で高級焼き肉店を何度も行けるわけないだろ?」



 …………たしかに。



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