第25話 過保護禁止令の試練
あれから三ヶ月。
こちらではまだ雪が降る日も少なくないが、都会の方では暖かくなり始める時期だった。
俺は今日もみこと一緒に滝行をしている。
「由紀、風邪引くといけないから、少しだけよ!」
――保護者同伴で。
いつまで過保護なのさ。そろそろ子供離れもして欲しい。
寝る部屋も同じ。寝る布団も同じ。外を歩くときは常に監視下にある。
俺はプライバシーの欠片もないような、そんな生活を送っている。
「……このままじゃダメだ」
さすがに度が過ぎている。
これは何か対策を練るべきだろう。
◆
「わたし都会行く」
お茶の間でポツリと呟いた。
当然それに反論するように、お母さんはテーブルを叩いて俺のことを縛りつけるようなことを言う。
「ダメよ! 都会なんて危ない人しか居ないのよ!? 由紀が行ったらすぐに外国に売られちゃうのよ!」
「だってお母さんうるさいんだもん!」
お母さんの反論に俺もテーブルを叩いて反論する。
俺の放った、たった一言の反論には正当性が高く、お母さんを除く全員が頷いた。
「もうお母さんなんて知らないっ!」
「ゆきちゃん!」
俺が家を飛び出すと、みこが俺の後を付いてきた。
――もちろん、これは全て仕組まれたことだ。
みこの帰省も兼ねて、お母さんの過保護から解放するようにと俺が師匠に頼み込んだのだ。
考えてもみて欲しい。
前世では学業成績ワーストワンのコミュ症陰キャ引きこもり童貞オタクで名を馳せていた俺だ。
こんな念には念を練られた作戦なんて思い付くワケがない。
あとは師匠がうまくやってくれるだろう。
「じゃあ、行こっか」
「うん……でも、ゆきちゃんはこれで良かったの?」
「いいの。さすがにアレは度が過ぎてるから」
軽く何処に行くのかを訊いてくるぐらいなら兎も角。
その後ろを尾行して監視してくるのは、親としてどうなのだろうか?
せめて尾行するなら俺が怪しい行動をしたときだけにしてくれ。それなら理解はできる。
「…………」
「本当に大丈夫?」
「う、うん! 平気だよ!」
一瞬だけ何かが脳裏を横切ったような気がしたが、まあ気のせいだろう。
俺はみこと一緒にスノーボードに乗り、みこの祖母が住んでいる屋敷を目指して、雪道を滑り出した。
みこの祖母が住む屋敷は、双葉神社から徒歩で三十分ぐらいの場所にある。
歩く分にはかなりの距離があるが、スノーボードで滑るだけならば、そこまで時間も掛からない。この前落ちて流された川に沿って行けば、迷う心配もないので心配することもない。
◆
雪道を滑ること十分。
俺たちはみこの祖母が住んでいる屋敷へとやって来た。
「おばあちゃんただいま!」
「みこ、随分と速いっぺな」
「だってゆきちゃんビュンビュン飛ばすんだもん。だから大変でさー」
「……そういう気分だっただけだし。そう言うみこだって楽しんでたじゃん」
「えへへっ、そうだねー。そういうことにしておくね」
いつもと対して変わらないようなやり取りなのだが、何故かみこの笑顔が少しだけいつもと違うように見えた。
今日のみこの笑顔は、何かを見透かしているかのような……そんな感じの笑顔だ。
何となく気持ち悪かったので、軽く頬を膨らませた。
「ごめんって」
「なんで謝るの?」
「…………魚獲りに行こっ!」
「えっ、ちょっと!?」
なんで誤魔化すのッ!?
みこに手を引かれて、屋敷の裏にある鮭が捕れる川まで移動した。
みこの祖母は行ってらっしゃいと言わんばかりに手を振って、俺のことを見送っていた。
鮭の乱獲勝負では、俺が一匹、みこが八匹という結果で大敗した。
やはり野生のホモサピエンスには敵わない。
みこの祖母といえば、愛さんを押しつけた筈なのだが、彼女は今どんな感じになっているのだろうか?
