第51話 皐月お姉ちゃんとお散歩……まあ、寝てたけど。




 翌朝、俺はいつもの時間に起きて寝癖大戦をした後に朝食を食べ、夕立を構えて素振りする。皐月お姉ちゃんも俺に付き合ってくれるとのことで、今も俺の隣で木刀を振るっている。



「午後からはお散歩に行ってみよっか」

「うん! そうしよ!」



 俺と皐月お姉ちゃんは午後に散歩することを約束した。



「ねぇ、由紀ちゃん起きてよ。お散歩行くよ」

「あと五分……」



 そして、日々のルーティーンには逆らえないことを思い知った昨今。

 昼食を食べ終えた俺は、いつものようにお昼寝へと移行していた。



「皐月ちゃん、無理そうなら由紀ちゃんをおんぶしてでも連れ出してくれる? 由紀ちゃんって一人だとこんな感じだから……」

「はい、わかりました。由紀ちゃん、ほら行くよ」

「ふぁーい……」



 俺は皐月お姉ちゃんに背負われて外へと散歩に出掛ける。皐月お姉ちゃんは土地勘がないのに大丈夫なのだろうか?

 ――――まあ、大丈夫か。もう少しだけ寝てよ。



 ◆



 目を覚ませば、なんということでしょう。辺りが森林一帯に覆われているではありませんか。



「由紀ちゃん、起きた?」

「うん、ここは……?」

「森」

「知ってる」



 見ればわかる。

 むしろこんなに木々が生えている場所を森と言わずして何と呼ぶのだろうか?



「……あっ、学校」



 見下ろせば、急斜面の坂下に学校があった。学校と言っても、いつも通っている小屋のことなんだがな。



「アレ学校なんだね。……よかった」



 よかった?



「もしかして……迷ってた?」

「………………そんなことより、早く帰ろっか。日も暮れて来ちゃってるもんね」



 これ、マジで迷ってたヤツだ。

 ここで起きて良かったぁ……。

 あと少し進んでたら完全にお詰みになられてたわ……。



「じゃあ、帰ろっか」

「うん、そうだね」

「……別に迷ったわけじゃないんだけど、一応訊くね? 家ってどっちだっけ?」



 …………にやり。



「あっちだよ、こんなことも知らないの?」

「いやいや、知ってたよ。あくまで確認だからね。ほら、帰るよ」



 そう言って皐月お姉ちゃんは、俺が指さした方に向かって足を動かし始めた。

 ――――だから俺は口を動かす。



「あっ、ごめん。やっぱり家あっちだった。……ってあれれ? 皐月お姉ちゃん、わたしが指さした方だって言ってたよね? おっかしぃーなぁー?」

「由紀ちゃん、人を騙すなんてダメだよ。そんなことしてると、録な大人になれないよ」

「……ごめんなさい」



 何故か正当性で訴えられた。元はと言えば皐月お姉ちゃんが迷ったのが悪いのに……解せぬ。



「ほら、自分で歩けるでしょ?」

「はーい……」



 地面に降ろされると、俺は皐月お姉ちゃんと双葉神社を目指して帰路に着いた。白菜たちの通学路を歩き、いつもスノーボードで降りる坂を歩いて登る。



「…………この空気、なに……?」



 凄まじい違和感に皐月お姉ちゃんが口を開く。俺も身体が何かに纏わりつかれたような気持ち悪い空気に嫌悪感を出していた。

 この空気……間違えなく妖気が含まれている。



「お父さんたちが戦う予定日って今日だったよね?」

「うん……たしか、あの山を二つ越えた場所にある谷底のはず……」



 そんな遠い場所から漏れ出た妖気がこんな所まで汚染しているだなんて……お母さん、大丈夫かな?



