第46話 雪娘の夏祭り




 夏祭りを来週に控えた最後の休日。

 日が沈んだ後に、村の住民たちが車で長い時間を掛けてやって来てくれたので、夏祭りのための準備が始まった。



「えっと、賞味期限は……はて? なんて書いてあるのかの?」

「年々文字が見えなくなっちゃって、困っちゃうわねー」

「そうですねー」



 ……なんで老眼の婆さんたちが賞味期限を見ているんだ。それは俺と優菜さんでやっておくからお前らは在庫でも数えてろ。



「一、二、三、四、五……」

「8、9、10、11……」

「23、24……はて? 今どこまで数えてたかの?」

「あらやだ。わからなくなっちゃったわ!」

「あら洋子さんも? アタシもわからなくなっちゃったのよ」



 おほほほほっ……と高笑いする婆さんたち。笑い事じゃないんだがな。



「これ、何時間掛かるんだろ」

「……なんか、全部やることになりそうね」



 俺と優菜さんは、お母さんたちと一緒に外へ行けば良かったと深く後悔したのだった。



 ◆



 二時間も経てば、さすがに二人で作業しても終わらなくはない。

 まだカレーの材料が届いていないことが幸いした。もし届いていたら、さらに時間が必要だっただろう。

 そして老人たちが帰ったあと、俺たちは全員揃いも揃って倒れた。



「あのお爺ちゃんたち使えなさすぎ……」

「……そっちもか」

「ってことは由紀も?」

「うん……お茶飲んで喋ってるだけ……」



 ここは集会場じゃないんだけどな。ホント、あの人たちは一体何をしに来たんだ。



「そっちはまだ良いじゃん。中学や高校の人たちが居たんだから……」

「それでもテントと長テーブルをトラックから降ろして設置したんだよ……」

「へー……」



 それはお疲れさま。でも戦力になる人はこっちの四倍は居たわけだし、こっちほど大変じゃなかっただろ?



「とりあえず優菜さん、お風呂お願いします」

「あのね由紀ちゃん、おばさんも疲れてるの。今日は我慢してくれない?」

「それで我慢しないのが子供なのです。さあ、お湯を沸かして。ボタン押すだけでしょ」

「透花さんお願い……一番近いでしょ?」

「仕方ないわね……由紀、やりなさい」



 一周回って俺に戻ってきた。でも俺じゃ無理なんだよな。



「身長が届かないから、みこお願い」

「あたしお風呂明日でいいや……しろなちゃんやってあげて」

「私も疲れてるから無理。お父さん――――」



 白菜が師匠の方を振り向いて頼もうとするも、既に師匠はイビキをかいて、眠りに就いていた。



「白菜、あうとー」

「…………わかったよぉ」



 敗北者である白菜がボタンを押してお風呂を沸かす。



「これでいい?」

「ありがとう白菜、ついでに布団も敷いてきてくれない?」

「自分でやれ」



 ……図々しいヤツだな全く。布団ぐらい敷いてくれても良いじゃないか。面倒だし、寝るときでいっか。



 ――その夜はお風呂を出ると折り畳まれたままの布団に寝っ転がり、そのまま敷くこともなく眠りに就いたのだった。




 ◆




 前置きもさておき、早くも一週間が経過。今夜はいつもより賑やかな双葉神社の姿があった。

 白菜とみこが浴衣に着替えるらしく、俺とお母さんは先に外で待っていた。



「これが夏祭り……」



 手前の屋台から焼き鳥、唐揚げ、フランクフルト、餃子、枝豆…………枝豆?



「……ビールのつまみばかりね」

「なるほど」



 そりゃあ、枝豆の屋台もあるよな。



「……いや、ねぇよ」



 最初の四つはともかく、どこの世界に枝豆だけを売っている屋台があるんだ。

 告げ口したのは師匠か?

