第26話 攻撃こそ最大の防御




 明日で春休みを迎える小学生。

 この長期休暇を前に、喜ばない小学生などいない。



「春休みねぇ。私も休みが欲しいわ」

「そうだな、俺も休みが欲しい」

「わたしもー」

「あなたたちは年中休みでしょう」



 炬燵に入ってうだうだごろごろとダメ人間かのようにヒモになっている俺たち。

 確かに師匠は、うだうだして時間を潰しているだけだろう。

 だが、俺は違う。

 これでも妖力を体内に循環させて、操作性を高めているのだ。これでもきちんと修行をしている。



「見た目だけで休んでるって思うなんて心外ですね」

「あら、ごめんなさい。じゃあ妖力を暴走させたら危ないから、外でやって来てくれる?」



 優菜さんに抱えられて、玄関の外にポイッと放り出された。

 しばらくそのまま座っていると、師匠とお母さんも同じように放り出されてきた。


 ……口達者な奴め。



「まったく、誰だよ。あんなのを嫁に貰った奴は」

「アンタでしょ」



 俺もお母さんの意見に力強く頷く。

 結局、外に放り出されてしまった俺たちは、妖術を使ってしばらく時間を潰すことにした。



「こんな感じ?」

「まだ妖気が多いわ。もっと絞って」

「こう?」

「それじゃあ少なすぎよ」



 むむむっ……これ、結構難しいな。

 俺は、お母さんの「同じ妖術を使うなら、使う妖力量を統一しなさい」という言葉を実行させるべく、頑張っているのだが、これがなかなか上手くいかない。

 妖力の使用量を統一出来れば、その妖術の威力を把握できるようになると同時に、どの程度妖力を使ったのかが完璧に把握できる。

 そのため、お母さんにこの技術を習得するように言われたのだ。



「最初は難しいのよね。状況によっては氷柱のサイズとか変える必要も出てくるし」

「じゃあやらなくていいじゃん」

「ダメよ。これは基礎中の基礎なんだから、疎かにすると、今後の修行で苦労することになるのよ」



 うへぇ……。

 正直言って、修行とかやりたくない。だけど修行を積まなければ、退魔士の餌食になってしまう。

 これは妖怪が生き延びるにあたって、必要最低限の勉強らしい。

 人間に浄化されるとか、死んでも嫌なので、俺は本気で修行を拒否することはなかった。



「えいっ!」

「そうそう、そんな感じよ。あとはそれを繰り返して、より速く妖術が使えるようにするの。妖怪同士の戦いなんて、速度と威力で殲滅した方の勝ちなんだから」



 攻撃は最大の防御。これは、妖怪間において最も信頼されている言葉である。防御なんて言う非効率的かつ後手に回るような振る舞いなど、相手に勝てないと言っているようなものだ。

 ――殴って殴って殴って殺す。

 これこそが全妖怪に共通する妖怪流戦闘術である。



「ふんっ!」

「まだよ。もっと速く! まだまだ間隔が長いわ!」



 お母さんが言うには、一秒で作っているようでは非常に遅いらしい。今の速度では、上級妖怪には手も足も出ずに終わると言う。

 それから二時間ぐらい妖術を使い続けた俺は、妖力が底を尽きてその場に倒れた。



 ◆



 妖力を使い過ぎてしまった俺は、手足に力が入らなくなってしまい、お母さんに介護される状態になってしまった。



「うぐぅ……」

「まあまあ、よく頑張った方よ。また明日、頑張ろうね」

「うん……」



 お母さんに抱えられたまま、頭を優しく撫でられる。

 家に戻ると、俺は今日もまた、炬燵の中でだっきちゃんを観る。



「ただいまー!」

「おかえり。早かったね」

「だって今日は午前だけなんだもん! ……あっ、これゆきちゃん宛てに来てたよ」

「ありがとう」



 学校から帰ってきたみこが渡してくれたのは、一通の手紙だった。

 まあ、俺に手紙を送るのはこの世に一人しかいないし、この時期に手紙を送ってくるとしたら考えられるのは一つしかない。


 ――今度の土曜日に帰るから!


