第45話 雪娘は猛暑に溶ける



 ――――夏休み。


 それは、学生に与えられた長期休暇の一つである。

 それは、実家に帰省する時期である。

 それは、リア充イベントが大量発生する期間である。



 そんな期間なのだが、俺は相変わらず我が家でダラダラと過ごしていた。



「あ゛っづい……!」

「ゆきちゃん、大丈夫?」



 ――否、立っていることができないぐらいにまでバテていた。

 溶ける、溶けるよぉ……こんなに暑いとか、聞いてないんだけど。おのれエアコンめッ! 勝手に壊れるとか赦さんぞッ!!



「明日には業者さんが来るから、それまでこれで我慢してくれる?」

「むりぃ……冷蔵庫……」

「由紀ちゃん、ダメよ。いつも言ってるけど、冷蔵庫に入ると不衛生なの。わかったら扇風機で我慢してて」



 ……わからないから冷蔵庫で我慢してあげる。



「…………動けん」

「ゆきちゃん!? 身体が溶けてるよ!?」



 みこに言われて気付いた。袖から出ている手を見れば、少しだけだが溶けていた。首から下がどうなっているのか俺には見えないが、感覚がないということだけはハッキリとわかる。今の俺は首と手以外は全て溶けているのだろう。

 扇風機のお陰で頭が溶けないから、意識を手放せずに暑さだけを感じる拷問のような状態だ。



「……もう扇風機退かしてやった方が良いんじゃないか? 透花を見てみろ、こうして自ら溶けてバケツに入ってるんだぞ」



 視線を動かせば、そこには『透花』と書かれた貼り紙がバケツに付着しており、そのバケツには大量の水が入っていた。



「……今日はまた一段とお母さんの扱いがひどいね」



 俺はと言えば、顔面だけは扇風機に当たり、残りは白菜の手によってタオルで吸い取られて『由紀』と書かれた貼り紙があるバケツに移されている。



「…………白菜、ありがとう」

「どういたしまして」

「……もう寝る」

「うん、おやすみ」



 みこが扇風機を退けたことにより、冷風の恩恵を失なった俺はドロドロと溶けるように意識を失なった――――。




 ◆




 ……目を覚ますと真っ暗な箱に入っていた。目の前にはお母さんの姿もあり、少しばかりひんやりとしていて心地よかった。



「……ふむ、冷蔵庫か」



 その心地よさから、ここがどこなのかを明確に当てた。伊達に毎年潜伏していただけのことはある。

 ……折角だし、もう少しゆったりしていよう。どうせ外は暑いだろうからな。


 温度環境は最適だ。娯楽がないことを除いて文句があるとするのなら、やはり着物だろう。

 ここは、身体が溶けたからと言って、着物まで溶けるような生易しい世界ではない。着ていた着物や頭巾はその場に残るのだ。

 つまり俺とお母さんは今、すっぽんぽんである。そう、衣服一枚纏わぬ産まれたときの姿……すっぽんぽんであるのだ。


 ……大事なことなので二回言いました!



「……由紀? 起きたの?」

「あっ、お母さん。おはよう」

「おはよう……ここは?」

「冷蔵庫の中だよ」



 どうだこの冷却的環境は。雪女のお母さんにとっても最高な環境だろう?



「……なるほど、これは確かに癖になりそうな居心地ね」

「最高でしょ?」

「そうね」



 そんな話を呑気にしていると、外に声が漏れていたのか、優菜さんの手によって冷蔵庫が開けられた。



「食材腐るから早く出てくれない?」

「…………はい」



 泣く泣く冷蔵庫から追い出された俺とお母さん。外に降りたってみれば、冷房が効いているのかそこそこ涼しかった。……さすがに冷蔵庫には勝てないけど。

 とりあえず、冷蔵庫の横に用意されていた着物を着付けて頭巾を装備。普段通りの格好に戻った。



「……白菜、何日経った?」

「一日だよ」

「ふーん」



 そんなに時間経ってなかったのか、意外だ。

 ……ん? なんだこの紙切れは?



