第22話 雪娘、オタク仲間ができる



「娘よ。お前は『妖魔乙女だっきちゃん』が大好きじゃな?」

「は、はい……好きですけど……」



 山神様の質問に、おどおどしながら伝える。

俺の答えを聞いた山神様は、俺のことを床に降ろす。



「やはりな……」



 俺のことを少し見詰めると、バサッという何か翼を広げるような音を鳴らした。

 俺は何事かと思い、山神様の方を見る。そこで俺は気づいた――。


 山神様の纏っていた服が着物からジャージへと変わっていたのだ!

 しかも身長が微妙に縮んでる!



「雪娘ちゃんのコスプレ完成度合いヤバい! 見た目の幼さとは裏腹に、着物で大人びた肩の露出。これで萌えない神があるだろうか! ――いや、萌える!」



 先ほどまでの口調は作り物だったのか、割りと現代風な喋り方をする山神様。その言葉はわずか三秒で語られるほど早口だった。

 そして俺の頭のてっぺんに付いている寝癖こと、同族オタク探知レーダーがビビっと反応している。


 ――間違いない。この山神様、オタクだ……!



「……すると、やはり推しは雪娘ちゃんか?」

「いえ、だっきちゃんです」

「同志よッ!!」



 山神様が俺のことを抱きしめてきた。まるで初めて仲間を見つけたような反応だ。

 知り合いにだっきちゃん推しは居なかったのだろうか?