「由紀ちゃん、とりあえず優菜さんの所に戻ろ?」

「うん、そうだね……」



 俺と皐月お姉ちゃんは、駆け足で双葉神社へと戻った。

 急いで家に戻ると、そこには気を失って倒れている優菜さんの姿があった。



「……気絶してるだけみたいね。たぶん、多量の妖気を吸ったからだと思う。今のところ、命には関わらないから大丈夫よ」

「よかった……」



 俺は流動する妖気の根源があるであろう山を窓から眺める。

 でも、人間にすら影響を与える妖怪だなんて余程の強さがないとできない。このまま悠長にはしていられないだろう。



「……あっ」



 ほんのわずかだったが、木から木へと跳び移る二つの人影が見えた。その二人の特徴から俺はその二人が誰なのか、すぐにわかった。

 神楽ちゃんと白雪姫……?

 もしかして、あの二人ですらこの妖気に警戒心を抱いているってことか……?



「わたしたちも行こう!」

「ダメだよ! 危ないよ!」

「それはお父さんたちも同じ! それに、わたしは妖怪だから死ぬなんてことはない。だから、せめて後悔だけはしないようにしたい!」

「由紀ちゃんっ!!」



 俺は皐月お姉ちゃんを残して玄関を飛び出した。急斜面だろうと崖だろうと関係ない。俺は最短距離を通じて、迂回してきた神楽ちゃんたちと合流する。



「由紀か、悪いが話している時間はない。先に行かせて貰うぞ!」



 俺はこれでも一応、50m走は九秒代。元々の脚力に加えて、みこという名の運動狂に日々鍛えられた成果もあって、非常に速い方だ。

 だが、通常の走行ではこの二人に届かない。

 流石は山神様と崇められていただけのことはある。

 俺は二人の後を追うように走り続けた。



 ◆



 山を越える度に妖気の量が増しているのがわかる。ベトベトした泥を被っているみたいな感触で非常に気持ち悪い。気持ち悪いだけならまだ良いのだが、明らかに身体の動きが鈍くなっている。



「なんか、嫌な予感がする……!」



 そして、に到った――――。



「――――っ!?」



 崖の下には複数の退魔士たち。その後ろには優菜さんと同様に妖気だけで殺到してしまった退魔士たちの姿。その場に立っている退魔士こそ、選ばれし人間というのに相応しいだろう。

 俺の横で様子を伺っていた神楽ちゃんが話しかけてきた。



「由紀、これはお主で勝てる相手じゃない。今すぐ引き返せ」

「ううん、やる。勝てないとわかっていても、だっきちゃんがやるように、わたしだって――!」

「聞き分けの悪いヤツだな……こんなときでもオタク心を捨てないか。まあ、やれるものならやってみろ、どうなっても知らんがな」



 そう言って神楽ちゃんは崖を飛び降りた。

 俺はというと、一休みしてから行くことにした。ここまでノンストップで走ってきたのだから、流石に息が上がっている。

 それに、主役というのは万全な状態で後から遅れて来るものなのさ。




 ◆




 崖の上で休みつつ、敵の動きを観察する。

 特徴としては一つの胴体に八つの頚を持つ龍みたいなヤツ……うん、ヤマタノオロチでございますね。日本神話に語られるあのお酒で倒された水神様です。



「勝てるわけないじゃん」



 ――なんて思うわけなんだが、今のところ、口からビームを出している様子はない。

 特性で「妖気大量放出」があって、攻撃コマンドには「噛みつく」か「噛み砕く」しかないように思える。



「あとは頑丈な身体か……」



 外層が硬い鱗に被われているために、お母さんたちの攻撃が通用してないように見える。

 セオリー通りなら口の中に攻撃すれば良いだろうが、普通の妖怪であるお母さんたちにはそんなことわからないだろう。



「……よしっ、準備完了!」



 じゃあ、迂回して裏側から攻撃を始めることにしよう!



「卑怯? 勝てば良いんだよ勝てばッ!!」



 俺はヤマタノオロチへと攻撃が届く場所に向かって足を踏み出した――。


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