「夏祭り?」



 へー、ここって夏祭りやってたのか。全く知らなかったな。田舎の夏祭りなんてしょっぱそうだが、なんか楽しそうだ。こういうリア充イベントは前世では行ったことがなかった。何故ならボッチだからだッ!!

 一緒に行く彼女もいなければ、友達もいない!

 それに、お父さんは仕事で忙しかった。あの頃の俺は白菜とも若干の距離を置いていたし、人混みに行って何が楽しいのかと涙を流して言い訳をし、部屋に引きこもってゲームしているだけだった。


 ――だからかなり興味ある。是非とも、行ってみたい……!



「ゆきちゃんも興味あるの?」

「うん、行きたい。どこでやるの?」

「え? ここだよ?」

「へ?」

「ほら、ここ」



 みこが指をさした場所を見ると、確かに双葉神社で開催すると書いてあった。

 ……わざわざこんな場所まで来るヤツはいるのか?



「自治会の案でな。学校と悩んだらしいが、比較的こっちの方に家が多かったから、ここで開催することになったんだ。皆も楽しめるだろうし、こっちとしては祭りだけでなく、場所代としてお酒貰えるから万々歳だってわけだ」

「師匠、お酒に釣られたんだ……」

「おい、その言い方はやめろ。勘違いされるだろうが」



 何処に勘違いする要素があるのだろうか。完全にお酒貰えるから万々歳だって断言してたじゃないか。



「まっ、いいや。これっていつやるの?」

「来週末だな。準備もしないといけないし、お前らも楽しむんだ。少しぐらいは手伝ってくれよ」

「ここでできることなら任せて置いてよ」

「お、おう……頼りねぇな……」



 外は猛暑なんだから当たり前だ。外に出たら溶けるに決まってる。下手すれば蒸発してしまう。一度蒸発したら、戻るのに結構苦労するんだぞ。



「でもそうだな……基本的には屋台の準備がメインだからな。屋内でやることなんて、在庫確認ぐらいしかないし……チッ、仕方ない。白菜、みこちゃん! 頼りにしてるぞ!!」

「えー」



 ……師匠、さては子供たちに任せて自分はサボる気満々だな?



「面倒だよねー」

「そういうのは大人がやるべきなのにね」

「そうね、特に男の人がやるべきよね」



 俺だけでなく、白菜やみこ、優菜さんからもジーっと睨まれる師匠。

 師匠は若干の冷や汗をかきながらも、五日前の新聞を読んでいるフリをして聞こえないアピールをしている。



「諦めなさい、この中に男はお父さんしか居ないの」

「……チッ、ああ、わぁったよ!」



 それ絶対わかってないヤツ。準備当日とか一人でバックレるヤツだろ。



「みんな、かき氷できたわよ」

「食べる食べる!!」



 俺は真っ先にお母さんの元へと駆け寄り、かき氷を受けとる。やっぱり暑い日にはかき氷だよな!

 そういえば夏祭りって、夏という割には冷たい物が少ないような気がするな……。



「確かにアイスクリームとか売ってるのあまり見ないよね」

「かき氷とラムネぐらいしか無いんじゃない?」

「いや、キンキンに冷えたビールがあるぞ」



 そうだけど、それはちがう。それは年中無休で味わえるヤツだろ。



「夏祭りは屋台もそうだけど、射的とか金魚すくいとか……縁日もメインなのよ」

「へー……」



 アニメとかで金魚すくいやってるのをよく見かけるけど、あの金魚たちが次回以降に出てくることないよな。その金魚たちは一体どうしているのだろうか?



「折角の夏祭りなんだから、楽しんだら勝ちなのよ。由紀ちゃんもじっくり堪能しなさい」

「うん!」



 俺は元気よく返事をした。白菜たちも楽しみだねと嬉しそうに喋っていた。



「二人は宿題終わらないとお留守番だからね?」

「…………」



 二人とも、がんばれ……!

 俺はグータラしながら、その勉強している姿を見てやるからな!




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