第47話 「切なくて泣いているときは?」




 夏祭りが終わると、俺はダンボールに敷き詰まった大量のぴえん人形を見て悩んでいた。



「……なんでこんなに増殖してるの」



 たぶん在庫は全て取り終えたのではないだろうか?

 というのも、このぴえん人形は非常にバランスが悪く、取りやすかったのだ。

 俺が欲しがっていると勘違いした白菜とみこが連続で取り続けていると、中学生高校生たちがそこに加勢。最後の方はぴえん人形しか置いて居なかった。


 中学生高校生たちは、当てることだけで満足したようで、それぞれ一体ずつ持ち帰ると残りは要らないと言って、このぴえん人形をプレゼントしてきたのだ。



「そして今、在庫に困っているというわけ……」

「まさにぴえんだね」

「ぴえん……」



 全部で六十体近くいるのだが、飾るような場所もない。かと言って捨てるわけにもいかない。何故ならこの二人は、俺が喜んでいるとか思って取り続けてくれたのだ。

 いくらこれがゴミとは言っても、そんな想いを踏みにじるような真似はできない。



「仕方ない、これは白菜の勉強机に飾っておこう」



 あそこなら置き場所にも困らないだろう。



「やめてよ! そんな気持ち悪い人形が密集した部屋で寝たくないよ!?」

「わたしは昨日、その気持ち悪い人形が密集した部屋で寝たんだけど!?」



 これが枕元に置いてある状態で寝かされたんだぞ。少しは可哀想だと思わないのか。



「由紀は妖怪なんだし、問題ないでしょ?」



 問題しかないな。妖怪だろうと気持ち悪いと思うものは気持ち悪い。こんなのが押し入れに入ってるなんて嫌だろう。

 よってこれは白菜の部屋に飾る。



「あたしは昨日イヤだったんだけど……」



 同じ部屋で寝ているみこが小さな声で発言した。

 じゃあなんでこんなに取った?



「お前らそんな人形なんてどうでも良いから宿題さっさと済ませろよ?」

「あとは絵日記と読書感想文だけだから大丈夫だもん」

「あたしも絵日記だけだし」

「わたしに宿題なんてありませーん」



 ……っていうかどうでも良くないし。筋肉モリモリのぴえん人形が枕元に大量に置かれてたら嫌だろ。気になってあまり寝られないじゃないか。死活問題だわ。



「ならさっさと終わらせて予習でもしてろ。子供っていうのは勉強が本分みたいなものだ」



 師匠のその発言を聞いて、俺と白菜とみこは互いに目が合う。



「…………」



 そして同時に頷き、白菜がダンボールを抱えて三人で二階へとあがる。

 何の迷いもなく師匠の部屋へと突撃し、もう長らく使われている様子のないテーブルの上に一体ずつ配置していく。



「戸棚の上にも置こうよ」

「そうだね。あっ、枕元にも寝かせておこ」

「本棚にも置いておくね」



 師匠の部屋の様々な場所にぴえん人形全六十八体の配置を終えると、俺たちは軽い足取りで居間に戻った。



「結構暑かったね」

「外は行きたくないよね」

「うん、絶対溶ける」

「……ちょっと待て。お前ら今、何をしてきた?」

「…………そんなことよりだっきちゃん観ない?」

「そうだねー」

「みようみよう!」



 俺たちは師匠を無視して、だっきちゃんを観賞し始めたのだった。




 ◆




「ぴえんぴえんぴえんぴえん……あっち行ってもぴえん。こっち行ってもぴえん……」



 翌朝、師匠がぴえんに洗脳されていた。

 これはきっと妖怪の仕業なのでは……!?



「そんな妖怪居ないでしょ」

「だよねー」

「……そうでもないっぽいよ?」



 みこが顔を青染めながら指さしていたので、俺と白菜は師匠の背後を見る。そこには師匠に取り憑いている巨大化したぴえん人形があった。



「キモッ!?」

「夕立ー抜刀ッ!!」



 俺が夕立を引き抜いて一撃を決める。

 妖刀ー夕立はみこが所有する妖刀ー村雨のような浄化能力こそないが、人外に与えるダメージが三倍になる能力がある。

 つまりこれがあれば、牛だろうと豚だろうと妖怪だろうと一撃必殺というわけだ。



「ふっ、またつまらぬものを斬ってしまった」

「本当につまらない物だね」



 俺は倒れた妖怪ぴえんを覗き込むようにして見る。

 しかし本当に気持ち悪いな。表情が固定されているから気絶しているのかわからないし……。



「とりあえずもう一回刺しておこう」

「それは流石にぴえんじゃない?」

「覚えたての言葉使うのヤメロ」



 カッコいいカタカナ言葉なら構わないが、その言葉だけはダメだ。今どきネットに乗り遅れた人間が無理して使ってる感が出ちゃってる。

 それに俺はこの一件でわかった。

 ――日常的にぴえんを使う人間にマトモな奴はいないとな!



「ぴえんぴえん、嗚呼ぴえん……」

「……師匠にも一撃入れておくか」

「それはダメよ!」



 優菜さんからのストップが入った。

 それにしてもおかしいな。気絶したら取り憑きなんて解除される筈なんだが……。



「由紀! 気をつけて! 一体だけじゃないわッ!!」

「……えっ?」



 階段から誰かが降りてくるようなギシギシという音が聞こえてくる。……それも複数だ。

 そこで白菜が小さく呟いた。



「もしかしてあの人形全部に取り憑かれてるんじゃ……」

「それはキモい」



 この空間がぴえんに犯された地獄絵図になる。それだけは回避しなければ……!



「お母さん、師匠を外に追い出して!」

「わかったわ! それッ!!」



 窓を開け、地面を氷漬けにする。

 そしてそこに師匠を流す。二階から降りてきた妖怪ぴえんたちは師匠に引き寄せられるかのように外へと流れて行き、屋内から消え失せた。

 最後に窓を閉めてお仕事完了だ。



「よしっ、作戦成功ッ!!」



 外は暑い。俺もお母さんも戦えない。お母さんですら耐えられない猛暑。これにはさすがのぴえんも即死だろう。

 俺はエアコンのリモコンを手に取り、温度を18℃にまで下げる。



「よしっ、寝よう」



 座布団を半分にして枕の代わりにすると、俺はそのまま深い眠りへと落ちて行った。




 ◆




 目を開けるとそこは薄暗い何処かの部屋だった。感覚的に何となくわかる。これは夢だ。



「…………ここどこ?」



 こんな薄気味悪い部屋は俺の記憶にはない。俺は立ち上がって部屋を確認すると、この部屋には木製の椅子しかない。

 部屋の隅っこに何故か電池が置いてあるが、懐中電灯は持ってないし、そもそも夜目が効く妖怪には必要ない。



「まあ、一応持っておこう」



 あとで何かしらに使うと困るし。……夢なのに何に使うんだろうか?


 薄気味悪い部屋に居ても何も起こらないので、俺は脱出経路を探して歩き始めた。



「…………」



 すぐにわかったことだが、複数の部屋から成り立っているこの空間には出口がなかった。

 この空間から脱出することは不可能だと、夢が覚めるまで待つことを決心した直後のことだった。

 何故かの後ろ姿が見えたのだ。




「なんでアイツが居るんだよ……」



 遠くからぴえんぴえんと鳴いている声が聞こえる。

 何故か夢にすら出現してくるヤツを前に俺は深く溜息を吐いたのだった。



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