 どうせ師匠のことだ。表向きは祭りってことにしておいて、「みんなでいっぱい飲もうぜ!」とか何とか言って爺さんどもと一緒にはっちゃけているに決まっている。



「ところで何があるの?」

「由紀が遊べるのだと射的と型抜きぐらいかな? 子供が少ないから金魚すくいとか用意出来なかったみたいね。……まあ、実際はお酒に溶けてそうだけど」



 お母さんの意見を聞いて、俺はごもっともだと思った。

 現に休憩所として置いてあるテントでは、爺さんどもがお酒とおつまみを用意してわちゃわちゃしており、婆さんは婆さんで無料のお茶を片手に、世間話をしている。

 神社にいる人数全体の八割がそこの休憩所で盛り上がっている。そのため、あそこだけ人口密度が高い。

 ――逆に言うと、他はすっからかんである。もう祭りって言うよりかは屋台がいくつか並んでいるだけである。



「お待たせ由紀! どう? 似合う?」

「うん、似合ってるよ」



 着物姿で現れた白菜。ぶっちゃけ見たときの感想は、「へー……ふつう」って思った。

 でもそこは変態紳士的対応により、マトモな返答を返した。



「ゆきちゃん! あたしはどうかな!?」



 背後からみこの声が聞こえてきたので振り返る。

 そこには、白い行衣を着たみこの姿があった。



「なんで行衣!?」

「えっ? 優菜さんが行衣も浴衣もそんなに変わらないって言ってたけど、違うの?」



 ちがう。バリバリ修行中ですよ感が出ているんだが。むしろどこが一緒だと思った?

 ……でも、みこも信じ切ってるし、きっと浴衣が無かったんだろう。優菜さんに乗っかっておこう。



「……まあ、似たようなもんじゃない? それより早く行こっ?」

「そうだね」



 白菜も何も言わないので、行衣に関しては完全スルーをすることにした。

 俺は白菜たちと射的の場所へと向かう。そこには中学生や高校生のグループが商品に目掛けてコルクを飛ばしていた。



「全然取れないね……やっぱりお菓子の方が取りやすいんじゃない?」

「そうだね」



 そのグループが狙っていたのは、パンダのぬいぐるみ。だが、なかなか動かないのか、的を下段にあるお菓子に変更した。



「私たちもやる!」

「あいよ。一人100円な」



 白菜が師匠から奪ったお金を渡して、三人分のコルクを受けとる。



「由紀、大丈夫? 抱っこしようか?」

「うん、お願い」



 俺は身長的に届かないので、お母さんに抱えあげて貰う。銃に手を伸ばしてコルクをセット。照準を合わせて……



「――――発射っ!!」



 一発の弾丸は、謎の黄色い人形に直撃。元々バランスが悪かったのか、その人形は一撃で倒れた。



「おめでとうお嬢ちゃん。ほら、お人形さんな」



 黄色くて胴体に筋肉を感じる人形。表情はどう見てもぴえんである。

 ……ナニコレ。

 ぴえんに胴体生やしたヤツ誰だよ。しかも補充されてるし。



「気に入ったのか? 在庫はまだまだあるからな。お嬢ちゃん、取り放題だぞ」



 そんなに要らんわ。あとそんなに気に入ってないから。そもそも狙ってたのはその横にあるだっきちゃんパズルだし、こんなのは偶然の副産物だ。次こそはだっきちゃんを確保してやる……!



「えいっ!」



 二発目の弾丸は、だっきちゃんの横をスレスレに外れて行き、その先にある黄色い人形に命中した。



「はい、おめでとう」



 ……なんでやねん。二体目とか要らんわ。もう残りが三発しかないじゃないか。



「ゆきちゃん、その人形欲しいの? じゃあ、あたしが取ってあげるよ」

「いや、わたしはその横の――――」

「おっと! みこちゃんだけにそんなカッコ良い姿は見せられないよ! 私の方がたくさん取ってあげるんだから!」

「いや、だからわたしはその横の――――」

「受けて立つよ! どっちがゆきちゃんにあの気持ち悪い人形をたくさんプレゼントできるか、勝負だよ!!」



 先ほどから言葉を遮られてしまい、俺はもう半場諦める。

 そして、やる気になった白菜とみこのぴえん狩り競争が始まった……!



「っていうか、気持ち悪いってわかってるなら取らなくて良いじゃん」



 もはや嫌がらせの領域だろ。

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