第43話 最強の鬼、酒呑童子現る!!




 あれから一週間、何もない暇な日常が続いた。

 せっかく神楽ちゃんから雪娘ちゃん専用装備――夕立を貰ったというのに、素振りしか出来ていない。

 ちょっと物足りない気分だ。

 この夕立を使って、雑魚妖怪どもを蹴散らしたいという戦闘衝動に駆られている。



「……ひまだ」



 座布団の上にゴロンと寝っ転がり、天井を仰ぐ。

 だっきちゃんと百合っている自分を妄想していると、スゴい勢いで迫り来る足音が聞こえてきた。



「透花! 緊急事態だッ!!」



 ――師匠だった。

 どうせまた酒瓶の栓が開かないから開けてくれみたいなヤツだろう。その証拠にお母さんも顔は向けているが、そこまで期待していないようにも見える。



「……どうしたのよ?」

「酒呑童子だッ!」

「…………嘘でしょ?」



 お母さんは少々驚きの表情を隠せないでいた。強大な敵が現れても平然としていることが多いお母さんだが、酒呑童子が一体どうしたというのだろうか?

 一応、酒呑童子は妖魔乙女だっきちゃんに登場してくるので存在自体は知っている。

 酒呑童子は最強の鬼とか言われており、こっくりさんと同じ幹部クラスの妖怪だ。

 筋肉増し増しのその拳は、山をも砕き海をも切り裂く……って、公式ファンブックに書いてあった。



「優菜さん、白菜ちゃんたちと愛ちゃんの家まで避難して。由紀はお母さんと応戦よ、死ぬわけじゃないんだから大丈夫でしょ?」

「まあ、うん……別にいいけど」



 その言い方はやめてくれ。確かに死ぬことはないけど、当たったら死ぬ程痛い攻撃なんてわんさかあるんだ。

 だから俺は――――



「痛いのはイヤなので、攻撃と回避に徹底したいと思います」

「どこのラノベタイトルだ。良いから行くぞ」

「はーい」




 ◆




 俺たちが双葉神社を飛び出して向かったのは、数年前まで俺とお母さんが住んでいた小屋の近くだ。

 もちろん、そんな場所まで徒歩で行くような師匠ではない。バリバリ軽自動車を運転中だ。



「でもどうやって酒呑童子がいるってわかったの?」

「ああ、車のモニターを見てみろ。ここに酒呑童子がいるマークがあるだろ? ……これがこの車に付いている隠されし機能、酒呑童子レーダーだ」



 随分と対象範囲の狭いレーダーだな。

 ……その普段絶対に使えない機能が何故備わっているのか、詳しく聞きたいな。



「車検の時にバレないかと肝が冷えるが、こういうときは結構役立つからな。便利だろ?」



 いや、こういうとき使えないの間違いだろ?



「ねぇ、ちょっと遅くない? いつもはこんなに掛からなかったわよ?」

「そりゃあ、時速100キロで飛ばしてりゃ掛からないだろうよ」



 珍しく師匠と意見が一致したな。明日は氷柱でも降るのか?


 それから五分程、軽自動車に乗って移動すると、遠くに巨人のような妖怪が見えてきた。大きさは大体六メートルぐらいで、俺の約六倍だ。その背丈は非常に高く感じる。



「よしっ、突っ込むぞ!」



 ええっー……壊されても俺は知らないぞ。


 勢い良く加速する軽自動車は、あっという間に酒呑童子の足元へと近付き、その脛に激突した。



「うわっ、痛そう……」



 酒呑童子が膝から崩れ落ちている隙に、お母さんは車を飛び降りて攻撃を始めた。師匠はというと、安全な場所に車を止めてから俺と一緒に車を降りた。



「この非常識な雪女め……! 普通は車を降りてから十四年ぶりの再開に浸り、軽い会話でもしてから戦うのが定石だろうが!」



 怒るところそこなのかよ。随分と律儀な妖怪だな。……ん?



「…………十四年ぶり?」

「ええ、あの酒呑童子は十四年前に私たちが浄化したのよ」



 お母さんは話には聞いていたけどと、付け足していたが、まさかそんなことが実際にあるとは思わず、非常に驚いていた。



「ん? なんだそこの娘は? まさかそこのデブと夜でも楽しんだのか? お前がそんな奴だとは思っても見なかったぞ……」

「違うっわよッ!! 何が悲しくてデブと一夜過ごさないといけないのよ!?」

「そうだそうだ! お父さんをこんなデブと間違えるなんて酷いにも程があるよ! ちゃんと謝って!」

「あっ、はい。すみませんでした」

「お前ら人をデブデブ言いやがって……そんなに俺が太ってるっていうのか!?」

「「「はいっ!」」」



 敵味方関係なく、三人の心が統一された言葉だった。

 むしろそのお腹で太っていないと言う方が難しいだろう。



「この野郎……! 絶対に浄化してやるッ!!」

「フハハハハハハハハッ!!! この俺に勝てるとでも思っているのか?」



 大きく高笑いをする酒呑童子に、お母さんと師匠はやる気だ。俺も夕立に手を掛けて引き抜こうとする。



「良いだろう。そこの娘ごと掛かってくるがいいっ!!」



 ドンッと大きな音が響くと、俺たちの間には一つの巨大なテーブルが出てきた。



「さあ、麻雀で勝負だッ!!」



 ……はい?



「挑むところよッ!!」

「今日こそお前を飛ばしてやるッ!!」



 いやいやいやいや!! なんでそんなにやる気なのッ!?

 お前らそんなに麻雀好きなのか!?

 俺なんてルールすら知らないぞ!?

 知ってることと言えば、無限に立直することとか、東西南北だとか、そういう感じのヤツだけだぞ!



「娘よ、大丈夫だ。ここにルールブックがある。これを貸してやるし、初心者ということもあるから、待ち時間を無限にくれてやる。さあ、俺と永遠に麻雀を打ち続けようッ!!」



 名言を汚すな。

 だいたい、初心者の俺がこんなルールブック持った所で勝てるわけがないじゃないか。








 ――なんて、そう思っていた時期が俺にもありました。




「ツモっ!! 天和・大四喜・字一色・四暗刻単騎、6倍役満!」

「なん……だと……!?」

「おいコラッ!! 俺たちまで飛ばしてどうするッ!!」



 …………師匠もお母さんも酒呑童子も、揃って点数マイナス突入か。まあ、がんばれ。もう二度とその数値がプラスに戻ることはないがな。



「わたし、初心者だし……よくわかんない!」



 そして試合は終局を迎えた。



「フッ、まさかこの俺が初心者に負ける日が来ようとはな……娘よ、名は何と言う」

「由紀だよ」

「由紀か……覚えておこう。さあ、浄化するがいい!」



 酒呑童子は両手を広げて浄化されるのを待つ。



「……あっ、でもちょっと待って。お酒、これだけ飲まして?」

「巫女パンチッ!!」

「あ~~~れぇ~~~~ッ!!?」



 こうして酒呑童子は、この世から姿を消したのだった。




 ◆




「あら? 何か落ちてるわよ?」

「勾玉だ」



 お母さんに言われて気付いたが、また妖怪から勾玉がドロップした。今度は蒼色の勾玉だ。大きさは前回と同じぐらいだろう。



「それにしても由紀、大手柄ね。由紀が居なかったら危なかったわ」

「えへへっー」

「それじゃあ、帰りましょう」

「うんッ!!」



 酒呑童子との激闘を終えた俺は、お母さんと共に車へと乗り込んで双葉神社へと帰宅したのだった。

 ――あっ、ずっと使おうと思ってたのに、夕立使ってない……




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