 いや、そんなわけない。何故なら妖魔乙女だっきちゃんだぞ。



「タイトルに名前が付いてるだけでなく、めっちゃ可愛い狐娘の主人公」

「うむうむ」

「ちょっとツンデレで冷たい娘って所があるんだけど、実は初心な娘でね」

「そうそう。大天狗様とのイチャイチャシーンは、もうこっちが恥ずかしくなって!」

「そうだよね! それにだっきちゃんって友達想いの優しい一面もあって、一人ボッチの雪娘ちゃんに話しかける所とか愛が詰まってて」

「わかるッ! 特に第五話で悲しい過去に縛り付けられた雪娘ちゃんを助けてあげるシーンとか、もう涙が止まらなくて……!」

「これだけの要素が詰まっておきながら、他のキャラを推すなんてことは、まずあり得ない」

「だよなッ! 何がどうなったら吸血鬼ちゃんこそが真ヒロインとか語れるんだよな!」



 なんか二人でめちゃくちゃ盛り上がった。俺も気づかぬうちに完全に敬語を失っていた。

 双方、共にオタク特有の早口を見せたのだが、話に置いていかれるなんてことはなかった。むしろまだ話足りないと思うぐらいだった。



「フッ、だっきちゃんの素晴らしさをよくわかっているじゃないか」

「そう言う山神様こそ」



 打ち解け合ったオタクの絆は深い。俺と山神様は共に握手を交わすと、二人でソファーの上で横になった。



「……あっ」

「?」



 ソファーでごろんとしていると、山神様が何かを思い出したような声を出した。俺はそれに首を傾げた。

 すると、山神様は少しばかり恥ずかしそうにしながら訊いてきた。



「まだ名前訊いてなかったな……」

「あっ」



 オタク、自己紹介よりも先に推しの話をする。

 ま、まあ? 自己紹介なんて無くても、推しさえ分かれば何とかなるものさ。



「わたし、雪娘の由紀だよ」

「私はかぐや姫の神楽だ。よろしくな、友よ」

「うん。こちらこそよろしく」



 オタク仲間にもはや敬語は不要。

 年上ということもあるので、名前だけは神楽さんと呼ばせて貰うが、二人だけの時は敬語を省くことにした。



「それにしても本物の雪娘ちゃんだったか。雪娘が雪娘ちゃんのコスプレしてるってヤバない? これを作った人を是非とも紹介して貰いたい」

「お母さんだよ」



 俺が普段から着ているお母さんが改造したこの着物は、妖魔乙女だっきちゃんを見て作った物ではなく、完全なる偶然だったらしい。



「なんと!? それは、つまり……由紀の母もだっきちゃんが好きということか……?」

「好きかはわからないけど、毎週見てるよ」



 話を訊くと、神楽さんの要件は、今度お母さんにコスプレ衣装を作って欲しいとのことだった。



「それぐらいならわたしから頼んでおくけど」

「いや、推しのためならわかるだろ。こういうのは自ら赴くからこそ意味があるんだ!」

「おおーっ!」



 さすがだ! 例えどんなに偉くても、推しのためなら例え火の中水の中。自ら赴くというその志し!

 それこそがオタク魂というものだッ!



「そうと決まれば、早速行くぞ!」

「うん!」



 コスプレ衣装はもちろんだっきちゃん……ではなく、その師匠――かぐや様のコスプレだ。

 ――だっきちゃん本人になるのではなく、あえてその周囲の人間になりきることで、あたかもその場にだっきちゃんが居るかのように思えるという超高等テクニックだ。



「……とは言ったものの、このまま行くと怯えられるかもしれないな」

「さっき顔真っ青だったからね」

「ならばこうするか」



 神楽さんが徐々に小さくなり始めると、次の瞬間には子供のようなサイズに変化した。

 まるで人気探偵アニメの大事なシーンを生で見ている気分だった。



「これなら面影はないか?」

「うん! ばっちり!」



 髪型もさっきの大人っぽい雰囲気から一転。神楽さんの髪型は、ツインテールという何とも子供っぽいモノに変わっていた。

 神楽さんと言うよりかは、神楽ちゃんである。



「かぐや姫の眷属という設定で行くから、よろしく頼んだぞ。友よ」

「何かあったらフォローするよ」

「では行くぞ!」



 俺と神楽ちゃんは、回転扉とは別にある入口から外へと出て、双葉神社を目指した。



 ◆



 俺と神楽ちゃんは双葉神社まで、雪山をスノーボードで滑り降りた。

 引きこもりのオタク仲間だから、「神楽ちゃんスノーボードヘタクソだろう」とか思ってたら、まさかのトップアスリート並でした。



「ただいまー! お母さん、オタクともだち連れてきたー!」

「お帰りなさい。お友達は妖怪なの?」

「うん!」

「そう。寒かったでしょ? ゆっくりしていきなさい」

「お邪魔します」



 お母さんは神楽ちゃんが妖怪であることを確認すると、上がっても良いという許可をくれた。

 一応外は猛吹雪だ。もし神楽ちゃんが人間だったら、物凄く怒られていただろう。



「しかし凄い吹雪だな。凍え死ぬかと思ったぞ」

「原因、神楽ちゃんの妖気だからね?」

「う、うむ……今度から気をつける」



 俺が居間に入ると、みこが炬燵に入った神楽ちゃんに話しかける。

 俺よりも先に炬燵へと侵入するその度胸は、とても山神様らしかった。



「へぇー、神楽ちゃんかぁ。何の妖怪なの?」

「えっと……」

「月兎だよね!」

「そ、そうだな。月兎の妖怪だ」



 俺のフォローがなかったら、間違えなく開始早々一発アウトだったな。

 かぐや姫とか言ったらどうしようかと思ったが、言わなくて良かった。



「じゃあお餅ついてるの?」

「た、たまにな……」

「もしかして山神様――」



 !?



「――の側近なんじゃないか?」



 俺も神楽ちゃんも全てを見抜かれたのかと思い、ヒヤッとした。

 だが、師匠は偶然そのタイミングで唾を飲み込んだだけで、実際は何ともなかった。


 ――オッサン、紛らわしいことすんな。マジで天罰が下るぞ。というか下すぞ。



「山神様が仲良くできる子を探してたんだって」

「ああ、由紀ちゃんは唯一の妖怪で、だもんな」



 このオッサン、なんか腹立つな――!

 もう天罰下れッ!!




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