第48話 「……ぴえん」




 夢とは言え、薄気味悪い空間に取り残された俺はぴえん人形と二人っきりにされてしまった。

 気分は最悪だ。

 折角の俺のリラックスタイムがあんなぴえんごときに奪われたのだ。

 ハッキリ言って害悪である。ぴえんはこの世から今すぐ消し去るべきだろう。



「さて、どうするか……」



 たまたま近くに置いてあった懐中電灯を手に取る。ライトを照らせば一枚の紙切れが上から降ってきた。

 ……これは一体どういう原理なんだよ。まあ、夢ならなんでもアリか。考えるだけ無駄だな。

 ん? 何か書いてあるな……?



「ぴえんのマークを照らして、心のなかで何度もぴえんと唱えれば、ぴえんは消える」



 …………アホか。

 なんでぴえんにぴえんでぴえんが撃退できるんだよぴえん!

 ――っていうか、このゲームと同じ感じのゲームを前世でやったことあるぞ。

 あのゲーム名はたしか……



「Paon…………」



 なんか深い因果関係を感じる。

 ぱおんだのぴえんだの知らんが、ヒトの夢で遊ばないで頂きたい!



「……ん? 裏に何か書いてある?」



 裏側にひっくり返してみると、そこには大量の「ぱおん」の文字があった。

 ……うん、これは俺の思考が混じってるな。さっき俺が余計なことを言ったばかりにこうなってしまったのだろう。



「……とりあえずマークを探そう」



 いつまでもここにいると、巨大化したぴえん人形に見つかりそうだしな。

 さて、マークはどこにあるか――――



「――――あった」



 非常に近かった。というか、背後にあった。

 灯台もと暗しというのはこういうことを言うんだな。



「えっと……」



 ぴえんぴえんぴえんぴえんぴえんぴえんぴえんぴえんぴえんぴえんぴえんぴえんぴえんぴえんぴえんぴえんぴえんぴえんぴえんぴえんぴえんぴえんぴえんぴえんぴえんぴえんぴえんぴえんぴえんぴえんぴえんぴえんぴえんぴえんぴえんぴえんぴえんぴえんぴえんぴえんぴえんぴえんぴえんぴえんぴえんぴえんぴえんぴえんぴえんぴえんぴえんぴえんぴえんぴえんぴえんぴえんぴえんぴえんぴえん……



「あっ、消えた」



 ……アホか! こんなことやってたら頭おかしくなるわッ!!



「フゥーッ!!」



 強く息を吐いて怒りを沈めようとする。

 落ち着け、たしかゲームではこのマークが八個あった筈だ。しかも「ぱおん」なんて唱える必要はなかった。ライトを当てれば良いんだ。

 ――よしっ、落ち着いて行こう。とりあえずぴえん人形にさえ位置がバレなければ良いんだ。



「ぴえんぴえん……」

「はい、バレてたァー!!」



 夕立……は、ないんだった!!



