第24話 ご先祖様だって、血筋だし?
どうやら神楽ちゃんの妖気に紛れて悪さをしている妖怪がいるらしい。
俺も薄々おかしいとは思っていたのだ。
「だって、吹雪とか全然止まないし」
本来なら俺たちが注意した時点で、この吹雪は止むはずなのだ。
晴れとまでは言わないが、せめて通常の雪が降る程度にまではなるはずだ。
それなのに、現状は何一つ変わらず猛吹雪のまま。
何者かが悪さをしていることは明白なのだ。
「由紀、ついてくるなら約束して。相手は山神様の妖気をダシにして猛吹雪を降らせるほど強力な妖怪なのよ。だから、何かあったらすぐ逃げるようにして。無理なら家で待ってなさい」
強力な妖怪……それも猛吹雪を降らせることができるぐらいにまで……。
山を降りてくるまでの様子を見て何となくわかったが、神楽ちゃんはそこまで寒さに強くない。もし氷使いの強力な妖怪に出会ったなら負けてしまうのかもしれない。
俺が行っても勝てる確率が上がるわけではない……。
けど!
「行くよ。
オタクのオタクによるオタクのための聖戦。
それが今、新潟県の片鱗にある田舎で始まろうとしていた――!
「何かあったら、お母さんのことは置いて逃げるのよ」
「うん、わかった」
「では行くぞ、友よ」
神楽ちゃんが先導して、俺たちは吹雪の中を歩き始めた。
◆
吹雪のなかを歩き始めること三十分。
無言で歩き続けるのもアレかと思ったので、話しかけてみることにした。
「相手って神楽ちゃんよりも強いの?」
「もちろん私が優勢だ」
おぉ! さすが神楽ちゃん!
頼りになるなぁ…………あれ? お母さん?
「お母さんは怖くないの?」
「山神様と一緒なのよ? 大船に乗ったつもりでいるわ」
その割には随分と汗が凄いけど大丈夫か?
お母さんの膝、ガクガクしてるよ?
なんか目尻に水分が溜まってるよ?
本当は帰りたいんじゃないか。素直に言っちゃいなよ。
「お母さんにはね。どうしても引けない瞬間って言うのがあるのよ。……由紀が引き返してくれるって言うなら話は別なんだけどね!」
「それなら引き返さないから大丈夫だよ」
「ううっ」
いや、泣くほど嫌なら帰ればいいじゃん。
こんな吹雪のなかで強敵と戦うと言っているのだから、逃げても何も言われないよ。
俺だってこんなことで小言を言わないし。
「……まあ、師匠は言うかもしれないけどね!」
「それが嫌だから言ってるのよぉ!」
「二人とも、着いたぞ」
神楽ちゃんに言われて顔を見上げる。
そこには、神楽ちゃんが住んでいる岩と似たような岩があった。
神楽ちゃんがその岩に向かって三回ほど叩く。
すると、叩いた岩の一部が自動ドアのように開いた。
「……随分と画期的な岩ね」
「二人とも。奴の話に耳を傾けるでないぞ」
「うん!」
自動ドアによって開いた岩の隙間から、内部へと侵入する。
岩の中でへたり込んでいる女性を見えた。
隣を見ると、神楽ちゃんがニヤリとほくそ笑んでいた。
「……えっ?」
それとは対照的に、その女性を見るなり、顔を真っ青にして引き下がるお母さん。
この女性が神楽ちゃんと同じような童話にまつわる妖怪であることは瞬時に分かった。
そしてこの俺やお母さんと非常に似通った妖気を感じる。
たぶんだが、この妖怪は恐らく……
「――白雪姫」
ポツリと呟いた俺の声に反応して、その女性がこちらを振り向く。
お母さんの反応を見る限り、白雪姫で間違えないだろう。
しかし戦うような雰囲気は全く持って感じられない。
戦うというのは一体どういうことなのだろうか?
