第21話 御神体




 異様な妖気を察知して、俺たちは双葉神社まで戻ってきた。

 俺が炬燵に座ってお茶を啜ると、みこの祖母が話を切り出す。



「それで、原因は何だかわからないんだっぺか」



 みこの祖母は、急いで双葉神社に戻る途中に愛さんと一緒に吹雪を逆らって歩く姿が見えたので、ついでに拾って来たのだ。


 俺たちは先程情報交換したが、さっぱりだった。

 だが、もしかしたら師匠には心当たりがあるかもしれない。

 仮に心当たりがなかったとしても、師匠のグータラ生活っぷりを見兼ねて怒ったのかもしれない。

 ……うん、そうだな。今回は師匠が悪いな。普段からグータラしている師匠が原因だ。



「兎に角、このままじゃまずいっぺ。山神様の山に向かって、早急に怒りを鎮めるんだっぺ!」

「はい、わかりました師匠!」



 師匠がみこの祖母にハキハキと返事をした。

 こうして俺たちは、山神様の怒りを鎮めるべく、山神様の山へと向かうことになった。


 山神様の山に向かうのは、優菜さん以外の全員だ。俺だけでなく、みこや愛さんも同行する事になった。

 危険ではないかという話も出たのだが、「そこの雪娘が全部守ってくれっから、心配ないっぺ」と言われてしまった。俺には川に流された時の恩もあるので、拒否権はなかった。




 ◆




 俺たちは、みこの祖母たちを連れてきた時と同じ方法を用いて妖魔樹があった場所の少し先までやって来た。

 現在、俺たちの前には高さ数メートルにも渡るほど巨大な岩が立ち塞がっている。



「ここだ」

「さすがに妖気が強いわね。由紀は大丈夫? 気持ち悪くない?」



 岩の隙間から漏れでる多量の妖気に当てられ、俺とお母さん顔色が悪くなる。


 ううっ、凄く気持ち悪い。今にも吐きそう……。

 今だけは強い妖気を当てられても、平然とできる人間の身体が羨ましい。

 普段は人間とか不便にしか思わないけど、今だけは人間になりたい。



「二人とも顔青いぞ。少し休憩してろ」

「……ありがとう」



 雪女のお母さんでも相当気持ち悪いようで、俺を地面に座らせると、後ろを向いて口を抑えた。



「うッ! 射○るッ!」



 一方の俺は、地面に座らされるなり、身体が限界突破した。

 地面には白濁色の強烈な臭いがする液体がぶちまけられた。




 ◆




 俺が山神様の敷地でゲロって三分。吐き気もだいぶ収まってきた。

 ん? 誰がそんな汚ない場所から白濁色液を出したと言った?

 俺にはそんな相棒いないんだぞ。胃からに決まってるだろ。

 ――嗚呼、身体がめっちゃダルいわ。



「もう少し休ませてやるっぺ。その間におめぇは自分の仕事するっぺ」

「はい師匠!」



 師匠が元気の良い返事をする。

 その一方で、俺のなかでは、師匠に対する憤怒の感情が積もり始めていた。

 このハキハキとした元気の良さが底はかとなくウザい。ゲロっているのを笑って見られているような気分だ。



「俺、これが終わったら、師匠のことを虐めてやるんだ……」



 本来なら発言をした俺が死亡のする筈なのだが、俺は死ぬことがない妖怪。

 ――死亡フラグを成立させるには、誰が死ねば良いか……もう誰でもわかるよな?



「ヤメロッ! 俺の死亡フラグを立てるな!」


 ◆


 だいたい十分ぐらい経過した頃。俺は、ようやく元の体調を取り戻した。



「こっちも準備できたぞ」



 師匠はというと、俺たちの目前にあるこの大きな岩に施された結界を解除していたらしく、ちょうど今、その解除が終えたとのこと。

 すると徐々に岩が消えていき、一つの空洞が姿を現した。



「アレが山神様の御神体だ」

「あ、あれは……!」



 パンツっ――じゃなくて、パンティー!

 しかもなんかちょっと子供っぽい!



