第50話 皐月お姉ちゃんが来た!
早朝から何事かと思うにぐらいおかしなことが起きていた。そのあまりにも異様な光景を前に俺だけでなく、白菜や優菜さんすらも驚きを隠せていなかった。
「……そんなにおかしなことか?」
「うん、摩訶不思議……まさか師匠が早朝に起きているなんて――――!」
こんなことが現実にあり得るのか……?
師匠と言えば、昼過ぎまで寝た後に昼食を食べて二度寝。修行と言って俺たちに雑用をやらせて高みの見物。夕食を食べればお風呂に入って酒を飲むという人間のクズみたいな生活を送っている存在だ。
そんなのが朝早くに起きている……あり得るか?
――否、そんなことはあり得ない。引きこもりが夏に海へ行こうと誘うことぐらいあり得ないことだ。
「幻想を見ている気分ね……」
「夢でも見てるのかな……?」
お母さんとみこに到っては、現実を直視できないみたいで夢ではないかと疑っていた。
「明日は隕石でも降るのかな?」
「隕石で済めば良い方かもよ?」
「そうね……月でも降ってくるんじゃないかしら?」
「……お前らが普段、俺のことをどう思ってるのか、よくわかった」
よくある怒ってるセリフのテンプレみたいなことを言う師匠だが、俺たちから見れば隠していたわけでもないので、「えっ? 今さら?」みたいな反応である。むしろその体たらくぶりでどうして嫌に思われていないと思ったのか、つくづく不思議である。
「……まあいい、話をしよう」
師匠が言ったことを纏めると、どうやら強い妖怪が出たらしく、数多くの退魔士たちと合同でその妖怪を退治するらしい。
その際に「せっかく数多くの退魔士たちが集まるんだから、この際に見習いたちも合宿的な感じで強くしない?」と退魔統括協会が宣ったらしく、ホテルを貸し切りにした。
そのため、師匠だけでなく見習いである白菜とみこも召集が掛けられているらしい。
だからさっさと準備して来いとのこと。
「……じゃあ、準備してくるよ」
「あっ、待ってくれ。由紀ちゃんは母さんと一緒にお留守番だ」
…………は?
「向こうには多くの退魔士がいる。お前たちにはわからないかもしれないが、妖怪をあまり良く思ってないやつがいるんだ。透花ならともかく、由紀ちゃんは危ない」
師匠の言葉を聞いて、俺は目を見開いた。
――嘘だろ……あの師匠がマトモなこと言ってる……。
「確かに一理あるわね。由紀、あなたはここで待ってなさい」
「えー」
「遊び相手なら呼んであげるから……ね?」
「……はーい」
遊び相手を呼ぶ……?
心当たりにあるのはやっぱり神楽ちゃんと白雪姫だろう。というか白菜たちを除いた交流なんてあの二人ぐらいしかいない。
二人とも一緒に居て楽しいから良いけど、白雪姫がいるとご先祖様ってこともあって少し気を遣っちゃうんだよなぁ……。
――なんて、考えてた俺が間違っていたかのようにある意味期待を裏切る展開だった。
◆
「由紀ちゃん、遊びに来たよ」
「皐月お姉ちゃん! いらっしゃーい!」
白菜たちが出ていき、空っぽになった双葉神社へとやって来たのは、まさかの皐月お姉ちゃんだった。
神楽ちゃんたちが来ると思っていたものだから、皐月お姉ちゃんの存在がすっかり記憶から消えていた。
……まあ、あの二人が来るとオタクトークで盛り上がるけど、やってることが前世と同じだから何も成長してないように感じるんだよな。
「由紀ちゃん、皐月ちゃんの案内してあげて」
「はーい! 皐月お姉ちゃん、こっち!」
俺は皐月お姉ちゃんを屋内へと連れ込む。
俺の部屋に荷物を置いて貰うと、居間へと移動した。
「皐月ちゃん遠くからわざわざごめんね。学校とか大丈夫?」
「はい、月曜日も創立記念日で休みなので大丈夫です」
「なら良かったわ。……さっ、お茶でもどうぞ」
優菜さんがお茶を淹れ、テーブルの上に置く。
「ありがとうございます」
「…………」
「…………」
この静寂……いつになく不思議な雰囲気だ。いつもならば師匠の小言や白菜たちの騒音が包み込んでいるというのに、なんだここは?
本当にあの双葉神社なのか?
「……静かで良い雰囲気ですね」
「そうね……でもいつもは騒音かって思うぐらいうるさいのよ?」
「そうなんですね」
「…………」
「…………」
俺のお茶を啜る音が響く。
……なんだか会話が弾まないな。陰キャの友人と二人っきりにされた陰キャみたいな空気を感じる。
元々おバカなコミュ障引きこもりオタク童貞陰キャボッチで名を馳せていた俺から見れば、こんな空気は日常茶飯事だったが、あまりその空気に馴れていない二人は気まずいのかもしれない。
……いや、皐月お姉ちゃんは馴れてそうだな。おバカでコミュ障でオタクでボッチで処女な皐月お姉ちゃんだ。こんな空気、意図も容易く受け入れられる筈だ。
「……トイレ行ってくる」
「一人でできる?」
「できるよ……」
俺を一体いくつだと思っているんだ。
いくら身長が低いとは言っても、さすがにトイレぐらいは一人でできる。
「あっ、扉閉まってる……優菜さん、扉開けて」
「はいはい、今開けるよ」
残念ながら俺の身長ではトイレの扉には届かない。閉まっていれば最後、俺は誰かの助け無しではトイレに入る資格すらないのだ。
ちなみに内側には踏み台があるため、閉まったからと言って、出られなくなったと心配する必要はない。
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
◆
それからしばらくすると、皐月お姉ちゃんは持ってきたゲームで遊ぼうと言ってきた。
何を持ってきたのかと思えば、やはり世間で有名になっているゲーム版妖魔乙女だっきちゃん。様々な妖怪を使役して敵対勢力や退魔士たちを仲間と協力して倒すゲームだ。
「由紀ちゃん、こっちいた!」
「うん、わかった!」
思った以上に面白くて熱中してしまった。このゲーム、ソロだったときは結構大変でクソゲーだろとか思っていたのだが、二人で協力プレイとなれば話は別。負けることが多いものの、あと少しで勝てるという惜しいラインまで来ているのだ。
この絶妙に勝てないというのが、妖怪の本能が刺激されて再挑戦したくなってしまうのだ。
簡単に言うと、クレーンゲームであと一歩というのが永遠に続いているあの状態だ。
「ライフ回復大丈夫?」
「うん、これぐらいなら大丈夫」
まだ三分の一ぐらいしか減っていない。一度に全回復してしまうアイテムを使うのは流石に勿体ない。少しだけ回復するアイテムがあれば使うんだが……。
「由紀ちゃん、そろそろ夕食だから終わりにしなさい」
「はーい……」
「じゃあこれで終わりだね」
「うん」
何とかボス戦を勝ち抜いてセーブポイントに到着。皐月お姉ちゃんが操作してセーブをすると、夕食を食べることになった。今晩は昨日の残り物だ。
残り物と言えど、三人だけともなればその量は多い。そのため、豪華な食事だと言っても過言ではない。
「…………」
「…………」
「…………」
ゲームという話題を失った俺たちは、食事からおやすみまで終始無言だった――――。
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