首を傾げていると、神楽ちゃんが先陣を切った。
「どうやら心をズタズタにされ過ぎて妖気のコントロールすらできなくなってるようだが?」
「あんたに何がわかるっていうのよ……」
白雪姫がポツリと呟く。
次の瞬間には、神楽ちゃんの襟元を掴んで強く揺さぶった。
そして、凄まじい覇気を持って、その真意を神楽ちゃんに訴えた。
「大天狗様を失った私の気持ちなんて、アンタにはわからないでしょうね!」
……は?
泣き叫ぶように伝えられたその言葉に、俺はド肝を抜かれた。
神楽ちゃんは、まるで汚物が身体に纏わりついているの嫌がるかのように、白雪姫を引き剝がす。
「知らん。私はだっきちゃん一筋だ。ほかのモブ如きに用はない」
「お願いだから、私の大天狗様を生き返らせてよぉ!」
何だかやかましい光景を見せられている。
妖怪、白雪姫――彼女は初代雪女の母に当たる妖怪で、その強さはマグマをも凍らせるほど強力であると、お母さんが言っていた。
ちなみに、お母さんは九代目の雪女らしい。
だが、十代目の雪女にあたるはずだった俺は初代雪娘になってしまった。
まだ八代目――俺の祖母は生きているが、現在雪女に跡継ぎはいない。
そのため、雪女は存続の危機に面しているらしいんだとか。
「お母さん、アレがご先祖さまの姿なの?」
「…………」
お母さんもまさか自分のご先祖様が、こんな田舎でオタ活をして、推しの死に一週間泣きこもって、他の妖怪に泣きすがっているとは思ってもみなかったようで、視界を完全に塞ぎ込んでしまっていた。
――いやぁ、俺のオタクっぷりは、ご先祖様から代々引き継がれてきた血筋だったんだな。前世で俺がオタクになった理由がよくわかった気がする。
「でもなんだろう。この感情……」
いつもなら、オタク仲間が見つかって喜ぶのだが、自分のご先祖様がオタクだったと知った時に出てきたのは、他でもない失望感だったのだ。
嗚呼、どうしてだろう。本来だったら喜ぶべきことだろうに、涙が止まらないや……。
「……なんでアンタの連れ、こんなに泣いてるのよ」
「ご先祖様の哀れな姿を前に、失望したんだろ」
「ご先祖っ!?」
「ああ、お前の子孫だな」
「子孫っ!?」
白雪姫は咳払いをすると、まだ身体が小さい俺の頭を撫でる。
加えて、先程までのオタクムーブを誤魔化すように、俺のことを抱きしめた。
「おぉ、会いたかったぞ。我が子孫よ」
「子孫よりも大天狗様の方が大事なんでしょ」
「そりゃもちろん……いやいや! お前の方が大事だぞ! えっと……」
おい。名前すら知らないじゃないか。
あと大天狗の方が大事だって訊いたとき、頷こうとしたよな?
……まあ、真のオタクとしては間違ってない志かもしれないけど。
「由紀はお前と違って物分かりが良いぞ。何せ推しはだっきちゃんだからなッ!!」
「なん……だと……!?」
白雪姫の背後に雷が落ちたような幻覚が見えた。
どうやら子孫の推しが自分の推しと違うことに相当のショックを受けているようだ。
「まっ、大天狗の時代は終わったわけだ。もうアニメにも漫画にも登場する事はないだろうが、強く生きろよ」
神楽ちゃんが白雪姫の肩を叩いて慰める。
――でも確か、神楽ちゃんって……
「友が死んだとか言って、一週間ぐらい妖気漏らしてたよね?」
「由紀! 今それは関係ないぞ!」
神楽ちゃんが顔を紅くして否定した。
まさかとは思っていたが、どうやら神楽ちゃんも大天狗のことを推していたらしい。
「ほほ~う。まさか散々だっきちゃんだっきちゃん言ってた癖に、大天狗様のことが好きだったのか? このかわい子ちゃんめ。それなら素直に言えば良かったのに」
「ぐぬぬっ……!」
白雪姫が神楽ちゃんのことをツンツンとつつく。
この二人、実はかなり仲良しみたいだな。
「お母さん、帰ろ」
「……そうね」
俺とお母さんは岩の外へと出る。
そこには一週間ぶりの太陽が姿を現していた。
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