「こんなのが奉られてるの?」

「軽々しく御神体に触れるなッ!」

「あっ、そうですか」



 飾られていたパンティーを手に持つと、師匠がロリコンのような対応をしてきた。

 正直言ってかなり気持ち悪かったので、俺は引き気味にパンティーを手放した。さっきとはまた違う理由で吐き出しそうだ。



「これは山神様の御神体……言わばこれそのものが山神様なんだぞ! わかったか!」

「…………」



 俺はチラリと御神体を見る。

 ……やっぱり普通のパンティーじゃん。ちょっと妖気を感じる程度で、特別な神聖力とか全く感じないぞ。



「返・事・はッ!!」

「はいはい……」

「はいは一回だ!」



 うるさっ。

 飾られてるパンティー一枚でそこまで盛り上がれるの、世界中で師匠だけだと思うぞ。後ろ見てみろよ。あまりの出来事に皆引いてるぞ。


 そのとき、御神体が飾られた場所よりも奥の場所から、誰かが啜り泣くような声が聞こえてきた。



「……師匠」

「なんだ?」

「誰かいます」



 あまりにも小さな声だったので、難聴な師匠や遠くにいたお母さんたちには聞こえなかったみたいだが、若者で近くにいた俺にはハッキリと聞こえた。

 俺は、その声が聞こえた方に向かってゆっくりと足を進める。



「ぐずっ……ううっ……」



 鼻水を啜りながら泣く女性の声だ。

 その女性を探すため、音を便りに女性の位置を模索する。



「いたっ」



 目を閉じて、音だけに集中していたら壁に当たった。どうやらその女性は、壁の向こう側にいるようだ。

 俺が壁に耳をつけて音を聞いていると、お母さんたちも真似をして耳を壁につけた。



「誰か泣いてるわね」

「もしかして山神様?」

「何かあったんだっぺか?」

「……御神体を通じて訊いてみよう」



 そう言って師匠が飾られている御神体パンティーの前に跪く。

 だからその御神体は偽物だって。何の効力もない普通のパンティーだぞ。仏像ナメてんのか。



「山神様、山神様、どうかおいでください」



 何で一人こっくりさんやってんだよ。少しは真面目にやれって――――

 そのとき、謎の神々しい光が御神体から放たれた。御神体から一人の着物を着た女性がキリッとした顔で師匠の前に現れ、その場に降り立った。



「何か用か」

「山神様、どのような不敬があったかわかりませぬが、どうか怒りを沈めてください」



 師匠が頭を地面に擦り付けて、目の前の女性にお願いをした。

 その女性は、一瞬何のことだかわからずに首を傾げたが、すぐにキリッとした表情に戻った。



「別に私は怒っておらぬ」

「ではこの妖気は……」

「私はただ友の死を悲しんでいただけだ。もう一週間経つというのに……人間たちに不便をかけたようだな。すまなかった。今後は気をつけることにする」



 女性はただ感情が溢れてしまったあまりに、妖気を抑えきれなかったことを告げた。

 ――仲間が死んだんだもんな。神様だろうと悲しいに決まっている。神様に死という概念があるのかは謎だけど。


 兎に角、山神様が怒っていなかったということを知った師匠たちは、ホッと息を撫で下ろした。



「では私はこの辺で――――」



 その瞬間、山神様が俺と目が合うと、凄い険しい顔で俺のことを睨んできた。

 ……えっ?



「この娘を少し借りるぞ」

「お待ちください山神様! うちの娘が何かご無礼なことをしてしまったのでしたらすみません! 代わりに私が行きますので、どうか娘だけは!」



 山神様が俺のことをご指名すると、お母さんが顔を真っ青にして土下座を決めた。

 ――こんな呑気なことを言っている俺だが、山神様から放たれる謎の圧に内心ビビり捲りでおもらし寸前だ。

 もしかして、さっきパンティー掴んだこと怒ってる?

 もしかしなくても俺、山神様に串刺しにでもされる……?



「案ずるでない。傷つけるような真似はせん。その娘に興味があるだけだ。用が済んだらこちらから送り届けよう」

「そうですか……」



 お母さんの形相も元通りとまでは行かないが、やや青い程度にまで戻った。

 きっと妖怪と人間の娘に興味を持ったのだろう。今世は見た目こそ九割以上妖怪だが、中身は人間らしさが五割ぐらい残っている。

 そんな俺は、妖怪の中でもかなり珍しい部類に入る筈だ。

 ――兎に角、串刺しの刑に処されなくてよかった……。



「娘、少し失礼するぞ」

「うわっ」



 山神様が俺のことを軽々と抱えあげる。膝と頭を腕に乗せて抱えられるその体制は、俗に言うお姫様抱っこというものだった。



「では、失礼するぞ」



 山神様の御神体が再び強い光を放つ。

 パンティーに吸い込まれるのかと思いきや、山神様は走ってみこたちの横を通り過ぎ、壁に張り付いた。



「えっ?」



 俺が声をあげると、壁がぐるりと半回転した。どうやら回転式扉によって、謎の部屋へと招き入れられたようだ。

 あれ? ここってさっきまで誰かが泣いていた部屋じゃ……というか部屋汚ないなッ!

 まるで前世の俺の部屋を再現した空間だ。



「ん?」



 前世の……俺……?

 まさかと思いつつ、バッと部屋を見渡す。

 視界に入るものは、パソコンやテレビ、スマホなどの電子機器だけでなく、いくつかのゲーム機と散らばった漫画雑誌。

 本棚にはギッシリと詰められた『妖魔乙女だっきちゃん』現状出ている全五巻の他にも、『だっきちゃんフィギュア(巫女ver限定生産版)』を先頭に、俺でも手に入らなかった初期中の初期にしか生産されなかった伝説モノのフィギュアが数多く並んでいた。


 その光景を見て唖然としている俺に、山神様が告げる。




「娘よ。お前は『妖魔乙女だっきちゃん』が大好きじゃな?」



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