折角だし、聞いてみることにするか。
「今は修行中だっぺ。おめぇさんのトラウマとなった性癖は、二年もあれば消えると思うんだっぺ」
愛さんは、あの性癖だけを除けば、至って普通の中学生だ。
一度知ってしまったことを取り除くのは難しい。今は数を減らしている段階らしいけど、やはり年単位の時間が必要とのことだ。
……妖魔樹の果実が食べたいな。
「お母さん――」
――って、そうだった。ここ双葉神社じゃないんだから、妖魔樹の果実とか、無いんだったな。
仕方ない、このお煎餅で我慢するか。
「…………」
「……なに」
唐突にニヤニヤし始めたみこを、俺は半目でじっくりと見る。
何か勘違いしてるみたいだけど、別に俺はマザコンじゃないからな?
果実を食べたいと思っただけで、お母さんに会いたいとは言ってないからな?
そこの所を誤解しないで貰いたい。
「ふぅーん」
あっ、ダメだ。何を言っても聞かないような顔してる。
こんな誤解されるとか釈然としないが、時間が経てばみこだって誤解だと気付くだろう。
それまではゆっくりとお茶でも飲みながら、うだうだしてますか。
「あたし、魚捌いてくるから」
「うん、行ってらっしゃい」
愛さんとみこの祖母も修行に行くらしく、みこと一緒に玄関から外に出ていった。
三人が出ていったこの屋敷は、俺一人だけになった。
「もうちょっとゴロゴロしてから素振りでもしよっ」
座布団を枕にしてごろんっと横になる。他人の家だとは思えない程のくつろぎっぷりだ。我ながら凄まじい精神力だ。元人間だとは思えない。
「…………」
時計のカチッカチッと秒針の動く音が聴こえてくる。
――今にして思えば、一人っきりになるだなんて何ヵ月ぶりなのだろうか?
家では師匠と優菜さんが常に居たし、外では常にみこと行動をしていた。
みこが素振りか修行かで居なかったとしても、尾行するお母さんの視線が分厚く、俺は常に誰かの監視下に居た。
ここまで誰かの目がないのは、トイレぐらいである。
……
…………
………………。
「!?」
今、俺は何を思っていた!?
ちがう! そんなわけない!
これでも中身は前世を含めれば三十を超えているんだ。あの頃は日常生活だって外界を遮断して一人で生きていた。誰かと顔を合わせる必要だってない!
「もう素振りでもするッ!」
半ば不貞腐れるように立ち上がり、木刀を持って庭に出た。
それから小一時間ぐらい庭で木刀を振るっていたのだが、さすがに飽きた。
◆
夕食の時間になると、テーブルの上には贅沢な和食が並んでいた。
「いただきまーす!」
みこが真っ先に橋を持って、お米にかぶり付く。
元気で何よりだな。さて、俺も食べるか。
……
…………
………………。
「ゆきちゃん? もしかしておいしくなかった?」
「えっ? おいしいよ?」
みこがいきなり話し掛けてきて、俺はハッとした。
「でも、全然進んでないよ?」
気が付いたら、みこたちは食べ終えていて、俺は最初の一口のまま進んでいなかった。
不思議と食べ物が喉を通らなかったのだ。
「ごめん。ちょっと考え事してて……もう入らないかも。みこが食べちゃっていいよ」
「うん……でも大丈夫?」
「大丈夫だよ」
笑って誤魔化すのだが、みこの顔色からは不安という感情一色に染められていた。
折角の帰省なのに、変に気を遣わせてしまったような気がする……。
「やっぱり帰るね」
「そっか。じゃあ三日後にまたね!」
……あれぇ?
みこは何だか「ようやくか……」みたいな反応を示してきた。なにその最初っから俺のことぐらいわかってましたよと言わんばかりの態度は。
何だかちょっとだけムカついたので、俺はさっさと双葉神社に帰った。
◆
双葉神社まで帰ってきた俺は、途轍もなく悲惨な光景を目の当たりにした。
そのあまりの光景を前に、顔が真っ青に染まる。
「あれれぇー? ゆきちゃんのげんえーがみえるよー? おいれーわらひのむひゅめ!」
「お母さん……」
どうしよう、お酒で身体が溶けてる……。
お母さんの酔っ払い姿を前に、思わず溜息が溢れた。
「まったく、お母さんは仕方ないなぁ。わたしが居ないと何にもできないんだもん」
この事件を機に、お母さんが過保護になることは無くなったのだった――。
「お父さん……由紀ちゃん、ダメな男を連れてくるタイプよ」
「……そうだな」
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