 ほらな。――って、今日金曜日じゃんっ!?



「お母さん大変ッ!!」



 動けない俺は、テーブルでお茶を飲みながらお母さんを呼び寄せた。

 ちなみにゴロゴロのお供である炬燵ちゃんは、この短時間の間に押入れへと収納されていた。

 しょぼーん。



 ◆



 白菜からの手紙が届いて一夜明けた後。

 俺たちは、白菜とお父さんのお迎えをするために街へとやって来た。



「しろなちゃんかぁ。どんな子なんだろう?」



 みこは白菜と会うのは初めてか。

 写真なら昨夜に見せたけど、あれだけじゃ何もわからないよな。

 ……あれ? 白菜ってどんな子だったっけ?

 そのとき、背後から俺を呼ぶ声が聴こえてきた。



「久しぶり、由紀」

「あっ、白菜。久しぶ……り……?」



 白菜の声に反応して後ろを振り向くと、そこにはグラサンを装着した謎の少女がいた。

 だ、だれ……?



「すみません。人違いでしたー」

「いや、あってるよっ!?」



 お母さんの方に行こうとすると、肩を掴まれて引き留められた。

 再び白菜の方に振り返ると、白菜の背後には年に一度だけ姿を拝むことのできる男――お父さんの姿があった。



「お父さん……うん。おかえりなさい」

「ただいま、由紀。元気にしてたか?」

「うん!」



 返事をすると、お父さんが俺の頭を撫でる。

 お母さんの手よりも大きくてゴツゴツとした手なのだが、意外と心地が良い。



「ちょっと由紀ー?」

「えっ? 白菜どうしたの?」

「やっぱりわかってんじゃんッ!!」



 あっ、バレた?

 バレてしまったのなら、仕方ない。この話はなかったことにしよう。

 ……っと、そうだった。白菜にみこのことを教えてあげなければ。



「この子は一柳みこ、今の修行仲間だよ」

「よろしくね。しろなちゃん!」

「みこちゃんね、よろしく」



 二人の顔合わせも済ませたことで、俺たちは双葉神社へと帰ることになった。



「――あっ、帰る前にDVD屋さんに寄ってくれる?」

「ゆきちゃん何か用があるの?」

「うん。予約してたの取りに行かないと」

「白菜も疲れてるだろうから、それだけだぞ」

「はーい」



 お父さんの心配もしてやれと言いたいけど、別にお父さんなんて疲れるわけないか。

 前世では普通のサラリーマンをしていたお父さん。

 しかしそれは表の顔であり、裏の顔は雪女を孕ませた変態退魔士である。

 師匠曰く、無限の体力を持っており、底が尽きることのない変態のエキスパートらしい。

 ……うまく濁してあるけど、師匠は子供になんてことを教えているんだ。



「お父さん、早く!」

「ああ」



 DVD屋さんにたどり着くと、お父さんを呼び寄せてレジへと一直線に向かう。

 隠す気はないのかと言われれば、普通にない。

 なぜなら、俺はこれをかなり遅めの誕生日プレゼントだと思っているからだ。



「これください」

「はいよ。ちょっと待ってな」



 白菜とみこも、俺が何を買ったのかが気になるようで、こちらへとやって来た。

 そんなに見てもあげないからな?

 これは俺のお宝だ。今世の神を崇めるための御神体と言っても過言ではない。



「妖魔乙女だっきちゃん四巻の初回限定版が二つな。間違ってないか?」

「はい!」

「お前それが御神体って……」



 遠くから師匠が変な目で見てくる。

 だが、俺にだって言いたいことはある。

 師匠が崇めていた御神体がなんだったのか、今一度思い出してみて欲しい。



「パンティーを崇める奴には言われたくない」



 俺の発言を聞いた通行人や店員さんが師匠のことを二度見したらしい。




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