「えいっ!!」



 夢のなかであろうと氷柱を作ってぴえん人形目掛けて発射――――……できない。



「そう都合良くできないよねッ!!?」



 妖術の使えない俺は涙目になりながら、ぴえん人形から逃げる嵌めになった。

 しかもぴえんと言えばみたいな代表曲が脳内に流れている。追われているのかがわかりやすくて助かるが、頭がおかしくなりそうなのでやめて欲しい。



「あっ、マーク……でも先にぴえん!」




 ◆




 あれから部屋の角を利用して何とか逃げ切り、ライトを照らしてマークを六個消すことに成功した。マークは残り一つ、場所は既に把握しているので余裕だ。

 オタクゲーマーを舐めないで頂きたいな。



「ぴえんぴえん……」



 マークの場所に向かっていると、前方に前へと進むぴえん人形の後ろ姿があった。

 よしっ、ここで発見できたのは幸運と言って良いだろう。あとはこのままぴえんの後ろを取っていれば大丈――――



「――夫じゃなかった!? ぴえんにバレてた! ぴえんバレェッ!!」



 まさか唐突に後ろを振り向いてくるとは思わず、俺は大声を出して逃げ出した。

 ぴえん人形に追われながらも、一周ぐるりと回って最後のマークを消すことに成功した。



「――――っ!」



 その瞬間に強い光に包まれ、俺は目を閉じた。



 ◆



 しばらくしてゆっくり目を開くと、見渡す限り何もない地面だけの空間。そこに一体だけ立ち尽くすぴえん人形の後ろ姿。



「…………あそこまで行けってか?」



 俺が呆れていると、そのぴえん人形は何故か踊り始めた。脳内にはぴえんの曲が流れてくる。

 ――これ行く必要ないな。というか行きたくない。


 なんて思っていると、俺は再び光に呑み込まれ、先ほどの薄気味悪い空間に飛ばされた。



「なんで、第二ラウンド?」



 椅子に座って素直に考えていると、先ほどまでのぴえん人形にたくさんの顔が付いたぴえんの進化形態みたいなヤツが廊下を通りすぎて行った。



「なにあのぴえん……キモッ!?」



 誰がぴえんのコンプリートフォームを希望したんだ。シンプルにキモい。死んでもアレに追いかけ回されたくないんだが。

 ……まあ、ゲームの本質上第二ラウンドがあるのは仕方ない。第二ラウンドはマークも四つしかなかった。先ほどよりかは簡単になっているだろう。



「さっさと終わらせて脱出しよう!」



 ――って言うと、フラグになるからやめておこう。白菜かみこが居たら間違えなくどちらかがフラグ立てていたな。アイツらフラグ建築士一級だから、近くにいるだけで危険なことに巻き込まれる。居なくて良かった。

 ……さて、行くか。


 ぴえんコンプリートフォームの背後に忍び寄り、ライトを照らしてマークを消す。



「よしっ、次……」



 その後もぴえんコンプリートフォームの位置を把握しながら、慎重に移動してマークを消して行く。

 そして、最後のマークを消した所で問題が発生した。



「…………電池が切れた」



 本来のゲームでは、このままぴえんコンプリートフォームにライトを照らすことでゲームクリアになる。

 だが、そのライトが電池切れになってしまった。これでは決着がつけられない。どうする……?



「いや、落ち着いて……ゲームなら電池ぐらい落ちているはず」



 ぴえんコンプリートフォームの位置に気を付けながら電池を探す。



「…………ん?」



 今、見られた……?



「うわっ!? こっち来た!?」



 しかもさっきより速い!!?

 これは全力で逃げないと逃げきれない!

 俺は壁を蹴ったりしてより速く逃げる。先ほどとは違って言葉すらも発する余裕がない。



「――――電池っ!?」



 去り際に電池を回収。逃げながら懐中電灯に電池をセットしてライトを照らす。



「これでもくらえッ!!」



 消えないことはないだろうが、消えないと困るから一応ぴえんと唱えておこう。


 ぴえんぴえんぴえんぴえんぴえんぴえんぴえんぴえんぴえんぴえんぴえんぴえんぴえんぴえんぴえんぴえんぴえんぴえんぴえんぴえんぴえんぴえんぴえんぴえんぴえんぴえんぴえんぴえんぴえんぴえんぴえんぴえんぴえんぴえんぴえんぴえんぴえんぴえんぴえんぴえんぴえんぴえんぴえんぴえんぴえんぴえんぴえんぴえんぴえんぴえんぴえんぴえんぴえんぴえんぴえんぴえんぴえんぴえんぴえんぴえんぴえんぴえんぴえん……



 チュイーンッ!!!



 いや、消えるときの効果音よ。ぴえんが消えるときの音には噛み合ってないだろ。最後は「ぴえーんっ!」で来るのかと思ったわ。


 ぴえんが消滅すると同時に、俺は光に包まれたのだった。



 ◆




 目を覚ますと俺はいつもの布団で寝ていた。枕元に置いてあるデジタル時計で時間を確認すると、夏祭りから二日後の午前四時だった。



「あの妖怪ぴえん人形は最初から夢だったのか……」



 まさか二重で夢を見ていたとは思いもしなかったな。……しかし、妙にリアル感のある夢だった。二度と見たいとは思わないけど。



「さて、今日も寝癖大戦を開幕するか」



 俺は気を持ち直し、櫛を片手に持って起き上がる。



「今日こそこの寝癖大戦に終止符を打つに相応しいときだ!」






 そのとき、俺が寝ていた布団の上にはライトを照らしている懐中電灯が落ちていた――――。







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